残酷な描写あり
R-15
10.― JIU WEI ―
10.― JIU WEI ―
日々、寒くなってゆく。ガルーシャの黒衣は特によく冷えて、厚みがあっても防寒具としては役に立たなかった。
数週間前、この工場の屋根の上を、屈辱に塗れながら走っていた。あの時と変わらない潮風の匂い。
少し離れた先にある荒神会の事務所は相変わらず、煌々と灯りが点いていた。数日前までは、もぬけの殻だったというのに。あの程度の事では物事の流れは止められないという訳か。
分厚い雲が潮風に流され、月明かりもまばらな夜。そろそろ約束の時間だ。忍者の鵜飼、奴の事だ、きっと私の位置は既に把握しているだろう。この瞬間にも、私を見ているかもしれない。
『ユーチェン、聞こえてる?』
右耳の裏に引っ掛けた骨伝導イヤホンから彩子さんの声が聞こえる。今回はしっかりチームで行動する。彩子さんが近くにいるだけで、こんなにも心強いとは。
「問題なしです、そっちはどうです?」
『良過ぎるくらいよ、でもこの位置からは貴方の姿は見えない。用心して』
彩子さんは数百メートル離れた道路に車を駐めている。骨伝導も咽喉マイクも使うのは初めてだったが、中々使い勝手が良い。
通常の会話ぐらいの声で話したが、良過ぎると言う事は、もう少し加減しても充分聞こえると言う事か。
「彩子さんの方も、万が一って事もあるから、後部座席の方で身を隠しておいてください。おそらく、奴はもう近くにいる」
『私が言うのもなんだけど、あの忍者は役人みたいなものよ、あまり期待はしないで、目的を優先して』
「了解……」
今度は小声ぐらいの感じで話してみたが、充分聞こえているみたいだ。そう言えば、映画でもさり気無く、呟き程度の感じで通信しているシーンがよくある。あの感じで充分なのか。
私と彩子さんの見立てでは、現状最も多くの情報を持っているのはCrackerImpである事は間違いない。それを数歩遅れる形で私達が手に入れている。荒神会の事務所が空振りになったのなら、おそらく鵜飼の持つ情報量も私達と大差ない筈だが、この港区の事なら荒神会を含めて詳しい筈。私達の持つ情報と今後CrackerImpから入る情報と共有し合うのは大きな価値があるだろう。
これを武器に、あの忍者に協力させる事さえできれば、ジャラの居場所を突き止めた先の、次の行動にも頼もしい戦力になるのだが。
今、ジャラがどんな状況で何処にいるのかは分からないが、決して無防備な環境ではない筈だ。
立ちはだかる連中がどれ程の数で、どんな装備をしていようと、私一人で一人残らず薙ぎ払うつもりだ。
今でもその気持ちは変わらないが、少しずつ情報が明かされていく中で、この一連の人攫いと人身売買。それを仕切る各組織。実際には私達が思っている以上に巨大な集合体なのかもしれない。
今まで、CrackerImpはほとんどの情報を数日で手に入れた。その彼が調査に慎重になって、手間取っている雰囲気を見せている。
ここまでがむしゃらに、ひたすら邪魔者を蹴散らしながら走ってきたが、一度落ち着いて、全体を見渡すべきだと思える様になった。
必ずCrackerImpが答えを見つけてくれる。彼を信じて、私達は私達の出来る事をするだけだ。
「隙だらけだ……殺すべきだったか」
遂に始まる。うなじの辺りから、気配を感じていた。――集中しなくては。
雲が流れ、月明かりが鵜飼を照らした。同時に、私が念動力で浮かせているガラスの破片も輝かせた。何時でも鵜飼を突き刺す事が出来る。
ゆっくり振り向いて、はっとしている鵜飼を見る。マスクとフードで隠される事で際立つ鋭い眼光。
「お前もな……」
敢えて隙を作っていただけだ。どうせ忍者など、堂々と姿を見せる訳もないと踏んでいた。まだまだお互い油断できない関係だ。
ガラスの破片をまとめ一か所に置いておく。まだ使い道があるかもしれない。
「見てみろ鵜飼猿也。奴等、何事もなかった様に振舞っている……。港区の解放も程遠いな。人間も輸入する港だ」
荒神会の事務所ビルを指差し、鵜飼の視線を誘導する。鵜飼の鋭い目が真っ直ぐ荒神会のビルを見据える。
散々トラブルに見舞われている筈の荒神会。幹部の暗殺、CrackerImpのサイバー攻撃。そして鵜飼や、彩子さん達警察の介入。この短期間でこれだけの目に遭っているにも関わらず、すぐに息を吹き返した。
「フルネームはやめろ、鵜飼でいい」
