その後 2
その後私達とミラレス一行はエムレオスの城の広間に集まり、今後のことを話し合うことになった。
「ではとりあえず他の冠位の悪魔の動向を伝えよう」
席について、一番初めにミラレスが口を開く。
正直諸侯の考えや、動向があって初めてこちらも対案が出せる。私達としては、このまま平和になってくれればそれで良いのだから。
「今のところ俺を含めた他の町の盟主たちは、何か事を起こそうとは思っていない。ただ単純に、アザゼルを倒した君達の考えが知りたいというのが本音だ」
あっちもあっちで相手の動き次第か……まあ分かってはいたけれど。
こういう場面では、大抵先に意見や考えを表明した方が不利になる。何事も後だしの方が上手くいく。それを各町の盟主達は理解しているのだ。
「レシファー?」
私は、隣で突然立ち上がったレシファーを見る。
何を言うつもりだろう?
今回の件に私は深入りする気がない。というより深入りする権利がない。
あくまで私は部外者だ。当然手伝いはするが、主体となって動くことはない。ここで私がしゃしゃり出るのは、異界に住まう悪魔達に対して失礼だ。
「ミラレス、宝玉の用意はありますか?」
「ああ。勿論だ。そのために来たようなものだからな」
名前を呼ばれたミラレスは懐から宝玉を取り出す。
アザゼルが私達にメッセージを伝えた物と同じだろう。
「今から私が話すことは、エムレオスの盟主、冠位の悪魔レシファーの意見として広めてください」
「承知した」
ミラレスは了承すると、宝玉の中央に手をあて魔力を込める。
「いつでもどうぞ」
「では」
レシファーは深呼吸をすると、ゆっくりと口を開く。
「異界の皆さん、私はエムレオスの盟主、冠位の悪魔レシファーです。先ほどアザゼルを葬り去ったことで、今後の異界のありようも変わって来るかと思いますので、現段階での私の意見をここで述べさせていただきます」
レシファーは挨拶を終えて本題に入る。内容は私も聞かされていない。
「現状の私の気持ちとしては、アザゼルが実質統治していた頃の異界とはまるっきり変えようと思っています。どう変えるかというと、力と恐怖による支配を無くそうという事です。そこでまずは、皆さんがアザゼルに教え込まれている嘘を明かさなければいけません。それは、異界で殺された悪魔はしばらくしたら復活するというものです。これは完全に嘘の情報です。異界で死んだ悪魔は、消滅します。ですからアザゼルが戻ってくるなんてことは絶対にあり得ません! これから私の話を聞く前の大前提として、これを理解してください」
堂々とそう宣言する。ミラレスは分かっているとしても、彼の配下達が一切驚いていないのが意外だった。
「どうした? 魔女アレシア。意外か? 俺は自分の配下に嘘はつかんぞ?」
ミラレスは私の反応を楽しむように口を開く。
このふてぶてしい態度の中にも、部下や仲間を利用しないという強い意思を感じる。初対面なのに、彼の言葉に嘘がないのが分かる。
「そして私が今後どうするかというと、エムレオスを離れ、というよりも異界を離れ、あちらの世界へ行きます。私と契約している魔女、アレシア様と共にあるためです。そしてその間のエムレオスの統治者を、強さでは無く、その人柄から選びたいと思っています」
「ほう! それは意外だな。レシファーは再び異界を離れるのかい?」
ミラレスが口を出す。
「ええそのつもりです。私はアレシア様と共に静かに過ごすことを望みます」
レシファーは真っすぐ答える。
「ああなるほど。それでさっきの前提の話に繋がるのか」
「そういう事です。前提条件として、死んだら消える。この概念は今までの悪魔の常識には無かったものかもしれません。しかし生き物は全てその法則に従って生きています。悪魔も、この異界では例外ではありません。ですから、力による支配は本日をもって終了としたいのです! 今まで異界は、死んでも復活するという嘘の条件のもと成り立っていました。殺しても消えないのだから、殺す意味がない。そういった理由で争いが無い世界だったと認識しています」
「それを今度は、殺したら消滅するという前提で、平和にやっていきましょうよという話しか?」
