第4話 王に選ばれし民 18 ―俺だよ!!!!!―
18
赤井正義は、
「俺だよ!!!!!」
そう叫びながら、腹の上のボッズーの頭を鷲掴みにして、勢い良く立ち上がった。
突然後ろから頭を掴まれたボッズーは
「うわぁ!!」
と驚いたが、その声色は喜びの感情に満ち溢れていた。
「ひぇ~ビックリしたボッズー! せぃ……あっとととと! ガキセイギ! やっと起きたかボッズー!!」
ボッズーは『正義』という名前を口にしそうになって、慌てて言い直した。
今は世界中に自分の声が伝わってしまう。英雄の正体が誰なのか、ソレは秘密にしなきゃいけない事なんだ。
「へへっ! あぁ……待たせたな……」
正義はそう言うと、ボッズーを自分の肩へと乗せ、ニカッとした笑顔を見せた。
しかし、
― ん………?
ボッズーは気付く。
その笑顔が"いつも通り"の笑顔じゃないって事に。
正義は"いつも通り"に見せようとしている。
でも……違う
いつもなら爛々と輝く正義の瞳が、光を失い、何処か遠くを見ている様に虚ろで、焦点もあっていない。いつもなら大きくニカッと開く口も、口角が上がらず、頬が痙攣の様にピクピクと震えるだけ……
「あっ………あ……」
ボッズーの喜びは一瞬にして消えた。正義のこんな姿を見るのは初めてだった。どんな時でも笑顔で立ち向かう正義が、その笑顔を作る事すら出来なくなっている。
「ハァ………ハァ……ボッズー、どうした?変な顔すんなよ……へへっ……」
ボロボロだった………
正義の体はボロボロだった。
眠りから覚めて、体の傷が元通りに回復しているなんて奇跡が起こる訳がなく、正義の全身には芸術家と騎士から受けた攻撃のダメージが走り続けていた。
特に騎士から受けた攻撃のダメージは凄まじく、白いTシャツの向こうの胸にはどす黒い痣が浮かんでいた。いや、今の正義の体の中で、痣が無い所を探す方が難しい。全身の痛みが心臓を叩き、乱れた鼓動が吐き気を呼び、手足は寒くもないのに震えてくる。本当なら立っている事すら困難なくらいなんだ。
そんな凄まじい痛みと正義は戦っていた。
でも、正義はその辛さをボッズーに見せようとはしなかった。見せるのは笑顔だけ……
正義は必死に強がって、いつもの自分でいようとしているんだ。
「へへっ……どうしたんだって……ボッズー?変な顔してさぁ?」
そして、正義はまた笑った。
「ん……あっと……えーっと」
だけど、ボッズーはその"無理"を指摘する事が出来なかった。
「へへへっ……いや、なんでも無いボッズーよ!」
もし王と対峙する前のボッズーだったなら、『強がってないで寝てろボッズー!』と強く言ってしまっていたかもしれない。
でも、今は正義が強がる理由が分かる。
正義は『ここで弱さを見せる訳にはいかない!』……と、気丈に振る舞おうとしているんだ。
ピエロと対峙していた時と同じく、世界中のみんなの希望になる為に。
『王を目の前にして一ミリの弱さも見せてはならない……』と。
だから……ボッズーもその笑顔に答える。
「へへっ……目が覚めてお前は早速笑うのかって思ったんだボズよぉ! しかし本当によく笑う奴だなぁボッズー!! こっちはどんだけ心配したか!」
「へへっ、ごめん……ごめん……それにしてもお前の叫び、良い目覚ましになったぜぇ……ありがとうな」
正義はそんなボッズーにまたニカッと笑いかけた………今は"正義の中では"だが。
「むむぅ! なんだよそれ! こっちは一人で戦ってたんだぞボズ! 何が良い目覚ましだボズ! ノーテン気な奴だなぁボッズー!!」
「へへっ……」
正義はボッズーの頭をゆっくりと撫でた。ボッズーへの感謝の気持ちを込めて。
― ありがとうな。ボッズー。お前は本当に優しいぜ……俺の嘘に付き合ってくれて
正義は気付いていたんだ。ボッズーが、本当の事に気が付いているという事を。
― でも、安心してくれ。体が痛ぇだけなんだ……負けた気にはなっちゃいないぜ
「ふぅ………さて、どうやら敵の親玉が現れてくれたみたいだなぁ」
正義は血と汗で濡れた前髪をかき上げながら、肩に乗せたボッズーを草原の上へと降ろした。
「ふぅ……ちょっと気合い入れないとだな」
「気合い? 何するつもりだボズ!!」