忍者の鵜飼にとって名を呼ばれるのは、さぞかし不満なのだろう。マスクで表情はよく見えないものの、私に対する怒りがピリピリと伝わって来る。
鵜飼の雰囲気は予想できていた。だから私の方も細やかながら、その不満を和らげやろうと、今夜は覚悟を決めてきた。ビルを眺める鵜飼を余所に少し距離を取って向かい合う。
鵜飼がこちらに振り向き、向かい合ったタイミングで、狐の面を外した。
「私は李宇辰(リィユーチェン)お前の素性を知った手前だ、私も名乗ろう」
正体を明かすと言う行為は初めての経験だったが、予想以上に気恥ずかしい。鵜飼の表情がよく見えないのが救いだ。
「ガキめ……中国からやって来た、九尾の狐か」
「好きに呼べばいい。黒狐ってのも気に入ってるぞ」
とりあえず、こちらの気持ちは充分伝えた。そそくさと面で素顔を覆う。やっぱりこの状態が落ち着く。衣と面はワンセットで、この姿の私は別の私である。
何故かは分からないけど、この姿でいると口調も声のトーンも普段と少し違うものになる。昔から癖の様に雰囲気が変わってしまうのだ。
一体、何に影響を受けたのか、規制され観る事が許されなかったヒーロー物映画の海賊版や、京劇の様な振る舞いに、自然と心と身体が引っ張られているかの様だった。
「本来なら正体を知る者は消すのが普通だ。それに先日の礼もしてやりたいが、貴様は興味深い、話ぐらいは聞いてやる」
鵜飼は横向きに腕を組み、耳を傾けている。かなり様になっている。自然とそう思えた。
月明かりに照らされる、体幹の整った直線の姿勢は凛々しく、古典的な様で近代的な装備品も身に付けた現代の忍者。そんな異形の存在を際立たせている。
「単刀直入に話そう。手を貸してほしい……。私達には共通の敵がいる。奴等がこの地を利用して人身売買をしている事ぐらいは知っているだろ?」
鵜飼の、或いは市の目的が、港区を支配する犯罪組織の撲滅なら、連中が何をしているのかぐらいは把握してる筈。
問題は鵜飼の任務は、どこまでやるのかだ。それによっては、この提案も私達の情報力も価値がなくなる。
「何が目的だ?」
「攫われた人達を助けたい。アジア、ヨーロッパ圏で攫われた人々が、上海から日本へ渡って来てると言う確かな情報がある。そしてこの国の何処かに留まっている事も……日本は今だに混乱している。パンデミックによる経済崩壊、大震災による首都崩壊。まともに機能している僅かなエリアを出入口にして、外資系企業が自国では行えない事を、この国で好き放題やっていても、それに依存せざるを得ない島国。それに便乗する犯罪組織も後を絶たない……東北地方、六連合特別自治区はその最後の要と聞く。お前達だって、現状を良しとは思っていない筈だ」
“西は紛争、東は沈黙、北は独立”日本の現状を表す言葉。国内外で共有されている言葉だ。
今だに混乱状態の日本政府に囚われず、時には独自政策で経済活動を行い、辛うじて発展しているのは東北エリアぐらいだと言われている。
それ故に、貿易の基本である港のコントロールは最重要である事は間違いない。
「俺の仕事はそういう連中を始末する事だ……貴様の国の連中は、特にやりたい放題だからな……」
この手の皮肉は聞き流す。国のやる事など、私には関わり合いのない事だ。
度々、私の国は行き過ぎていると他国が騒いでいる。父や母がいた頃は、何の疑問も不満もなかった。ただ、叔父と暮らす様になって少しづつ、国が良しとする価値観やシステムと呼ばれるものに疑問を持ち始めたが。
「何故、此処に攫われた人々が留まっていると分かる? お前の情報源は何だ?」
「答える気はない……だがいずれ、その先の情報も必ず手に入る。私に手を貸せば、お前にも情報を渡すと約束しよう。荒神会なんてただの木偶に過ぎない、敵はもっと強大な存在、警察や一人の忍者でどうにかなるものじゃないだろ?」
CrackerImpの事は話す訳にはいかない。彼に迷惑がかかるのは目に見えている。今後の情報収集の妨げになっては本末転倒だ。
ここまで話してみて、鵜飼の雰囲気に緩みは感じられない。話こそ聞いてくれているが、何時でも戦えると身構えている。それどころか、鵜飼は今、静かに笑っていた。
彩子さんの言う通りだ――鵜飼は役人だ。
「サイキック一匹、言うじゃないか。笑わせてくれる……」
組んでいた腕を解き、ゆっくりとこちら側に向く。
「待て、戦っても無意味だ」
私は念動力で同時に九つの物体を操れる。しかし、今はたった一つを正確に操らなくてならない。それも気付かれる事なくだ。この手の繊細な作業は苦手だ。
