姉妹 1
「なに?」
私とポックリは上を見上げる。
今の数多の咆哮は、すべて私達の頭上から聞こえてきた。
「嫌な予感がするんだけど……」
ポックリは怯えた表情でずっと上を見張っている。
「ポックリ、下がりなさい」
「で、でも」
「いいから! 死ぬわよ!」
私はポックリに、少々声を荒げる。
ポックリの抱いた嫌な予感というのは、おそらく私が予想しているのと同じ。だとしたら、もうまもなく奴らは降ってくる。
「そこから動かないでよ」
「う、うん」
ポックリは私の剣幕に気圧され、大広間の隅の柱の陰に隠れる。
これで大丈夫……
私がホッとしたタイミングで、もう一度さっきの咆哮が大広間に木霊する。
咆哮が止んだと同時に、ここから見える範囲全ての扉が一斉に開き、中から次々とミノタウロスが姿をあらわす。
「冗談やめてよね……」
私とポックリの予想は全て当たってしまった。
この建物に無数にあった扉は、その全てがミノタウロス達の部屋。
残念ながらミノタウロスは、一体では無かった。
数えきれないほどに大量にいたのだ。
ミノタウロスの軍勢は、次々と私の立つ大広間に飛び降りはじめ、私は数えるのを諦めた。
私はこいつらのワープを警戒し、設置型の追憶を自身の周りに配置する。
深呼吸をして、ミノタウロス達の行動を見張る。これだけいると、一体ぐらいワープしたところで気づかない。
「ポックリ、声を出すと貴方の場所がバレるから、念話でサポートしてちょうだい」
私はひっそりと念話でポックリにコンタクトをとる。
「オーケー! 任せろ! 俺がアレシアの第三の眼になろう!」
私はポックリに見守ってもらうことで、目の前の戦いに集中する。
いつどこから敵がワープして来て、あの巨大な斧で切りかかってくるかも分からない。
設置型の追憶は、ミノタウロスが出現するであろうスペースを予想して設置するので、振りかぶった斧まで消せる保障はどこにもない。
戦いにおいて、情報は戦局を大きく左右する要素だ。下手したら、単純な戦闘力よりも重要度は高い。
「右斜め後方!」
私はポックリの声に従い、右斜め後方のやや上、ミノタウロスが振り上げている斧があろう位置に小規模の追憶を放つ。
すると予想通りに、設置型の追憶でミノタウロス本体を消し飛ばし、私が放った追憶で斧を消滅させる。
「真後ろ! 左!」
私は迎撃を諦め、右に躱す。躱した瞬間、ポックリの言った通り、私がいた場所に後方と左から同時に斧が襲い掛かり、設置型の追憶によって二体のミノタウロスが消滅した。
「このままだとマズイ……」
たった二体の連携で、私は避けるしか無くなった。
この連携パターンを増やされると本当にマズイ。
「全方位!」
ポックリの声が聞こえた瞬間に、私は全力で飛び上がる。真下を見ると、四体のミノタウロスが同時に切りかかっていた。しかし、飛びあがった私の真上にはすでに別のミノタウロスが斧を構えている。
「クソ!」
私は追憶を真上のミノタウロスにぶつけて、自分の真下、自身の足周辺だけに追憶を放つ。
私の読み通り、ミノタウロス達が一斉に投げてきた斧は全て消し飛ばされる。
「ガーーー!!!」
怒ったミノタウロス二体が私を挟むように飛び上がり、強烈なパンチを繰り出してくる。
私は体を捻って正面のパンチを躱し、その腕を足場にしてもう一度ジャンプする。そしてその直後に追憶を二体にぶつけて消し飛ばした。
「ハァハァ……」
正面から来たミノタウロスは、残った設置型の追憶に飲まれて消し飛んでいる。
今私の目の前で対峙しているのは、後方から襲ってきたミノタウロスだ。さっきの空中戦で右側と左側から来たミノタウロスは、殺している。
「流石にきついわね」
私の追憶魔法は無詠唱でもある程度は発動できるが、広範囲に放つには詠唱が必要だ。しかしワープして襲ってくる相手に、詠唱なんてする時間は無い。
残ったミノタウロスと対峙しながら、チラッとミノタウロスの後方を見ると、まだまだ二十体ほど残っている。
「ポックリがいなかったらとっくに死んでるわね」
私はポックリに向って言うでもなく、ただそう感想を漏らす。
正面のミノタウロスと睨みあいっこをしていると、ミノタウロスは真っすぐ私に向って走り始める。
今度は何をしてくるつもり?
