残酷な描写あり
R-15
アーサスの死刑裁判
「では本日の笑い話を披露させていただきます。
とある見世物小屋にキン・キンキンという武者役者がいました。キンキンキン。キンキンキン。二本の剣を打ちつけ合い、剣士たちが戦う場面を観客に披露します。キンキンキン。キンキンキン。
ですがある日、いつものように剣劇を披露すると、観客の評論家は言いました。『退屈すぎる。同じ表現を繰り返してるだけで、まるで戦闘に迫力がない』。その言葉を聞いたキンはカンカンに……いえキンキンに怒りました。
『いやいや、個人の感想なので低評価は別にいいんですけど、問題はどう考えても中身と異なることを言ってる点です。単なるあなたの読解力不足でしょ?』
評論家は言い返します。『読解力不足だのちゃんと見てないだの言い訳まみれ。一度目を通せばそのひどさが皆さんもわかるでしょ?』
キンキンキン。キンキンキン。
そんな二人の言葉の鍔迫り合いが劇場を騒がせます。そして演目そっちのけで、キンと評論家を中心に意見が真っ二つに分かれました。キンの信者は『キンたまの剣舞は芸術でちゅわ~』と言いますが、キンに批判的な者は『いやいや、役者が客と口論するなよ』と大激論。
そして町中でキンと評論家の噂がキンキンキンと広まっていきます。劇場には興味本位でどんどん人が集まるようになりました。
これ幸いと高をくくったキンは、また演目を披露します。キンキンキン。キンキンキン。観客がそれをやれば大笑いするものだから、キンはそればっかり披露するようになりました。キンキンキン。キンキンキン。
やがてキンは、剣劇のレパートリーもそれしかできなくなりました。キンキンキン。キンキンキン。ですが観客は皆同じ演目しかやらないキンに飽きてしまい、誰もキンに興味を示さなくなりました。キンキンキン。キンキンキン。劇場はすっかり、キンキンキンに冷えきってしまったのです」
クヒャヒャヒャヒャ! 玉座の間はカクトの高笑いが轟いた。
「ああ面白ぇ! 同じ芸しかできないとか芸人として失格だろ!? 何だよ『キンキンキン』って! 聞いてるだけでこいつの語彙力のなさが伝わってくるわ!」
凱旋から帰ってきたカクトは上機嫌となる。軍官の臣下一同が集まっており、物々しい雰囲気が漂っている。
「ああ~、久しぶりにヘラゲラスの笑い話聞いたけどやっぱ面白ぇなぁ。レクリナもそう思うだろ?」
「はい! とてもおかしゅうございますわカクトさまぁ♥」
隣に座るレクリナはカクトの腕に頬ずりする。だが二人を除いて笑っている者など一人もいなかった。
「お~いアーサス! お前も面白かったよな?」
ふいに玉座の間の隅にいたアーサスにカクトは問いかける。アーサスは手首を拘束されて跪かせられていた。アーサスの部下たちががっちりと彼の周りを囲っている。
「……は、はい。私もヘラゲラスの話は面白いと思います」
「だよな~! 最期に大笑いできてよかったなアーサス!!」
そしてカクトはニタリと嗜虐的な笑みを浮かべた。周りの臣下たちはゾッとした表情となる。
「んじゃ、そろそろ始めるとすっか。アーサスの死刑裁判を。ヘラゲラスはもう帰っていいぞ」
演目を披露し終えたヘラゲラスは一礼だけすると去っていく。それを見届けるとカクトはパンパンと大げさに手を叩いた。
「は~い、これからアーサスの死刑裁判を始めま~す。罪状は俺の命令に背いて戦争に負けたことぉ。誰か異議のある奴とかいる~?」
わざとおちゃらけた声でカクトは周囲を見渡す。軍官の臣下たちは誰も口を開こうとしなかった。けれど皆がアーサスの方をチラチラと窺い、申しわけなさそうな顔をする。アーサス自身、何も反論できずにいた。
(いくら無茶な命令だったとはいえ、私が戦争に負けたのは事実だ。現に部下たちも私のせいで大勢死んでしまい、彼らの命が無駄に散ったのは私に責任がある。カクトの判決を甘んじて受け入れる他ない……)
アーサスは青ざめ、ただ後悔の念に苛まれながら沈黙を貫いた。
「……お待ちください、カクト様」
だがそんな中で、一歩進み出る者がいた。それは先ほど貧民地区でカクトの暴虐を目の当たりにしたティモンである。
「あ~はいはい、どうせ出てくると思ったよジジイ。まぁ一応聞いてやるか。何てったって裁判は公平でなくちゃならないからなぁ」