この日の為に何度も練習してきたが、今は緊張感もあって中々難しい。もっと集中しなければ。
「勘違いしてる様だからハッキリ教えてやる。俺の最優先は港区の開放だ。組織だの黒幕だの二の次だ。俺の正体と主君を知り、この先もアウトローで動こうと言うのなら、ここで消す……所詮、俺達は立ち位置が違い過ぎている」
ゆっくり近づいて来る鵜飼に対して、後ずさりする。もう少し、あともう少しで縫い合わせて固定できる。
港区の開放が最優先。今まで好き勝手してきた連中の罪には目を向けず、目先に政策を推し進めるのが、市長の意思、そして鵜飼の目的か――なんて愚かな。
「役人など、所詮は石頭か……」屋根の端まで来た。もう後がない。
あと、もう一か所。鵜飼の忍装束の袖の辺りに、彩子さんからもらった発信機を縫い付ける。本当に苛々する作業だ。コインよりも小さな物を掴んでいると言う感覚のみ、その感覚とある種のリズムで覚え込ませた手順で縫い付けている。見る事も出来ないので、上手くいっているかも分からない。
今日までの練習で、十回中、八回成功した。集中しろ、必ず出来る。
鵜飼から目を背けるべきではないが、瞳を閉ざし、更に集中力を高めていく。そうだ、この感覚は上手くいっている時の感覚だ。
集中しろ、集中しろ、必ず出来る、必ず出来る――ジャラを救いたい。
「攫われた人々がこのエリア内に留まっているのなら必ず救出してやる。貴様は手を引け、情報があるなら提供しろ。これ以上アウトローなんかに邪魔はさせない」
不条理に攫われて人生を潰された罪のない人々を。それに巻き込まれて死んだ、私の父と母をついでの様な言い回し。頭の中で何かがプツリと弾ける様な音がした。
お前なんかに委ねてなるものか。私の弟を、私の唯一の家族を。
「ふざけるな! 私は諦めない。そっちこそ邪魔をするな!」
獣の体毛が逆立つ様に九本の尾を解き放つ。かつてない程の感覚が全身を覆っている。高い集中力と研ぎ澄まされたサイキックの感覚だ。心臓が破裂してしまいそうな程の激しい動悸に呼吸が乱れる。今まで感じた事のない――この感覚はなんなのだ。
念動力を操る感覚とは違う、今までにない、この感覚は。
その気迫に押されたのか、鵜飼は一気に距離をとって身構えた。距離にして六メートル強。私の念動力が届かない距離。鵜飼はそこまで見切っているのか。
「物の怪が。だから邪魔なんだよ。勝手に動かれるとこっちの計画が乱れるんだ、しばらく動けない身体にして警察にでも突き出してやる!」
鵜飼の右手には既に例の刃が握られている。あれの鎖も六メートル前後伸びた筈だ。荒ぶる龍の様に変幻自在で凶暴、そしてしなやかに襲い掛かる。
今のこの状況で戦っていいのか。既に全身が重い倦怠感に包まれてきた。
しかし、鵜飼に見逃す気がないのなら、やるしかない。発信機は無事、固定できた。戦うにしても逃げる事を優先しなくては。
万全の体調で臨んだ筈なのに。一体、私の中で何が起きているのだ。
「何故だ、私もお前も誰かを救う為に戦っている筈なのに、立場がそんなに大事か、鵜飼!」
「立場あればこそだ! 善意を盾に振るう暴力を正当化するな!」
こっちが仕掛ければ鵜飼は必ず距離を取る。五メートル以内に入らない様にする筈だ。
仕掛けると見せかけ、鵜飼が更に離れた瞬間に逃げよう。彩子さんを巻き込めない。出来るだけ自力で逃げないと。
その為には近づいて鵜飼を攻撃せねば。駆け寄り、尾を三本振りかざす。逆上して暴れている体を見せた。
鵜飼は更に離れ、刃を投げつける。これを一々相手してるとキリがない。念動力で刃を止めて、鵜飼へ投げ返した。
ここだ、ここで鵜飼に近づけば、鵜飼は体制を立て直す為にかなり距離を取ろうとする筈だ――くそ、身体が重い。
足腰の力を振り絞り、鵜飼へ接近する。必ず後ろへ下がると思っていたが、鵜飼はその真逆、こちらへ突っ込んできた。
一瞬で距離を詰められ、胴体を捕まれて押し出された。まっ逆さまに屋根から落下する。壁に尾を突き刺し、落下速度を落として体勢を立て直した。その反動で鵜飼が離れる。
無事、地面に降り立てたが、それは鵜飼も同じ。振出しに戻った、依然として状況は変わらない。
工場の搬入口を見渡す。シャッターは固く閉ざされ、二トンのアルミバンが数台駐められてある。鵜飼を相手に使えそうな物はない。ただでさえ、私の攻撃は大振りなのに、トラックなんか振り回したところで、鵜飼にとっては、反撃の機会を増やすだけだ――熱い、後頭部から背骨にかけて焼ける様だ。
