災厄の悪魔 4
遅れてやって来たポックリを加えて城の門をくぐると、エムレオスの住人たちが集まっていた。
彼らは静まり返り、静かに道を開けて左右に別れる。
「行ってらっしゃいませ!」
一番先頭に立っていたカリギュラの声を合図に、エムレオスの住人達から一斉にお見送りの言葉を受け取る。
レシファーになら分かるが、私やポックリにまで見送りをしてくれた。
「私まで……」
「当然です。みんな、この町を救ってくれたアレシア様に恩義を感じているのです」
レシファーはそう説明してくれた。
自分が大勢に好意的に接してもらったのは、初めてでは無いだろうか?
魔女狩り以前もその強さ故に敬遠されていたし、魔女狩り以降は誰からも嫌われた。
そんな私がまさか異界でこんな対応をされるとは思ってもみなかった。
少し目頭が熱くなる。体が上気する。初めて感じた心の高揚感。
「なんで俺まで?」
そんな私の感動を他所に、ポックリも不思議な顔をしている。
「ポックリは……なんででしょうね? おまけでしょうか?」
さらりとレシファーは酷いことを言う。
でもレシファーがここまでずけずけ言うのは信頼の証でもある。それに彼女の言っていることもあながち間違っていないと思う。
ポックリは強力な悪魔ではない。むしろ弱い。それなのに私やレシファーといつも一緒にいて、当たり前のように会話している。ここにいる皆も、なんとなくポックリを受け入れているのだ。
盛大な見送りを受けて、ようやく私達は町の出口に到着する。
「それじゃあポックリ、ピックル達を無事に連れてきてね」
「そっちこそ、絶対に勝ってくれよ!!」
私とレシファーは翼を展開し、空へ。逆方向に向かうポックリは地上を行く。
それぞれが別々の目的を持って出発する。
そして無事にここに戻ってくるのだ。
「こっちです」
私とレシファーはポックリに手を振った後、彼女の案内でグレンドル平原まで飛んでいく。
空は相変わらず薄暗いが、それでも雨は降っていない。本当に何も障害物が無いというのなら、決闘にはうってつけの場所とタイミングだろう。
エムレオスから西に向かって飛び続けること三時間程、ようやく平原の端が見えてきた。
「本当に何もないのね」
グレンドル平原の中央に向かって飛びながら、私はそう感想を口にする。
言葉通り、本当に草と砂利しか存在せず、木も岩もない。
「ええ。ここならどっちの町からも遠いですし、他の悪魔達に被害が及ぶことは無いでしょう」
レシファーのその言葉を合図に私達は地上に降りる。
ここがちょうど中央らしい。
まだアザゼルの姿はない。
「心の準備は良いかしら?」
「アレシア様こそ」
「私はいつでもいいわ」
私が答えた直後、私達の数メートル先の空間が歪む。
「そうかそうか。それは上々!」
何度か聞いた、仰々しい話し方と声は間違いなくアイツのものだった。
歪んだ空間から、二本のヤギの角を生やした獣人のような巨大な悪魔が現れる。
そうそう。最初にアザゼルと対面した時も、こうやって現れたっけ?
