憤怒の魔女イザベラ 5
「命よ、その形状を変えて、参戦せよ!」
レシファーもいきなり大型の魔法は使えないと見て、剣を取り出す。
「やっぱり使う魔法も同じなのか」
イザベラは慎重に構える。
先ほどの異様なレシファーの雰囲気に警戒しているのか、真っすぐ突っ込んではこない。
「来ないのならこちらから行きますよ?」
レシファーが右手で指を鳴らすと、彼女の周りに無数の魔法陣が現れる。
その魔法陣からいくつもの大木が、水平にイザベラに向かって押し出されるように育っていく。その成長スピードは異常で、ぶつかっただけでも数メートル吹き飛ばされるのは確実だ。
イザベラは私のサイカチの棘を防いだ炎の壁を再び出現させ、大木を焼き切っていく。
「そんなものですか?」
イザベラが炎の壁を出したと同時に、レシファーはイザベラ以上のスピードで急接近して切りつける。
「くっ! 速い!?」
レシファーはイザベラに構える間も与えず、巧みな剣術でイザベラを追いつめていく。
その剣術の合間にも指を鳴らす、踵で地面を軽くノックするといった、最小の動作だけであちらこちらから木が生え続け、ツタが伸び、棘を射出し、イザベラが対処しなければいけない攻撃の手数を増やしていく。
レシファーはまるで輪舞でも舞っているような優雅さで剣を振るい、魔法を追加し、手数を増やしていく。
徐々にイザベラも対応しきれなくなってきているのか、細かい傷が増え始める。
「鬱陶しい!!」
イザベラはそう叫び、牽制の火の玉をレシファーに投げつけ、大きく後ろに下がる。
あまりの連撃にイザベラが接近戦を避けたのだ。
「凄い!」
エリックは私の手を握りながら、静かに戦況を見守っていた。
魔法や戦いをよく知らない彼から見ても、どっちが優勢かは明白だった。
「命よ、我が仇敵に災厄を、その者を粉砕せよ!」
イザベラが下がる動作を見せた瞬間には、レシファーは詠唱を完成させ魔力も練り終わっていた。
正直戦いの経験値が私やイザベラとでは段違いだった。
強いのもそうだが、上手い。
立ち回り、戦略、タイミング……上げ始めたらきりがないが、それらだけでも私達魔女とはレベルが違っていた。
イザベラが後方に大きく下がって着地したのと同時に、レシファーの大型魔法が発動する。
「なに!?」
イザベラは一度体制を整えるつもりで下がったはずだが、相手がそれを許してくれない。
レシファーの魔法は私も今まで見たことが無いものだった。
着地したイザベラの足元から伸びたツタが彼女を縛る。
イザベラはとっさに炎で焼き切ろうとしたが、あのツタは私が湖で龍を縛ったのと同じもの……魔力を吸いだす。
イザベラの炎は掻き消える。
「なんでよ!?」
自身の魔力を封印されたイザベラは慌てるがもう遅い……あれに捕まれば、脱出の糸口はない。
「来なさい!」
イザベラがそう命令口調で発すると、彼女の影からカラスの大きさほどまでに小さくなったフェニックスが飛び出し、レシファーを狙う。しかし……
「無駄ですよ」
静かに冷静な一言だけで、フェニックスは同じくツタに囚われ、締め上げられ、レシファーの合図で首をへし折られて絶命した。
そこにいつもの優しいレシファーの顔はなく、そこにいたのは悪魔のレシファー、冠位の悪魔と恐れられた彼女の本気の姿だった。
「もう……逃げられませんね」
レシファーは氷のような笑みを浮かべながら、ゆっくりとした足取りでイザベラに近づいていく。
イザベラを縛るツタは、さらに地面からグングン成長し、イザベラの背後に十字架を形成する。
まるで罪人がこれから裁かれるように……
「こっ来ないで!」
イザベラはこれまでの強気な態度を一変させ、足をガタガタと震わせ、恐怖のあまり液体が脚を伝う。彼女がいくら暴れようともそのツタが解けることはなく、むしろより強い力で後ろの十字架に叩きつけられる。
「罪を償う時です」
レシファーが縛り上げられたイザベラの目の前に到着するのと時を同じくして、木で作られた十本の槍が無抵抗のイザベラを囲い、その鋭い先端を彼女に向けて待機している。
新たに魔法を使用した感じはしないので、あの詠唱は縛り上げてから刺し殺す処刑までがセットになった魔法ということになる。
これがレシファーの本気……普通、魔法は詠唱の長さで現実に作用する効果時間や、その強さが決まるが、彼女レベルの悪魔が本気になると、その法則は崩れるようだった。
ここまで効果時間が長い攻撃魔法を今まで見たことがない。
「いっ嫌だ! まだ死にたく……」
「さようなら」
イザベラがそれ以降の言葉を発することは無かった。最後まで言い切る前に、レシファーが合図をし、十本の槍が様々な角度からイザベラを刺し貫いた。
彼女が最後に発した声は、二度と思い出したくない悲鳴だけだった。
イザベラの亡骸を残し、周囲の木々は徐々に消えていく……うん? 消えていく?