ふと、右腹部に痛みを感じた。鋼の針の様な物が刺さっている。ボールペンサイズのそれを引き抜く。刺さっていた様だが、ガルーシャの衣が深い侵入を防いでくれた様だ。
だが、この痛みは何だ。浅い傷口から身体の芯までじわじわと染み渡り、内臓をキリキリと締め上げる様な、耐え難いこの痛みは――毒なのか。
身体に起きた異変と、この激痛に全身が悲鳴を上げる。叫び出したい程の激痛だったが、うずくまって呻き声を絞り出すの精一杯だ。
「甲賀の秘薬だ……死にはしない、しばらく激痛が続くだけだ。ほとんどのサイキックは能力を使う際に、高い集中力が必要だそうじゃないか。その痛みでは集中できまい」
確かに、痛みを堪える事に必死で、思う様に力を使えなかった。やはり鵜飼は恐ろしい相手だ。こんな対策まで用意していたとは。
しかし、どうにか尾を一本だけなら動かせた。その一本の尾に、鵜飼は警戒して近づいて来ない。九つと言う制約を、こんなにありがたく思えた事はない。
ここで倒れる訳にはいかない、一本の尾を支えに、なんとか立ち上がる。食い縛った口元から唾液が漏れてくる。
逃げないと、こんな状態でどうやって。逃げないと、気持ちばかりが先走る、痛みに堪える事と、それとは別の身体から溢れ出る得体のしれない変化に、思考が支配される。逃げないと。
駐っているトラックとトラックの隙間に入り込み、身体を引きずり、一本の尾に支えられながら、その場を離れようとする。逃げれる訳がない。
鵜飼に首を掴まれ、トラックに押し付けられる。こんなに近づかれて何も出来ないなんて、本当なら全身の骨をへし折ってやる事だって訳ないのに――触るな、あっちに行け。
意識が遠のいていく。鵜飼が何かを言っているらしいが何も聞こえない。面越しに鵜飼を睨んでいる。どうしようもないが、諦める訳にはいかない――離れろ。
今からどんな目に遭うのか、これからどんな状況に曝されてしまうのか。此処へ彩子さんが駆け付けたなら、助かるか。いや、駄目だ。鵜飼を相手に彩子さんでは勝ち目がない。ここで私が鵜飼を退かないと彩子さんまで――触るな、離れろ、あっちに行け。
お母さん、お父さん、叔父さん。もう嫌だ、失うのは沢山だ。絶対に掴み取ってやる。私に家族がいた事を証明する残された唯一の存在を。
嗚呼、私のジャラ。生意気で可愛い私の弟。必ず助けてあげるから。
なのに、この手は何だ。邪魔だ、触るな、離れろ、あっちに行け――退け、鵜飼。
凄まじい衝撃、一瞬吹き飛ぶ意識。暗転する視界に光が入るまで、どれぐらいの時間が経ったのか。おそらく数十秒程度。
相変わらず全身を激痛が走っているが、少しだけそれに慣れたのか、冷静になれた。気付くと、先程までの倦怠感や、焼ける様な感覚が消えていた。それだけでもかなり楽に思える。一体何が起きたんだ。
目の前の光景に我が目を疑う。トラックのサイドパネルが大きくひしゃぎ、足元には鵜飼が倒れていた。
真っ直ぐ駐めてあったトラックも、全体的に横にずれていた。私がやったと言うのか、しかし、この感じは念動力の“掴む”感覚では説明できないが、かと言ってこんな事を出来るのは私以外にいない。一体、何をしたのだ。
鵜飼の身体がビクリと動く。まだ生きている。反射的に念動力で九本の尾を動かそうとするが、どこか違和感を感じる。何だ、この感覚は――念動力が使えない。
またパニックに陥りそうになる。とにかく逃げなくては、ここを離れよう。足を引きずりながら、一歩ずつ、一歩ずつ工場から離れていくが、進む度に、足の裏が地面を踏み締める度に痛みが込み上げてくる。
工場の敷地から車道まで進むが、それが精一杯だ。もう、痛みに耐えられない。
分からない、こんな筈じゃなかった。鵜飼と戦闘になる事は想定していた。逃走経路も複数用意して万全だったのに。何時も想定外に苦しめられる。本当に儘ならないな。
何よりも悔しいのは、鵜飼に取り合ってもらえなかった事だ。私が甘かったのだろうか。
「彩、子……さん……」
此処を離れないと。もう楽になりたい。相反する二つの感情の一方に屈したその瞬間、膝から崩れ落ちた。
目が覚めた時、この苦痛は少しでも和らいでいるだろうか。それとも、このまま鵜飼に囚われ、責められてしまうのか。
どんな苦境に立たされようとも、私は諦めない。薄れゆく意識の中で、サイキックの感覚と内に秘めたる妖の様なものが私に囁き、九本の尾が息を吹き返した様に動き出す感覚を僅かに感じていた。
