ゲートと門番 1
あのカラス顔達を殺してから三日。
あれから三日経っている。
三日間、ゲートを探し回って、悪魔達を殺し続けた。
そして見たくないものも見てきた。
感想としては、私の想像していたよりも大勢の魔女が隠れていたんだなということだった。残念ながら彼女達と会った時は、すでに死んでいたけれど……そしてその亡骸を発見する度に、私は悪魔達を殺した。殺し尽くした。
おそらく三日間で百体以上は殺している。
様々な悪魔がいた。様々な魔女がいた。
勿論どの魔女も戦闘という面においては、四皇の魔女には到底及ばない実力だったので、一人残さず悪魔達に嬲られ、痛めつけられて、殺されていた。
悪魔も悪魔で強さはピンキリだったけれど、姿かたちも様々だったけれど、一つだけ言えるのは、どの悪魔も魔女に対する憎しみが異様に強かったことだ。
そこに慈悲などない。
魔女を見つければ必ず殺すし、殺すだけではなく、必ずと言っていいほど嬲り、痛めつける。
そして弱い悪魔達は群れで行動するため、バラバラに各地で隠れている魔女達では、到底太刀打ちできなかった。
だから私のこの三日間の旅で出会った魔女達は、見つけた時にはみんな一言も発せない状態だった。
彼女たちの死体は、その場の悪魔達の趣向に沿った形で晒されていた。
昔の海賊のように、生首を木の枝から吊るしている悪魔もいれば、両手を頭の上で縛り、崖からぶら下げてる悪魔もいた。
一番視覚的に堪えたのは、カラス顔達がやっていた、死体をバラバラにして晒していたものだった。あれを思い出すたびに吐き気がする。
とにかくこの三日間で私は何度も怒り、震え、涙した。
いくら恨まれていたとはいえ、いくら嫌われていたとはいえ、いくら蔑まれたとしても、同胞である魔女たちが、ああやって悪魔達に弄ばれているのは許せなかった。悲しかった。
「三日間、たった三日なんだけどね」
それでも私はこの三日間で、とことん悪魔が嫌いになった。
もともと魔女である私は、レシファーと出会っていたこともあって、悪魔に対してはどちらかというと好意的だった。好意的だったというよりも、嫌ってはいなかったと言ったほうが正しい。
そんな私の価値観はここ数日で、完全にひっくり返った。
レシファーやポックリのような悪魔がいることは重々承知なのだけど、それでも悪魔達に対して抱いたこの負の感情は、途轍もなく巨大なものになった。
逆にこの場にあの二人がいなくて良かったとまで思う。
レシファーとポックリは、同胞がやっていることに耐えられないだろう。
そんな三日間を過ごした私が辿り着いたのは、果てしなく高い崖の上。崖から真下をのぞくと、地面が辛うじて見えるほどの高さ。
崖が円を描き、中央の窪んだ大地を下界から閉じ込めるような形をしている。中央の窪みは、直径一キロほど。それらを囲う崖の高さも相当なので、本当に別世界のような錯覚をしてしまう。
「そしてここが……ゲートね!」
そんな窪んだ大地の中央、私の視線の先には巨大なゲート。全長が約二十メートル。横幅が五メートル程だろうか?
ゲートの左半分が白と灰色が入り混じった色で、残る右半分が黒と灰色が同じく入り混じった色だ。ゲートの装飾は華美では決してないが、どこか荘厳なインパクトを、見る物に与える。
そんな巨大なゲートから、多数の悪魔達が定期的に出現し、この窪地と外との唯一の接点である崖と崖のあいだの細道を進行し、魔女が隠れ住んでいる場所を探しまわる。
「それにしても……」
分かってはいた。いたけれど、本当に悪魔の数が凄まじい。数百体は下らない。ゲートを破壊する前にあの悪魔達を一掃しなければ始まらない。
幸い見たところ、カルシファーとアザゼルをはじめとした、冠位の悪魔達はこの場にはいない。ここにいるのかもと思っていたが、この結界内の異界化が完全に完了するまで、ゲートの向こうで待っているのかもしれない。
「まあ、アイツらと殺りあうなら邪魔は入って欲しくないから、都合が良いっちゃ良いのだけれど……」
ここで復讐出来ると期待していたのも少しあり、複雑な心境だけど、状況的にはこっちの方が幾分かマシだ。
仮に悪魔の数が数百体いようと、冠位の悪魔さえいなければ、ここから大型の魔法で一掃できる。
「じゃあやりますか!」
私は今までにない程の魔力をひねり出す。
これまでも百体以上の悪魔を殺してきたけれど、それらは散発的な殺しだ。今回は規模が違う。一度に数百体。それだけの悪魔を一発で根絶やしにしなければ対処が難しい。
私が接近してあの数を倒しきるのは、不可能だろう。流石に隙をつかれるし、魔力ももたない。
だから今ここから、相手が私に気がついていないタイミングで、一発大きいのをぶつける!
