エムレオス 5
ポックリはぼそぼそと詠唱を終えると、狼のような魔獣を五匹ほど門番たちの前方に召喚する。
「なんだ!? 襲撃か?」
私達の頭上から、慌てる門番の声が聞こえてきた。
「相手はたったの五体だ、とっとと処理するぞ」
門番達の足音が私達の頭上を通過する。
「いまだ!」
ポックリの合図のもと私は翼を展開し、ポックリを抱きかかえて一気に上の道へ。そしてそのまま門番たちが不在のゲートを潜る。
「成功ね」
私はゲートを静かに閉めて、そう声を漏らす。
ゲートの内側は大広間となっており、塔のように上に向かって真っ直ぐ伸びている。円形の室内は直径百メートルは下らないだろう。
外側と違って、お城らしく華美な装飾が施されており、足元には大理石だろうか? とにかく高級そうな白と黒の石がマス目状に広がり、柱には石柱が使われ、ツタと葉っぱのレリーフがその石柱に絡みついている。そして壁にはワインカラーの布に、金と銀の装飾を縫い付けてある。
天井を見上げると、上方は高すぎて見えないが、所々に階段が見えており、ここから上の階に行けることを示唆していた。
「随分と豪華なのね」
私は正直な感想を漏らす。
ポックリを見ると、彼も彼で初めてお城に入ったためか、声も出ないようだった。
それにしても城内に見張りがいないのはどういう事? 流石に不用心すぎない?
しかし、それもそうかと考え直した。
悪魔は自分より強い悪魔に逆らわない。ならば、お城の主にも逆らうはずもない。だから見張りなんて、ゲートのところに配置するだけで問題ないのだ。
「とりあえず上に向かうしかないわよね?」
私とポックリは壁伝いに歩き、階段を探す。
翼を展開して飛翔するのもありだが、まだ敵の戦力も確認していない状態で目立ちたくはない。
「ここから上に行けるな」
ポックリが階段を見つけた。
階段は、この広いお城を螺旋状に登っていく造りになっており、とにかく移動に時間がかかる上に、一本道だ。
「途中にいくつか扉も見えるわね」
私は階段を登り始めてから気がついた。
ポックリは、レシファーの幽閉場所がこの城の最上階だと言っていたが、もしかしたら間違いかも知れないし、移動しているかもしれない。
行き違いになるのは面倒なので、全ての扉を開けていくことにした。
そっと私とポックリは足音をたてないように階段を登り、三階あたりまで来たところ、最初の扉の前に辿り着いた。
「良い? 私が開けるから、ポックリは外を見張ってて。中に異常がなければ、そのまま出てくるわ」
ポックリは黙って頷く。
私は一度深呼吸をして扉をゆっくりと押し開ける。
扉の中は想像とかなり違っていた。
想像では、城の大広間と同じように華やかな装飾の部屋があると思っていたのだが、現実はだいぶ違った。
部屋というよりは牢屋に近く、派手な装飾は一切ない。壁は鈍い銀色のレンガで組まれている。
壁には窓はなく、窓の代わりに巨大な首輪が伸びていた。
幸い首輪の主は不在だったが、このサイズの首輪だと相当なサイズの魔獣だろう。首輪の付近には、漆黒の毛が何本も抜け落ちていて、どこか見覚えのある毛の色だった。
「どっかで見た気がする……」
「どうしたアレシア?」
私の声を聞きつけたポックリが、部屋の中に入ってくる。
「なんだここ!?」
ポックリも余程想像と違ったのか、目を丸くする。
「何かの魔獣がいたのでしょうけれど、この毛……どこかで見た気がするのよね」
「異界に来てから魔獣にでも襲われたのか?」
ポックリに問われて私は記憶を遡るが、異界に来てからは悪魔にしか襲われていない。だから違う。こっちの世界で見たわけではない。
「あんまり長居するものでは無いわ。次に向いましょう」
私は思い出すのを諦め、部屋を出る。今はそんなことに時間を使っている場合じゃない。
ポックリは私の意見に同調して頷き、共に部屋を出る。
上を見ると、まだまだ扉がいくつも揃っていた。
