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作者: NO SOUL?
残酷な描写あり R-15
4.― PORNO DEMON ―
4.― PORNO DEMON ―
 これで七回目か。何時もシャキッとしてる鉄志にしては珍しいかも。
 鉄志は今日会ってからと言うもの、やたらと大あくびを連発していた。顔色も少し良くなかった。
 夜遊びでもしてたのだろうか。まさかな、俺じゃあるまいし。
 今日は比較的、気温が穏やかだった。森林公園の奥まったところにある憩いスペース。昼間は静かな場所だが、夜になると浮浪者やヤク中がうろついて穏やかじゃないところだ。それもあって公園の中でも意外に人気が少ない場所だった。
 丸太の椅子とテーブルを陣取って、特にする事もなく暇を潰していれば眠気が襲ってくるのも無理はないか。
 八回目のあくびにつられて、俺まであくびが溢れてしまった。

「鉄志さんのうつっちゃったよ」

 あからさまに暇だって顔を返された。お世辞にも愛想の良い性格ではないが、今日は特に不愛想だった。
 やはり具合でも悪いのだろうか。

「徹夜でもしてたの?」

「そんなところだ……」

 受け答えは何時も最小限。これが俺にとって、鉄志の事を質が悪いと思うところでもある――見え難い。
 手に入る情報が少なくて、入り込める隙がなかった。それが意図してるものなのか、無意識なのかすらも分からない。
 もし、意識的にやってたら相当質が悪いな“ナバン”のボス、シオンにもそんなところがあった。決して心の奥は見せ様としない。
 金も権力も臆する事なく見せ付け、際限なくかっさらう輝紫桜町の支配者。
 あの圧倒的な雰囲気に、持たざる非力な野良犬の俺は依存してしまった。
 鉄志からも、それに近い雰囲気を感じ取っていたが、鉄志の場合はもっと直接的で純粋な力だった。絶対に敵に回していけない。
 最近の鉄志は俺に対して肯定的だし、対等な関係でいてくれる。渡される言葉も心地良いものが多かったが、それを素直に受け取れないのが俺と言う奴なんだ。
 言葉なんて幾らでも盛って飾れる上っ面なものさ。俺が欲しいのは、触れたいのは、その先のもっと奥にあるものだった。
 それが見え難い鉄志ってヤツは、危険な香りを放つミステリアスな相棒だ。
 まあ、それが様になっててカッコいいし、魅力的ではあるけど。もう少し鉄志との距離を縮めたかった。

「お前は元気だな、昼も夜も働いてるのに。何時、寝てるんだ?」

「ヤる事さっさと済ませて、二、三時間寝れば大体スッキリするよ。しんどかったら、パキパキになるヤツやってもいいしね」

 鉄志が表情を曇らせる。ドラッグ絡みの話をすると何時もこうだ。その後一言二言の説教になるが、今日は言わせない。ちょっと仕掛けてみる。

「鉄志さんは裏社会の人なのにドラッグとかやらないんだね」

「裏社会とかは関係ないだろ。それで壊れた奴を何人も見てる。だから避けてるだけだ」

「戦場で?」

「そうだ……」

 実体験ではなく、止められなかった身近な人間の、成れの果てを重ねている。そんなところかな。
 ドラッグのトラブルは俺も色々経験していた。死にかけた事もあるし、暴走した事もある。他人のそれを目の当たりにする事なんて年に数回で、多分鉄志よりも見慣れているぐらいさ。
 止めたい気持ちもあるけど、止めれるものでもないと言う事もよく知っていた。
 そして何よりも――止めたくないって気持ちが一番強い。
 その内、潮時がやって来て、受け入れる時が来るのを期待しつつ、計画的な摂取で控えるのが丁度いいんだ。
 そう、穴埋めできる代替品が見つかるか、見つけられずに壊れるか。所詮そんなものさ。

「“組合”で最初にもらった仕事は傭兵だった。最もシンプルで、最も需要のある仕事だ」

 鉄志の話が続いた。ちょっと意外に思えた。“組合”と傭兵か、確かに相性は抜群のジャンルだな。
 “組合”を構成しているのは世界中の犯罪組織だ。それは大小様々で規則性はない。そして中核を担っているのは、政治的な影響力を持った組織。そんなのが数多く加わっていた。
 マフィアみたいな連中と、一言では片付けられないレベルの組織が結託して世界中の裏社会を、そして巡り巡ってこの世の中をコントロールしようとているのだ。
 鉄志にはあくまでも“組合”には興味なんかないと言い続けているが、調べれば調べる程、とんでもない組織の殺し屋とつるんでしまったなと痛感していた。

