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作者: ビーグル
第3話 慟哭 10 ―慟哭―
 10

 ザッザッザッ……

 勇気に『逃げろ』と命じた警官が、草を踏み鳴らしてゆっくりと木の陰から出てきた。

 でも、『怪物は惹き付ける』そう言った筈なのに、何故か勢いは全く無い。銃のグリップは握り直した筈。それなのに、その銃は何故か片手だけで持たれ、指先で力無くブラブラと揺れていた……

 そして、警官は木を回り、勇気の前に立った。

「フハッ! 何だ? その顔どうしたんだよ?」

 警官は勇気を庇う様にして立ったから、勇気には警官の背中しか見えない。デカギライが何を疑問に思ったのか、勇気には分からなかった。

 だが、勇気以外の人物は皆、この疑問を頭に浮かべていた。

 勇気を庇う様にデカギライの前に立った警官、それは本来なら勇ましい行動だ。しかし、何故かその警官の顔は、恐怖に怯える様にガタガタと震えていたのだ……

「あぁ……あ……あぁ……」

 怯えて見えるのは顔だけじゃない。震える唇からは恐怖の吐息が漏れていた。

「フハハッ! お前、勇敢なのか、臆病なのか、どっちなんだよ! まぁ良い……狙いやすい標的だ!!」

 デカギライは警官に銃口を向けた。

「あ……あぁ……か、体が動かな……」

『彼はもう、我の操り人形、自由は無い、お前の友は恐怖だと、いう事を、今分からせてやる』

「や、止めろッ!!」

 勇気は察した。警官は謎の声の持ち主によって体の自由を奪われてしまった事を……

 しかし、もう遅い……

「BANGッ!!!」

 デカギライは警官に向けて銃を発砲した。

 銃口から放たれた弾丸は瞬く間に飛んでいく。もう止められない。もう誰も警官を救う事は出来ない。

「………ッ!!!」

 警官は断末魔の叫び声を上げる事すらも許されなかった。警官の頭部に直撃した弾丸は爆発はしない。ただ、

「フハハハハッ!」

 警官の肉体と共に、この世から消滅した。

「うわぁぁぁぁ!!!!」

 勇気は叫んだ。絶望の叫びだ。今この時、警官が死んだ事を理解していたのは勇気しかいなかった。デカギライはまだ自分の能力に気が付いていない、その他の警官も目の前で起こった奇怪な現象に同僚の死を結び付ける事は出来ていなかった。

「そんな……そんな……」

 勇気だけは警官が消滅した瞬間に聞こえた『お前が殺した、お前が友を受け入れないから、男は死んだ』この言葉で全てを理解していた。

「俺の……俺のせい……」

 勇気は目の前に落ちた警官の制服を抱き締めた。まだあたたかい。警官の生きていた証を肌で感じた勇気の悲しみは、慟哭となり、抑えきれない涙が体を震わせる。

「そうか、そういう事か!」

 デカギライは叫ぶ勇気の姿を見て、己が何をしたのかを知った。

「なるほどなぁ、神が言っていたな。俺の大嫌いな物を襲えば、俺の力か何なのかが分かるって! フハハッ! そうか……これが俺の力か! 刑事デカを消せる力……ハハッ! 良いねぇ! 良いねぇ! 《デカギライ》、俺の新しい名前の意味も分かったぜ! 嗚呼、最高だ!!」

