残酷な描写あり
第11回 山を離れる 宮に乗り込む:2-1
殺害方法への言及が含まれます。苦手な方はご注意ください。
「敵を欺くためです。畏れ多いことですが、陛下には従者に扮していただきたい」
「構わぬ。何の問題もない」
国王自身が二つ返事で了承したのだから、セディカが異を唱えるのもおかしいが。……自分の荷物を丸ごと国王が背負っているなど、落ち着かないにも程がある。
国王は死に装束を脱ぎ、僧侶の普段着を借りたらしかった。井戸に三年浸かっていた衣装は、三年浸かっていた割には肉体同様さほど傷んでいなかったようだけれども、まだ着直せる状態ではないのだろう。
本当は死んでいたあなたが、何故生きているのですか——と、生きている本人を目の前にしながら思っていられるセディカではなかった。狡い、と感じるのは母が帰ってこないからであって——公平を期して死に直すべきだと、考えているわけではない。
「偽物を見抜けなんだとは、どのように償えばよいかもわかりませぬ」
「やつは方士で、方士である前に妖怪で、妖怪である前に霊獣だ。俺らは同じ方士だからわかる部分もあったが、あんたら僧侶じゃちと難しいだろうよ」
院主が呟いたのは国王に対してであっただろうが、横でトシュが肩を竦めた。大体俺らも先に答えを教わってんだしな、とも言い添える。わかっていれば見る目も変わるから、わかっていなければ見落とすことにも気づきやすいはずだ。
ジョイドは国王にも護符を渡したり、然るべきときに国王自身に読み上げてほしいと巻き物を見せたり、院主たちにも合図があったら祈祷を行ってほしいと頼んだりした。国を守るための祈祷である。それは〈黄泉の君〉の管轄なのだろうかと思わないでもないが、配祀神の中には〈境の君〉——あの世とこの世の境であれ、国内と国外の境であれ、あらゆる境界を司る神がいたから、祈りの対象はそちらなのかもしれない。
「トシュ、小人の——小人がお嬢様を付き合わせるときの、あの衣装を覚えてる?」
「別に正確に再現しなくたっていいんだろ。失礼、お姫さん」
セディカへ向けてトシュが手をかざせば、セディカの服が昨日の巫女服に変わる。昨日「小人」が現れたときには「トシュ」はその場にいなかったわけだが、それ以前に小人と対面したり、あの衣装を見たりしたことはあるという設定らしい。どこに綻びが生じていつ嘘が暴かれるかとどきどきするから、小人の話はあまり持ち出さないでほしいのだが。
「これで準備できることは全部やったかな。では、参りましょう、お嬢様」
「……この格好は、人目を引きすぎない?」
「ご辛抱ください」
従者役の青年はただにっこりした。
偽国王に感づかれてはいけないから見送りは無用だと言い含めたものの、門の手前には院主を始め、全ての僧侶や下男に至るまでが勢揃いした。セディカは院主に二日間の宿泊と、母と祖母のためを含む供養の礼を述べ、たまたま目が合った下男に会釈をしてから、トシュとジョイドを従える格好で——そして今一人、〈錦鶏集う国〉の国王をも従える格好で、〈神宝多き寺〉を後にした。
寺院から麓に向かっては、僧侶ではない普通の庶民が使うこともあるからだろう、比較的歩きやすい道が伸びていた。〈黄泉の君〉の寺院であり、恐らく裏手にでも墓地があるのだろうから、葬儀や法事や墓参りに訪れる者も多いはずだ。
「お姫さん、もっと肩を聳やかして歩いてくださいや。従者にびくついてちゃおかしいでしょう」
トシュが無茶なことを言う。
「おまえは遠慮がなさすぎるのよ」
「方士が世俗の身分に囚われるのも問題なんですぜ」
「わたしは方士ではないし、錦鶏の巫女でもありません。……おまえたちとは違うの」
最後の部分は自嘲ではなくて、妖怪でもないと言いそうになったのを言い換えたのである。妖怪が人間の身分に囚われることもないのかもしれないと気がついたものの、その通り口にするわけにもいかなかったので。
尤も、当の国王も、異国の少女の従者らしく振る舞うことを、特に厭うてもいないようだった。
「またこの足で地を踏むことが叶うとは思ってもみなかった。そなたたちは我が再生の恩人だ。まして我が仇敵の罪を暴くため、我が身を隠すためだというのに、どうして左様な些細なことに拘ろう」
そういう風に言われると、そういうものかとも思うが。……そんなに自分の頭が固いのだろうか。自分の反応の方が、普通であるには違いないのではないのか?