「どうして殺し屋になったの? この前、言ってたよね? それしか道がなかったって」

 やっぱり今日の鉄志はどこか変だ、普段俺に向ける警戒心が薄い。かと言って素直になったとか、心を許したという訳ではない。気を遣ったり警戒する余裕がないように思える。
 でも鉄志には悪いけど、それならそれで俺も色々知りたいので、会話を続けた。
 何故、殺し屋になったのか。俺の問いを受け止めた鉄志は横目に俺を睨んでいるが、俺もその目を逸らさずに向き合う。根負けして俯き気味に目を逸らしたのは鉄志だった。胸ポケットから煙草の箱を取り出して、溜息をつきながら空を見上げていた。

「戦場で、戦う理由がなくなったからだ……」煙草に火を着ける。

 空を仰ぐ鉄志の目の奥に吸い込まれてしまう様な感覚に襲われる。何時も急なんだ、不意を突かれる様に鉄志の心に吸い込まれそうになる。
 魅せられたかの様に無視できなくなる。それでも、鉄志の心に何を感じているのかが分からない。――見え難いんだ。
 それを魅力と言う陳腐な言葉で勝手に俺は解釈してるけど、もっと違う何かを感じていた。それが何か、分からなくて、もどかしくて、心に靄がかかる。
 もっと鉄志の事が知りたい。どうしたら、その心に触れられるのだろうか。

「ところで、何を作っているんだ?」

 やきもきしてる間に、別の話題に移ってしまった。まったく調子が狂うな。手も止まってたので、この面倒な機械いじりも進んでいない。
 もう少し、鉄志の事を掘り下げたかったな。

「ん? 拡張機だよ、拡張って言ってもケツの穴をひろ……」

「そんな事は分かっている!」

 最後まで言わせてくれない。鉄志は歳の割りにウブなところがある。ほんの他愛もない下ネタにも、すぐ反応して見せてくれる。
 この程度では、俺と輝紫桜町の連中との会話なんて五分ともたないだろうな。結構可愛いところがある。

「モニタリングバイザーだよ。目ん玉の中で表示できる別窓やモニターは無理して四画面程度。それをこのバイザーで補強するのさ。これがあれば脳内のタスクを全て可視化できる様になる」

「パソコンで言うところのマルチディスプレイみたいなものか?」

「脳内で高速処理が行えて理解は出来ても、認識すると言う点では目視もある程度必要だからね。不効率に思えるけど、それが機械と人間の違いなんだ」

 作業を再開しつつ、鉄志に話した。はんだを押し当てた回路基盤から一筋の煙が上がる。
 自分の脳みそとデジタルブレインが半同化した状態から七年。やっと何が不足してて、どう補強すべきかが見えてきた。
 デジタルブレインと同等のAIを搭載した補助端末に、大型サーバー。そしてこのバイザーと、つくづく金のかかる脳みそだが、なんとか最低限の環境を整える事が出来た。貧乏人のHOEにしては上等だよ。

「ハッカーらしいな。機械いじりに夢中なんて」

「お生憎様、好きでも嫌いでもないよ、必要だからやってるだけ。脳内でネット検索して、時々本を読み漁って、やり方を動画とか見ながらね。便利とか言うなよ」

 端末の画面に表示してるか、目玉の裏に表示してるかの違いに過ぎない。結局は読み解いて、実践して繰り返して慣らしていく。苦労は変わらない。
 大昔の映画みたいに、知識や技能をダウンロードして、即時実行できるレベルなら便利と言えるが、現実、生身の脳と身体ではその速度には追い付けない。
 それでも工夫はしていた。完成した回路図をトレースして、視界の入る作りかけの回路と重ねて順路と誘導を行うアプリを作った。これだけでも余計なミスはかなり減らせた。サーバーを作る時に思い付いて作ったアプリだ。売ったら結構、金になるだろうな。俺の脳と互換性があるのが条件になるけど。
 残りのコネクターを差し込み、バッテリーと繋げて、配線を畳んで精密ドライバーで閉じて、見た目には完成した。達成感に少しだけにやけてしまう。