ヘラヘラとカクトは笑う。(最初から判決を覆す気などない癖に)とティモンは反感を抱くが、それでもグッと堪え、冷静にカクトに意見した。
「アーサス将軍はこの国の柱です。彼は30年前の魔法大戦の時より軍を率いて、ミチュアプリス王国のために戦い続けてきました。今まで規律を犯したことは一度もなく、ミチュアプリスへの忠誠心も高い。その彼を殺してしまうことは、ミチュアプリスにとって大きな損失となるでしょう」
「あっそう? でも、こいつ戦争に負けた役立たずじゃん? こいつがいなくなったところで俺がいるんだから、誰もこの国に攻め込もうなんて馬鹿はいないと思うけどぉ?」
「……軍の役目とは何も他国からの侵略を防衛することだけではありません。この国の治安を守るためにも警固組織が必要なのです。もしこの国の兵たちを統率できる将軍がいなくなれば、民だけでなく、兵たち自身も無法者と化してしまうでしょう。そんな治安の乱れた国では、まともな働き手もいなくなり国を支えることができなくなります」
「ああなるほどね~。要するにお前はまた金の話をしてるってわけか。まぁ金が大事ってのは俺もわかるよ? でも軍の統率なら他の奴に任せればいいじゃん」
カクトは生あくびを掻いて適当に反論する。もはやティモンが抵抗してくるのをあえて楽しんでる様子さえ見せていた。
「……カクト様、8000の軍を統率できる人材などそうそう見つかるものではありません。アーサス将軍は長年に渡り兵たちを指揮し、誠実に軍務をこなしてきました。その実績があるからこそ、兵たちもアーサス将軍を信頼して規律を守ることができるのです。アーサス将軍以上にミチュアプリス軍を統率できる者などおりません。ここはどうか、ご寛大な判断を」
「ええ~どうしよっかなぁ? でもこういうのって有耶無耶にするのもよくないし。現に日本の政治家どもだって、そういう甘い処置ばっかしてきたから腐りきってるわけだしさぁ」
カクトはティモンの必死さをニタニタと笑う。もはや国家の利害を正しく見極めるためではなく、自分の正しさをティモンに認めさせるために口論している。考えを変えるつもりなどさらさらない。そんな絶望的な状況にアーサスは項垂れるしかなかった。
(……もはや私もこれまでか。長らくミチュアプリス王国に仕えてきたが、こんな不名誉な最期を遂げることになるとは、無念だ……すまない、みんな)
アーサスは死を覚悟する。せめて武人らしく、潔く死ぬ道を選ぶ他ない。部下たちも皆、カクトの無慈悲な判決を涙を堪えて待つしかなかった。
だが、その時だった。
「待ってくださいまし、カクトさまぁ♥ アーサスをお許しになってほしいのでありますわぁ」
カクトの隣から甘ったるい猫撫で声が上がった。玉座の間の者たちが一斉に注目する。それはカクトの愛人レクリナだった。
「寛大な殿方のほうがかっこいいでございますわぁ♥ ここは王さまらしく、カクトさまのご器量の大きさをどうか見せてくださいましぃ」
「あれぇ? レクリナはそう思う? けどどうしよっかなぁ? 俺はやっぱアーサスのことムカつくんだけどなぁ」
カクトは自分に口出ししたレクリナに、歌うような口調で迷った素振りを見せる。普段媚びへつらってばかりの女が、王に異議を唱えるのは予想外の出来事だった。臣下たちは皆目を丸くしながらも、二人の会話の行く末を見守る。
「んじゃま、ここは可愛いレクリナに免じて許してやるかぁ! こいつは戦争では無能だったけど、他のことに関しちゃまだ使えそうだしな。それじゃあ……一週間でいいよ一週間。アーサス、お前を一週間牢獄にぶち込むだけで許してやるよ」
「素敵ですわ、カクトさまぁ♥」
レクリナはカクトの体に飛びついた。勢い余ってのけぞるカクトは、やがて揺れが収まるとクヒャヒャヒャ! と高笑いを上げる。判決が思いも寄らず軽くなったことで、場は束の間の安堵に包まれた。
「……ご寛大な措置を取っていただき、感謝いたします」
アーサスは手を縛られたまま、額を床につける。
「ああるせぇるせぇ。お前もレクリナに感謝しとけよ? 何しろお前の命を救ったのはレクリナなんだからなぁ? 俺はまだムカついてるけどもういいや。今こいつの顔見てるとぶち殺したくなるだけだからさっさと連れていけ」
アーサスの周りにいた部下たちは慌ててアーサスを立ち上がらせる。カクトの気が変わらぬうちに、アーサスを牢獄まで連行した。