私は両の手のひらを、窪んだ大地に向ける!
「追憶魔法、集積し、集合せよ。かの大軍に追憶を、かの大軍に絶望を与えよ。我が怨みを怒りの過去と化して、究極の一撃を!」
私は全身にびっしょりと汗をかきながら、今までで一番長い詠唱をはじめた。
どんどん全身の魔力が吸いだされる感覚。足が震え、体温が失われていく。死ぬ直前まで魔力を凝縮する。
「死ね!」
私が大声でそう叫び、魔法を発動させる。
今の私が放てる最大限の広範囲魔法。
魔法を発動したと同時に、窪んだ大地に存在している、全ての悪魔達の足元が妖しく光る。
悪魔達は、突然光りはじめた自身の足元を凝視する。
その一瞬で勝負は決した。
私の魔法は、悪魔達が自身の足元を凝視したそのタイミングで、その妖しい光の上の対象物を消し飛ばす!
一気に悪魔達の悲鳴が窪んだ大地に響き渡る!
魔法の規模が大きすぎて、また、魔法の対象が多すぎて、全てを綺麗に消し飛ばすことは出来なかった。
そのせいか体の半身が消し飛ばされた悪魔や、一部だけ残った悪魔、逆にとっさに避けれたのか、片腕だけ失った悪魔など、さまざまだった。
完全に消し去れなかったが故に、激痛が悪魔達を襲う。
それが盛大な、悲痛な叫びとなってこの窪んだ大地に響き渡る。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
私は肩で息をしながら両手両膝を土で汚し、窪んだ大地を見下ろす。
生き残った悪魔はおよそ三十体ほど。それらすべてが上級悪魔だろう。たぶんあのカラス顔達と同じタイプの悪魔だ。アイツらは魔力の流れに敏感だから……
まあでも、上々の出来ではないかしら? 数百体いた敵がたったの三十体よ? 一発の魔法でこれなら上出来よね?
だけど残ったのが上級悪魔三十体か……今の魔力量だとちょっと厳しい。
流石にあの規模の魔法を行使したからか、崖の上の私に気がついた三十体の上級悪魔達は、そろって私を指さしている。
一旦引く?