「これでいよいよ“飛び込み作戦”が決行できる。頭数も揃ったし、あとは場所の下見をするだけ。三日後でどう?」

「これで、情報が奪えたら万々歳だな」

「そう甘くはないと思うよ。むしろ、戦闘を想定してもらわないと」

 海楼商事のサーバーに繋がる唯一のルート。突如現れた抜け穴。これに気付けるのは本気でハッキングしようとする者ぐらいだろう。明からにCrackerImpを誘い込む為の罠だった。
 おそらく、そこから侵入すれば速やかに逆探知を始める筈だ。そしてあの手強いセキュリティ。便宜上“ガーディアン”と呼ぶ事にしていた。
 ハッキング場所を掴まれるまで何分かかるか。それから敵がそこへ乗り込んでくるまで、どれぐらいの時間がかかるか。
 俺達が物理的に攻撃されるまで間、ガーディアンが侵入を食い止めようとするだろう。もし、これを突破出来たら鉄志の言う通り万々歳になれるけど。とても優秀なAIだ。余程複雑で緻密なアルゴリズムが形成されているのだろう。時に人間の
様な“閃き”にも似た状況判断と対処を行う。しかも速い。
 鉄志には言ってないが、真っ向からやっても勝ち目はない。
 だからこそ策を練る。少しでも時間を稼げるようにアレコレと準備を進めて。

「ヤクザをドローンで掃討する奴に聞くまでもないだろうが、お前こそ覚悟を決めとけよ」

 鉄志は信頼を寄せてくれるが、あの夜の事を思い出すと少し気が滅入った。そうせざるを得ないのは分かっていたが、望んじゃいなかった。
 しかもその内の一人とは、客とHOEと言う身体の関係もあって、僅かばかりでも情があった。罪悪感は拭えずにいる。

「分かってるよ、鉄志さんが傍にいるだけで俺も躊躇が消える。足手まといにはならない様に頑張るよ」

 本音を言えば、こう言う事は全てお任せしたいと思っているが、現実はそうはいかないのも分かっている。
 バイザーの動作チェックをする。頭に装着して、ディスプレイ部分を目元に被せる。バイザーから伸ばしたコネクターを左腕に接続して起ち上げてみた。
 自分の視界とデジタルブレインをバイザーと同期させて、周囲を見渡してみる。
 普段より視界が広がり、広角レンズの様にワイドになっている。デジタルブレイン内のタスクを全て表示させる。一ミリ以下の軟式ディスプレイを数枚重ねて立体
表示させている。上手く連動している様だ。小窓がスパムメールの様に何重にも重なっていくが、まだまだ余裕がある。
 少し見辛くなってきたので、フルカラーから単色へ変える。更に処理速度を上げて、タスクの優先度を変えると素早くそれがメインに切り替わっていく。
 上々だな、少し反応速度が悪いけど微調整でなんとかなりそうだ。
 またサラ金に金借りて、オンラインのブラックマーケットでパーツを買いまくったけど、やる価値はあったな。

「見えてるのか? それ」

 鉄志が目の前で手を振っているが、少しだけ残像感がある。やはり反応速度が鈍いらしい。
 外側から見れば、ガンメタリックのプレートにしか見えないデザインだが、実際は肉眼よりも遥かに鮮明である。

「バッチリ見えてるよ、でもラグがあるね、修正しないと」

 鉄志にバイザーを手渡す。公園内を巡回するドローンの“エイトアイズ”が映す景色や、俺の脳内のタスク状況を見せてあげた。
 別にどうも思わないが、頭の中を見せている状況って事だ。思考と心は居場所が違うから都合がいい。

「これ、全部理解して処理してるのか?」

「訳分かんないだろ? だから目で確認するのも大切なのさ」

「目で見ても分からん……」

 鉄志はバイザーを返して煙草の煙を空へ放った。そうだね、自分でも何故理解できているのか、不思議に感じる事もある。
 飲みかけだった移動販売の珈琲は、すっかり冷めてしまっていた。一気に飲み干して、バイザーと補助端末のコネクターを腕から抜くと、結構な頭痛が脈打っている事に気付く。落ち着いた途端に何時もこれだ。
 かと言って今はタスクを止める訳にもいかない。コカインでも吸い込んでしまえば、もうしばらく頑張れるけど、今は鉄志の小言を聞くのも受け流すのも面倒に思えた。
 煙草でも吸って誤魔化そう。それでも、煙草を持つ左手に何となく頭が凭れていく。俺も鉄志も何処を見詰めているのだろうか。
 でも、二人の間にこんな沈黙の時が訪れても、以前の様に苦に感じる事がなくなっていた。静かで穏やかだった、輝紫桜町では味わえない感覚だな。
 まるで、金もロクに持ってない十代そこらのガキのデートみたいだ。

