憤怒の魔女イザベラ 4
私の樹海攻撃から逃れたイザベラは、全身に細かい切り傷を負いながらも、たいしたダメージは追っていないようだった。
一方で私はイザベラの強烈なパンチで腹付近の骨を折られ、火傷を負い、極めつけは炎の柱による炎撃で全身焼けただれている……どっちが優勢かなんて素人目でもハッキリしている。
「それがイザベラの悪魔……?」
「ああそうだ。悪魔の世界のフェニックスと呼ばれているらしい」
フェニックスは一声だけ鳴く。
悪魔の中には上位の存在でも言葉を介さない者がいると聞いていたが、それがこのフェニックスか? 先ほどの私への攻撃と、樹海の壁を突破した魔力を見る限り、ポックリのような低級とは思えない。
「私が一人ではないということを忘れていたのか? 油断しすぎだ! あの名高い追憶の魔女は一体どこへいってしまったんだ? 今私の目の前で地べたに這いつくばっているのは、ただの裏切り者だ!」
勝利を確信したイザベラは饒舌に私を罵る。
「私は憤怒の魔女だ! あの魔女狩りの際も、出来る限りの魔女を助けようとしたが、どうしても零れ落ちた命がある! 目の前で惨殺されていった同胞の命がある! 私はそれが許せない!」
どんどん怒りの感情があふれ出てきたイザベラは、私に向けて右手をかざす。
その目は他の魔女同様、どこか正気ではない。
この結界は想いを強くさせる……
「さよならだ。追憶の魔女にして裏切りの魔女! アレシアにもいろいろ事情があるのだろうが、同胞を裏切ったことには変わりない!」
イザベラは右手に魔力を集める。
動かなければ! 動け! 動け!
私は必死に体に命令するが、体は断固として動かない。動きそうにない。
光りだすイザベラの右手が私に死を予感させる。
流石に助かるとも思えない。
レシファーが、必死に魔力を込めて壁を作り出そうとしてくれているのには気づいている。
気づいているが、それも間に合わない。
イザベラの方が速い!
「死ね!!」
彼女の右手から倒れこむ私に向けて莫大な炎の塊が飛ばされる。
ああ、これはさっきイザベラが魔獣に使った魔法だ。
この魔力の感じ……間違いない。
私は諦めて目を固く閉じる。
いくらこの結界の中では想いが強く働くとは言っても、この状況をひっくり返すことは出来ないだろう。それだけ絶望的な状況だし、なによりイザベラの想いも相当なものだ。
「アレシア!」
私に爆炎が迫る刹那、私の耳に届いたそれは光の声だった。そして目を閉じていても光が瞼の隙間から飛びこんでくる!
「なんだと!?」
驚愕するイザベラの声と同時に目を開いた私の視界は、黄金の光でいっぱいになった。
その光の中目を細めると大きな盾、エリックが持っていた盾だ! それが私と爆炎のあいだにひとりでに浮かび、光をあたりに散らして爆炎を弾き返す!
「ああああああ!!!」
イザベラとフェニックスはとっさのことに反応できずに、自らが放った爆炎をその身に浴びる!