 デカギライはくるりと辺りを見回し、次のターゲットの品定めを始めた。

「ハハッ! 良し、次はお前だ!」

 それはデカギライの一番近くに居た警官。その警官は木の陰から体を半身出し、デカギライに銃を向けていた。

「あっ……クソッ!!!」

 狙いを定められたのが自分だと知った警官はデカギライに向かって発砲する。しかし、やはりデカギライには効かない。

「あぁ……あぁッ!! 何で! 何で!」

 警官は人間の常識を逸脱したデカギライを理解出来ずに何度も何度も発砲した。

「撃てッ!!! 撃てッ!!! 援護求むッ!!!」

 仲間に向けての要求だ。だが、その頼みは誰も聞かなかった。いや、聞けなかった。何故なら、その他の警官は、

『また死ぬぞ、お前のせいで』

 デカギライに殺された警官と同じだったから……
 その他の警官は、謎の声によって体の自由を奪われてしまっていたんだ。

「フハハハハハッ! 無様だなぁ!」

 デカギライはターゲットに選んだ警官に近付くと、警官の額に銃口を突きつけた。

「BANGッ!!!」

 額に密着した銃口は火を吹き…………


 いや……


 ここからは細かい描写を避けよう。デカギライの行為は、あまりにも残酷だったのだから……


 そしてデカギライは、一人、また一人と警官を消していった。


「あぁ……あぁ……」

 その度に、勇気の脳内では声が語り掛ける。『お前が殺した』『お前が殺した』……と。

『命あったものが、また消えた』『また消えた』……と。

 次第に勇気の視界は、黒く染まっていった……これは比喩表現ではない。実際に勇気の視界は黒く染まったのだ。
 勇気の視界を染めた物、それは《王に選ばれし民》が現れた時に勇気が見た闇…………漆黒の闇の塊。闇が勇気の視界を染めたのだ。

「消えないで……消えないで……」

 まるで子供の様な言葉遣いで勇気は嘆いた。闇が視界を覆うと共に、勇気は夢の中へと堕ちていった。

 それは、現実逃避なのか……

 いや、それは違う。勇気は操られたのだ。警官達と同じく、謎の声によって……
 勇気の心の奥底に眠っていたトラウマを使って、謎の声は勇気を恐怖の海に堕としたのだ………

『どうだ……やはりお前はそうじゃないか、お前の友は、せいではない。お前は、恐怖の囚われ人だ、受け入れろ、受け入れろ』

 勇気の脳内で、声は語り続けた。

「やめて……やめてよ……撃たないで! 殺さないで!!」

 頭を抱え、地面にうつ伏せに倒れていた勇気の体はわなわなと震え出す。

「BANGッ!!!」

 また、デカギライが警官を消した声がした。視界を失った勇気にはもうその光景は見えない。でも、頭の中ではその光景が見えていた。

「撃たないで! 撃たないで!!」

 震えながら立ち上がった勇気は、デカギライの居場所を探しながら走り出した。闇に覆い尽くされてしまった視界は晴れない。勇気は暗闇の中をさ迷う様に、手で辺りを探りながらデカギライを必死に探した。

 しかし、

「フハハッ! 何やってるんだアイツは? 本当に気持ちの悪い奴だな!!」

 最後の一人を消したデカギライは林の中をさ迷い走る勇気の姿を嘲笑った。何故なら、勇気は全くの見当違いの場所に向かって走り出していたからだ。悪夢の中にいる勇気はどんなに必死になろうが、正常な判断は出来なかったのだ。

「もう良い……あんな情けない奴の相手はしたくない。時間の無駄だ! また別の刑事デカでも探しに行くか。フハハハッ! この力気に入ったぜ!!」」

 デカギライは銃の生えた右腕で肩を叩きながら、勇気に軽蔑の眼差しを向けると、この場を去っていった。


「撃たないで! 撃たないで! 殺さないで!!」


 勇気は叫ぶ。叫び、走った。


 叫び、走ったんだ………


 叫び………


 走ったんだ………


 デカギライは、勇気を『情けない奴』と笑った。本当にそうだろうか。本当に、デカギライが言う様に勇気は情けない奴なのだろうか。

 だって、勇気は恐怖の海に溺れながらも叫んでいたのだから。警官を『撃たないで!』と。警官を『殺さないで!!』と。必死に止めようとしていたのだから。

 ならば、勇気は『情けない奴』ではないだろう。

 謎の声によって、恐怖の海に溺らされてしまった勇気……しかし、彼は必ず立ち上がる。それは遠い未来ではない。それはすぐ近くの未来だ。彼は必ず勝つ………

 デカギライを倒すのは彼なのだ。

 親友ともと共に彼は、必ずデカギライを打ち砕く。必ず……
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