ゲートと門番 2
覚悟を決めて目を瞑った私の周囲を、突然強風が吹き荒れる。
「え!?」
私は突然のことに驚き、目を開ける。
すると眼前に迫っていたはずの悪魔達は、謎の突風に邪魔をされ、一定の距離から私に近づけないでいた。
風は次第に強くなり、私をそのまま空中に浮かせ始める。
「なによこれ!」
私だけでなく、悪魔達までもが驚いている様子を見るに、彼らのの仕業ではない。もちろん私でもない。今の私にはそんな魔力は残っていないのだから。
驚く私と悪魔達を無視して、風はそのまま私を崖下に引っ張りこむ!
「嘘でしょ!?」
私は悲鳴を上げながら崖下に転落していく。
転落していく最中も、風が私のまわりを囲っているのを感じた。落ちているような、飛んでいるような、不思議な感覚。
落ちながら上を見上げると、悪魔達は翼を広げて落ちる私を追いかけてきていた。
「ぶつかる!」
地面に衝突する直前で、急に体が空中で停止する。
一息ついたと思ったら、そのままグイグイと引っ張られるように、窪みの大地のゲートに向かって猛スピードで飛ばされる。
「一体何なの?」
私は風を切りながら不気味に思う。
背後を見ると、悪魔達も相変わらず私を追いかけ続けている。
そのまま飛ばされていると、ゲートが間近に迫っていた。
このままではゲートにぶつかると思った瞬間、急に全身を包んでいた風が掻き消え、私は地面に放り出された。
猛スピードで飛んでいた最中に放り出された私は、勢いそのままに地面に叩きつけられ、ゴロゴロと勢いが収まるまで転がり続ける。
「くっ!」
全身がドロドロなのは勿論のこと、あちらこちらに擦り傷が出来て、体の至る所から少量の出血をしていた。たいした傷ではないが、地味に痛い。
ようやく体が止まった私を、追ってきた悪魔達が全方位を取り囲むように降り立つ。
「結局ここまでってことね……さっきの風は意味が分からないけど」
「伏せて……」
私が言い終えたと同時に、脳内に声が響いた。念話だ。
どっちにしろこのままでは助からないので、言われた通りに出来るだけ低く伏せる。
私が伏せた瞬間に、私の全方位を取り囲む悪魔達の体が、横一線に真っ二つに切り裂かれた!
「えっ?」
なに? なんなの? どうなってるの?
私の脳内は疑問で溢れる。
意味が分からない。あの風も、あの声も、悪魔達を切り殺した何かも……
「誰?」
私は崩れ落ちた悪魔達の外に向かってたずねる。
一応は助けてくれたのだから、いきなり殺されることはないはずだ。
「誰……私はゲートの門番」
その声はゲートから聞こえる。
私がゲートに目を向けると、ゲートが開き、中から真っ黒なフードをスッポリと被った、体長二メートルほどの大鎌を持った何かが現れた。
そのシルエットから人型だとは思うが、性別という概念はなさそうだった。さっきの声も判別はつかない。
その者には足がなく、地面に立つわけではなくずっと浮いている状態だ。
とにもかくにも良く分からない存在だが、一つだけハッキリしているのは、途轍もなく強いということだけだ。
さっき上級悪魔三十体を一瞬で葬ったのもそうだが、その存在をゲートから出しただけで空気が震えた。強い魔力を持つ証拠だ。予想だが、カルシファーやアザゼルよりも魔力の強さだけで言ったら上な気がする……
「あなたがレシファーが言っていた門番。異界とこの世界のあいだに立つ者……どうして私を助けたの? あなたは異界とも通じている。どっちかといえば異界寄り、悪魔達の味方ではないの?」
私は真っ先に抱いた疑問を口にする。
そもそも悪魔の味方で無いのなら、こんなところにゲートの入り口なんて作らないはずだ。
どう考えたって悪魔寄りの存在。私を助ける理由がない。
「頼まれた」
私の問いかけに、無機質な声で淡白な返答をする。
なんというか会話というよりも、答えが決まっている機械と話しているような感覚だ。
「頼まれた? 私を助けるようにって? 誰に?」
異界側、特に悪魔側の者が、私を助けるようにお願いすることは無いと思うのだけれど……
「レシファーに」
ゲートの門番は相変わらず無機質な声で、懐かしい大切な人の名前を口にした。
……レシファー? レシファーって言った?