「アレシア! 背後のミノタウロスが黒い球を!」
ポックリの念話で理解した。
こいつは囮だ。本命は、背後で生成中の重力球!
迫ってくるミノタウロスに対して追憶を放つと、ミノタウロスはワープすらせずにその身に追憶を受ける。私はその瞬間に左にステップする。追憶を受けたミノタウロスが消えた瞬間に、黒い重力球がさっきまで私がいたところを通過した。
ホッとしたのも束の間、残ったミノタウロス達は一斉に重力球を作り始める。
躱せないぐらい広範囲を重力球で埋めつくす気!?
「ポックリ、私の真後ろに」
「わかった」
私はポックリに合図する。私の真後ろがもっとも安全だ。相手は高威力で攻めることを選択した。これなら対処できる。
「追憶魔法」
私は詠唱を始める。威力勝負になった時の追憶魔法は誰にも負けない。
「追憶魔法、地上、空中全てにおいての時間を掌握しろ! 私以外のこの空間全てを、時空の檻に捕らえろ!」
「来るぞ!」
ポックリの悲鳴と、ミノタウロス達が重力球を放つのは同時だった。
ミノタウロス達が放った重力球は、あまりの数で向こう側が見えないほどだった。これを躱すのは不可能。さらに魔力の感覚から、相手は後続の重力球を放ち続けている。
完全に数で押してきてるわね。
でも残念。
その選択をした時点で貴方達の負け。
「さようなら。危なかったわ」
私がそう微笑んだ瞬間、この大広間の私とポックリ以外の全てが消失した。
あの迫りくる黒い壁も、後続で放たれた重力球も、密かにワープして私の背後に迫っていたミノタウロスも、目の前に残っていたミノタウロス達も、その全てが音もなく、まるで何事もなかったかのように消失した。
「アレシア……マジ?」
ポックリは私の魔法の威力に若干引いている。
私はポックリに微笑みながらも、額から汗が流れる。
大規模な魔法を行使したというのもあるが、ここまで追いつめられるとは思わなかった。今回に関して言えば、生き残ったのは運が良かったと言わざるを得ない。
もしポックリがいなかったら、当然とっくに死んでいたし、アイツらがワープの連撃ではなく、重力球による物量作戦に切り替えてくれていなかったら危なかった。
あのまま連携して連撃の手数を増やされていたら、今頃消えているのは私達のほうだったかも知れない。
「大丈夫か? アレシア」
ポックリは、膝が笑って座り込んだ私の肩をポンポンと叩く。ちょうど私の目線とポックリの目線が交差する。
「ええ大丈夫よ。ただちょっと力が抜けたというか」
私は正直に答える。
それとワープでの連撃を捌いている最中、地味に右足を捻っていたため、魔法で回復を始める。
たぶんあの時だ。
空中で殴ってきたミノタウロスの腕を足場にして、ジャンプした時だろう。あそこで捻ったに違いない。そこからはアドレナリンが出ていたのか、痛みに全く気がつかなかった。
ポックリは私の後ろに回り込むと、背中に両手をかざす。
「どうしたの?」
「気づけよ! 斧が掠ったのか、血が出てるぞ!」
ポックリは私の背中の傷を治癒してくれている。
どうやらあまりの興奮状態だったせいか、気づかないうちに軽度の切り傷ぐらいは負っていたらしい。
「ポックリ」
「なんだよアレシア」
急に名前を呼ばれたポックリは驚く。
「本当にありがとう。君がいなければ、私はここで死んでいた」
「気にすんな。こっちこそ、戦力になれなくて悪い」
バカね。それこそ気にする必要ないのに。
「まさか。ちゃんと私の眼になってくれていたわよ。立派な戦力よ。今回は、そのお陰で勝ったんだから」
私はそう言ってゆっくりと立ち上がった。
私とポックリは上を見上げる。
今の数多の咆哮は、すべて私達の頭上から聞こえてきた。
「嫌な予感がするんだけど……」
ポックリは怯えた表情でずっと上を見張っている。
「ポックリ、下がりなさい」
「で、でも」
「いいから! 死ぬわよ!」
私はポックリに、少々声を荒げる。