「アレシア大丈夫?」
「アレシア様!」
エリックとレシファーが私に向かって走ってくる。
レシファーは何も出来なかった事を悔いるように拳を握っていたが、私からすれば感謝している。
彼女がエリックを守っていてくれたから私はイザベラとの戦いに専念できた。
イザベラのスピードを見た瞬間に、レシファーには念話でエリックの側を離れないようにお願いしていたのだ。
もしもレシファーまで参戦していたら、私たちが勝てる可能性もあったかも知れないが、エリックを狙われていた可能性が高い。そしてエリックの盾はなんでも跳ね返すが、接近戦をしてくるイザベラ相手では耐えられない。
「二人ともありがとう……なんとか大丈夫よ」
私は気丈にも笑顔を顔に貼り付けるが、レシファーにはそんなものは通用しないもので、彼女は深刻そうな表情で回復効果のある葉を特に損傷の酷い箇所に貼っていく。
「もう喋らないでいて下さい!」
レシファーに叱られ、私は渋々黙る。
まあでも大丈夫でしょう。
いくら炎を主体とする魔女でも、あの爆炎を浴びたら死以外の未来なんてないのだから。
そう思い、未だ燃え盛る炎を眺めていると、中で人の形が再構成されていくのが見えた。
「そんな!? あり得ないわ!」
私はついつい大声を出す。エリックはとっさに盾を拾い、私の前に立ち盾を構える。
レシファーはゆっくりと立ち上がると、緩慢な動きで炎の中の人影を注視する。
「フェニックスは再生の象徴……一日に一度だけ宿主共々蘇る。これがこの悪魔の権能だ」
その言葉とともに炎をかき消して現れたのは、本当にイザベラ本人だった。
「それにしてもその盾は想定外だった。まさかあれを弾き返すとは! それに盾を投げるという発想も面白い」
イザベラはジッとエリックを睨む。
エリックは一瞬蛇に睨まれた蛙のように硬直したが、すぐに盾を構えなおす。
「ほう。人間のガキのくせに中々じゃないか」
そう言うイザベラを私は魔力を使って観察する。
私が与えた傷は全て無くなっていて、衣服も最初に見たのと同じ状態、魔力もほとんど回復している。
これは彼女のいう通り回復ではなく、蘇りなのだろう。
「あのデカい鳥はどうしたのですか?」
レシファーがイザベラに問いかける。
「お前がアレシアと契約している新緑の悪魔か……フェニックスは、一度蘇りを行うと魔力を回復するために一時的に姿を消す」
「そうですか、それでは一対一ですね」
レシファーはまったく表情を変えないままそう宣言する。
「レシファー?」
私は彼女の背中に語りかける。
まさか一人で戦うつもり? イザベラ相手に?
「ここからは私がイザベラの相手をしますので、アレシア様はそこで休んでいてください」
「ちょっとレシファー本気? 私はまだ」
「アレシア様こそ本気ですか? どう見たって戦える状態ではないでしょう! 良いからそこで見ていてください!」
そう背中越しで語る彼女の声が本気なのだと理解した。
レシファーがここまで怒っているのは初めて見た。
幸いなのは、その怒りの対象がイザベラに向いていることぐらいか? いや、もしかしたら一人で無茶をした私への怒りもちょっとは含まれているかもしれないが……
「エリック、アレシア様の護衛は任せます」
「うん!」
エリックは私の真横に立って、いつでも盾で対応できるように構えた。
「正気か? 新緑の悪魔。お前が強力な悪魔だというのはサバトでも有名だが、宿主の助けなしで私に勝てるつもりか?」
イザベラはレシファーを嘲笑う。
確かにイザベラのいう事はもっともだ。レシファーは強いが、それでも四皇の魔女、それももっとも戦闘特化のイザベラに勝てるとは思えない。