日々、寒くなってゆく。ガルーシャの黒衣は特によく冷えて、厚みがあっても防寒具としては役に立たなかった。
数週間前、この工場の屋根の上を、屈辱に塗れながら走っていた。あの時と変わらない潮風の匂い。
少し離れた先にある荒神会の事務所は相変わらず、煌々と灯りが点いていた。数日前までは、もぬけの殻だったというのに。あの程度の事では物事の流れは止められないという訳か。
分厚い雲が潮風に流され、月明かりもまばらな夜。そろそろ約束の時間だ。忍者の鵜飼、奴の事だ、きっと私の位置は既に把握しているだろう。この瞬間にも、私を見ているかもしれない。
『ユーチェン、聞こえてる?』
右耳の裏に引っ掛けた骨伝導イヤホンから彩子さんの声が聞こえる。今回はしっかりチームで行動する。彩子さんが近くにいるだけで、こんなにも心強いとは。
「問題なしです、そっちはどうです?」
『良過ぎるくらいよ、でもこの位置からは貴方の姿は見えない。用心して』
彩子さんは数百メートル離れた道路に車を駐めている。骨伝導も咽喉マイクも使うのは初めてだったが、中々使い勝手が良い。
通常の会話ぐらいの声で話したが、良過ぎると言う事は、もう少し加減しても充分聞こえると言う事か。
「彩子さんの方も、万が一って事もあるから、後部座席の方で身を隠しておいてください。おそらく、奴はもう近くにいる」
『私が言うのもなんだけど、あの忍者は役人みたいなものよ、あまり期待はしないで、目的を優先して』
「了解……」
今度は小声ぐらいの感じで話してみたが、充分聞こえているみたいだ。そう言えば、映画でもさり気無く、呟き程度の感じで通信しているシーンがよくある。あの感じで充分なのか。
私と彩子さんの見立てでは、現状最も多くの情報を持っているのはCrackerImpである事は間違いない。それを数歩遅れる形で私達が手に入れている。荒神会の事務所が空振りになったのなら、おそらく鵜飼の持つ情報量も私達と大差ない筈だが、この港区の事なら荒神会を含めて詳しい筈。私達の持つ情報と今後CrackerImpから入る情報と共有し合うのは大きな価値があるだろう。
これを武器に、あの忍者に協力させる事さえできれば、ジャラの居場所を突き止めた先の、次の行動にも頼もしい戦力になるのだが。
今、ジャラがどんな状況で何処にいるのかは分からないが、決して無防備な環境ではない筈だ。
立ちはだかる連中がどれ程の数で、どんな装備をしていようと、私一人で一人残らず薙ぎ払うつもりだ。
今でもその気持ちは変わらないが、少しずつ情報が明かされていく中で、この一連の人攫いと人身売買。それを仕切る各組織。実際には私達が思っている以上に巨大な集合体なのかもしれない。
今まで、CrackerImpはほとんどの情報を数日で手に入れた。その彼が調査に慎重になって、手間取っている雰囲気を見せている。
ここまでがむしゃらに、ひたすら邪魔者を蹴散らしながら走ってきたが、一度落ち着いて、全体を見渡すべきだと思える様になった。
必ずCrackerImpが答えを見つけてくれる。彼を信じて、私達は私達の出来る事をするだけだ。
「隙だらけだ……殺すべきだったか」
遂に始まる。うなじの辺りから、気配を感じていた。――集中しなくては。
雲が流れ、月明かりが鵜飼を照らした。同時に、私が念動力で浮かせているガラスの破片も輝かせた。何時でも鵜飼を突き刺す事が出来る。
ゆっくり振り向いて、はっとしている鵜飼を見る。マスクとフードで隠される事で際立つ鋭い眼光。
「お前もな……」
敢えて隙を作っていただけだ。どうせ忍者など、堂々と姿を見せる訳もないと踏んでいた。まだまだお互い油断できない関係だ。
ガラスの破片をまとめ一か所に置いておく。まだ使い道があるかもしれない。
「見てみろ鵜飼猿也。奴等、何事もなかった様に振舞っている……。港区の解放も程遠いな。人間も輸入する港だ」
荒神会の事務所ビルを指差し、鵜飼の視線を誘導する。鵜飼の鋭い目が真っ直ぐ荒神会のビルを見据える。
散々トラブルに見舞われている筈の荒神会。幹部の暗殺、CrackerImpのサイバー攻撃。そして鵜飼や、彩子さん達警察の介入。この短期間でこれだけの目に遭っているにも関わらず、すぐに息を吹き返した。
「フルネームはやめろ、鵜飼でいい」
忍者の鵜飼にとって名を呼ばれるのは、さぞかし不満なのだろう。マスクで表情はよく見えないものの、私に対する怒りがピリピリと伝わって来る。