ボッズーの表情が険しく変わる。『ボロボロの状態なのに、これ以上何をするつもりなんだ!』と思ったんだ。
「へへっ……大丈夫。次は俺の番……ってだけだよ」
そう言うと、正義はさっきみたいに空気を大きく吸い込んだ。
「すぅ~~~~~ッ!!」
確かに正義はボロボロだ。でも、精神的にはへこたれちゃいない。漲る闘志は変わらずそのまま。肉体的にはもう戦える状態ではないが、精神的には違う。
空気を吸い込んだ正義は、王を睨み付け、そして、心の中の大剣を構えて威勢良く叫んだ。
「お前が王かぁッ!! やっっっっっと! お目にかかれたぜ!! なんだか想像してたのと違って、思ってたよりも爺さんだなッ!!!」
まるで拡声器を使ったかの様な大声。ボッズーは『そんなボロボロなのに、どこからそんな力が出せるんだよ……』と思った。
でも、思い出してほしい。芸術家と戦った時の正義の事を。正義は悪に立ち向かう時には、どんなボロボロの状態でも《正義の心》を燃やして力を沸き上がらせる事が出来るんだ。
「いや、爺さんは爺さんでもやっぱ王だな! 流石だよ! 白くてフワフワしててまるでソフトクリームだ!! スッッゲェよッ!!!」
正義の口から飛び出したのはまるで軽口。でも、これが正義流。
「へへっ! でもなぁ、悪いけどなぁ!! お前を止めるのは俺だ!! お前は、絶対に俺が倒すッッ!!」
「そうか……」
しかし、流石に相手は王だ。ピエロの様に動揺はしない。この言葉を受けても、王は顔色ひとつ変えなかった。
そして呟く……。ボソリと。
「我を倒す……貴様がか……」
王の瞳は真っ直ぐに正義を見詰めている。己を倒すと言う男の事を王はどう思うのか、その朴訥とした口調からは読み取れない。
「あぁ!! 世界の平和は俺が絶対に守ってやるッ!!」
正義の勇猛果敢な宣言。
この宣言を受けた王は、ゆっくりと瞼を閉じた。
「そうか………」
そう呟く王の唇が、三度目の笑みを見せる。
そして、その笑みを隠す為なのか、王は右の手のひらを顔に向けると、枯れた木の枝の様な長い指で自らの顔を覆い隠した。
「くく……く……」
赤井正義は、
「俺だよ!!!!!」
そう叫びながら、腹の上のボッズーの頭を鷲掴みにして、勢い良く立ち上がった。
突然後ろから頭を掴まれたボッズーは
「うわぁ!!」
と驚いたが、その声色は喜びの感情に満ち溢れていた。
「ひぇ~ビックリしたボッズー! せぃ……あっとととと! ガキセイギ! やっと起きたかボッズー!!」
ボッズーは『正義』という名前を口にしそうになって、慌てて言い直した。
今は世界中に自分の声が伝わってしまう。英雄の正体が誰なのか、ソレは秘密にしなきゃいけない事なんだ。
「へへっ! あぁ……待たせたな……」
正義はそう言うと、ボッズーを自分の肩へと乗せ、ニカッとした笑顔を見せた。
しかし、
― ん………?
ボッズーは気付く。
その笑顔が"いつも通り"の笑顔じゃないって事に。
正義は"いつも通り"に見せようとしている。
でも……違う
いつもなら爛々と輝く正義の瞳が、光を失い、何処か遠くを見ている様に虚ろで、焦点もあっていない。いつもなら大きくニカッと開く口も、口角が上がらず、頬が痙攣の様にピクピクと震えるだけ……
「あっ………あ……」
ボッズーの喜びは一瞬にして消えた。正義のこんな姿を見るのは初めてだった。どんな時でも笑顔で立ち向かう正義が、その笑顔を作る事すら出来なくなっている。
「ハァ………ハァ……ボッズー、どうした?変な顔すんなよ……へへっ……」
ボロボロだった………
正義の体はボロボロだった。
眠りから覚めて、体の傷が元通りに回復しているなんて奇跡が起こる訳がなく、正義の全身には芸術家と騎士から受けた攻撃のダメージが走り続けていた。
特に騎士から受けた攻撃のダメージは凄まじく、白いTシャツの向こうの胸にはどす黒い痣が浮かんでいた。いや、今の正義の体の中で、痣が無い所を探す方が難しい。全身の痛みが心臓を叩き、乱れた鼓動が吐き気を呼び、手足は寒くもないのに震えてくる。本当なら立っている事すら困難なくらいなんだ。
そんな凄まじい痛みと正義は戦っていた。