その名前を聞いた瞬間、どうしようもなく涙が溢れてくる。
私の契約していた悪魔、新緑の悪魔、冠位の悪魔、呼び方はいろいろあるけれど、どれも私にとっては違和感のある呼び方だ。どちらかといえばパートナー、家族……そういった呼称のほうがしっくりくる。
「でもレシファーは死んだはず……どうやってあなたにそれを頼めるの?」
私は質問してから、愚かな質問だと気がついた。
前にレシファーが言っていたではないか。悪魔が死んだあと、門番から首に呪いをかけられると。
その時にこうなることを予期して、門番に私の援助を求めたってこと?
「死んだときに話した。強い魔女がここにくるから、援助して欲しいと頼まれた。相手は冠位の悪魔、無視は出来なかった」
私は涙ながらに頷くと、門番はさらに話を進める。
「だからお前を助けた。私は異界化は許可できない。だが私は契約によりここから動けない。それを知っていてアザゼル達は、このゲートをこの場所に設置した」
「ゲートの設置場所はアザゼルが決められるの?」
不思議な点はそこだ。
この門番がこの空間の異界化を良しとしないのなら、ここに設置しなければ良い。こんなところに異界のゲートを設置しなければ、問題はないはずだ。
「ゲートの設置権は、冠位の悪魔にのみ与えられた特権。私の権能は、この世界で死んだ悪魔が、再びこっちの世界に来るのを拒絶することしか出来ない」
つまりこの門番は装置のようなもので、あらゆる権利は冠位の悪魔が握っていると……
「じゃあもう一つ質問よ。このゲートを壊せば、異界化は止められる?」
もし可能なら、ここでゲートを壊してしまえば異界化の計画は阻止できるはず。
「一時的になら可能」
「どういう意味?」
相変わらず門番は、無機質に淡々と答える。
「一度ゲートを壊しても、このゲートはいくらでも存在する。冠位の悪魔が再び設置してしまえば、状況は一緒」
それじゃあどうすれば…………
いや、でも……それしかないか……
私は考えた末、一つしかない答えに辿り着いた。
「じゃあ私がこのゲートをくぐって異界に行くわ!」
「行ってどうするの?」
門番は僅かに首を傾げる。
「行って、この世界の異界化を狙っている冠位の悪魔を全員殺してくる」
私は門番にそう提案した。
正直これしかない。
このゲートも門番も道具に過ぎないというのなら、悪い使用者をどうにかするしかない。
「だから私を通して!」
「それは構わない」
門番は、あっさりと承諾した。
あっさり承諾してもらえて助かった。
でも私には、もう一つだけお願いがある。
交渉だ。これは賭けだけど。
「この戦いは相当難易度が高いわ」
「そうだね」
門番は、不思議そうにしている。私が何を言いたいのか分かっていない様子だ。
「だから、成功報酬を頂戴」
「どんな?」
門番はあっさり聞き返してきた。
意外にも成功報酬自体はオッケーらしい。
「私が異界化計画を阻止した暁には、レシファーとポックリの二人の悪魔をこっちに通して欲しいの!」
私のこの大胆な提案に、門番は固まってしまった。
それもそうだろう。
この世界で死んだ悪魔は、二度と異界からは出られない。
このルールは絶対だったはず。
私はそれを覆せと言っているのだ。
「条件付きならいい」
「条件?」
今度は私は首を傾げる。
「一つ、必ずカルシファーとアザゼル両名を絶命させること。二つ、お前が望むその二人をこの世界に戻す際、この門番と契約をしてもらう」
「どんな契約?」
「もし再び、この世界の異界化を望む者が現れた時、その対処をしてもらう」
門番の提案はなかなかのものだった。
私に死ぬことを許さない契約だ。
ずっとこの結界の中で、見張り続けろという契約だ。
「良いわよ!」
私は一切迷わずに、そう決断した。
あの二人と再び笑いあえるのなら、どんな契約だってしてやる!