「来たわね……アザゼル!」
何もない平原に姿をあらわしたのは、身の丈五メートルほどの獣人型の悪魔。
頭に生えた二本の角は禍々しく、全身は筋骨隆々でミノタウロスに近い造形。
原初の悪魔、冠位の悪魔、最強の悪魔……いろんな呼び名が彼の強さを証明しているが、私はあえてこう呼ぼう。
災厄の悪魔と。
「直接会うのは二回目だな裏切りの魔女アレシア。そして面と向かって合うのは本当に久しいなレシファーよ」
最初に会った時と同じく、アザゼルが存在するだけで磁場が歪み、あたりの小石が宙に浮かぶ。
間違いなく今まで出会った悪魔の中で最強だろう。
「久しぶりですねアザゼル。相変わらずやることに品が無いですが……」
隣のレシファーが、珍しくいきなり喧嘩を売る。
あんまりレシファーから仕掛けるのは見たことがない。
「我のやることに品が無い? どこがだ? 我は品性という点においては、異界一を自負しているのだが」
アザゼルは意外そうに振舞う。
どの口で言っているのやら……
「貴方に品があるのは言葉遣いだけで、思想や行動には品性の欠片もない。獣と同じです」
「ああなるほど。我がそこの魔女を貶めたことに腹をたてているのか? それともエムレオスに軍勢を派遣したことか?」
アザゼルはおちょくるようにレシファーに問いかける。
「その両方です!」
その言葉を皮切りにレシファーは走りだす。
「早速というわけか」
アザゼルは、歪んだ空間から私の身の丈程の剣を取り出し構える。
対するレシファーは走りながら詠唱を終らせ、右手に剣を持っている。
さらに彼女が走った跡から次々と草木が芽吹き、あたり一面を森に変換していく。
「厄介な魔法だな」
アザゼルはそう口にし、地面を強く足踏みすると彼を中心に突風が吹き荒れる。
「まさか!」
私は咄嗟に前方に追憶を放ち、見えない刃に備える。
「命よ、我に従い、その名を示せ!」
レシファーも気がついたのか途中で突進を止め、詠唱を開始して木のドームを作り出すと同時に無数の槍をアザゼルに向って飛ばす。
「アレシア様、こちらへ!」
私は前方に放った追憶が風の刃を消し飛ばしたのを確認すると、一気に駆け出し、レシファーのいる木のドームの内側へ。
ドームから顔を少しだけ出してアザゼルを見ると、彼に向かって飛んでいった木の槍は悉く見えない刃に切り刻まれ、吹き飛んでいく。
あれではキテラと戦っていた私そのもの。だったら!
「追憶魔法、対象者の時を戻せ!」
キテラと戦っていた時はまだ取り戻していなかった追憶魔法。これでアザゼルを消し飛ばせれば、それで決着がつく。
「無駄無駄!」
アザゼルが叫ぶ。無駄? そんなはず……
だがいつまで経ってもアザゼルは消えない。戻されない。
やがて風は止み、彼から半径数メートル以内の木々は、全て切り刻まれている。
「追憶魔法が効かない? そんなはず……」
こいつはクロノドリアと違ってアンチマジックを使用していないし、あの妙な鎧も着ていない。一体どうやって?
「フハハハハ! 随分と驚いておるのだなアレシア。我がその強力な魔法に対してなんら備えもなく、のこのこやって来ると思うのか?」
理由は分からない。それでも消せない。アザゼルは悪魔だ。
時間の概念がない悪魔だから、最初から彼自身を対象には指定できない。だから他の悪魔達同様、アザゼルが存在している地点の時間を戻したはず! それなのに……消えない。いつまで遡ってもあの空間に彼がいないという観測が出来ない!
「我がどうして原初の悪魔と言われているのか知らないのか?」
原初の悪魔?
そこで私はレシファーの言葉を思い出す「この異界の誕生と共にあったと言われています」つまりこの異界の発生時、アザゼルは存在しているという事。でも、だから何? それが何だというの?
「分からぬか? この異界の全ての空間、時間において、我が存在しない時など無いということだ!」
アザゼルは愉快そうに解説してくれる。
そこでようやく私にも理解が及んだ。
アザゼルの影響を受けていない異界は存在せず、それはこの異界の誕生時から今この瞬間にまで続いている。
だから私がいくらアザゼルが存在しない時間まで巻き戻そうとしても、そんなものは無いのだ。そんな空間も時間も存在しない。
アザゼルはこの異界にいる限り、私の追憶魔法が効かない!