私たちのこの木の魔法は、一度生えたら残るはず……まさか!?
「レシファー!」
私たちの魔法で生み出された木が消えていくというのは、術者の意識が本人の意思とは関係なしに消えていく時だ。
私はまだまだ回復仕切っていない体に鞭を打ち、よろけながらも地面に膝をついたレシファーのもとへ向かう。
エリックもあまりの光景に呆然としていたが、私の様子からレシファーが危ないと感じたのか、私を支えながらレシファーのもとへ。
「レシファー無事?」
私は膝をついたまま動かないレシファーに声をかけながら、回り込み顔を見る。
彼女は両眼を閉じ、肩で息をしていた。
脈を測り、胸に耳をあてて心臓の鼓動を確認する。
良かった生きてる……
「アレシア、レシファーは大丈夫なの?」
エリックは今にも泣きそうな顔で私に尋ねる。
「大丈夫よ、命に別状は無いわ。ただ疲れて気を失っているだけね」
「この後どうする?」
エリックは首を振りながら周囲を観察している。
確かにこのままここに居続けるのは危険だ。どっかに移動しなくては。
私もエリックに倣い周囲を見渡すと、私たちがいる所のちょうど反対側、渓谷の逆側の崖の上は森になっていた。
あそこが良い。あそこなら結界も張りやすいし、なにより隠れやすい。
私の傷が治るまで、どんなに治癒魔法を行使しても二、三日はかかるし、レシファーにしても今の状態から回復するには数日かかる。
どこかで潜伏する必要がある。
「エリック! あの崖の上に移動するわよ!」
私は言いながら翼を展開する。
「エリック捕まって!」
「うん!」
エリックは私の腰に抱きつく。いつもの飛行時のポジションだ。
私はこのまま意識を失ったレシファーの真下から木を生やし、彼女を崖の高さまで持ち上げていく。
「行くわよ」
私とエリックも上昇し、崖の上に辿り着き、レシファーを崖の上に降ろす。
「レシファーは僕が持つね」
エリックは私が傷が痛むせいでレシファー一人運べないのを理解して、そう名乗り出る。
「それじゃあお願い」
私は素直にエリックに甘え、彼女をエリックに預ける。
早くここを離れなければ……魔力の放出を感知した魔獣たちが集まってしまう。
目の前に広がる、森というよりもジャングルと表現したほうが良さそうな樹林の合間をゆっくりとした足取りで、しかし確実に進んでいく。
「うん?」
背後から何者かの視線を感じて、私はふと後ろを振り返る。
「どうしたの?」
エリックは私の態度を不審に思い、振り返る。
「なんでもないわ。先に進んでて」
「は~い」
エリックは私を信じきっているのか、言われた通りに前に進んでいく。
私はそのまま少し来た道を少し戻り、渓谷の反対側、向こうの崖の上を凝視する。
さっきの視線は位置的にはあのあたりからのはずだけど……
私は警戒を強めながらも、急いでエリックの元に戻っていった。
レシファーもいきなり大型の魔法は使えないと見て、剣を取り出す。
「やっぱり使う魔法も同じなのか」
イザベラは慎重に構える。
先ほどの異様なレシファーの雰囲気に警戒しているのか、真っすぐ突っ込んではこない。
「来ないのならこちらから行きますよ?」
レシファーが右手で指を鳴らすと、彼女の周りに無数の魔法陣が現れる。
その魔法陣からいくつもの大木が、水平にイザベラに向かって押し出されるように育っていく。その成長スピードは異常で、ぶつかっただけでも数メートル吹き飛ばされるのは確実だ。
イザベラは私のサイカチの棘を防いだ炎の壁を再び出現させ、大木を焼き切っていく。
「そんなものですか?」
イザベラが炎の壁を出したと同時に、レシファーはイザベラ以上のスピードで急接近して切りつける。
「くっ! 速い!?」
レシファーはイザベラに構える間も与えず、巧みな剣術でイザベラを追いつめていく。