「あれを全部見て回るのね……」
私がため息をついて再び階段を登り始めた時、城内に凄まじい咆哮が響く。
聞き覚えのある咆哮。とっさにポックリの耳を塞ぎ、彼の精神が持っていかれないようにする。
私は大丈夫。思い出した。私は以前にコイツと対峙している。
「アレシア!!」
「私は大丈夫だから、ここにいて!」
私は階段から飛び降り、一階の大広間に無事着地する。着地した瞬間に、私は横にステップして上から降って来るであろう敵に備えた。
案の定咆哮の主は、上空から降ってきて、さっきまで私がいた場所を踏みつぶす。
この精神を持っていかれそうな咆哮、漆黒の体毛に異常な筋肉、二本のひねくれた角。
「久しぶりね……ミノタウロス!」
間違いない。コイツはキテラと殺しあう直前、ポックリと再会する前に出会った強敵、ミノタウロスだ。さっきの部屋はコイツの檻に違いない。
異界とあちらの世界を自由に行き来できる唯一の存在、異常な悪魔ミノタウロスだ。
「ガーーー!!!」
ミノタウロスはもう一度咆え、片手に巨大な斧を持ち出す。
「相変わらずの戦い方なのね」
コイツは、レシファーとエリックとで協力して倒した強敵だ。だけど、今は違う。今の私に縛りはない。全盛期の私なら、こんな魔獣モドキに遅れは取らない。
「追憶魔法!」
私の詠唱が終わると同時に、ミノタウロスは姿を消す。相変わらず何の詠唱も予備動作も無く突然消える。だけどコイツの戦い方は分かっている。
「無駄よ!」
私は自分の後ろの空間に追憶を設置する。
「ギャーーー!!!」
私の背後から苦悶の咆哮が聞こえ、その声は大広間中に響き渡る。
「流石にそう何度も、同じ手が通用すると思わないで欲しいわね!」
私はゆっくりと振り向き、ミノタウロスの姿を確認する。
ミノタウロスは下半身を消され、残った上半身だけで生存している。ここまで来ると、流石のミノタウロスも虫の息だ。
「ここは異界……ここで死ねば、もう終わり。チェックメイトよ!」
私は小さなうめき声を上げるミノタウロスを見下ろす。そしてすぐに異変に気がついた。
斧は? どこ?
「アレシア! 危ない!」
叫ぶポックリの声に反応して、私はとにかくその場から後ろにステップして動く!
その一秒後、私が立っていた場所に巨大な斧が突き刺さる。
「ハァハァ……」
私は全身に冷汗をかいていた。
もしポックリの声が無かったら? もし反応が一瞬でも遅れていたら?
ゾッとする。もしかしたら私も、今目の前でうめき声をあげているミノタウロスのように、地べたに這いつくばっていたかもしれない。
そう考えると恐ろしい。
このミノタウロスは、獣のように咆えるため知性が無いと思いがちだが、そうではない。
あちらの世界で戦った時もそうだったが、非常に頭が切れ、戦いの組み立て方も上手い。今回だって、異界だと悪魔は死なないというアドバンテージを最大限生かして、戦闘を組み立てていた。
自分が殺されるのは織り込み済みで、自分を殺して安心した私の隙を狙う作戦だったのだろう。コイツは、自身と斧を別々の場所に転移させたのだ。
「でも残念だったわね。あなたの誤算はポックリの存在と、異界で殺された悪魔は消滅するという事実ね」
誤算により破れたミノタウロスの体は、もうすでに消えかけている。
これがアザゼルが流したデマの効果だろう。
悪魔達は消えることが無いと信じることで、死を恐れない。自分を犠牲にしてでも私を殺しにくる。異界で悪魔が消えないというアザゼルの嘘は、戦闘においてかなりの影響を悪魔達に与えている。
「厄介ね……」
「アレシア! 大丈夫か?」
戦闘が終了したのを確認したポックリは、階段を降りて私の横にやってくる。
「ええ、お陰で助かったわ」
私はポックリに礼を言う。
私一人では、間違いなくここで終っていたのだから。
「それじゃあ行きましょうか?」
そう言って歩き出した瞬間、上階の扉が全て一斉に開き、各部屋から凄まじい咆哮が響いてきた!