「随分とふざけた能力だこと」
私はついつい愚痴る。
厄介極まりない。
ただでさえ最強の悪魔と言われているアザゼル相手に、追憶魔法無しで戦わなければいけないとはね。
「アレシア様!」
レシファーの言葉に冷静になり、彼女の方を向くと、彼女は自身の剣を私に差し出す。
「アレシア様、私と本当の契約をしませんか?」
彼らは静まり返り、静かに道を開けて左右に別れる。
「行ってらっしゃいませ!」
一番先頭に立っていたカリギュラの声を合図に、エムレオスの住人達から一斉にお見送りの言葉を受け取る。
レシファーになら分かるが、私やポックリにまで見送りをしてくれた。
「私まで……」
「当然です。みんな、この町を救ってくれたアレシア様に恩義を感じているのです」
レシファーはそう説明してくれた。
自分が大勢に好意的に接してもらったのは、初めてでは無いだろうか?
魔女狩り以前もその強さ故に敬遠されていたし、魔女狩り以降は誰からも嫌われた。
そんな私がまさか異界でこんな対応をされるとは思ってもみなかった。
少し目頭が熱くなる。体が上気する。初めて感じた心の高揚感。
「なんで俺まで?」
そんな私の感動を他所に、ポックリも不思議な顔をしている。
「ポックリは……なんででしょうね? おまけでしょうか?」
さらりとレシファーは酷いことを言う。
でもレシファーがここまでずけずけ言うのは信頼の証でもある。それに彼女の言っていることもあながち間違っていないと思う。
ポックリは強力な悪魔ではない。むしろ弱い。それなのに私やレシファーといつも一緒にいて、当たり前のように会話している。ここにいる皆も、なんとなくポックリを受け入れているのだ。
盛大な見送りを受けて、ようやく私達は町の出口に到着する。
「それじゃあポックリ、ピックル達を無事に連れてきてね」
「そっちこそ、絶対に勝ってくれよ!!」
私とレシファーは翼を展開し、空へ。逆方向に向かうポックリは地上を行く。
それぞれが別々の目的を持って出発する。
そして無事にここに戻ってくるのだ。
「こっちです」
私とレシファーはポックリに手を振った後、彼女の案内でグレンドル平原まで飛んでいく。
空は相変わらず薄暗いが、それでも雨は降っていない。本当に何も障害物が無いというのなら、決闘にはうってつけの場所とタイミングだろう。
エムレオスから西に向かって飛び続けること三時間程、ようやく平原の端が見えてきた。
「本当に何もないのね」
グレンドル平原の中央に向かって飛びながら、私はそう感想を口にする。
言葉通り、本当に草と砂利しか存在せず、木も岩もない。
「ええ。ここならどっちの町からも遠いですし、他の悪魔達に被害が及ぶことは無いでしょう」
レシファーのその言葉を合図に私達は地上に降りる。
ここがちょうど中央らしい。
まだアザゼルの姿はない。
「心の準備は良いかしら?」
「アレシア様こそ」
「私はいつでもいいわ」
私が答えた直後、私達の数メートル先の空間が歪む。
「そうかそうか。それは上々!」
何度か聞いた、仰々しい話し方と声は間違いなくアイツのものだった。
歪んだ空間から、二本のヤギの角を生やした獣人のような巨大な悪魔が現れる。
そうそう。最初にアザゼルと対面した時も、こうやって現れたっけ?