その剣術の合間にも指を鳴らす、踵で地面を軽くノックするといった、最小の動作だけであちらこちらから木が生え続け、ツタが伸び、棘を射出し、イザベラが対処しなければいけない攻撃の手数を増やしていく。
レシファーはまるで輪舞でも舞っているような優雅さで剣を振るい、魔法を追加し、手数を増やしていく。
徐々にイザベラも対応しきれなくなってきているのか、細かい傷が増え始める。
「鬱陶しい!!」
イザベラはそう叫び、牽制の火の玉をレシファーに投げつけ、大きく後ろに下がる。
あまりの連撃にイザベラが接近戦を避けたのだ。
「凄い!」
エリックは私の手を握りながら、静かに戦況を見守っていた。
魔法や戦いをよく知らない彼から見ても、どっちが優勢かは明白だった。
「命よ、我が仇敵に災厄を、その者を粉砕せよ!」
イザベラが下がる動作を見せた瞬間には、レシファーは詠唱を完成させ魔力も練り終わっていた。
正直戦いの経験値が私やイザベラとでは段違いだった。
強いのもそうだが、上手い。
立ち回り、戦略、タイミング……上げ始めたらきりがないが、それらだけでも私達魔女とはレベルが違っていた。
イザベラが後方に大きく下がって着地したのと同時に、レシファーの大型魔法が発動する。
「なに!?」
イザベラは一度体制を整えるつもりで下がったはずだが、相手がそれを許してくれない。
レシファーの魔法は私も今まで見たことが無いものだった。
着地したイザベラの足元から伸びたツタが彼女を縛る。
イザベラはとっさに炎で焼き切ろうとしたが、あのツタは私が湖で龍を縛ったのと同じもの……魔力を吸いだす。
イザベラの炎は掻き消える。
「なんでよ!?」
自身の魔力を封印されたイザベラは慌てるがもう遅い……あれに捕まれば、脱出の糸口はない。
「来なさい!」
イザベラがそう命令口調で発すると、彼女の影からカラスの大きさほどまでに小さくなったフェニックスが飛び出し、レシファーを狙う。しかし……
「無駄ですよ」
静かに冷静な一言だけで、フェニックスは同じくツタに囚われ、締め上げられ、レシファーの合図で首をへし折られて絶命した。
そこにいつもの優しいレシファーの顔はなく、そこにいたのは悪魔のレシファー、冠位の悪魔と恐れられた彼女の本気の姿だった。
「もう……逃げられませんね」
レシファーは氷のような笑みを浮かべながら、ゆっくりとした足取りでイザベラに近づいていく。
イザベラを縛るツタは、さらに地面からグングン成長し、イザベラの背後に十字架を形成する。
まるで罪人がこれから裁かれるように……
「こっ来ないで!」
イザベラはこれまでの強気な態度を一変させ、足をガタガタと震わせ、恐怖のあまり液体が脚を伝う。彼女がいくら暴れようともそのツタが解けることはなく、むしろより強い力で後ろの十字架に叩きつけられる。
「罪を償う時です」
レシファーが縛り上げられたイザベラの目の前に到着するのと時を同じくして、木で作られた十本の槍が無抵抗のイザベラを囲い、その鋭い先端を彼女に向けて待機している。
新たに魔法を使用した感じはしないので、あの詠唱は縛り上げてから刺し殺す処刑までがセットになった魔法ということになる。
これがレシファーの本気……普通、魔法は詠唱の長さで現実に作用する効果時間や、その強さが決まるが、彼女レベルの悪魔が本気になると、その法則は崩れるようだった。
ここまで効果時間が長い攻撃魔法を今まで見たことがない。
「いっ嫌だ! まだ死にたく……」
「さようなら」
イザベラがそれ以降の言葉を発することは無かった。最後まで言い切る前に、レシファーが合図をし、十本の槍が様々な角度からイザベラを刺し貫いた。
彼女が最後に発した声は、二度と思い出したくない悲鳴だけだった。
イザベラの亡骸を残し、周囲の木々は徐々に消えていく……うん? 消えていく?
