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作者: 古今いずこ
残酷な描写あり
第6回 王者が語る 亡者が願う:3-1
作中よりも過去における死ネタが含まれます。苦手な方はご注意ください。
 思い切り揺すぶられて、セディカははっと目を見開いた。

 トシュがセディカの二の腕をほとんど鷲づかみにして、凄いぎょうそうで覗き込んでいた。セディカが目を覚ましたことで、幾らか安堵したようではあった。

「俺が見えるか?」

「ええ……」

「起き上がれるか」

 答える代わりに、起き上がってみる。特に体のどこかが動かなかったり、痛んだりということもなく、いささか拍子抜けしたのだったが。

 トシュが片手ですばやくセディカの前髪をき上げた。あらわになった額に、その視線は吸いつけられたかのように注がれていた。

 次の瞬間、セディカはその手を跳ねけて自分の両手で額を覆った。右手の中から何かが飛んでいったのを感じたが、そちらに注意を払うどころではなかった。

「どうした、それは」

「違うの、あの、昔」

「昔?」

 責められたのかと思うほど緊迫した声のトーンが、すぐに変わる。

「前からあった傷か?」

 はあ、と青年は息を吐いた。

「なら、いい。焦ったわ」

「……お父様がお母様に盃を投げつけて、跳ね返ったのが当たったの」

「いいっつうに」

 トシュは眉を寄せたが、トシュの疑問を解決してやりたかったのではなくて、父の非道を言い触らしてやりたかったのだからこれでよいのである。

「だからベールがいるのね」

 ジョイドの声がしたことには驚かなかった。トシュがいるのなら、ジョイドもいるだろう。何なら灯りを点けたのもジョイドだろう、トシュにその余裕があったとは思えない。

 旅先でも他人の記憶に残りやすいだろう、などという理由は建前であり後づけだ。真の目的は額の傷痕を隠すためである。父は自分への当てつけだと思っているだろうが、傷が他人の目に触れるのも嫌なのだろう、文句をつけられたことはない。

 ベールに拘っているわけではなくて、帽子をぶかに被ることもあるし、スカーフを巻くこともあるし、バンダナでも鉢巻きでも用は足りた。が、セディカの体感としては、ベールが一番、周りから口出しをされない。例えば帽子は状況によっては、脱がなければ礼を失することになってしまう。山の首領の前に出るときに、トシュがバンダナを外したのもそういうことだろう。が、ベールは南国の、異文化の被り物であるものだから、正しい作法を指摘できる者がいないのだ。

「悪いことしたね。知らなかったとはいえ」

「睨むなよ。……あー……すまん」

「……ううん。仕方ないわ」

 興味本位で見られたわけではない。大体、今の今まで気づかれなかったのは、二人が好奇心からベールの下を暴こうとしなかったためである。トシュが日ごとに用意する着替えに、頼んでもいないのに途中からベールが増えたくらいだ。

 まだ寝間着になっていなかったトシュは、服の中を探して残っていたバンダナの切れ端をみつけると、ナイトキャップに変えて放ってよこした。セディカはそそくさと被って、目のすぐ上までふちを引き下ろしてから、口の中で礼を言った。

 それから——まじまじと二人を見る。

「……どうしたの?」

 トシュがいるのなら、ジョイドもいるだろうが。そもそも、何故、いるのか。

「ええとね、ちょっと変わった気配がしたわけなんだけど。寝てて何かおかしなことはなかった? 寝苦しかったとか、変な夢を見たとか」

「夢……だったのかしら」

 思い当たることははっきりとある。唐突に断ち切られた、死者との語らい。

 目覚めと共に霧散していかなかったその記憶を、少女は思い出せる限り語った。青年たちは口を挟まずに最後まで聞いて、それから顔を見合わせた。

「ただの夢でもなさそうだよ。亡霊が君にまとわりついてたのは確かだから」

「まと……」

 顔が引きる。とはいえ、もうここにはいないようではあるが。

「亡霊が本当のことを言ってたのかどうかは別問題だけどね。〈錦鶏〉の国王で——殺されて成り変わられた、か」

「……幽霊は嘘をけないって、聞いたことがあるけど」

「そういう話はあるけどな。俗説なのか本当なのかは」

 言いさして、トシュが頭を掻きむしる。

「方士の目標は不老不死だぜ。死んだ後のことなんざ知るかよ」

「寺院の敷地内に入ってこられるんだから、少なくとも悪霊ではないだろうけどね」

「……そうだよ。てめえおどかしやがって」

 トシュは食ってかかったが、油断して何かあったらその方が困るでしょ、とジョイドは悪びれない。つい先ほど大変な剣幕で起こされたセディカとしては、トシュに同調したいところだった。随分——心配させた、らしいのに。

「追い払わないで捕まえるべきだったかなあ。ところでセディ、これは君のもの?」

 トシュを放って、ジョイドが片手を顔の横に上げた。握られていた赤い飾りに、あ、とセディカは声をこぼした。

「多分、証拠にって……その、陛下が、最後に」

「王様本人には成り済ませても、これの偽物は作れなかったってやつね。おまえは? 作れる?」

「そんな細けえのをか?」

 質問返しの形を取った、それは否定であった。そんな無謀なことに挑戦させる気か、とでも言いたげな呆れを帯びてもいた。

 夢の中でも目にした鳥の絵は、描いてあるのではなく、彫ってあるのだった。近くで見ればつややかな羽毛の一本一本までが彫り出されていて、指を当てればふかふかとした手触わりが感じられそうだった。今にもくいっと首をこちらにひねりそうな、瞬きでもしそうな、本物のような——こんなところに、こんな大きさで、鳥が埋まっているはずもないのだが。
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