ポックリの抱いた嫌な予感というのは、おそらく私が予想しているのと同じ。だとしたら、もうまもなく奴らは降ってくる。
「そこから動かないでよ」
「う、うん」
ポックリは私の剣幕に気圧され、大広間の隅の柱の陰に隠れる。
これで大丈夫……
私がホッとしたタイミングで、もう一度さっきの咆哮が大広間に木霊する。
咆哮が止んだと同時に、ここから見える範囲全ての扉が一斉に開き、中から次々とミノタウロスが姿をあらわす。
「冗談やめてよね……」
私とポックリの予想は全て当たってしまった。
この建物に無数にあった扉は、その全てがミノタウロス達の部屋。
残念ながらミノタウロスは、一体では無かった。
数えきれないほどに大量にいたのだ。
ミノタウロスの軍勢は、次々と私の立つ大広間に飛び降りはじめ、私は数えるのを諦めた。
私はこいつらのワープを警戒し、設置型の追憶を自身の周りに配置する。
深呼吸をして、ミノタウロス達の行動を見張る。これだけいると、一体ぐらいワープしたところで気づかない。
「ポックリ、声を出すと貴方の場所がバレるから、念話でサポートしてちょうだい」
私はひっそりと念話でポックリにコンタクトをとる。
「オーケー! 任せろ! 俺がアレシアの第三の眼になろう!」
私はポックリに見守ってもらうことで、目の前の戦いに集中する。
いつどこから敵がワープして来て、あの巨大な斧で切りかかってくるかも分からない。
設置型の追憶は、ミノタウロスが出現するであろうスペースを予想して設置するので、振りかぶった斧まで消せる保障はどこにもない。
戦いにおいて、情報は戦局を大きく左右する要素だ。下手したら、単純な戦闘力よりも重要度は高い。
「右斜め後方!」
私はポックリの声に従い、右斜め後方のやや上、ミノタウロスが振り上げている斧があろう位置に小規模の追憶を放つ。
すると予想通りに、設置型の追憶でミノタウロス本体を消し飛ばし、私が放った追憶で斧を消滅させる。
「真後ろ! 左!」
私は迎撃を諦め、右に躱す。躱した瞬間、ポックリの言った通り、私がいた場所に後方と左から同時に斧が襲い掛かり、設置型の追憶によって二体のミノタウロスが消滅した。
「このままだとマズイ……」
たった二体の連携で、私は避けるしか無くなった。
この連携パターンを増やされると本当にマズイ。
「全方位!」
ポックリの声が聞こえた瞬間に、私は全力で飛び上がる。真下を見ると、四体のミノタウロスが同時に切りかかっていた。しかし、飛びあがった私の真上にはすでに別のミノタウロスが斧を構えている。
「クソ!」
私は追憶を真上のミノタウロスにぶつけて、自分の真下、自身の足周辺だけに追憶を放つ。
私の読み通り、ミノタウロス達が一斉に投げてきた斧は全て消し飛ばされる。
「ガーーー!!!」
怒ったミノタウロス二体が私を挟むように飛び上がり、強烈なパンチを繰り出してくる。
私は体を捻って正面のパンチを躱し、その腕を足場にしてもう一度ジャンプする。そしてその直後に追憶を二体にぶつけて消し飛ばした。
「ハァハァ……」
正面から来たミノタウロスは、残った設置型の追憶に飲まれて消し飛んでいる。
今私の目の前で対峙しているのは、後方から襲ってきたミノタウロスだ。さっきの空中戦で右側と左側から来たミノタウロスは、殺している。
「流石にきついわね」
私の追憶魔法は無詠唱でもある程度は発動できるが、広範囲に放つには詠唱が必要だ。しかしワープして襲ってくる相手に、詠唱なんてする時間は無い。
残ったミノタウロスと対峙しながら、チラッとミノタウロスの後方を見ると、まだまだ二十体ほど残っている。
「ポックリがいなかったらとっくに死んでるわね」
私はポックリに向って言うでもなく、ただそう感想を漏らす。
正面のミノタウロスと睨みあいっこをしていると、ミノタウロスは真っすぐ私に向って走り始める。
今度は何をしてくるつもり?
