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作者: ビーグル
第3話 慟哭 17 ―勇気と正義の戦い……―
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「お~~い聞いてるのかよ勇気?」
 正義は心中を隠して、勇気に笑い掛けた。『こういう時は周りの人間が不安な表情や、暗い表情をしてはいけない』正義はそう思っていた。

「……聞いてるよ。だがな、今はお前と冗談を言い合っている場合じゃないんだ」

「えぇ、なんでだよ!」

 勇気は正義に背中を向け続けていた。それでも、正義はその背中に向かって語りかける。正義は勇気にどうしても聞かせたい話があるんだ。

「なぁ勇気、あの時の事覚えてるか?」

「あの時? 『あの時』とだけ言われても、いつかが分からないが……」
 相槌に近い勇気の返答。勇気に自信を取り戻させたい正義とは反対に、勇気は正義との間に壁を作ろうとしていた。『これから話さなきゃならない事は、雑談を交えた後では話せない』勇気はそう思っているから。
 勇気は自分自身と戦っているんだ。『これは俺の、英雄としての最初で最後の戦いだ……』と覚悟を決めて。

「あっ! そっか、そっか! そうだよな! あれだよ、山田と喧嘩してた時の事だよ!」
 戦っていたのは正義も同じだ。勇気と話している内に、正義は分かってきていた。勇気が自分と距離を取ろうとしている事に。
『二人っきりで話したい』勇気はそう言って正義を呼び出した。その呼び出しが決して良いものではない事は、基地に来る前から分かっていた。だから、正義は少し早口で喋る。『まずは俺の話を聞いてもらわないと!』……と。
「あの時、お前俺を騙したろ? 俺を騙して、たった一人で山田ん所に行って……」

「おい……急になんだ。そんな昔話を始めて……やめろよ……」
 山田は二人の小学校の同級生。
 勇気はその名前を聞いて、正義が何の話をしようとしているのかを知った。
 でも、その話は今の勇気にとって聞きたくない話。何故ならそれは、正義との出逢いの話になるから………だから勇気は、その話を止めようとした。
「……聞きたくない。やめてくれ」

「へへっ! 良いじゃん! 話させてくれよ!」
 でも、正義は無理矢理続ける。
「あの時の勇気はさ、俺が山田にボコボコにやられるのを分かってたんだよな! 小さいくせに喧嘩っ早かったもんなぁ、俺! だから、勇気は俺を守ろうとして、俺がついてこない様に考えて……」

「だから……そんな話をしてどうするつもりだ。そんな昔話をしても、昔の俺と今の俺は違うんだぞ……」

「良いから聞けって……」

「いや、聞きたくはない。何故なら、はは……」
 勇気は乾いた笑いを浮かべた。それは、自分自身へ向けた嘲りの笑いだ。
「何故なら………俺は臆病者になってしまったからだ。あの頃と違ってな……」
 勇気は正義の言葉を無視して、自分の主張を続けた。正義が話をやめようとしないのは分かった。ならば、自分から流れを変えなくてはいけない。

「ちょっと待てよ……」
 正義の笑顔が消えた。
「何言ってんだよ……臆病者って、それはどういう意味で言ってるんだ?俺にはそうは見えないけどな」
『臆病者』という勇気の言葉、正義は聞き捨てならなかった。何故なら、正義は勇気が臆病者などではない事を知っているから。だから、正義の笑顔は消えた。

 だが、勇気も反論する。
「そうは見えない? 正義……嘘をつくなよ……」
 勇気はゆっくりと振り向いた。
「お前も見ただろ。昨日の俺を……」

 振り向いた勇気の目には力があった。暗い顔は変わらない。だが、その目には強い決意が感じられた。
「………」
 その目を見た正義は思った。『勇気は「お前には有無を言わせない。俺の言う事を聞け」そう自分に向けて言っている』と……
「……勇気」
 だから、正義も立ち上がった。正義は受け手にはなりたくなかった。『まずは勇気に自分の話を聞かせないとダメだ』そう思っているから。そして、もう一つ『勇気の威圧感に屈してはいけない……』とも。
「あぁ、だから見たって言ってるだろ……二回も言わせんなよ」
 もう笑顔を浮かべる余裕はなかった。正義も必死だった……

「ふっ……だったら分かるだろ。俺はもうダメなんだって事を……」

「何言ってんだよ……ダメってなんだ。何でそんなに卑屈になるんだ」

「卑屈……? 違うよ。事実だ……」

「事実?なんだよそれ!! どういう意味だよ!!」
 正義は怒鳴ってしまった。『勇気に屈してはいけない』その考えが正義の言葉を荒げさせてしまった。

「事実は事実だよ……俺はなぁ、臆病者なんだよ! 英雄なんかじゃない!! そんなものになれる訳がない人間なんだ!!! 俺は初めから、どう足掻いても英雄になんてなれる男じゃなかったんだよ!!!」

 勇気の感情も爆発してしまった……
 雪崩の始まり……もう誰も止められない。二人の強い意思が、ぶつかり合ってしまった……
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