ただ、ここまで怒っているレシファーも初めて見る。怒りから周囲の空気が微細に振動しているのを感じる。
レシファーの纏う空気が、全て黒い魔力の揺らめきに見える。
これが悪魔の本気で切れた状態? あの優しそうなレシファーの面影は、微塵も残っていなかった。
「憤怒の魔女イザベラ、貴女は私の主であるアレシア様を侮辱し、危うく殺しかけた。これは私の中で許されるラインを超えている……よって、貴女を抹殺します!」
そう叫び、レシファーはいつもの何倍も濃密な魔力を練り上げ始める。
場を一変させ、空気を震わせていく……
その魔力を目の当たりにしたイザベラは目を丸くさせる。
「本当にただの悪魔なのか? お前は」
レシファーはイザベラの問いかけに、静かで冷静で冷たい声で、小さく答える。
「私は冠位の悪魔、新緑のレシファー……貴女が今までみてきた悪魔とは出来が違うことを教えてやる」
一方で私はイザベラの強烈なパンチで腹付近の骨を折られ、火傷を負い、極めつけは炎の柱による炎撃で全身焼けただれている……どっちが優勢かなんて素人目でもハッキリしている。
「それがイザベラの悪魔……?」
「ああそうだ。悪魔の世界のフェニックスと呼ばれているらしい」
フェニックスは一声だけ鳴く。
悪魔の中には上位の存在でも言葉を介さない者がいると聞いていたが、それがこのフェニックスか? 先ほどの私への攻撃と、樹海の壁を突破した魔力を見る限り、ポックリのような低級とは思えない。
「私が一人ではないということを忘れていたのか? 油断しすぎだ! あの名高い追憶の魔女は一体どこへいってしまったんだ? 今私の目の前で地べたに這いつくばっているのは、ただの裏切り者だ!」
勝利を確信したイザベラは饒舌に私を罵る。
「私は憤怒の魔女だ! あの魔女狩りの際も、出来る限りの魔女を助けようとしたが、どうしても零れ落ちた命がある! 目の前で惨殺されていった同胞の命がある! 私はそれが許せない!」
どんどん怒りの感情があふれ出てきたイザベラは、私に向けて右手をかざす。
その目は他の魔女同様、どこか正気ではない。
この結界は想いを強くさせる……
「さよならだ。追憶の魔女にして裏切りの魔女! アレシアにもいろいろ事情があるのだろうが、同胞を裏切ったことには変わりない!」
イザベラは右手に魔力を集める。
動かなければ! 動け! 動け!
私は必死に体に命令するが、体は断固として動かない。動きそうにない。
光りだすイザベラの右手が私に死を予感させる。
流石に助かるとも思えない。
レシファーが、必死に魔力を込めて壁を作り出そうとしてくれているのには気づいている。
気づいているが、それも間に合わない。
イザベラの方が速い!
「死ね!!」
彼女の右手から倒れこむ私に向けて莫大な炎の塊が飛ばされる。
ああ、これはさっきイザベラが魔獣に使った魔法だ。
この魔力の感じ……間違いない。
私は諦めて目を固く閉じる。
いくらこの結界の中では想いが強く働くとは言っても、この状況をひっくり返すことは出来ないだろう。それだけ絶望的な状況だし、なによりイザベラの想いも相当なものだ。
「アレシア!」
私に爆炎が迫る刹那、私の耳に届いたそれは光の声だった。そして目を閉じていても光が瞼の隙間から飛びこんでくる!
「なんだと!?」
驚愕するイザベラの声と同時に目を開いた私の視界は、黄金の光でいっぱいになった。
その光の中目を細めると大きな盾、エリックが持っていた盾だ! それが私と爆炎のあいだにひとりでに浮かび、光をあたりに散らして爆炎を弾き返す!
「ああああああ!!!」
イザベラとフェニックスはとっさのことに反応できずに、自らが放った爆炎をその身に浴びる!