「アレシア! 背後のミノタウロスが黒い球を!」
ポックリの念話で理解した。
こいつは囮だ。本命は、背後で生成中の重力球!
迫ってくるミノタウロスに対して追憶を放つと、ミノタウロスはワープすらせずにその身に追憶を受ける。私はその瞬間に左にステップする。追憶を受けたミノタウロスが消えた瞬間に、黒い重力球がさっきまで私がいたところを通過した。
ホッとしたのも束の間、残ったミノタウロス達は一斉に重力球を作り始める。
躱せないぐらい広範囲を重力球で埋めつくす気!?
「ポックリ、私の真後ろに」
「わかった」
私はポックリに合図する。私の真後ろがもっとも安全だ。相手は高威力で攻めることを選択した。これなら対処できる。
「追憶魔法」
私は詠唱を始める。威力勝負になった時の追憶魔法は誰にも負けない。
「追憶魔法、地上、空中全てにおいての時間を掌握しろ! 私以外のこの空間全てを、時空の檻に捕らえろ!」
「来るぞ!」
ポックリの悲鳴と、ミノタウロス達が重力球を放つのは同時だった。
ミノタウロス達が放った重力球は、あまりの数で向こう側が見えないほどだった。これを躱すのは不可能。さらに魔力の感覚から、相手は後続の重力球を放ち続けている。
完全に数で押してきてるわね。
でも残念。
その選択をした時点で貴方達の負け。
「さようなら。危なかったわ」
私がそう微笑んだ瞬間、この大広間の私とポックリ以外の全てが消失した。
あの迫りくる黒い壁も、後続で放たれた重力球も、密かにワープして私の背後に迫っていたミノタウロスも、目の前に残っていたミノタウロス達も、その全てが音もなく、まるで何事もなかったかのように消失した。
「アレシア……マジ?」
ポックリは私の魔法の威力に若干引いている。
私はポックリに微笑みながらも、額から汗が流れる。
大規模な魔法を行使したというのもあるが、ここまで追いつめられるとは思わなかった。今回に関して言えば、生き残ったのは運が良かったと言わざるを得ない。
もしポックリがいなかったら、当然とっくに死んでいたし、アイツらがワープの連撃ではなく、重力球による物量作戦に切り替えてくれていなかったら危なかった。
あのまま連携して連撃の手数を増やされていたら、今頃消えているのは私達のほうだったかも知れない。
「大丈夫か? アレシア」
ポックリは、膝が笑って座り込んだ私の肩をポンポンと叩く。ちょうど私の目線とポックリの目線が交差する。
「ええ大丈夫よ。ただちょっと力が抜けたというか」
私は正直に答える。
それとワープでの連撃を捌いている最中、地味に右足を捻っていたため、魔法で回復を始める。
たぶんあの時だ。
空中で殴ってきたミノタウロスの腕を足場にして、ジャンプした時だろう。あそこで捻ったに違いない。そこからはアドレナリンが出ていたのか、痛みに全く気がつかなかった。
ポックリは私の後ろに回り込むと、背中に両手をかざす。
「どうしたの?」
「気づけよ! 斧が掠ったのか、血が出てるぞ!」
ポックリは私の背中の傷を治癒してくれている。
どうやらあまりの興奮状態だったせいか、気づかないうちに軽度の切り傷ぐらいは負っていたらしい。
「ポックリ」
「なんだよアレシア」
急に名前を呼ばれたポックリは驚く。
「本当にありがとう。君がいなければ、私はここで死んでいた」
「気にすんな。こっちこそ、戦力になれなくて悪い」
バカね。それこそ気にする必要ないのに。
「まさか。ちゃんと私の眼になってくれていたわよ。立派な戦力よ。今回は、そのお陰で勝ったんだから」
私はそう言ってゆっくりと立ち上がった。