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作者: ビーグル
第2話 バケモノッッッッッ!!!!! 5 ―一夜明けた輝ヶ丘は……―
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「何だか、みんな暗い顔をして歩いてるわねぇ……」

 信号待ちの時、麗子は道行く人達の顔を眺めて小さなため息をついた。

「それはそうだよ。昨日、あんな事があったんだ。みんな普通でいられる訳がない……」

 助手席に座る勇気も、窓の外を歩く人々の姿を見ていた。勇気の目に映る人達は、折角の土曜日なのに誰も楽しそうにしていない。散歩する犬でさえも恐怖に怯えて歩いている様に見える。

「不安と恐怖が、この町を覆い尽くしてしまったんだ……」

 そして、そのまま彼は空を見上げた。

 昨日の夜のニュースでやっていた天気予報では『明日は今日と変わらず、快晴の天気になるでしょう』と天気予報士が言っていた。でも、今朝目を覚ました勇気が自室のカーテンを開けると、空にはどんよりとした曇り空が広がっていた。
 勇気はその空を見た瞬間に思ったんだ。
『この空は、輝ヶ丘の町自体が不安と恐怖に暗く沈んでしまった事の表れだ……』と。

「不安と恐怖ねぇ……」

 信号が青に変わった、麗子は息子の言葉を繰り返しながら車を発進させた。

「そうねぇ、そうなのかも知れないわね。ママも少し怖いもの」

「母さんが……?」

 勇気にとって麗子のこの返答は意外だった。いつものんびりしている麗子は何があっても動揺しないし、慌てない。勇気から見たら麗子はポーカーフェイスと同じだった。今日の墓参りも、普通なら延期しそうなものだが、麗子は早朝から当たり前の様に準備を始めていた。
 昨日だって、帰宅した勇気に掛けた言葉は『あら、勇ちゃん遅かったわね。ご飯食べる?』それだけ。

「意外だな……母さんはそういう感情を持っていないのかと思っていたよ」

「あらら、勇ちゃん、何その言い方。そんな訳ないでしょう」

 麗子は勇気の発言が冗談だと思ったのか、「ふふふ……」と笑った。
 そして、暫く笑った後、麗子は話を元に戻した。

「……でも、人間はこんな事じゃそんな簡単に負けないわぁ」

 麗子はニコリと微笑みながら言った。でも、言葉だけは力強い。心なしか車を走らせるスピードも上がった気がする。

「あぁ、俺もそう思うよ……負けて堪るか」

 この言葉には勇気も同意だ。

「そうよぉ、人間は困難に立ち向かう時に強くなる者なんだから! この局面に負けなければ人間はもっと強くなれるわね!新たな進化よ!!」

 何やら麗子の言葉は更に勇ましい。車のスピードも明らかに上がっている。

 そして、普段とは違う母の発言に勇気は思わず笑ってしまった。

「ハハッ、母さん、どうしたんだよ? 急に勇敢な事を言い出して」

「だってそうでしょう? 人間は今まで何度も困難と戦って、そして勝ってきたんだから。勇ちゃんも笑ってないで、東大でも目指してみたら?」

「え?! お……いおい、目指さないよ、何で急にそんな話になるんだ……さっきと話がズレてるだろ」

「あらら……本当だ。私の悪い癖ね」

 麗子の話は時々本筋から突然ズレる事がある。今もそうだ。その癖は本人も自覚しているらしく、指摘を受けると『あらら……』と言って少し黙る。

「……………。」

 1、2秒黙っている内に、珍しくヒートアップしていた麗子の心は落ち着いていった様子。それと同時に車のスピードもダウンしてしまった。

 そして、麗子がスピードを落としてから暫くすると、二人が乗った車は輝ヶ丘の中心部へと入った。

「あら……やっぱり閉まってるわねぇ」

 麗子がポツリと呟いた。再び信号で止まった麗子が見ているのは、輝ヶ丘の中心部に建つ、町のランドマークとも言える巨大スーパーマーケットだ。
 いつもなら午前10時を超えれば煌々とした明かりが店内に見えるのだが、今日は真っ暗だ。

「あ、そうか、伝え忘れてたよ。母さん、暫く《ピカリマート》は臨時休業らしいんだ……」

 勇気は秘密基地に向かう前にこのスーパーの前を通ったのだが、この事を母に伝える事をすっかり忘れてしまっていた。
 二人はこのスーパーに寄るつもりだった。何故なら、二人はここで父の墓に添える花とお線香を買う予定だったから。でも、運悪く今日から臨時休業だ。

「そうみたいねぇ。朝のニュースでやってた警察の人達の会見を見て『もしかしたら……』とは思ってたけどぉ……どうしようかしらねぇ……」

 麗子は首を捻って考え始めた。

 しかし、それを勇気が一旦止める。

「会見で、『もしかしたら』って……どういう意味だ?」

「ん? 言ってたのよ、警察の人が。昨日、ピカリマートに被害が出たって。でも、ピカリちゃんだけらしいわよ、被害が出たの。"大きな手"と"赤いヒーローさん"があの屋上で戦ったらしいの……屋上が穴だらけなんだって」

「あぁ……なる程、そういう事か」

 勇気は納得した。
 勇気はそのニュースを見なかったが、昨日高台へと向かう途中、セイギが《芸術家》と戦う姿は見ていた。だから、母が言う『大きな手』というのは《芸術家》が出現させたヤツの事だろうという事もすぐに分かった。

「暫くはお休みになりそうね。はぁ……どうしようかしら、やっぱり風見の方からお寺さんに向かった方が良いのかしらねぇ」

 麗子は眉をしかめて再び考え出した。
 麗子が何を考えているのか、その内容は聞かなくても勇気は分かる。
 それは『近道を使うか、使わないか……』だ。

 今、二人が向かっているのは輝ヶ丘の西側に隣接している風見かざみという町なのだが、その風見に十文寺じゅうもんじという寺があって、その寺の中に勇気の父の墓がある。

 しかし、その寺の場所が問題なんだ。寺は風見の町を突っ切った先にある小さな山の頂上近くにあるのだが、風見からのルートだと頂上に行くには山中を螺旋階段の様にうねうねと走らなければならない、そうするとかなり時間がかかる。しかし風見に入らずに輝ヶ丘の中心部から南方面に車を進めて、輝ヶ丘の大木の立つ高台の近くを通るルートで行けば、風見の町を通らずに直接山に入れるし、山の中をすべり台を逆に登る様に行けるから風見を通って行くよりか半分の時間で行けるのだ。

 でも、

「ここのピカリちゃんが使えないならぁ、風見のピカリちゃんが一番良いだろうし……そうなると、やっぱり風見の方から行った方が早いのかしらねぇ?」

「いや……」
 しかし、勇気は首を振った。
「線香ならコンビニでも買えるし、花屋なら確か駅ビルの地下にもあった筈だ。母さん、一旦駅前に向かってくれ。花は俺が買ってくるよ!」

 勇気は風見へは行きたくなかった。だって、少しでも母の車に乗る時間を短くしたかったから……
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