「アレシア大丈夫?」
「アレシア様!」
エリックとレシファーが私に向かって走ってくる。
レシファーは何も出来なかった事を悔いるように拳を握っていたが、私からすれば感謝している。
彼女がエリックを守っていてくれたから私はイザベラとの戦いに専念できた。
イザベラのスピードを見た瞬間に、レシファーには念話でエリックの側を離れないようにお願いしていたのだ。
もしもレシファーまで参戦していたら、私たちが勝てる可能性もあったかも知れないが、エリックを狙われていた可能性が高い。そしてエリックの盾はなんでも跳ね返すが、接近戦をしてくるイザベラ相手では耐えられない。
「二人ともありがとう……なんとか大丈夫よ」
私は気丈にも笑顔を顔に貼り付けるが、レシファーにはそんなものは通用しないもので、彼女は深刻そうな表情で回復効果のある葉を特に損傷の酷い箇所に貼っていく。
「もう喋らないでいて下さい!」
レシファーに叱られ、私は渋々黙る。
まあでも大丈夫でしょう。
いくら炎を主体とする魔女でも、あの爆炎を浴びたら死以外の未来なんてないのだから。
そう思い、未だ燃え盛る炎を眺めていると、中で人の形が再構成されていくのが見えた。
「そんな!? あり得ないわ!」
私はついつい大声を出す。エリックはとっさに盾を拾い、私の前に立ち盾を構える。
レシファーはゆっくりと立ち上がると、緩慢な動きで炎の中の人影を注視する。
「フェニックスは再生の象徴……一日に一度だけ宿主共々蘇る。これがこの悪魔の権能だ」
その言葉とともに炎をかき消して現れたのは、本当にイザベラ本人だった。
「それにしてもその盾は想定外だった。まさかあれを弾き返すとは! それに盾を投げるという発想も面白い」
イザベラはジッとエリックを睨む。
エリックは一瞬蛇に睨まれた蛙のように硬直したが、すぐに盾を構えなおす。
「ほう。人間のガキのくせに中々じゃないか」
そう言うイザベラを私は魔力を使って観察する。
私が与えた傷は全て無くなっていて、衣服も最初に見たのと同じ状態、魔力もほとんど回復している。
これは彼女のいう通り回復ではなく、蘇りなのだろう。
「あのデカい鳥はどうしたのですか?」
レシファーがイザベラに問いかける。
「お前がアレシアと契約している新緑の悪魔か……フェニックスは、一度蘇りを行うと魔力を回復するために一時的に姿を消す」
「そうですか、それでは一対一ですね」
レシファーはまったく表情を変えないままそう宣言する。
「レシファー?」
私は彼女の背中に語りかける。
まさか一人で戦うつもり? イザベラ相手に?
「ここからは私がイザベラの相手をしますので、アレシア様はそこで休んでいてください」
「ちょっとレシファー本気? 私はまだ」
「アレシア様こそ本気ですか? どう見たって戦える状態ではないでしょう! 良いからそこで見ていてください!」
そう背中越しで語る彼女の声が本気なのだと理解した。
レシファーがここまで怒っているのは初めて見た。
幸いなのは、その怒りの対象がイザベラに向いていることぐらいか? いや、もしかしたら一人で無茶をした私への怒りもちょっとは含まれているかもしれないが……
「エリック、アレシア様の護衛は任せます」
「うん!」
エリックは私の真横に立って、いつでも盾で対応できるように構えた。
「正気か? 新緑の悪魔。お前が強力な悪魔だというのはサバトでも有名だが、宿主の助けなしで私に勝てるつもりか?」
イザベラはレシファーを嘲笑う。
確かにイザベラのいう事はもっともだ。レシファーは強いが、それでも四皇の魔女、それももっとも戦闘特化のイザベラに勝てるとは思えない。
ただ、ここまで怒っているレシファーも初めて見る。怒りから周囲の空気が微細に振動しているのを感じる。
レシファーの纏う空気が、全て黒い魔力の揺らめきに見える。
これが悪魔の本気で切れた状態? あの優しそうなレシファーの面影は、微塵も残っていなかった。
「憤怒の魔女イザベラ、貴女は私の主であるアレシア様を侮辱し、危うく殺しかけた。これは私の中で許されるラインを超えている……よって、貴女を抹殺します!」
そう叫び、レシファーはいつもの何倍も濃密な魔力を練り上げ始める。
場を一変させ、空気を震わせていく……
その魔力を目の当たりにしたイザベラは目を丸くさせる。
「本当にただの悪魔なのか? お前は」
レシファーはイザベラの問いかけに、静かで冷静で冷たい声で、小さく答える。
「私は冠位の悪魔、新緑のレシファー……貴女が今までみてきた悪魔とは出来が違うことを教えてやる」