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作者: 古今いずこ
残酷な描写あり
第8回 王子の誇り 息子の怒り:1-2
作中よりも過去における死ネタ、殺害方法への言及が含まれます。苦手な方はご注意ください。
「だからどうした。広く知られた話ではないが、秘事ではない」

「ほう、ではその遠方の地名を言おうか」

「……いや、よい」

 意地が悪いと思ったのは、追及されたくないことらしいなとはこれで察せられてしまうからだ。帝国と接していない、西国よりも西——帝国からはじゅう国と呼ばれて蔑まれる国の出身だったようだと、セディカはトシュから聞いていた。東国よりも東が国と呼ばれるのと同じことである。

 父王が帝国から遠く離れた土地の生まれであることを、自身にとって恥であると感じているのか、他者に対して弱みになりうると考えているのかは判断できない。前者の意識が微塵もなくとも、後者ゆえに暴かれたくないということは十二分にありうるのだから——具体的な地名を伏せたとはいえ、配慮としては減点だ。

「この地に国を建てたのは、ここまで流れてきてこの寺院に救われたからだな。この寺院の開祖からして、政争に敗れて遠方から落ち延びてきた貴人、もしくはその従者だと言われている。そうと知ってる当時の院主どのが、お父上を突き放すはずもない」

「言われている、と。曖昧な伝承を知っていたところで何の自慢になる」

「聞かれていいならもう少し言ってやろうさ。ここで主人の方が没して、従者が墓を建ててそのままとどまったんだ。実際の開祖は従者だが、そいつが主人を立てて、主人の名前で記録を残した。意を汲んで曖昧なままにしといてやるのが気遣いってもんだろうが、太子殿下のお尋ねとあっちゃ致し方ない」

 落ち延びてきた貴人とその従者、とは身に覚えのある設定であった。

「さて、あんたの国は五年前までひでりに苦しみ、素性の知れぬ方士に救われた。お父上は喜んでその方士を弟と呼び、重用した。その方士が牡丹を愛するからと、庭園の一画にわざわざ牡丹を一むら植えさせもしたな」

「……確かに」

 これはセディカは聞いていないエピソードだ。

「かほどに優遇してやったにもかかわらず、その方士は三年前、何とは言わんがある貴石をお父上から奪って逃げた。然るにお父上は今もその方士を恋しがり、自らも牡丹を愛でてはなつかしんでいる。相違ないか?」

「ああ、相違ない」

「相違ないか!」

 トシュは急に声を張り上げ、再びくるくると雲で螺旋を描くと、セディカの前へと飛んできた。

「よろしい、ご主人。太子どのには話してやろう。太子どのには話してやろうが」

 そうして見返った先は、太子以外の面々である。

 ジョイドが後を引き受けた。

「殿下、お人払いを。ここからは殿下ご自身と我が主人の他、耳に入れることは許されません。お嬢様、わたくしにもおそばを離れるご許可を」

「おまえの判断に任せます」

 太子は迷うようだったが、やがて供の一人に合図をすると、その一人が一同に退室を命じた。ジョイドも含めて出ていくのを見送ってから、最後に自分も続く。

 本堂には太子とトシュとセディカだけが残った。

 それは即ち、第一の目的を達成したということである。太子と、太子だけと、話す準備が整った。必ずしもジョイドまで遠ざけなくともよかったし、反対にセディカが残らなくともよかったのだけれど。

 もう太子に対して上から物を言う必要もない。慌てず騒がず、きちんと礼儀にのっとって、セディカは深く頭を下げる。

「ご無礼をお許しください。どうしても殿下お一人に申し上げなくてはならないことがございます」

「ご主人が謝らんでいい」

 トシュは二人の間に浮かんだ。普通の声に戻っていたせいか、太子が眉を寄せる。

「太子どの、心して聞かれよ。かの方士は逃げてはいない。三年前のその日、お父上を井戸に落として殺し、お父上に成り済まして〈錦鶏集う国〉の玉座を乗っ取った。太子どのが今、息子として孝を尽くしている相手こそ、他ならぬお父上のかたき

「——何」

「昨夜、お父上は夢を通して、太子どのに真実を伝えよと我が主人に託された。ご主人、証拠をお見せするといい」

 うながされて、セディカは太子の前にひざまずいた。顔を伏せて捧げたのは、あの赤翡翠である。精な錦鶏を宿す、〈錦鶏集う国〉国王の形見。

「——貴様ら、さてはあの方士の仲間か!」

 鋭い声の直後、キィン、と金属音が頭の上で響いた。

「よしな。今はそっちも守ってやったが、もう一度やったらせっかくの名剣が折れるぜ」

「本性を現したか」

「あんたをす必要はないからな。やつの手下がどこかに紛れ込んでいるとしても、あんたとお母上は違うだろう」

 剣をはじき飛ばした、らしい。太子が蹈鞴たたらを踏むのと、トシュがセディカのすぐ前に下り立ったのがわかった。

「我が王子でなかろうと父上が王でなかろうと、悪ふざけでは済まぬぞ」

「信じられんのも無理はないが、俺らとしては聞いたことを伝えるしかないんだよ。しかし、陛下じきじきにくださった証拠を疑われちゃな」

 そういう風に疑われるとはセディカは思っていなかったけれども、トシュには予想の範ちゅうだったのか慌てた様子はない。
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