「そうです。この噓の情報は、それはそれで上手く機能していました。無駄な争いを無くし、死を恐れない勇猛な兵士に仕立て上げるために……しかしそれは嘘です。良くない風習です。真の意味で平和な異界ではありませんでした。そしてアザゼルが掲げていた、あちらの世界の異界化計画は私とアレシア様が止めました! もしそれでもまだ企てる者が出た場合は、私達が全力で潰します。私達が武力を行使するのはそのタイミングだけであることをここに誓います!」
話を聞いていたミラレス一行から自然と拍手が沸き起こる。
「私から皆さんにお願いしたいのは一点だけ、決して力を振るわないでください。決して力に劣る者を迫害しないでください。決して争ったりしないでください。もしも考えや意見が違っていた場合は、言葉で、話し合いで解決してください! この話を聞いている各町の盟主にお願いします。組織作りをしてください。話し合いで物事を決定していくような組織作りをお願いします。私からのお願いはただそれだけです!」
レシファーは演説を終えると、少し疲れた顔を浮かべて席に着く。
録音を終えた宝玉をミラレスが配下の一人に渡すと、受け取った配下は宝玉を手にどこかへと去っていった。
「何をしに?」
私が気になって尋ねる。
「ああ。あれは複製だよ。異界でのもっともポピュラーな情報伝達手段さ。あれをいくつも複製して、異界の至る所に届けるのさ。各町の盟主は勿論、それ以外の辺境に住んでいる悪魔達にもね」
ミラレスは丁寧に説明をしてくれた。レシファーの演説を聞いている態度を見るに、彼は元からそこまでアザゼル寄りの考え方では無いのだろう。
もしもアザゼル寄りの悪魔だったら、今こうして私とレシファーを前にして冷静でいられるはずがない。
「それはそうとレシファー。君がこの町を離れている間の統治者は誰にするのか決まっているのか? それともこれから決めるのか?」
ミラレスとしては、新しいエムレオスの盟主と顔を合わせてから帰りたいというのが本音だろう。
「それなら候補は決まっています。後は本人が了承してくれるかです。そろそろつくころと思いますが……」
レシファーが答えた直後、広間のドアが開けられる。
「遅くなりました!」
真っ先に聞こえたのはポックリの声だ。
私がポックリの方を振り向くと、ポックリの背後に見覚えのある悪魔が立っている。
顔に似合わず物腰の柔らかい悪魔、ピックルだ。
「レシファー様、アレシア様! よくぞご無事で!」
ピックルはその場に崩れ落ち、涙を流す。ここに来る途中でポックリから話を聞いていたのだろう。私とレシファーがアザゼルに挑むと。それを聞いたからなのか分からないが、ピックルもポックリも息があがっている。
「二人なら勝てると信じてたぜ!」
泣き崩れるピックルの背中をさすりながら、ポックリが私達をジッと見つめる。
言葉とは裏腹に目元が濡れている気がするが、指摘すると怒りそうなので黙っておこう。
「ポックリ、お疲れさまでした。ピックル……」
「レシファー様」
レシファーは泣き崩れていたピックルの腕を掴むと、ゆっくりと立たせてミラレスの前まで連れてくる。
「ピックル、話はポックリから聞いていますね?」
「はい。ですが、本当においらなんかで良いのですか? 他にもっと適任者がいるはずでは……」
「いいえ。ピックル。この町エムレオスで迫害されて、町の外に出なくてはいけなくなった貴方だからこそ、任せたいのです。ここから先の異界に力は不要。その象徴として、貴方にお任せしたいのです」
レシファーは優しくも厳しくもない、ただただ真剣な眼差しをピックルに向ける。
「……レシファー様がそう仰るのでしたら」
ピックルも神妙な面持ちで顔を縦に振った。
「ではとりあえず他の冠位の悪魔の動向を伝えよう」
席について、一番初めにミラレスが口を開く。
正直諸侯の考えや、動向があって初めてこちらも対案が出せる。私達としては、このまま平和になってくれればそれで良いのだから。
「今のところ俺を含めた他の町の盟主たちは、何か事を起こそうとは思っていない。ただ単純に、アザゼルを倒した君達の考えが知りたいというのが本音だ」
あっちもあっちで相手の動き次第か……まあ分かってはいたけれど。
こういう場面では、大抵先に意見や考えを表明した方が不利になる。何事も後だしの方が上手くいく。それを各町の盟主達は理解しているのだ。
「レシファー?」
私は、隣で突然立ち上がったレシファーを見る。
何を言うつもりだろう?