鵜飼の雰囲気は予想できていた。だから私の方も細やかながら、その不満を和らげやろうと、今夜は覚悟を決めてきた。ビルを眺める鵜飼を余所に少し距離を取って向かい合う。
鵜飼がこちらに振り向き、向かい合ったタイミングで、狐の面を外した。
「私は李宇辰(リィユーチェン)お前の素性を知った手前だ、私も名乗ろう」
正体を明かすと言う行為は初めての経験だったが、予想以上に気恥ずかしい。鵜飼の表情がよく見えないのが救いだ。
「ガキめ……中国からやって来た、九尾の狐か」
「好きに呼べばいい。黒狐ってのも気に入ってるぞ」
とりあえず、こちらの気持ちは充分伝えた。そそくさと面で素顔を覆う。やっぱりこの状態が落ち着く。衣と面はワンセットで、この姿の私は別の私である。
何故かは分からないけど、この姿でいると口調も声のトーンも普段と少し違うものになる。昔から癖の様に雰囲気が変わってしまうのだ。
一体、何に影響を受けたのか、規制され観る事が許されなかったヒーロー物映画の海賊版や、京劇の様な振る舞いに、自然と心と身体が引っ張られているかの様だった。
「本来なら正体を知る者は消すのが普通だ。それに先日の礼もしてやりたいが、貴様は興味深い、話ぐらいは聞いてやる」
鵜飼は横向きに腕を組み、耳を傾けている。かなり様になっている。自然とそう思えた。
月明かりに照らされる、体幹の整った直線の姿勢は凛々しく、古典的な様で近代的な装備品も身に付けた現代の忍者。そんな異形の存在を際立たせている。
「単刀直入に話そう。手を貸してほしい……。私達には共通の敵がいる。奴等がこの地を利用して人身売買をしている事ぐらいは知っているだろ?」
鵜飼の、或いは市の目的が、港区を支配する犯罪組織の撲滅なら、連中が何をしているのかぐらいは把握してる筈。
問題は鵜飼の任務は、どこまでやるのかだ。それによっては、この提案も私達の情報力も価値がなくなる。
「何が目的だ?」
「攫われた人達を助けたい。アジア、ヨーロッパ圏で攫われた人々が、上海から日本へ渡って来てると言う確かな情報がある。そしてこの国の何処かに留まっている事も……日本は今だに混乱している。パンデミックによる経済崩壊、大震災による首都崩壊。まともに機能している僅かなエリアを出入口にして、外資系企業が自国では行えない事を、この国で好き放題やっていても、それに依存せざるを得ない島国。それに便乗する犯罪組織も後を絶たない……東北地方、六連合特別自治区はその最後の要と聞く。お前達だって、現状を良しとは思っていない筈だ」
“西は紛争、東は沈黙、北は独立”日本の現状を表す言葉。国内外で共有されている言葉だ。
今だに混乱状態の日本政府に囚われず、時には独自政策で経済活動を行い、辛うじて発展しているのは東北エリアぐらいだと言われている。
それ故に、貿易の基本である港のコントロールは最重要である事は間違いない。
「俺の仕事はそういう連中を始末する事だ……貴様の国の連中は、特にやりたい放題だからな……」
この手の皮肉は聞き流す。国のやる事など、私には関わり合いのない事だ。
度々、私の国は行き過ぎていると他国が騒いでいる。父や母がいた頃は、何の疑問も不満もなかった。ただ、叔父と暮らす様になって少しづつ、国が良しとする価値観やシステムと呼ばれるものに疑問を持ち始めたが。
「何故、此処に攫われた人々が留まっていると分かる? お前の情報源は何だ?」
「答える気はない……だがいずれ、その先の情報も必ず手に入る。私に手を貸せば、お前にも情報を渡すと約束しよう。荒神会なんてただの木偶に過ぎない、敵はもっと強大な存在、警察や一人の忍者でどうにかなるものじゃないだろ?」
CrackerImpの事は話す訳にはいかない。彼に迷惑がかかるのは目に見えている。今後の情報収集の妨げになっては本末転倒だ。
ここまで話してみて、鵜飼の雰囲気に緩みは感じられない。話こそ聞いてくれているが、何時でも戦えると身構えている。それどころか、鵜飼は今、静かに笑っていた。
彩子さんの言う通りだ――鵜飼は役人だ。
「サイキック一匹、言うじゃないか。笑わせてくれる……」
組んでいた腕を解き、ゆっくりとこちら側に向く。
「待て、戦っても無意味だ」
私は念動力で同時に九つの物体を操れる。しかし、今はたった一つを正確に操らなくてならない。それも気付かれる事なくだ。この手の繊細な作業は苦手だ。