ともあれ、四人は山道を下っていった。トシュが先払いのように前に立ち、ジョイドと国王は後ろに従う。セディカはすっかり身軽になっていたし、荷担ぎなど慣れていないだろう国王の足取りもしっか
りしていた。トシュとジョイドのやり取りを聞いていた限りでは、死者を生き返らせた仙薬の余波で、しばらくは力が漲っているものらしい。
セディカの困惑が抜けないぐらいで、特にこれといった問題もないようだった、のだけれども。
「トシュ。山の外に出るには、もうちょっとかかると思うよ」
不意に、謎かけのようなことをジョイドが言った。
どういうことかと問いかけるより早く、そうだな、とトシュが足を止めた。何か記憶が刺激されるような気がして、ややあって思い至る。刺激された記憶は、大蛇が襲ってきたとき——だ。
「構わぬ。何の問題もない」
国王自身が二つ返事で了承したのだから、セディカが異を唱えるのもおかしいが。……自分の荷物を丸ごと国王が背負っているなど、落ち着かないにも程がある。
国王は死に装束を脱ぎ、僧侶の普段着を借りたらしかった。井戸に三年浸かっていた衣装は、三年浸かっていた割には肉体同様さほど傷んでいなかったようだけれども、まだ着直せる状態ではないのだろう。
本当は死んでいたあなたが、何故生きているのですか——と、生きている本人を目の前にしながら思っていられるセディカではなかった。狡い、と感じるのは母が帰ってこないからであって——公平を期して死に直すべきだと、考えているわけではない。
「偽物を見抜けなんだとは、どのように償えばよいかもわかりませぬ」
「やつは方士で、方士である前に妖怪で、妖怪である前に霊獣だ。俺らは同じ方士だからわかる部分もあったが、あんたら僧侶じゃちと難しいだろうよ」
院主が呟いたのは国王に対してであっただろうが、横でトシュが肩を竦めた。大体俺らも先に答えを教わってんだしな、とも言い添える。わかっていれば見る目も変わるから、わかっていなければ見落とすことにも気づきやすいはずだ。
ジョイドは国王にも護符を渡したり、然るべきときに国王自身に読み上げてほしいと巻き物を見せたり、院主たちにも合図があったら祈祷を行ってほしいと頼んだりした。国を守るための祈祷である。それは〈黄泉の君〉の管轄なのだろうかと思わないでもないが、配祀神の中には〈境の君〉——あの世とこの世の境であれ、国内と国外の境であれ、あらゆる境界を司る神がいたから、祈りの対象はそちらなのかもしれない。
「トシュ、小人の——小人がお嬢様を付き合わせるときの、あの衣装を覚えてる?」
「別に正確に再現しなくたっていいんだろ。失礼、お姫さん」
セディカへ向けてトシュが手をかざせば、セディカの服が昨日の巫女服に変わる。昨日「小人」が現れたときには「トシュ」はその場にいなかったわけだが、それ以前に小人と対面したり、あの衣装を見たりしたことはあるという設定らしい。どこに綻びが生じていつ嘘が暴かれるかとどきどきするから、小人の話はあまり持ち出さないでほしいのだが。
「これで準備できることは全部やったかな。では、参りましょう、お嬢様」
「……この格好は、人目を引きすぎない?」
「ご辛抱ください」
従者役の青年はただにっこりした。
偽国王に感づかれてはいけないから見送りは無用だと言い含めたものの、門の手前には院主を始め、全ての僧侶や下男に至るまでが勢揃いした。セディカは院主に二日間の宿泊と、母と祖母のためを含む供養の礼を述べ、たまたま目が合った下男に会釈をしてから、トシュとジョイドを従える格好で——そして今一人、〈錦鶏集う国〉の国王をも従える格好で、〈神宝多き寺〉を後にした。
寺院から麓に向かっては、僧侶ではない普通の庶民が使うこともあるからだろう、比較的歩きやすい道が伸びていた。〈黄泉の君〉の寺院であり、恐らく裏手にでも墓地があるのだろうから、葬儀や法事や墓参りに訪れる者も多いはずだ。
「お姫さん、もっと肩を聳やかして歩いてくださいや。従者にびくついてちゃおかしいでしょう」
トシュが無茶なことを言う。
「おまえは遠慮がなさすぎるのよ」
「方士が世俗の身分に囚われるのも問題なんですぜ」
「わたしは方士ではないし、錦鶏の巫女でもありません。……おまえたちとは違うの」
最後の部分は自嘲ではなくて、妖怪でもないと言いそうになったのを言い換えたのである。妖怪が人間の身分に囚われることもないのかもしれないと気がついたものの、その通り口にするわけにもいかなかったので。
尤も、当の国王も、異国の少女の従者らしく振る舞うことを、特に厭うてもいないようだった。
「またこの足で地を踏むことが叶うとは思ってもみなかった。そなたたちは我が再生の恩人だ。まして我が仇敵の罪を暴くため、我が身を隠すためだというのに、どうして左様な些細なことに拘ろう」
そういう風に言われると、そういうものかとも思うが。……そんなに自分の頭が固いのだろうか。自分の反応の方が、普通であるには違いないのではないのか?
ともあれ、四人は山道を下っていった。トシュが先払いのように前に立ち、ジョイドと国王は後ろに従う。セディカはすっかり身軽になっていたし、荷担ぎなど慣れていないだろう国王の足取りもしっか
りしていた。トシュとジョイドのやり取りを聞いていた限りでは、死者を生き返らせた仙薬の余波で、しばらくは力が漲っているものらしい。
セディカの困惑が抜けないぐらいで、特にこれといった問題もないようだった、のだけれども。
「トシュ。山の外に出るには、もうちょっとかかると思うよ」
不意に、謎かけのようなことをジョイドが言った。
どういうことかと問いかけるより早く、そうだな、とトシュが足を止めた。何か記憶が刺激されるような気がして、ややあって思い至る。刺激された記憶は、大蛇が襲ってきたとき——だ。