でも、正義はその辛さをボッズーに見せようとはしなかった。見せるのは笑顔だけ……
正義は必死に強がって、いつもの自分でいようとしているんだ。
「へへっ……どうしたんだって……ボッズー?変な顔してさぁ?」
そして、正義はまた笑った。
「ん……あっと……えーっと」
だけど、ボッズーはその"無理"を指摘する事が出来なかった。
「へへへっ……いや、なんでも無いボッズーよ!」
もし王と対峙する前のボッズーだったなら、『強がってないで寝てろボッズー!』と強く言ってしまっていたかもしれない。
でも、今は正義が強がる理由が分かる。
正義は『ここで弱さを見せる訳にはいかない!』……と、気丈に振る舞おうとしているんだ。
ピエロと対峙していた時と同じく、世界中のみんなの希望になる為に。
『王を目の前にして一ミリの弱さも見せてはならない……』と。
だから……ボッズーもその笑顔に答える。
「へへっ……目が覚めてお前は早速笑うのかって思ったんだボズよぉ! しかし本当によく笑う奴だなぁボッズー!! こっちはどんだけ心配したか!」
「へへっ、ごめん……ごめん……それにしてもお前の叫び、良い目覚ましになったぜぇ……ありがとうな」
正義はそんなボッズーにまたニカッと笑いかけた………今は"正義の中では"だが。
「むむぅ! なんだよそれ! こっちは一人で戦ってたんだぞボズ! 何が良い目覚ましだボズ! ノーテン気な奴だなぁボッズー!!」
「へへっ……」
正義はボッズーの頭をゆっくりと撫でた。ボッズーへの感謝の気持ちを込めて。
― ありがとうな。ボッズー。お前は本当に優しいぜ……俺の嘘に付き合ってくれて
正義は気付いていたんだ。ボッズーが、本当の事に気が付いているという事を。
― でも、安心してくれ。体が痛ぇだけなんだ……負けた気にはなっちゃいないぜ
「ふぅ………さて、どうやら敵の親玉が現れてくれたみたいだなぁ」
正義は血と汗で濡れた前髪をかき上げながら、肩に乗せたボッズーを草原の上へと降ろした。
「ふぅ……ちょっと気合い入れないとだな」
「気合い? 何するつもりだボズ!!」
ボッズーの表情が険しく変わる。『ボロボロの状態なのに、これ以上何をするつもりなんだ!』と思ったんだ。
「へへっ……大丈夫。次は俺の番……ってだけだよ」
そう言うと、正義はさっきみたいに空気を大きく吸い込んだ。
「すぅ~~~~~ッ!!」
確かに正義はボロボロだ。でも、精神的にはへこたれちゃいない。漲る闘志は変わらずそのまま。肉体的にはもう戦える状態ではないが、精神的には違う。
空気を吸い込んだ正義は、王を睨み付け、そして、心の中の大剣を構えて威勢良く叫んだ。
「お前が王かぁッ!! やっっっっっと! お目にかかれたぜ!! なんだか想像してたのと違って、思ってたよりも爺さんだなッ!!!」
まるで拡声器を使ったかの様な大声。ボッズーは『そんなボロボロなのに、どこからそんな力が出せるんだよ……』と思った。
でも、思い出してほしい。芸術家と戦った時の正義の事を。正義は悪に立ち向かう時には、どんなボロボロの状態でも《正義の心》を燃やして力を沸き上がらせる事が出来るんだ。
「いや、爺さんは爺さんでもやっぱ王だな! 流石だよ! 白くてフワフワしててまるでソフトクリームだ!! スッッゲェよッ!!!」
正義の口から飛び出したのはまるで軽口。でも、これが正義流。
「へへっ! でもなぁ、悪いけどなぁ!! お前を止めるのは俺だ!! お前は、絶対に俺が倒すッッ!!」
「そうか……」
しかし、流石に相手は王だ。ピエロの様に動揺はしない。この言葉を受けても、王は顔色ひとつ変えなかった。
そして呟く……。ボソリと。
「我を倒す……貴様がか……」
王の瞳は真っ直ぐに正義を見詰めている。己を倒すと言う男の事を王はどう思うのか、その朴訥とした口調からは読み取れない。
「あぁ!! 世界の平和は俺が絶対に守ってやるッ!!」
正義の勇猛果敢な宣言。
この宣言を受けた王は、ゆっくりと瞼を閉じた。
「そうか………」
そう呟く王の唇が、三度目の笑みを見せる。
そして、その笑みを隠す為なのか、王は右の手のひらを顔に向けると、枯れた木の枝の様な長い指で自らの顔を覆い隠した。
「くく……く……」