私たちのこの木の魔法は、一度生えたら残るはず……まさか!?
「レシファー!」
私たちの魔法で生み出された木が消えていくというのは、術者の意識が本人の意思とは関係なしに消えていく時だ。
私はまだまだ回復仕切っていない体に鞭を打ち、よろけながらも地面に膝をついたレシファーのもとへ向かう。
エリックもあまりの光景に呆然としていたが、私の様子からレシファーが危ないと感じたのか、私を支えながらレシファーのもとへ。
「レシファー無事?」
私は膝をついたまま動かないレシファーに声をかけながら、回り込み顔を見る。
彼女は両眼を閉じ、肩で息をしていた。
脈を測り、胸に耳をあてて心臓の鼓動を確認する。
良かった生きてる……
「アレシア、レシファーは大丈夫なの?」
エリックは今にも泣きそうな顔で私に尋ねる。
「大丈夫よ、命に別状は無いわ。ただ疲れて気を失っているだけね」
「この後どうする?」
エリックは首を振りながら周囲を観察している。
確かにこのままここに居続けるのは危険だ。どっかに移動しなくては。
私もエリックに倣い周囲を見渡すと、私たちがいる所のちょうど反対側、渓谷の逆側の崖の上は森になっていた。
あそこが良い。あそこなら結界も張りやすいし、なにより隠れやすい。
私の傷が治るまで、どんなに治癒魔法を行使しても二、三日はかかるし、レシファーにしても今の状態から回復するには数日かかる。
どこかで潜伏する必要がある。
「エリック! あの崖の上に移動するわよ!」
私は言いながら翼を展開する。
「エリック捕まって!」
「うん!」
エリックは私の腰に抱きつく。いつもの飛行時のポジションだ。
私はこのまま意識を失ったレシファーの真下から木を生やし、彼女を崖の高さまで持ち上げていく。
「行くわよ」
私とエリックも上昇し、崖の上に辿り着き、レシファーを崖の上に降ろす。
「レシファーは僕が持つね」
エリックは私が傷が痛むせいでレシファー一人運べないのを理解して、そう名乗り出る。
「それじゃあお願い」
私は素直にエリックに甘え、彼女をエリックに預ける。
早くここを離れなければ……魔力の放出を感知した魔獣たちが集まってしまう。
目の前に広がる、森というよりもジャングルと表現したほうが良さそうな樹林の合間をゆっくりとした足取りで、しかし確実に進んでいく。
「うん?」
背後から何者かの視線を感じて、私はふと後ろを振り返る。
「どうしたの?」
エリックは私の態度を不審に思い、振り返る。
「なんでもないわ。先に進んでて」
「は~い」
エリックは私を信じきっているのか、言われた通りに前に進んでいく。
私はそのまま少し来た道を少し戻り、渓谷の反対側、向こうの崖の上を凝視する。
さっきの視線は位置的にはあのあたりからのはずだけど……
私は警戒を強めながらも、急いでエリックの元に戻っていった。