今回の件に私は深入りする気がない。というより深入りする権利がない。
あくまで私は部外者だ。当然手伝いはするが、主体となって動くことはない。ここで私がしゃしゃり出るのは、異界に住まう悪魔達に対して失礼だ。
「ミラレス、宝玉の用意はありますか?」
「ああ。勿論だ。そのために来たようなものだからな」
名前を呼ばれたミラレスは懐から宝玉を取り出す。
アザゼルが私達にメッセージを伝えた物と同じだろう。
「今から私が話すことは、エムレオスの盟主、冠位の悪魔レシファーの意見として広めてください」
「承知した」
ミラレスは了承すると、宝玉の中央に手をあて魔力を込める。
「いつでもどうぞ」
「では」
レシファーは深呼吸をすると、ゆっくりと口を開く。
「異界の皆さん、私はエムレオスの盟主、冠位の悪魔レシファーです。先ほどアザゼルを葬り去ったことで、今後の異界のありようも変わって来るかと思いますので、現段階での私の意見をここで述べさせていただきます」
レシファーは挨拶を終えて本題に入る。内容は私も聞かされていない。
「現状の私の気持ちとしては、アザゼルが実質統治していた頃の異界とはまるっきり変えようと思っています。どう変えるかというと、力と恐怖による支配を無くそうという事です。そこでまずは、皆さんがアザゼルに教え込まれている嘘を明かさなければいけません。それは、異界で殺された悪魔はしばらくしたら復活するというものです。これは完全に嘘の情報です。異界で死んだ悪魔は、消滅します。ですからアザゼルが戻ってくるなんてことは絶対にあり得ません! これから私の話を聞く前の大前提として、これを理解してください」
堂々とそう宣言する。ミラレスは分かっているとしても、彼の配下達が一切驚いていないのが意外だった。
「どうした? 魔女アレシア。意外か? 俺は自分の配下に嘘はつかんぞ?」
ミラレスは私の反応を楽しむように口を開く。
このふてぶてしい態度の中にも、部下や仲間を利用しないという強い意思を感じる。初対面なのに、彼の言葉に嘘がないのが分かる。
「そして私が今後どうするかというと、エムレオスを離れ、というよりも異界を離れ、あちらの世界へ行きます。私と契約している魔女、アレシア様と共にあるためです。そしてその間のエムレオスの統治者を、強さでは無く、その人柄から選びたいと思っています」
「ほう! それは意外だな。レシファーは再び異界を離れるのかい?」
ミラレスが口を出す。
「ええそのつもりです。私はアレシア様と共に静かに過ごすことを望みます」
レシファーは真っすぐ答える。
「ああなるほど。それでさっきの前提の話に繋がるのか」
「そういう事です。前提条件として、死んだら消える。この概念は今までの悪魔の常識には無かったものかもしれません。しかし生き物は全てその法則に従って生きています。悪魔も、この異界では例外ではありません。ですから、力による支配は本日をもって終了としたいのです! 今まで異界は、死んでも復活するという嘘の条件のもと成り立っていました。殺しても消えないのだから、殺す意味がない。そういった理由で争いが無い世界だったと認識しています」
「それを今度は、殺したら消滅するという前提で、平和にやっていきましょうよという話しか?」