それも手だけど、引いて魔力が回復するのを待っているあいだに、敵がまたうじゃうじゃとゲートから出てきたら意味がないし……
私がそうやって迷っているあいだにも、上級悪魔達は翼を広げて崖下から私のもとに向かってくる。
「しょうがない、なんとか殺るしかないか!」
私は笑う膝に力を入れて、なんとか立ち上がる。
立ち上がったは良いが、体は震え意識は朦朧とし始めている。
片手を崖下に向けて魔力を込めてみるが、ほとんど魔力が集まらない。
「ちょっと厳しいかしら?」
魔力が枯渇してフラフラな私の背後に、崖下から飛んできた上級悪魔三十体は降り立った。
私が振り向くと、三十体の悪魔達はみんなカラス顔だった。あの時の悪魔と同型だ。
三十体のカラス顔達は、私に魔力が残っていないのを知っているのか、じりじりとにじり寄ってくる。
正面には三十体の悪魔、背後には断崖絶壁の崖。落ちたらまず助からない。
ちゃんとこいつらは、私に飛行するだけの魔力がないことを理解して、崖に追いつめるような位置に着陸していた。
「ここまでかしら……」
私はゆっくりと目を閉じ、覚悟を決めた。
あれから三日経っている。
三日間、ゲートを探し回って、悪魔達を殺し続けた。
そして見たくないものも見てきた。
感想としては、私の想像していたよりも大勢の魔女が隠れていたんだなということだった。残念ながら彼女達と会った時は、すでに死んでいたけれど……そしてその亡骸を発見する度に、私は悪魔達を殺した。殺し尽くした。
おそらく三日間で百体以上は殺している。
様々な悪魔がいた。様々な魔女がいた。
勿論どの魔女も戦闘という面においては、四皇の魔女には到底及ばない実力だったので、一人残さず悪魔達に嬲られ、痛めつけられて、殺されていた。
悪魔も悪魔で強さはピンキリだったけれど、姿かたちも様々だったけれど、一つだけ言えるのは、どの悪魔も魔女に対する憎しみが異様に強かったことだ。
そこに慈悲などない。
魔女を見つければ必ず殺すし、殺すだけではなく、必ずと言っていいほど嬲り、痛めつける。
そして弱い悪魔達は群れで行動するため、バラバラに各地で隠れている魔女達では、到底太刀打ちできなかった。
だから私のこの三日間の旅で出会った魔女達は、見つけた時にはみんな一言も発せない状態だった。
彼女たちの死体は、その場の悪魔達の趣向に沿った形で晒されていた。
昔の海賊のように、生首を木の枝から吊るしている悪魔もいれば、両手を頭の上で縛り、崖からぶら下げてる悪魔もいた。
一番視覚的に堪えたのは、カラス顔達がやっていた、死体をバラバラにして晒していたものだった。あれを思い出すたびに吐き気がする。
とにかくこの三日間で私は何度も怒り、震え、涙した。
いくら恨まれていたとはいえ、いくら嫌われていたとはいえ、いくら蔑まれたとしても、同胞である魔女たちが、ああやって悪魔達に弄ばれているのは許せなかった。悲しかった。
「三日間、たった三日なんだけどね」
それでも私はこの三日間で、とことん悪魔が嫌いになった。
もともと魔女である私は、レシファーと出会っていたこともあって、悪魔に対してはどちらかというと好意的だった。好意的だったというよりも、嫌ってはいなかったと言ったほうが正しい。
そんな私の価値観はここ数日で、完全にひっくり返った。
レシファーやポックリのような悪魔がいることは重々承知なのだけど、それでも悪魔達に対して抱いたこの負の感情は、途轍もなく巨大なものになった。
逆にこの場にあの二人がいなくて良かったとまで思う。
レシファーとポックリは、同胞がやっていることに耐えられないだろう。
そんな三日間を過ごした私が辿り着いたのは、果てしなく高い崖の上。崖から真下をのぞくと、地面が辛うじて見えるほどの高さ。
崖が円を描き、中央の窪んだ大地を下界から閉じ込めるような形をしている。中央の窪みは、直径一キロほど。それらを囲う崖の高さも相当なので、本当に別世界のような錯覚をしてしまう。
「そしてここが……ゲートね!」
そんな窪んだ大地の中央、私の視線の先には巨大なゲート。全長が約二十メートル。横幅が五メートル程だろうか?
ゲートの左半分が白と灰色が入り混じった色で、残る右半分が黒と灰色が同じく入り混じった色だ。ゲートの装飾は華美では決してないが、どこか荘厳なインパクトを、見る物に与える。
そんな巨大なゲートから、多数の悪魔達が定期的に出現し、この窪地と外との唯一の接点である崖と崖のあいだの細道を進行し、魔女が隠れ住んでいる場所を探しまわる。
「それにしても……」
分かってはいた。いたけれど、本当に悪魔の数が凄まじい。数百体は下らない。ゲートを破壊する前にあの悪魔達を一掃しなければ始まらない。
幸い見たところ、カルシファーとアザゼルをはじめとした、冠位の悪魔達はこの場にはいない。ここにいるのかもと思っていたが、この結界内の異界化が完全に完了するまで、ゲートの向こうで待っているのかもしれない。
「まあ、アイツらと殺りあうなら邪魔は入って欲しくないから、都合が良いっちゃ良いのだけれど……」
ここで復讐出来ると期待していたのも少しあり、複雑な心境だけど、状況的にはこっちの方が幾分かマシだ。
仮に悪魔の数が数百体いようと、冠位の悪魔さえいなければ、ここから大型の魔法で一掃できる。
「じゃあやりますか!」
私は今までにない程の魔力をひねり出す。
これまでも百体以上の悪魔を殺してきたけれど、それらは散発的な殺しだ。今回は規模が違う。一度に数百体。それだけの悪魔を一発で根絶やしにしなければ対処が難しい。
私が接近してあの数を倒しきるのは、不可能だろう。流石に隙をつかれるし、魔力ももたない。
だから今ここから、相手が私に気がついていないタイミングで、一発大きいのをぶつける!