この日の為に何度も練習してきたが、今は緊張感もあって中々難しい。もっと集中しなければ。
「勘違いしてる様だからハッキリ教えてやる。俺の最優先は港区の開放だ。組織だの黒幕だの二の次だ。俺の正体と主君を知り、この先もアウトローで動こうと言うのなら、ここで消す……所詮、俺達は立ち位置が違い過ぎている」
ゆっくり近づいて来る鵜飼に対して、後ずさりする。もう少し、あともう少しで縫い合わせて固定できる。
港区の開放が最優先。今まで好き勝手してきた連中の罪には目を向けず、目先に政策を推し進めるのが、市長の意思、そして鵜飼の目的か――なんて愚かな。
「役人など、所詮は石頭か……」屋根の端まで来た。もう後がない。
あと、もう一か所。鵜飼の忍装束の袖の辺りに、彩子さんからもらった発信機を縫い付ける。本当に苛々する作業だ。コインよりも小さな物を掴んでいると言う感覚のみ、その感覚とある種のリズムで覚え込ませた手順で縫い付けている。見る事も出来ないので、上手くいっているかも分からない。
今日までの練習で、十回中、八回成功した。集中しろ、必ず出来る。
鵜飼から目を背けるべきではないが、瞳を閉ざし、更に集中力を高めていく。そうだ、この感覚は上手くいっている時の感覚だ。
集中しろ、集中しろ、必ず出来る、必ず出来る――ジャラを救いたい。
「攫われた人々がこのエリア内に留まっているのなら必ず救出してやる。貴様は手を引け、情報があるなら提供しろ。これ以上アウトローなんかに邪魔はさせない」
不条理に攫われて人生を潰された罪のない人々を。それに巻き込まれて死んだ、私の父と母をついでの様な言い回し。頭の中で何かがプツリと弾ける様な音がした。
お前なんかに委ねてなるものか。私の弟を、私の唯一の家族を。
「ふざけるな! 私は諦めない。そっちこそ邪魔をするな!」
獣の体毛が逆立つ様に九本の尾を解き放つ。かつてない程の感覚が全身を覆っている。高い集中力と研ぎ澄まされたサイキックの感覚だ。心臓が破裂してしまいそうな程の激しい動悸に呼吸が乱れる。今まで感じた事のない――この感覚はなんなのだ。
念動力を操る感覚とは違う、今までにない、この感覚は。
その気迫に押されたのか、鵜飼は一気に距離をとって身構えた。距離にして六メートル強。私の念動力が届かない距離。鵜飼はそこまで見切っているのか。
「物の怪が。だから邪魔なんだよ。勝手に動かれるとこっちの計画が乱れるんだ、しばらく動けない身体にして警察にでも突き出してやる!」
鵜飼の右手には既に例の刃が握られている。あれの鎖も六メートル前後伸びた筈だ。荒ぶる龍の様に変幻自在で凶暴、そしてしなやかに襲い掛かる。
今のこの状況で戦っていいのか。既に全身が重い倦怠感に包まれてきた。
しかし、鵜飼に見逃す気がないのなら、やるしかない。発信機は無事、固定できた。戦うにしても逃げる事を優先しなくては。
万全の体調で臨んだ筈なのに。一体、私の中で何が起きているのだ。
「何故だ、私もお前も誰かを救う為に戦っている筈なのに、立場がそんなに大事か、鵜飼!」
「立場あればこそだ! 善意を盾に振るう暴力を正当化するな!」
こっちが仕掛ければ鵜飼は必ず距離を取る。五メートル以内に入らない様にする筈だ。
仕掛けると見せかけ、鵜飼が更に離れた瞬間に逃げよう。彩子さんを巻き込めない。出来るだけ自力で逃げないと。
その為には近づいて鵜飼を攻撃せねば。駆け寄り、尾を三本振りかざす。逆上して暴れている体を見せた。
鵜飼は更に離れ、刃を投げつける。これを一々相手してるとキリがない。念動力で刃を止めて、鵜飼へ投げ返した。
ここだ、ここで鵜飼に近づけば、鵜飼は体制を立て直す為にかなり距離を取ろうとする筈だ――くそ、身体が重い。
足腰の力を振り絞り、鵜飼へ接近する。必ず後ろへ下がると思っていたが、鵜飼はその真逆、こちらへ突っ込んできた。
一瞬で距離を詰められ、胴体を捕まれて押し出された。まっ逆さまに屋根から落下する。壁に尾を突き刺し、落下速度を落として体勢を立て直した。その反動で鵜飼が離れる。
無事、地面に降り立てたが、それは鵜飼も同じ。振出しに戻った、依然として状況は変わらない。
工場の搬入口を見渡す。シャッターは固く閉ざされ、二トンのアルミバンが数台駐められてある。鵜飼を相手に使えそうな物はない。ただでさえ、私の攻撃は大振りなのに、トラックなんか振り回したところで、鵜飼にとっては、反撃の機会を増やすだけだ――熱い、後頭部から背骨にかけて焼ける様だ。