とある見世物小屋にキン・キンキンという武者役者がいました。キンキンキン。キンキンキン。二本の剣を打ちつけ合い、剣士たちが戦う場面を観客に披露します。キンキンキン。キンキンキン。
ですがある日、いつものように剣劇を披露すると、観客の評論家は言いました。『退屈すぎる。同じ表現を繰り返してるだけで、まるで戦闘に迫力がない』。その言葉を聞いたキンはカンカンに……いえキンキンに怒りました。
『いやいや、個人の感想なので低評価は別にいいんですけど、問題はどう考えても中身と異なることを言ってる点です。単なるあなたの読解力不足でしょ?』
評論家は言い返します。『読解力不足だのちゃんと見てないだの言い訳まみれ。一度目を通せばそのひどさが皆さんもわかるでしょ?』
キンキンキン。キンキンキン。
そんな二人の言葉の鍔迫り合いが劇場を騒がせます。そして演目そっちのけで、キンと評論家を中心に意見が真っ二つに分かれました。キンの信者は『キンたまの剣舞は芸術でちゅわ~』と言いますが、キンに批判的な者は『いやいや、役者が客と口論するなよ』と大激論。
そして町中でキンと評論家の噂がキンキンキンと広まっていきます。劇場には興味本位でどんどん人が集まるようになりました。
これ幸いと高をくくったキンは、また演目を披露します。キンキンキン。キンキンキン。観客がそれをやれば大笑いするものだから、キンはそればっかり披露するようになりました。キンキンキン。キンキンキン。
やがてキンは、剣劇のレパートリーもそれしかできなくなりました。キンキンキン。キンキンキン。ですが観客は皆同じ演目しかやらないキンに飽きてしまい、誰もキンに興味を示さなくなりました。キンキンキン。キンキンキン。劇場はすっかり、キンキンキンに冷えきってしまったのです」
クヒャヒャヒャヒャ! 玉座の間はカクトの高笑いが轟いた。
「ああ面白ぇ! 同じ芸しかできないとか芸人として失格だろ!? 何だよ『キンキンキン』って! 聞いてるだけでこいつの語彙力のなさが伝わってくるわ!」
凱旋から帰ってきたカクトは上機嫌となる。軍官の臣下一同が集まっており、物々しい雰囲気が漂っている。
「ああ~、久しぶりにヘラゲラスの笑い話聞いたけどやっぱ面白ぇなぁ。レクリナもそう思うだろ?」
「はい! とてもおかしゅうございますわカクトさまぁ♥」
隣に座るレクリナはカクトの腕に頬ずりする。だが二人を除いて笑っている者など一人もいなかった。
「お~いアーサス! お前も面白かったよな?」
ふいに玉座の間の隅にいたアーサスにカクトは問いかける。アーサスは手首を拘束されて跪かせられていた。アーサスの部下たちががっちりと彼の周りを囲っている。
「……は、はい。私もヘラゲラスの話は面白いと思います」
「だよな~! 最期に大笑いできてよかったなアーサス!!」
そしてカクトはニタリと嗜虐的な笑みを浮かべた。周りの臣下たちはゾッとした表情となる。
「んじゃ、そろそろ始めるとすっか。アーサスの死刑裁判を。ヘラゲラスはもう帰っていいぞ」
演目を披露し終えたヘラゲラスは一礼だけすると去っていく。それを見届けるとカクトはパンパンと大げさに手を叩いた。
「は~い、これからアーサスの死刑裁判を始めま~す。罪状は俺の命令に背いて戦争に負けたことぉ。誰か異議のある奴とかいる~?」
わざとおちゃらけた声でカクトは周囲を見渡す。軍官の臣下たちは誰も口を開こうとしなかった。けれど皆がアーサスの方をチラチラと窺い、申しわけなさそうな顔をする。アーサス自身、何も反論できずにいた。
(いくら無茶な命令だったとはいえ、私が戦争に負けたのは事実だ。現に部下たちも私のせいで大勢死んでしまい、彼らの命が無駄に散ったのは私に責任がある。カクトの判決を甘んじて受け入れる他ない……)
アーサスは青ざめ、ただ後悔の念に苛まれながら沈黙を貫いた。
「……お待ちください、カクト様」
だがそんな中で、一歩進み出る者がいた。それは先ほど貧民地区でカクトの暴虐を目の当たりにしたティモンである。
「あ~はいはい、どうせ出てくると思ったよジジイ。まぁ一応聞いてやるか。何てったって裁判は公平でなくちゃならないからなぁ」