「え!?」
私は突然のことに驚き、目を開ける。
すると眼前に迫っていたはずの悪魔達は、謎の突風に邪魔をされ、一定の距離から私に近づけないでいた。
風は次第に強くなり、私をそのまま空中に浮かせ始める。
「なによこれ!」
私だけでなく、悪魔達までもが驚いている様子を見るに、彼らのの仕業ではない。もちろん私でもない。今の私にはそんな魔力は残っていないのだから。
驚く私と悪魔達を無視して、風はそのまま私を崖下に引っ張りこむ!
「嘘でしょ!?」
私は悲鳴を上げながら崖下に転落していく。
転落していく最中も、風が私のまわりを囲っているのを感じた。落ちているような、飛んでいるような、不思議な感覚。
落ちながら上を見上げると、悪魔達は翼を広げて落ちる私を追いかけてきていた。
「ぶつかる!」
地面に衝突する直前で、急に体が空中で停止する。
一息ついたと思ったら、そのままグイグイと引っ張られるように、窪みの大地のゲートに向かって猛スピードで飛ばされる。
「一体何なの?」
私は風を切りながら不気味に思う。
背後を見ると、悪魔達も相変わらず私を追いかけ続けている。
そのまま飛ばされていると、ゲートが間近に迫っていた。
このままではゲートにぶつかると思った瞬間、急に全身を包んでいた風が掻き消え、私は地面に放り出された。
猛スピードで飛んでいた最中に放り出された私は、勢いそのままに地面に叩きつけられ、ゴロゴロと勢いが収まるまで転がり続ける。
「くっ!」
全身がドロドロなのは勿論のこと、あちらこちらに擦り傷が出来て、体の至る所から少量の出血をしていた。たいした傷ではないが、地味に痛い。
ようやく体が止まった私を、追ってきた悪魔達が全方位を取り囲むように降り立つ。
「結局ここまでってことね……さっきの風は意味が分からないけど」
「伏せて……」
私が言い終えたと同時に、脳内に声が響いた。念話だ。
どっちにしろこのままでは助からないので、言われた通りに出来るだけ低く伏せる。
私が伏せた瞬間に、私の全方位を取り囲む悪魔達の体が、横一線に真っ二つに切り裂かれた!
「えっ?」
なに? なんなの? どうなってるの?
私の脳内は疑問で溢れる。
意味が分からない。あの風も、あの声も、悪魔達を切り殺した何かも……
「誰?」
私は崩れ落ちた悪魔達の外に向かってたずねる。
一応は助けてくれたのだから、いきなり殺されることはないはずだ。
「誰……私はゲートの門番」
その声はゲートから聞こえる。
私がゲートに目を向けると、ゲートが開き、中から真っ黒なフードをスッポリと被った、体長二メートルほどの大鎌を持った何かが現れた。
そのシルエットから人型だとは思うが、性別という概念はなさそうだった。さっきの声も判別はつかない。
その者には足がなく、地面に立つわけではなくずっと浮いている状態だ。
とにもかくにも良く分からない存在だが、一つだけハッキリしているのは、途轍もなく強いということだけだ。
さっき上級悪魔三十体を一瞬で葬ったのもそうだが、その存在をゲートから出しただけで空気が震えた。強い魔力を持つ証拠だ。予想だが、カルシファーやアザゼルよりも魔力の強さだけで言ったら上な気がする……
「あなたがレシファーが言っていた門番。異界とこの世界のあいだに立つ者……どうして私を助けたの? あなたは異界とも通じている。どっちかといえば異界寄り、悪魔達の味方ではないの?」
私は真っ先に抱いた疑問を口にする。
そもそも悪魔の味方で無いのなら、こんなところにゲートの入り口なんて作らないはずだ。
どう考えたって悪魔寄りの存在。私を助ける理由がない。
「頼まれた」
私の問いかけに、無機質な声で淡白な返答をする。
なんというか会話というよりも、答えが決まっている機械と話しているような感覚だ。
「頼まれた? 私を助けるようにって? 誰に?」
異界側、特に悪魔側の者が、私を助けるようにお願いすることは無いと思うのだけれど……
「レシファーに」
ゲートの門番は相変わらず無機質な声で、懐かしい大切な人の名前を口にした。
……レシファー? レシファーって言った?