「エリアFに、荒神会の元副会長が引退して暮らしているそうだ。荒神会の事、お前はどれぐらい知ってる?」

「大体は調べてあるけど、興味ないな。今、奴等がやっている事と役割。それが重要だろ」

「いいから聞けよ“組合”の情報筋だ。荒神会はある時期から中国や上海との密輸を中心にやる様になった。それまでは東南アジア圏がほとんどだった。その時期に会長の荒川が事故死、副会長の男神が引退して今の荒神会の形になったそうだ。どう見ても“乗っ取り”だ、副会長を詰めれば何か情報が手に入るかも知れない」

 デジタルブレインから搔き集めた荒神会の情報を引き出す。スルーしていた情報の中に埋もれていた会長と副会長のデータ。
 数十年以上、港区を仕切っていた大きな組織。自ら東南アジアへ乗り込んで現地の組織と兄弟分となり成り上がった武闘派ヤクザの二人か。なるほど――興味深いかも。

「荒川と男神……それで荒神会なのか。絆深い二人で始めたギャング家業から、何処かの親分からもらった盃でヤクザに昇格……そんなところかな。」

 俺が生まれるよりも前の日本だ、今とは違う混乱の最中。成り上がるには相当な修羅場を潜って来たと言うのは様に想像できる。

「大した想像力だな」

「荒神会の主なシノギが、港区での密輸絡み全般の仕切りだった。二人で築いてきた、それまでのコネクションを捨てて今の形にするメリットはないよな。でも、海楼商事と人身売買の組織にとっては荒神会の影響力は魅力的か」

 海楼商事に的を絞って行動しているこのタイミングでの追加タスク。メリットとデメリットを天秤にかけてると、鉄志が静かに笑って見せた。

「本当、大した男だよお前は……」

 沈黙を破って鉄志が口を開いた。“大した男”か。この公園内にいる誰の事を指してるのやら。俺の事なんだろうけど。
 結局、鉄志にとって俺は――ただの“男”なのか。
 俺にとってそれは、その辺の奴等と変わらないって意味に思えた。そう思うのは悪い癖なのかもしれないけど、なんか悔しかった。
 鉄志は良い人だし、頼れる人だ。このままでいい。その方が関係とかバランスとか、“距離感”とか、全部上手くいくんだ――それなのに。
 もっと相棒として鉄志の傍にいたい。もっと近くに、薄いけど確実に存在する、見えない壁の様な物がもどかしい。

「よく考え、よく行動する。感心するよ」

「そうでもしないと、どうにもならないだろ? それだけだよ」

「ひねくれ者め、たまには素直に受け止めたらどうだ?」

 ちょくちょく他の人に指摘される、素直になれと。無理な相談だよ、蔑まされるのが前提な上、何事も損得勘定と利害関係で成り立ってきた様な生き方をしているのに、何が素直だよ。

「そんな表面的な言葉を受け止める程、お人好しじゃないんでね。それともお客にやるみたいな愛想笑いでもしろと?」

「どうした? なんで怒ってるんだ?」

 鉄志の指摘に身体が強張った。確かに憤ってるが、思っていた以上に態度に出てしまったと、後悔している。
 こういうやり取りは面倒だから嫌いだ。

「別に、怒ってなんか……でも、鉄志さんは俺の事、見てないんだって。そう感じただけだよ」

「どういう意味だ?」

「聞くなよ……」

 これも鉄志限定で起きる現象だ。何時もなら適当にはぐらかしたり、強引にでも話をすり替えて本心を隠そうとするのに、鉄志の前では蛇口がイカれてしまった様に本音が漏れてしまう。本当に厄介だよ。
 これ以上、話していてもロクな事にならない。こうなったら最終手段しかない。