私は両の手のひらを、窪んだ大地に向ける!
「追憶魔法、集積し、集合せよ。かの大軍に追憶を、かの大軍に絶望を与えよ。我が怨みを怒りの過去と化して、究極の一撃を!」
私は全身にびっしょりと汗をかきながら、今までで一番長い詠唱をはじめた。
どんどん全身の魔力が吸いだされる感覚。足が震え、体温が失われていく。死ぬ直前まで魔力を凝縮する。
「死ね!」
私が大声でそう叫び、魔法を発動させる。
今の私が放てる最大限の広範囲魔法。
魔法を発動したと同時に、窪んだ大地に存在している、全ての悪魔達の足元が妖しく光る。
悪魔達は、突然光りはじめた自身の足元を凝視する。
その一瞬で勝負は決した。
私の魔法は、悪魔達が自身の足元を凝視したそのタイミングで、その妖しい光の上の対象物を消し飛ばす!
一気に悪魔達の悲鳴が窪んだ大地に響き渡る!
魔法の規模が大きすぎて、また、魔法の対象が多すぎて、全てを綺麗に消し飛ばすことは出来なかった。
そのせいか体の半身が消し飛ばされた悪魔や、一部だけ残った悪魔、逆にとっさに避けれたのか、片腕だけ失った悪魔など、さまざまだった。
完全に消し去れなかったが故に、激痛が悪魔達を襲う。
それが盛大な、悲痛な叫びとなってこの窪んだ大地に響き渡る。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
私は肩で息をしながら両手両膝を土で汚し、窪んだ大地を見下ろす。
生き残った悪魔はおよそ三十体ほど。それらすべてが上級悪魔だろう。たぶんあのカラス顔達と同じタイプの悪魔だ。アイツらは魔力の流れに敏感だから……
まあでも、上々の出来ではないかしら? 数百体いた敵がたったの三十体よ? 一発の魔法でこれなら上出来よね?
だけど残ったのが上級悪魔三十体か……今の魔力量だとちょっと厳しい。
流石にあの規模の魔法を行使したからか、崖の上の私に気がついた三十体の上級悪魔達は、そろって私を指さしている。
一旦引く?
それも手だけど、引いて魔力が回復するのを待っているあいだに、敵がまたうじゃうじゃとゲートから出てきたら意味がないし……
私がそうやって迷っているあいだにも、上級悪魔達は翼を広げて崖下から私のもとに向かってくる。
「しょうがない、なんとか殺るしかないか!」
私は笑う膝に力を入れて、なんとか立ち上がる。
立ち上がったは良いが、体は震え意識は朦朧とし始めている。
片手を崖下に向けて魔力を込めてみるが、ほとんど魔力が集まらない。
「ちょっと厳しいかしら?」
魔力が枯渇してフラフラな私の背後に、崖下から飛んできた上級悪魔三十体は降り立った。
私が振り向くと、三十体の悪魔達はみんなカラス顔だった。あの時の悪魔と同型だ。
三十体のカラス顔達は、私に魔力が残っていないのを知っているのか、じりじりとにじり寄ってくる。
正面には三十体の悪魔、背後には断崖絶壁の崖。落ちたらまず助からない。
ちゃんとこいつらは、私に飛行するだけの魔力がないことを理解して、崖に追いつめるような位置に着陸していた。
「ここまでかしら……」
私はゆっくりと目を閉じ、覚悟を決めた。