「なんだ!? 襲撃か?」
私達の頭上から、慌てる門番の声が聞こえてきた。
「相手はたったの五体だ、とっとと処理するぞ」
門番達の足音が私達の頭上を通過する。
「いまだ!」
ポックリの合図のもと私は翼を展開し、ポックリを抱きかかえて一気に上の道へ。そしてそのまま門番たちが不在のゲートを潜る。
「成功ね」
私はゲートを静かに閉めて、そう声を漏らす。
ゲートの内側は大広間となっており、塔のように上に向かって真っ直ぐ伸びている。円形の室内は直径百メートルは下らないだろう。
外側と違って、お城らしく華美な装飾が施されており、足元には大理石だろうか? とにかく高級そうな白と黒の石がマス目状に広がり、柱には石柱が使われ、ツタと葉っぱのレリーフがその石柱に絡みついている。そして壁にはワインカラーの布に、金と銀の装飾を縫い付けてある。
天井を見上げると、上方は高すぎて見えないが、所々に階段が見えており、ここから上の階に行けることを示唆していた。
「随分と豪華なのね」
私は正直な感想を漏らす。
ポックリを見ると、彼も彼で初めてお城に入ったためか、声も出ないようだった。
それにしても城内に見張りがいないのはどういう事? 流石に不用心すぎない?
しかし、それもそうかと考え直した。
悪魔は自分より強い悪魔に逆らわない。ならば、お城の主にも逆らうはずもない。だから見張りなんて、ゲートのところに配置するだけで問題ないのだ。
「とりあえず上に向かうしかないわよね?」
私とポックリは壁伝いに歩き、階段を探す。
翼を展開して飛翔するのもありだが、まだ敵の戦力も確認していない状態で目立ちたくはない。
「ここから上に行けるな」
ポックリが階段を見つけた。
階段は、この広いお城を螺旋状に登っていく造りになっており、とにかく移動に時間がかかる上に、一本道だ。
「途中にいくつか扉も見えるわね」
私は階段を登り始めてから気がついた。
ポックリは、レシファーの幽閉場所がこの城の最上階だと言っていたが、もしかしたら間違いかも知れないし、移動しているかもしれない。
行き違いになるのは面倒なので、全ての扉を開けていくことにした。
そっと私とポックリは足音をたてないように階段を登り、三階あたりまで来たところ、最初の扉の前に辿り着いた。
「良い? 私が開けるから、ポックリは外を見張ってて。中に異常がなければ、そのまま出てくるわ」
ポックリは黙って頷く。
私は一度深呼吸をして扉をゆっくりと押し開ける。
扉の中は想像とかなり違っていた。
想像では、城の大広間と同じように華やかな装飾の部屋があると思っていたのだが、現実はだいぶ違った。
部屋というよりは牢屋に近く、派手な装飾は一切ない。壁は鈍い銀色のレンガで組まれている。
壁には窓はなく、窓の代わりに巨大な首輪が伸びていた。
幸い首輪の主は不在だったが、このサイズの首輪だと相当なサイズの魔獣だろう。首輪の付近には、漆黒の毛が何本も抜け落ちていて、どこか見覚えのある毛の色だった。
「どっかで見た気がする……」
「どうしたアレシア?」
私の声を聞きつけたポックリが、部屋の中に入ってくる。
「なんだここ!?」
ポックリも余程想像と違ったのか、目を丸くする。
「何かの魔獣がいたのでしょうけれど、この毛……どこかで見た気がするのよね」
「異界に来てから魔獣にでも襲われたのか?」
ポックリに問われて私は記憶を遡るが、異界に来てからは悪魔にしか襲われていない。だから違う。こっちの世界で見たわけではない。
「あんまり長居するものでは無いわ。次に向いましょう」
私は思い出すのを諦め、部屋を出る。今はそんなことに時間を使っている場合じゃない。
ポックリは私の意見に同調して頷き、共に部屋を出る。
上を見ると、まだまだ扉がいくつも揃っていた。
「あれを全部見て回るのね……」
