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作者: ビーグル
第2話 絶望を希望に変えろ!! 5 ―正義の心で人を救え!―
 5

 少年は暗闇の中にいた。

 部屋を出ると階段を降り、息を潜めて壁伝いに工場の中を進んだ。工場の中は思っていたよりも広くて、永遠と続く暗闇の世界へと足を踏み入れてしまったのではないか? と錯覚してしまいそうになるくらいだった。
 工場の一番奥と思われる場所までたどり着くと、近くに人気ひとけが無いのを己の耳だけを便りに探り、少年はその場にゆっくりと腰を降ろした。

 それから間もなくタマゴからの通信が届いた。

 暗闇の中にパッと光が灯る。
 それは少年の腕時計から発せられた光。
「おっと……」
 工場内を見詰めていた少年は腕時計が光ると、立て膝で座っていた体を反転させ、壁を向いてダウンの右側の裾でその光を隠した。
 そのままの姿勢で立て膝の膝小僧に腕時計のりゅうずをポチッと押し当てると、時計の文字盤がパカッと開きタマゴの顔が半透明の立体映像として飛び出してきた。

 不思議な腕時計だ。
 腕時計から飛び出た映像は大きな文字盤と同じくらいの大きさで、青白く眩く輝き、まるで本物のタマゴが飛び出してきたかと思わせる程に立体的でリアルだった。

「どうだ? 何か分かったか?」
 少年がその映像に向かって問い掛けると、映像のタマゴはまぶたをパチパチと二回動かして口を開いた。
「うん……分かったぜボズ……疲れたでボズよ」
 そう答えたタマゴの顔は、確かに大分疲れて見える。
「ごめん、ありがとな。助かるぜ。で、どうなんだ何処に居るんだ?」
「ちょっと待ってろ、分かりやすいように今からそっちにも送るからボッズー」

 タマゴがそう言うと、タマゴの映像は腕時計の中へと戻った。そうかと思うと、今度は赤外線カメラで撮った様な画像が腕時計から飛び出した。

 その画像は一つの部屋を斜め上から写していた。

 そこには少年を誘拐したリーダー格の男と思わしきシルエットと、もう一人。
 そのもう一人はさっきまでの少年と同じく手足を縛られ横たわっている様に見える。
「これは……」
 少年はそのシルエットを見た瞬間に思った。

― 子供だ……

 少年の手はわなわなと震え出す。三人組の男達に対する怒りが汲み上げてきたんだ。

「もしもし、届いたかボズ? 聞こえてるかボズ?」
 送られてきたビジョンはそのままに、タマゴの声だけが聞こえてくる。

「あ……あぁ、届いてるし、聞こえてる」
 答えた少年の声も怒りによって震えていた。

「なら良かったボズ。お前、今工場の隅っこにいるだろ? 俺の目では良く見えてるぞボッズー。その写真の場所はな、お前が今いるその場所の丁度反対側だボズ。そこから左に真っ直ぐ行った所に部屋があるんだけどなボッズー、そこに居るボズ」

「……あっちか」
 少年は腕時計から目を離し、タマゴが教えてくれた方向を睨んだ。
「分かった、ありがとう。捕まってるのは子供だよな?」

「うん。お前の予想が当たったなボズ」

「そうだな……」

「これからどうしたら良いボズか?」

 タマゴのこの問いに、少年はこう答えた。

「この部屋、乗り込む事出来るか?」

「俺がかボズ? うん、お安いご用だボズよ。お前は?」

「俺は、兄貴とチョウの二人を惹き付けるよ。囮になる。あの兄貴の方はどっか頭のネジが飛んじまってるみたいだからな。アイツが居る時にお前が乗り込んだら、この子に何をするか分からない」
 少年は腕時計を見下ろして、タマゴが送った写真に写る子供のシルエットを見た。
「チョウの奴もだ。アイツの行動も予想がつかない。だから、俺がひと暴れでもして二人の注目を集める……つか、アイツら絶対警察につき出してぇ! ブッ飛ばして力付くでもなッ! だからさ、俺がアイツらと戦ってる隙にこの子を助けてやってくれないか? お前の翼を使えば一瞬で助けてあげられるだろ? 俺は、いち早くあの子を助けてあげたいんだ」

 この少年が出した提案に、タマゴは

「早く助けてあげたいのは俺も一緒ボズ。だけど、駄目ボズねぇ~」

 首を横に振った。

「え……なんでだよ?」

「お前、勘違いしてるんじゃないかボズ? 相手は人間だぞボズ」

「そんなの分かってるよ」

「分かってないボズ!」
 タマゴはピシャリと言い放った。
「良いか、そうなるとお前は、アイツらと"生身"で戦わなきゃならないんだぞボッズー!」

「そうだよ、分かってるって」

「だから、分かってないボッズー!」
 タマゴは少年の反論に引かない。
 腕時計から聞こえるタマゴの声は激しく、甲高い声が更に甲高くなっていた。
「相手が人間なら例えどんな事があっても、お前は"そのままの姿"で戦わなきゃいけないんだぞボズ! 思い出してみろ、あの兄貴って奴はナイフを持ってただろ?あの鋭い刃をちゃんと見たかボズ? 俺は見たぞ! あんなのに刺されたらかすり傷じゃ済まないぞボッズー!」

