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作者: 古今いずこ
残酷な描写あり
第12回 狼の奮迅 青年の意地:3-2
戦闘シーン(暴力描写)、流血、殺害方法への言及が含まれます。苦手な方はご注意ください。
 二人、それとも二頭は、手を変え品を変え、姿を変えながら渡り合った。青獅子は国王の姿にもなったし、将軍の姿にもなった。果てはトシュにまで化けてみせたけれども、向こうが偽物に決まっているのだから一番騙されようがない。双方の攻撃はそれぞれ何度か命中したものの、どちらも無策にその攻撃を受け入れたわけではないから、結果としては打ち消されて裂傷にも打撲にもならなかった。獅子がセディカに化けて呪符をかわしたのにならって、トシュも小人になって獅子の突進を躱したときには、小さくなった自分を向こうが見失っているうちにと急いで詠唱に取りかかったが、獅子が霧を起こして身を隠したのでまた中断する破目になった。

 さらにもう一度、合計で三度、呪文での〈神前送り〉を試みて、三度目も果たせなかったことは少々まずいと思った。送るものがありますと伝えかけて途中でやめる、ということを三度繰り返したわけで、〈侍従狼〉の覚えがそろそろ恐ろしくなってくる。後で怒られないだろうか。

「そんなにあの王に惚れ込んだか。それとも恩を売るつもりか?」

 がなる獅子も余裕をなくしているらしかった。であれば、自分が酷く劣っているわけでもないはずだ。

 髪を一つかみまとめて引き抜く、一本一本がつぶてに変わって雨をあられと降り注いだ。大きく跳ねて逃げた獅子の着地を狙った呪符は、すんでのところで身をよじったその毛皮をかすめるに留まる。これでも駄目かと憎らしく思いつつ、表向きは不敵に、トシュは笑った。

「責任っつう概念を知ってるもんでな」

 全く、全く以て、面倒な話だが。

 口を出して、手を出して、引っき回しておいて。思ったほど簡単ではなかったり、単純ではなかったり、長引きそうだったり、飽きたりしたからといって。いつまでも自分に依存するなだの、自立しろだのと聞こえのよいことを言って、〈錦鶏〉側のせいにして。獅子に喧嘩を売るだけ売って逆恨みを煽っておきながら、後は〈錦鶏〉の問題だ、と知らん顔を決め込むようでは。

 間接的な加害者になる。

 木々のうたげから引き離したセディカを、引き離したその場に置いて去ったとしたら、自分は助けてやったのだと嘯こうとも、面倒を見てやる義理はないと癇癪かんしゃくを起こそうとも、セディカを殺したのはトシュであっただろうように。

「未来永劫あの国を護衛してやるつもりはねえんでな! てめえを潰しとくしかねえだろうが!」

 頭の上へ振りかざした手にカッと光を宿らせて気を引いた隙に、礫に変えた髪を礫のまま呼び戻す。背後から襲われる格好になった獅子が、回避も防御も完全には追いつかずによろめいたから、今だ、とまた呪符をほとんど撃ち込むようにした。相手が体勢を立て直す前に届きそうだったそれらは、しかしその直前に燃やされて落ちた。

 トシュは舌打ちをした。今の呪符は動きを止めるものであって〈神前送り〉の呪符ではないが、〈神前送り〉用ではない呪符はこれが最後だ。〈神前送り〉の呪符も何枚か残っているものの、これで相手の癖はつかんだ、次は外さない、といった手応えが全くない。反対に、呪符を使うということを知られてやりづらくなっている節がある。

 手の内をさらしすぎたか。というより、晒したのに仕留められなかったことが問題か。霊獣というものを甘く見ていたかもしれないし、〈誓約〉を成立させるために予想外の力を消費しているのかもしれない。単に自分を過信していたのかもしれない。

 反省は後だ。

 隠し玉を使ってしまったのは、だが、獅子も同じだったらしい。知られたからにはもうよいと自棄やけを起こしたかのように、身構えるや炎を吹きつけてきた。ひゅんと空に飛び上がったトシュは龍かよと毒づいた。勿論もちろん、獅子が霧を使おうが炎を使おうが、何もいけないことはない。こちらが事前に予想できないだけである。

 獅子が空へと追ってきて二度目の炎を吐く。一度目よりも弱いのは、消耗するものなのか、単に不得意なのか、いずれにせよこちらには朗報だ。空で吐かれる分にはよいが、地上で吐かれて辺り一帯を焼け野原にされても困るなと、トシュは半ば無意識に足の下へ視線を投げて——一気に降下して雲から飛び下り、獅子が追ってくるのを確かめてから、片手でバシンと地面をはたいた。

 否、地面ではない、あのバンダナが落ちていたのだ。戦いながらあちらこちらと移動していたはずではあるが、元いた辺りに戻ってきたらしい。

 バンダナはじゅうたんを転がしたように広がり、トシュの前方に着地する獅子の足の下に滑り込んだ。特に目くらましもかけなかったから、獅子が気づいていなかったということもないだろうが、踏み締めようとした足はがくりと滑る。バンダナ自体に、術を乗せたので。

 すかさず棒を振り上げて、一気に伸ばしながら振り下ろす。今度こそ——。

「やつは俺の主人を水に落とした」

 ばっと頭を上げて、獅子は怒鳴った。

 反射的に縮めた棒は、筆ほどの短さと細さになって手の中に収まった。虚をかれたトシュを、獅子は憎々しげに睨んでいる。

「だから俺もやつを水に落とした。何が悪い」

「……そういうことは、先に言えと」

 言い終わらないうちに、宝刀が風を切って飛んできた。はっと棒を構えてはじいた、次の瞬間。

「つっ」

 隕石のように落ちてきた小刀が、左の二の腕に深々と突き刺さった。

「そういうお涙ちょうだいが好きか」

 凶悪な、だが見ようによっては心の底から愉快そうな顔をして、獅子はのそりと身を起こした。

「いい読みだ」

 凄みのある笑みを返して、トシュは小刀を引き抜いた。ぐらり、と視界が傾ぐ。毒か。

 勿論、卑怯なことでも何でもない。獅子が霧を使おうが炎を使おうが、小刀を使おうが毒を使おうが。今の今までらせなかった獅子が上手かったのだ。襲撃されると事前に知っていたわけでもあるまいに、毒の刃を仕込んでおいた準備のよさも。

 ……ああ、呪符を放っておけばよかったのだ。それなら途中で止めることもできなかったのに。つい使い慣れた棒を振るってしまった、あれが分かれ道か。

 小刀にふっと息を吹きかけて、武器として使えないようにしてから投げ捨てると、爪だけを狼のそれにして傷口を切り裂く。当座、血と一緒に毒にも流れ出ていってもらうしかない。幸い、動ける。まだ。

 青年は地面を蹴って飛び出した。
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