その名前を聞いた瞬間、どうしようもなく涙が溢れてくる。
私の契約していた悪魔、新緑の悪魔、冠位の悪魔、呼び方はいろいろあるけれど、どれも私にとっては違和感のある呼び方だ。どちらかといえばパートナー、家族……そういった呼称のほうがしっくりくる。
「でもレシファーは死んだはず……どうやってあなたにそれを頼めるの?」
私は質問してから、愚かな質問だと気がついた。
前にレシファーが言っていたではないか。悪魔が死んだあと、門番から首に呪いをかけられると。
その時にこうなることを予期して、門番に私の援助を求めたってこと?
「死んだときに話した。強い魔女がここにくるから、援助して欲しいと頼まれた。相手は冠位の悪魔、無視は出来なかった」
私は涙ながらに頷くと、門番はさらに話を進める。
「だからお前を助けた。私は異界化は許可できない。だが私は契約によりここから動けない。それを知っていてアザゼル達は、このゲートをこの場所に設置した」
「ゲートの設置場所はアザゼルが決められるの?」
不思議な点はそこだ。
この門番がこの空間の異界化を良しとしないのなら、ここに設置しなければ良い。こんなところに異界のゲートを設置しなければ、問題はないはずだ。
「ゲートの設置権は、冠位の悪魔にのみ与えられた特権。私の権能は、この世界で死んだ悪魔が、再びこっちの世界に来るのを拒絶することしか出来ない」
つまりこの門番は装置のようなもので、あらゆる権利は冠位の悪魔が握っていると……
「じゃあもう一つ質問よ。このゲートを壊せば、異界化は止められる?」
もし可能なら、ここでゲートを壊してしまえば異界化の計画は阻止できるはず。
「一時的になら可能」
「どういう意味?」
相変わらず門番は、無機質に淡々と答える。
「一度ゲートを壊しても、このゲートはいくらでも存在する。冠位の悪魔が再び設置してしまえば、状況は一緒」
それじゃあどうすれば…………
いや、でも……それしかないか……
私は考えた末、一つしかない答えに辿り着いた。
「じゃあ私がこのゲートをくぐって異界に行くわ!」
「行ってどうするの?」
門番は僅かに首を傾げる。
「行って、この世界の異界化を狙っている冠位の悪魔を全員殺してくる」
私は門番にそう提案した。
正直これしかない。
このゲートも門番も道具に過ぎないというのなら、悪い使用者をどうにかするしかない。
「だから私を通して!」
「それは構わない」
門番は、あっさりと承諾した。
あっさり承諾してもらえて助かった。
でも私には、もう一つだけお願いがある。
交渉だ。これは賭けだけど。
「この戦いは相当難易度が高いわ」
「そうだね」
門番は、不思議そうにしている。私が何を言いたいのか分かっていない様子だ。
「だから、成功報酬を頂戴」
「どんな?」
門番はあっさり聞き返してきた。
意外にも成功報酬自体はオッケーらしい。
「私が異界化計画を阻止した暁には、レシファーとポックリの二人の悪魔をこっちに通して欲しいの!」
私のこの大胆な提案に、門番は固まってしまった。
それもそうだろう。
この世界で死んだ悪魔は、二度と異界からは出られない。
このルールは絶対だったはず。
私はそれを覆せと言っているのだ。
「条件付きならいい」
「条件?」
今度は私は首を傾げる。
「一つ、必ずカルシファーとアザゼル両名を絶命させること。二つ、お前が望むその二人をこの世界に戻す際、この門番と契約をしてもらう」
「どんな契約?」
「もし再び、この世界の異界化を望む者が現れた時、その対処をしてもらう」
門番の提案はなかなかのものだった。
私に死ぬことを許さない契約だ。
ずっとこの結界の中で、見張り続けろという契約だ。
「良いわよ!」
私は一切迷わずに、そう決断した。
あの二人と再び笑いあえるのなら、どんな契約だってしてやる!