「そんなの大丈夫だって。俺は"今日"の為に鍛え続けてきた。それはお前だって分かってるだろ? アイツなんかにやられる訳がない! 頼む!」

「はぁ……お前が頑張ってきた事は俺が一番分かってるつもりだボズよ」

「だろ?」

「でも、過信するなボッズー! 今から言う事は、これからの戦いにも言える事だボズ! 絶対に自分を過信するな! 戦う相手は自分より強いと思え。傲らず、『もしも』を考えて行動しろボズ、そのもしもが起こす代償を頭に入れて行動しろボッズー! さっきまでのお前はそれが出来てただろボズ? なんでお前はいつも自分の事になるとそんないい加減になるんだボズ、まずは自分の事を一番に考えるんだボッズー! お前が怪我したらどうなる? お前には世界の命運がかかってるんだぞボッズー! 世界を救うのがお前の使命だボッズー!」

「分かって……」
 少年は三度目になって、同じ言葉を口にするのを止めにした。
『タマゴの言い分は何も間違っていない』と思ったんだ。

― 世界を救うためには、俺はここを無事に脱出しなきゃいけない。もしも俺が怪我したら、いや……もっと言えば殺されてしまったとしたら、男達に捕まったこの子の命を助けるどころか、世界中のみんなの命が………はぁ、馬鹿だな俺は。分かっているつもりだった。昔から"今日"を"明日"へと繋げるために頑張ってきたのに……

 少年は自己犠牲のつもりは無かった、死ぬつもりだって無い。だが、目の前で危険に晒された子供の姿見て『早く助けなくては』と躍起やっきになってしまったんだ。
 名前も分からないし、顔も分からない、性別だって写真からじゃ何も判断がつかない。なのに、少年は既にもうこの子供を他人とは思えなくなっていた。だからこそ、汲み上げて来たのは男達への怒りと『早く助けたい』という焦りだ。

 でも、タマゴからの言葉で少年は冷静さを取り戻した。ボンを倒した時の言葉をもう一度自分自身に語りかける。

― 焦ってはダメだ。慎重にいけ、慎重に……

 そして、少年はタマゴが言った身震いする程の事実をもう一度頭に叩き込んだ。

『自分がやられたら、全人類の未来が消える』……という事実を……

「分かって……たぁ、分かったよ」

「なに?」

「だから、分かったって。そうだな、その通りだ。お前の言い分が正しい。で、どうする?どう助け出す?」

「そんなの、お前の中でももう答えが出てるだろ?」

 タマゴの指摘は、図星だ。
「でも、そうすると今度はお前が危険だろ?」

 タマゴは笑った。
「ハハッ! 何を言ってんだボッズー! 人間相手なら俺は無敵なのを忘れたのかボズ? どんなに鋭いナイフだって俺に切りかかってきたらペキンッ! ってへし折ってやるぜボッズー!」

「本当か?」

「本当だボッズー!!」
 タマゴの鼻息は荒い。
 少年はその鼻息を聞いたら思わず笑みをこぼした。
「へへっ……そうかよ、お前の石頭ならそれも楽勝か!」

「その通り! ……って、石頭じゃないボズよぉ!」

「へへ! んじゃ、良いか? 大丈夫か?」

「もちろんボズ! 囮役なら任せろボッズー! 俺がお前の代わりにアイツらをブッ飛ばしてやるよボッズー!」
 タマゴがそう言うと、腕時計から飛び出た写真は文字盤の中へと戻り、今度はまたタマゴが顔を出した。
 飛び出たタマゴは少年の目をじっと見詰めている。
 その顔は励ます様な、優しく微笑みかける様な、そんな表情をしていた。
「それにな、俺は思うんだボッズー。恐怖を抱えた子供を救うのは、俺よりもお前が適任だってさ。だって、お前は正義の英雄なんだからボッズー!」

『正義の英雄』

 この言葉を聞いた時、少年の体は震えた。
 今度は怒りからじゃない、恐怖でもない。

 武者震いってやつだ。

「正義の英雄か……」

「そうだボズよ! 正義の英雄の一発目の人助けだボッズー! でもな、暴走するなよ。怒りよりも、優しさや勇気、未来を夢見る心、そして愛! その心を大切にしろ。その心が、お前を強くするボズ。そして"正義"になるボッズー。絶望を希望に変えるんだボッズー! 正義の心で人を救え! お前なら出来る、正義の英雄のお前ならなボッズー!」

「正義の心か……」
 少年はタマゴからの言葉を心の中に刻み込む様に繰り返した。
「へへっ……」
 そして、いつも通りの笑顔をタマゴに向けた。
「なんだっけか? お前が付けてくれた俺のキャッチフレーズ」
「キャッチフレーズって言うなボズ! 『二つ名』だボッズー!」
「へいへい……で、なんだっけ?」

 と聞いてはいるが、少年は忘れる筈が無かった。
 二人は声を合わせて言った。

「「正義の心で悪を斬る! 赤い正義!」」
「ッだボッズー!!」
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