ふと、右腹部に痛みを感じた。鋼の針の様な物が刺さっている。ボールペンサイズのそれを引き抜く。刺さっていた様だが、ガルーシャの衣が深い侵入を防いでくれた様だ。
だが、この痛みは何だ。浅い傷口から身体の芯までじわじわと染み渡り、内臓をキリキリと締め上げる様な、耐え難いこの痛みは――毒なのか。
身体に起きた異変と、この激痛に全身が悲鳴を上げる。叫び出したい程の激痛だったが、うずくまって呻き声を絞り出すの精一杯だ。
「甲賀の秘薬だ……死にはしない、しばらく激痛が続くだけだ。ほとんどのサイキックは能力を使う際に、高い集中力が必要だそうじゃないか。その痛みでは集中できまい」
確かに、痛みを堪える事に必死で、思う様に力を使えなかった。やはり鵜飼は恐ろしい相手だ。こんな対策まで用意していたとは。
しかし、どうにか尾を一本だけなら動かせた。その一本の尾に、鵜飼は警戒して近づいて来ない。九つと言う制約を、こんなにありがたく思えた事はない。
ここで倒れる訳にはいかない、一本の尾を支えに、なんとか立ち上がる。食い縛った口元から唾液が漏れてくる。
逃げないと、こんな状態でどうやって。逃げないと、気持ちばかりが先走る、痛みに堪える事と、それとは別の身体から溢れ出る得体のしれない変化に、思考が支配される。逃げないと。
駐っているトラックとトラックの隙間に入り込み、身体を引きずり、一本の尾に支えられながら、その場を離れようとする。逃げれる訳がない。
鵜飼に首を掴まれ、トラックに押し付けられる。こんなに近づかれて何も出来ないなんて、本当なら全身の骨をへし折ってやる事だって訳ないのに――触るな、あっちに行け。
意識が遠のいていく。鵜飼が何かを言っているらしいが何も聞こえない。面越しに鵜飼を睨んでいる。どうしようもないが、諦める訳にはいかない――離れろ。
今からどんな目に遭うのか、これからどんな状況に曝されてしまうのか。此処へ彩子さんが駆け付けたなら、助かるか。いや、駄目だ。鵜飼を相手に彩子さんでは勝ち目がない。ここで私が鵜飼を退かないと彩子さんまで――触るな、離れろ、あっちに行け。
お母さん、お父さん、叔父さん。もう嫌だ、失うのは沢山だ。絶対に掴み取ってやる。私に家族がいた事を証明する残された唯一の存在を。
嗚呼、私のジャラ。生意気で可愛い私の弟。必ず助けてあげるから。
なのに、この手は何だ。邪魔だ、触るな、離れろ、あっちに行け――退け、鵜飼。
凄まじい衝撃、一瞬吹き飛ぶ意識。暗転する視界に光が入るまで、どれぐらいの時間が経ったのか。おそらく数十秒程度。
相変わらず全身を激痛が走っているが、少しだけそれに慣れたのか、冷静になれた。気付くと、先程までの倦怠感や、焼ける様な感覚が消えていた。それだけでもかなり楽に思える。一体何が起きたんだ。
目の前の光景に我が目を疑う。トラックのサイドパネルが大きくひしゃぎ、足元には鵜飼が倒れていた。
真っ直ぐ駐めてあったトラックも、全体的に横にずれていた。私がやったと言うのか、しかし、この感じは念動力の“掴む”感覚では説明できないが、かと言ってこんな事を出来るのは私以外にいない。一体、何をしたのだ。
鵜飼の身体がビクリと動く。まだ生きている。反射的に念動力で九本の尾を動かそうとするが、どこか違和感を感じる。何だ、この感覚は――念動力が使えない。
またパニックに陥りそうになる。とにかく逃げなくては、ここを離れよう。足を引きずりながら、一歩ずつ、一歩ずつ工場から離れていくが、進む度に、足の裏が地面を踏み締める度に痛みが込み上げてくる。
工場の敷地から車道まで進むが、それが精一杯だ。もう、痛みに耐えられない。
分からない、こんな筈じゃなかった。鵜飼と戦闘になる事は想定していた。逃走経路も複数用意して万全だったのに。何時も想定外に苦しめられる。本当に儘ならないな。
何よりも悔しいのは、鵜飼に取り合ってもらえなかった事だ。私が甘かったのだろうか。
「彩、子……さん……」
此処を離れないと。もう楽になりたい。相反する二つの感情の一方に屈したその瞬間、膝から崩れ落ちた。
目が覚めた時、この苦痛は少しでも和らいでいるだろうか。それとも、このまま鵜飼に囚われ、責められてしまうのか。
どんな苦境に立たされようとも、私は諦めない。薄れゆく意識の中で、サイキックの感覚と内に秘めたる妖の様なものが私に囁き、九本の尾が息を吹き返した様に動き出す感覚を僅かに感じていた。