「今日はもう、切り上げよう。鉄志さんも辛そうだし、帰って寝なよ」

 リュックに補助端末とバイザーを詰め込んだ。少し早いけど、このまま今日は解散しよう。
 元々、“餌撒き”もアクアセンタービル近辺のリサーチも、潮時に思える。ここで出来る事は大方やりきった筈だ。後は計画を実行するだけだった。
 いよいよ本番だってのに、前戯で萎える様な事になっちまった。一度、頭を冷やそう。後の事はその時だ。

「お前言ったよな、どこまで受け入れてくれるのかって。まだ足りないのか?」

 鉄志が呼び止めて問いかける。振り向く事に躊躇して、チョーカーに付いたクラブのプレートを摩っていた。不安だったり、焦ったりすると無意識にやってしまう癖だった。
 自分でどうにかしろ、言葉を見つけ出して向き合うんだ。このチョーカーの持ち主はもういないんだ――助けてくれる人いない。

「そうだよね、今のままでも上等なのにね。でも……」

 振り向いて、今にも立ち上がりそうな鉄志を止める。テーブルに両手をついて鉄志の目線にまで屈んだ。精悍な顔立ち、鋭いけど光のない目に近づいていく。その
気になれば、キスだってできる距離。このまま、ずっと眺めていたいな。
 見えない心を持つ殺し屋か。どうしたら、その心に触れられるのだろうか。
 鉄志は警戒心を剥き出しにして、身体を反らして距離を取る。そうだよね、そうするのが当然か。これが“距離感”ってヤツなんだよ。自分に言い聞かせた。

「我儘なのは分かってる、それでも鉄志さんには分かって欲しいし、もっと俺の事見ていて欲しい。何かに当てはめるんじゃなくて、俺の事を……」

 自分でもよく分からなかった。何故、こんなにも拘ってしまうのか。心の見えない鉄志なんかに俺は一体、何を必死に求めているのか。
 それに該当するものは幾つかあるが、過去の経験や自分の中にある条件に合わなかった。
 未だに俺は、自分と言う者を分かっていないのか。
 それとも、分かり切っている事を拒んでいるのだろうか。きっとそうだ、どうせロクな事にならないから止めとけって、チンケな理性と飢えた心がせめぎ合っているんだろう。

「厄介な奴だな、お前は……」

「ホント、厄介だよね。適当に聞き流してしまえれば楽なのにさ。でも出来ないんだよ、その辺のどうでもいい奴等と鉄志さんは違うから」

 ごめんと付け足そうかと思ったけど、やめた。
 何時もこうだ、時間も順序もなく唐突で距離感もなく衝動的で、本当は複雑なのに、傍から見れば単純と誤解されて。それでも自分の心に抗えなくて。
 何時もみたいに、チープな言葉を羅列させて誤魔化せばいいのに。鉄志には調子を崩されてばかりだ。だから謝る必要だってない。
 胸の奥で疼いている痛みの様なものを押し殺す。慣れっこさ、こんなの。

「俺は“オトコ”とか“オンナ”とか。マジでどうでもいいんだよ。そんなの、自分で選ぶ事も出来なかったしね……何時の間にか、どうでもよくなった。だから中性でいたい、それだけだよ。自認じゃなく表現」

 結局、腹の虫が収まらず。また振り向いて鉄志に言い放った。そしてばつが悪くなって早歩きにその場を去る。最高にダサいな。
 何の疑いもなく。平坦に固定されている奴を羨ましく思う時だってある。どうして俺は長い間、揺らめいていたのか。
 でも、クソみないな環境や情報のせいにしたって何の意味もない。グルグル悩んだ挙句に、自分で向き合うしかないって結論に達するんだ。精一杯粋がって、思い切り着飾って、言葉で話しても伝わらない。
 何時もこうだ――複雑な自分に嫌気がさす。

「男神を詰める件、何時やるの? 俺が必要?」

「いや、お前は準備を進めてくれ。男神の件は俺一人で充分だ。何か分かれば連絡する」

 今のところ、計画通り。問題は特にない。
 なのに、どうしてこんなにも、もどかしいのか。俺は本当に鉄志の役に立ててるのか。俺達は相棒として充分に能力を引き出しあえてるのか。
 自分でも分からなくなってくる。鉄志のもっと近くへと想う感情が、ハッカーとしてのプロ意識なのか、何も考えず仕切らないパンセクシュアルの性なのか。俺は、どうしたいんだ。
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