ヘラヘラとカクトは笑う。(最初から判決を覆す気などない癖に)とティモンは反感を抱くが、それでもグッと堪え、冷静にカクトに意見した。
「アーサス将軍はこの国の柱です。彼は30年前の魔法大戦の時より軍を率いて、ミチュアプリス王国のために戦い続けてきました。今まで規律を犯したことは一度もなく、ミチュアプリスへの忠誠心も高い。その彼を殺してしまうことは、ミチュアプリスにとって大きな損失となるでしょう」
「あっそう? でも、こいつ戦争に負けた役立たずじゃん? こいつがいなくなったところで俺がいるんだから、誰もこの国に攻め込もうなんて馬鹿はいないと思うけどぉ?」
「……軍の役目とは何も他国からの侵略を防衛することだけではありません。この国の治安を守るためにも警固組織が必要なのです。もしこの国の兵たちを統率できる将軍がいなくなれば、民だけでなく、兵たち自身も無法者と化してしまうでしょう。そんな治安の乱れた国では、まともな働き手もいなくなり国を支えることができなくなります」
「ああなるほどね~。要するにお前はまた金の話をしてるってわけか。まぁ金が大事ってのは俺もわかるよ? でも軍の統率なら他の奴に任せればいいじゃん」
カクトは生あくびを掻いて適当に反論する。もはやティモンが抵抗してくるのをあえて楽しんでる様子さえ見せていた。
「……カクト様、8000の軍を統率できる人材などそうそう見つかるものではありません。アーサス将軍は長年に渡り兵たちを指揮し、誠実に軍務をこなしてきました。その実績があるからこそ、兵たちもアーサス将軍を信頼して規律を守ることができるのです。アーサス将軍以上にミチュアプリス軍を統率できる者などおりません。ここはどうか、ご寛大な判断を」
「ええ~どうしよっかなぁ? でもこういうのって有耶無耶にするのもよくないし。現に日本の政治家どもだって、そういう甘い処置ばっかしてきたから腐りきってるわけだしさぁ」
カクトはティモンの必死さをニタニタと笑う。もはや国家の利害を正しく見極めるためではなく、自分の正しさをティモンに認めさせるために口論している。考えを変えるつもりなどさらさらない。そんな絶望的な状況にアーサスは項垂れるしかなかった。
(……もはや私もこれまでか。長らくミチュアプリス王国に仕えてきたが、こんな不名誉な最期を遂げることになるとは、無念だ……すまない、みんな)
アーサスは死を覚悟する。せめて武人らしく、潔く死ぬ道を選ぶ他ない。部下たちも皆、カクトの無慈悲な判決を涙を堪えて待つしかなかった。
だが、その時だった。
「待ってくださいまし、カクトさまぁ♥ アーサスをお許しになってほしいのでありますわぁ」
カクトの隣から甘ったるい猫撫で声が上がった。玉座の間の者たちが一斉に注目する。それはカクトの愛人レクリナだった。
「寛大な殿方のほうがかっこいいでございますわぁ♥ ここは王さまらしく、カクトさまのご器量の大きさをどうか見せてくださいましぃ」
「あれぇ? レクリナはそう思う? けどどうしよっかなぁ? 俺はやっぱアーサスのことムカつくんだけどなぁ」
カクトは自分に口出ししたレクリナに、歌うような口調で迷った素振りを見せる。普段媚びへつらってばかりの女が、王に異議を唱えるのは予想外の出来事だった。臣下たちは皆目を丸くしながらも、二人の会話の行く末を見守る。
「んじゃま、ここは可愛いレクリナに免じて許してやるかぁ! こいつは戦争では無能だったけど、他のことに関しちゃまだ使えそうだしな。それじゃあ……一週間でいいよ一週間。アーサス、お前を一週間牢獄にぶち込むだけで許してやるよ」
「素敵ですわ、カクトさまぁ♥」
レクリナはカクトの体に飛びついた。勢い余ってのけぞるカクトは、やがて揺れが収まるとクヒャヒャヒャ! と高笑いを上げる。判決が思いも寄らず軽くなったことで、場は束の間の安堵に包まれた。
「……ご寛大な措置を取っていただき、感謝いたします」
アーサスは手を縛られたまま、額を床につける。
「ああるせぇるせぇ。お前もレクリナに感謝しとけよ? 何しろお前の命を救ったのはレクリナなんだからなぁ? 俺はまだムカついてるけどもういいや。今こいつの顔見てるとぶち殺したくなるだけだからさっさと連れていけ」
アーサスの周りにいた部下たちは慌ててアーサスを立ち上がらせる。カクトの気が変わらぬうちに、アーサスを牢獄まで連行した。