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作者: ビーグル
第3話 空が割れた日 6 ―俺の体よ震えるな!―
 6

 輝ヶ丘の住民達の視界は強い光で遮られ、轟音は強い震動を起こした。その揺れは、轟音が鳴り響く前に起こった大地の揺れと合わさって、途端に立ってはいられない程の強さになっていった。

 勇気と愛もコンクリートの地面に膝を着いてしまった。
 もう一度立ち上がろうとしても、強い震動でバランスを崩され、また倒れてしまう。

「ゆ……勇気くん!! ど……どこ!!!」
 倒れた拍子に勇気と手が離れてしまった愛は、海中でもがく様に手を振って、勇気を探した。
 だが、すぐ近くに居た筈の勇気が見付からない。
「ど……どこにいるの!!」
 光によって視界を遮られた愛は、『この世界でたった一人になってしまったのではないか……』と不安と孤独に襲われた。
「勇気くん!!」
 何度叫んでも、愛の叫びは轟音にかき消されて勇気には届かない。

「クソ……クソ……!! 俺は何をしているんだ!! 馬鹿野郎!! 馬鹿野郎!!」
 勇気は冷たいコンクリートの道路の上で、自分自身を叱責する言葉を叫んでいた。
 しかし、彼は動きを止めてはいない。視界を遮られ行く道も分からないなか、それでも懸命に前に進もうと、這いつくばってもがいていた。輝ヶ丘の大木に向かう為に。

 勇気はどんな状況でも忘れはしないんだ。自分の使命を。自分が世界を救う為に選ばれた英雄だという事を。だからこそ彼は悔しかった。何も出来ずにいる自分が、歯痒く、悔しかった……

― 俺は認めざるを得ないのか……『世界を救う』という壮大な作戦の失敗を。愛すべき人々がこのまま死に行く未来を、俺は変える事は出来ないのか………力さえあれば、力があれば!! こんな光も、迫り来る敵も、全て薙ぎ払える筈なのに!! それなのに……何故、俺の体は震える!! 何故、恐怖に怯えるんだ!!

「なにが勇気だ!! 名前負けにも程がある……こんな臆病者、他にはいないッッ!!!」

 勇気は地面を殴った。

 鈍い痛みが拳に走る。それでも何度も何度も勇気は地面を殴った。自分に対しての怒りと悔しさが衝動となって止まらなかった。

「力をくれ……俺に力をくれ!!! 頼むッ!!!」

 勇気は望みを掛けて腕時計を殴った。


 しかし………


 腕時計に何も変化は起こらない。

「クソッ……クソぉぉぉぉぉ!!!! 何故だ……何故、何も起こらない!! 俺は選ばれたんじゃないのか!! やはり俺には力を使う資格が無いと言うのか!! 世界が……世界が終わろうとしているんだぞ!!」

 勇気がどんなに訴えても、叫んでも、何も起きない。何度叩いても、腕時計は勇気の気持ちに応えようとはしない。

「何故……何故……」

 勇気は世界を救う約束をしたその日から、英雄としての誇りと重責を胸に持ち、何度も腕時計を叩いてみた。"今日"という日の為に、自分に与えられる能力を知っておきたかったから。
 しかし、出来たのは通信を取る事のみ。本来の役目としての機能を、腕時計は一度たりとも見せてはくれなかった。

「"今日"になれば……そう思っていた。俺の力は"今日"の為に生まれた物だ。だから"今日"にならなければ力は与えられない。そう、自分に言い聞かせてた……でも……」

 そうではなかった。

「やはり大木なのか? 約束の場所へ行かなければ力は与えてくれないのか?」

 力を与えられない日々の中、勇気は考えた。『約束の場所の意味は何だ?』と。

「やはりそういう事なのか? 大木へ行かなければならないのか? それが条件なのか? 教えくれ……教えてくれ……しかし……しかし……大木へ向かいたくても、体が思った様に動かないんだ!!」

 勇気は立ち上がろうとした。しかし、轟音が起こす強い揺れと、己の"恐怖"が起こす体の震えが邪魔をする。

「クソッ………クソッ!!! 俺の体よ、震えるな!! 立てッ!! 大地の震えなどぶち壊すくらいに立ち上がれッ!!!」

 だが、勇気がどんなに悔しがろうが、恐怖を覚えた自分に抗おうとしようが、それでも彼の震えは消えない。
 そして、そんな勇気を嘲笑うかの如く、町に響く轟音はより激しくなっていく。

「クソッ!!!」

 勇気は叫んだ。いや、叫んでいたのは勇気だけじゃない。町には悲鳴が溢れていた。
 果てなく続く耳をつんざく轟音と、轟音が起こした激しい震動、そして視界を遮る目映い光……この怪現象に悲鳴をあげぬ者などいなかった。

 だが、その悲鳴は誰の耳にも届かない。何故なら、轟音がかき消してしまうから……

 何が起こっているのか、何故轟音は轟くのか、誰にも分からない。
 自分の叫び声ですらかき消してしまう程の激しい轟音の中、人々は皆、孤独になった。


『世界が終わる』


 ……誰もが皆そう思った。
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