「来たわね……アザゼル!」
何もない平原に姿をあらわしたのは、身の丈五メートルほどの獣人型の悪魔。
頭に生えた二本の角は禍々しく、全身は筋骨隆々でミノタウロスに近い造形。
原初の悪魔、冠位の悪魔、最強の悪魔……いろんな呼び名が彼の強さを証明しているが、私はあえてこう呼ぼう。
災厄の悪魔と。
「直接会うのは二回目だな裏切りの魔女アレシア。そして面と向かって合うのは本当に久しいなレシファーよ」
最初に会った時と同じく、アザゼルが存在するだけで磁場が歪み、あたりの小石が宙に浮かぶ。
間違いなく今まで出会った悪魔の中で最強だろう。
「久しぶりですねアザゼル。相変わらずやることに品が無いですが……」
隣のレシファーが、珍しくいきなり喧嘩を売る。
あんまりレシファーから仕掛けるのは見たことがない。
「我のやることに品が無い? どこがだ? 我は品性という点においては、異界一を自負しているのだが」
アザゼルは意外そうに振舞う。
どの口で言っているのやら……
「貴方に品があるのは言葉遣いだけで、思想や行動には品性の欠片もない。獣と同じです」
「ああなるほど。我がそこの魔女を貶めたことに腹をたてているのか? それともエムレオスに軍勢を派遣したことか?」
アザゼルはおちょくるようにレシファーに問いかける。
「その両方です!」
その言葉を皮切りにレシファーは走りだす。
「早速というわけか」
アザゼルは、歪んだ空間から私の身の丈程の剣を取り出し構える。
対するレシファーは走りながら詠唱を終らせ、右手に剣を持っている。
さらに彼女が走った跡から次々と草木が芽吹き、あたり一面を森に変換していく。
「厄介な魔法だな」
アザゼルはそう口にし、地面を強く足踏みすると彼を中心に突風が吹き荒れる。
「まさか!」
私は咄嗟に前方に追憶を放ち、見えない刃に備える。
「命よ、我に従い、その名を示せ!」
レシファーも気がついたのか途中で突進を止め、詠唱を開始して木のドームを作り出すと同時に無数の槍をアザゼルに向って飛ばす。
「アレシア様、こちらへ!」
私は前方に放った追憶が風の刃を消し飛ばしたのを確認すると、一気に駆け出し、レシファーのいる木のドームの内側へ。
ドームから顔を少しだけ出してアザゼルを見ると、彼に向かって飛んでいった木の槍は悉く見えない刃に切り刻まれ、吹き飛んでいく。
あれではキテラと戦っていた私そのもの。だったら!
「追憶魔法、対象者の時を戻せ!」
キテラと戦っていた時はまだ取り戻していなかった追憶魔法。これでアザゼルを消し飛ばせれば、それで決着がつく。
「無駄無駄!」
アザゼルが叫ぶ。無駄? そんなはず……
だがいつまで経ってもアザゼルは消えない。戻されない。
やがて風は止み、彼から半径数メートル以内の木々は、全て切り刻まれている。
「追憶魔法が効かない? そんなはず……」
こいつはクロノドリアと違ってアンチマジックを使用していないし、あの妙な鎧も着ていない。一体どうやって?
「フハハハハ! 随分と驚いておるのだなアレシア。我がその強力な魔法に対してなんら備えもなく、のこのこやって来ると思うのか?」
理由は分からない。それでも消せない。アザゼルは悪魔だ。
時間の概念がない悪魔だから、最初から彼自身を対象には指定できない。だから他の悪魔達同様、アザゼルが存在している地点の時間を戻したはず! それなのに……消えない。いつまで遡ってもあの空間に彼がいないという観測が出来ない!
「我がどうして原初の悪魔と言われているのか知らないのか?」
原初の悪魔?
そこで私はレシファーの言葉を思い出す「この異界の誕生と共にあったと言われています」つまりこの異界の発生時、アザゼルは存在しているという事。でも、だから何? それが何だというの?
「分からぬか? この異界の全ての空間、時間において、我が存在しない時など無いということだ!」
アザゼルは愉快そうに解説してくれる。
そこでようやく私にも理解が及んだ。
アザゼルの影響を受けていない異界は存在せず、それはこの異界の誕生時から今この瞬間にまで続いている。
だから私がいくらアザゼルが存在しない時間まで巻き戻そうとしても、そんなものは無いのだ。そんな空間も時間も存在しない。
アザゼルはこの異界にいる限り、私の追憶魔法が効かない!
「随分とふざけた能力だこと」
私はついつい愚痴る。
厄介極まりない。
ただでさえ最強の悪魔と言われているアザゼル相手に、追憶魔法無しで戦わなければいけないとはね。
「アレシア様!」
レシファーの言葉に冷静になり、彼女の方を向くと、彼女は自身の剣を私に差し出す。
「アレシア様、私と本当の契約をしませんか?」