「そうです。この噓の情報は、それはそれで上手く機能していました。無駄な争いを無くし、死を恐れない勇猛な兵士に仕立て上げるために……しかしそれは嘘です。良くない風習です。真の意味で平和な異界ではありませんでした。そしてアザゼルが掲げていた、あちらの世界の異界化計画は私とアレシア様が止めました! もしそれでもまだ企てる者が出た場合は、私達が全力で潰します。私達が武力を行使するのはそのタイミングだけであることをここに誓います!」
話を聞いていたミラレス一行から自然と拍手が沸き起こる。
「私から皆さんにお願いしたいのは一点だけ、決して力を振るわないでください。決して力に劣る者を迫害しないでください。決して争ったりしないでください。もしも考えや意見が違っていた場合は、言葉で、話し合いで解決してください! この話を聞いている各町の盟主にお願いします。組織作りをしてください。話し合いで物事を決定していくような組織作りをお願いします。私からのお願いはただそれだけです!」
レシファーは演説を終えると、少し疲れた顔を浮かべて席に着く。
録音を終えた宝玉をミラレスが配下の一人に渡すと、受け取った配下は宝玉を手にどこかへと去っていった。
「何をしに?」
私が気になって尋ねる。
「ああ。あれは複製だよ。異界でのもっともポピュラーな情報伝達手段さ。あれをいくつも複製して、異界の至る所に届けるのさ。各町の盟主は勿論、それ以外の辺境に住んでいる悪魔達にもね」
ミラレスは丁寧に説明をしてくれた。レシファーの演説を聞いている態度を見るに、彼は元からそこまでアザゼル寄りの考え方では無いのだろう。
もしもアザゼル寄りの悪魔だったら、今こうして私とレシファーを前にして冷静でいられるはずがない。
「それはそうとレシファー。君がこの町を離れている間の統治者は誰にするのか決まっているのか? それともこれから決めるのか?」
ミラレスとしては、新しいエムレオスの盟主と顔を合わせてから帰りたいというのが本音だろう。
「それなら候補は決まっています。後は本人が了承してくれるかです。そろそろつくころと思いますが……」
レシファーが答えた直後、広間のドアが開けられる。
「遅くなりました!」
真っ先に聞こえたのはポックリの声だ。
私がポックリの方を振り向くと、ポックリの背後に見覚えのある悪魔が立っている。
顔に似合わず物腰の柔らかい悪魔、ピックルだ。
「レシファー様、アレシア様! よくぞご無事で!」
ピックルはその場に崩れ落ち、涙を流す。ここに来る途中でポックリから話を聞いていたのだろう。私とレシファーがアザゼルに挑むと。それを聞いたからなのか分からないが、ピックルもポックリも息があがっている。
「二人なら勝てると信じてたぜ!」
泣き崩れるピックルの背中をさすりながら、ポックリが私達をジッと見つめる。
言葉とは裏腹に目元が濡れている気がするが、指摘すると怒りそうなので黙っておこう。
「ポックリ、お疲れさまでした。ピックル……」
「レシファー様」
レシファーは泣き崩れていたピックルの腕を掴むと、ゆっくりと立たせてミラレスの前まで連れてくる。
「ピックル、話はポックリから聞いていますね?」
「はい。ですが、本当においらなんかで良いのですか? 他にもっと適任者がいるはずでは……」
「いいえ。ピックル。この町エムレオスで迫害されて、町の外に出なくてはいけなくなった貴方だからこそ、任せたいのです。ここから先の異界に力は不要。その象徴として、貴方にお任せしたいのです」
レシファーは優しくも厳しくもない、ただただ真剣な眼差しをピックルに向ける。
「……レシファー様がそう仰るのでしたら」
ピックルも神妙な面持ちで顔を縦に振った。