私がため息をついて再び階段を登り始めた時、城内に凄まじい咆哮が響く。
聞き覚えのある咆哮。とっさにポックリの耳を塞ぎ、彼の精神が持っていかれないようにする。
私は大丈夫。思い出した。私は以前にコイツと対峙している。
「アレシア!!」
「私は大丈夫だから、ここにいて!」
私は階段から飛び降り、一階の大広間に無事着地する。着地した瞬間に、私は横にステップして上から降って来るであろう敵に備えた。
案の定咆哮の主は、上空から降ってきて、さっきまで私がいた場所を踏みつぶす。
この精神を持っていかれそうな咆哮、漆黒の体毛に異常な筋肉、二本のひねくれた角。
「久しぶりね……ミノタウロス!」
間違いない。コイツはキテラと殺しあう直前、ポックリと再会する前に出会った強敵、ミノタウロスだ。さっきの部屋はコイツの檻に違いない。
異界とあちらの世界を自由に行き来できる唯一の存在、異常な悪魔ミノタウロスだ。
「ガーーー!!!」
ミノタウロスはもう一度咆え、片手に巨大な斧を持ち出す。
「相変わらずの戦い方なのね」
コイツは、レシファーとエリックとで協力して倒した強敵だ。だけど、今は違う。今の私に縛りはない。全盛期の私なら、こんな魔獣モドキに遅れは取らない。
「追憶魔法!」
私の詠唱が終わると同時に、ミノタウロスは姿を消す。相変わらず何の詠唱も予備動作も無く突然消える。だけどコイツの戦い方は分かっている。
「無駄よ!」
私は自分の後ろの空間に追憶を設置する。
「ギャーーー!!!」
私の背後から苦悶の咆哮が聞こえ、その声は大広間中に響き渡る。
「流石にそう何度も、同じ手が通用すると思わないで欲しいわね!」
私はゆっくりと振り向き、ミノタウロスの姿を確認する。
ミノタウロスは下半身を消され、残った上半身だけで生存している。ここまで来ると、流石のミノタウロスも虫の息だ。
「ここは異界……ここで死ねば、もう終わり。チェックメイトよ!」
私は小さなうめき声を上げるミノタウロスを見下ろす。そしてすぐに異変に気がついた。
斧は? どこ?
「アレシア! 危ない!」
叫ぶポックリの声に反応して、私はとにかくその場から後ろにステップして動く!
その一秒後、私が立っていた場所に巨大な斧が突き刺さる。
「ハァハァ……」
私は全身に冷汗をかいていた。
もしポックリの声が無かったら? もし反応が一瞬でも遅れていたら?
ゾッとする。もしかしたら私も、今目の前でうめき声をあげているミノタウロスのように、地べたに這いつくばっていたかもしれない。
そう考えると恐ろしい。
このミノタウロスは、獣のように咆えるため知性が無いと思いがちだが、そうではない。
あちらの世界で戦った時もそうだったが、非常に頭が切れ、戦いの組み立て方も上手い。今回だって、異界だと悪魔は死なないというアドバンテージを最大限生かして、戦闘を組み立てていた。
自分が殺されるのは織り込み済みで、自分を殺して安心した私の隙を狙う作戦だったのだろう。コイツは、自身と斧を別々の場所に転移させたのだ。
「でも残念だったわね。あなたの誤算はポックリの存在と、異界で殺された悪魔は消滅するという事実ね」
誤算により破れたミノタウロスの体は、もうすでに消えかけている。
これがアザゼルが流したデマの効果だろう。
悪魔達は消えることが無いと信じることで、死を恐れない。自分を犠牲にしてでも私を殺しにくる。異界で悪魔が消えないというアザゼルの嘘は、戦闘においてかなりの影響を悪魔達に与えている。
「厄介ね……」
「アレシア! 大丈夫か?」
戦闘が終了したのを確認したポックリは、階段を降りて私の横にやってくる。
「ええ、お陰で助かったわ」
私はポックリに礼を言う。
私一人では、間違いなくここで終っていたのだから。
「それじゃあ行きましょうか?」
そう言って歩き出した瞬間、上階の扉が全て一斉に開き、各部屋から凄まじい咆哮が響いてきた!