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作者: NO SOUL?
残酷な描写あり R-15
11.― DOUBLE KILLER ―
11.― DOUBLE KILLER ―

「いたずらインプめ……」

 久し振りに起ち上げたモバイルゲームには、とんでもない額のポイントが入っていた。あの時、蓮夢がやったに違いない。一体、何処の金を引っ張り出してやったのか。
 何でも手に入る。これなら世界ランク一位も容易いが、これではやり甲斐も何もないな。結局のところ、世の中の大半の事は金で満たさると、こんな下らないゲームで改めて思い知る。
 あの日を境に随分と忙しくなった。ここ数年、仕事があればそれなりに彼方此方へ動いていたが、それ以外は単純な生活を反復するだけだった。
 今は経験を活かせる部分もあるが、多くの場合、その時々の対応を要求され、対応に追われている。情けない事だが、大分脳みそが錆び付いていたらしい。良くも悪くも、最近は新鮮な疲労感を覚えていた。
 同時に、自分だけではどうにもならない問題も幾つか発生している。

「よう、お待たせ」

 その解決の糸口になるかどうか、秋澄に相談を持ち掛ける事にした。こう言う話は河原崎には出来ない。親しいとは言え立場の違いもある。
 ウィンストン記念図書館、三階の大きなバルコニーは、一般にも開放されたスペースは、カフェテラス式に椅子とテーブルが置いてあった。日も暮れてきたが、読書に勤しむ人々が疎らに座っている。その内の数人は“組合”の殺し屋だった。
 大方、依頼の受け取りや報告でやって来たのだろう。

「珍しいな、お前の方から俺を呼ぶなんて」

「まあ、そうかもな……」

 手摺壁に凭れる。河原崎と話す時は大体、秋澄が隣にいるが、その時はお互いの立場も違うので、話す事はほとんどない。
 こう言う時ぐらいだ、幼馴染の戦友と言う関係で、気兼ねなく話せるのは。しかし、それも随分久し振りに思えた。年々、仕事以外に此処を訪れる事が減っていったからだ。秋澄と会って話す事も減っていた。
 理由は特にない。呼ばれたから来た、任務を受け取ったら実行する。終わったら報告をして報酬をもらう。それ以外の事に関心を失くしてしまったからだ。
 何をするのも億劫に思っている。それが本音だ。

「それにしても“組合”が外部の人間を招くなんて、異例だ。大胆な事をしてくれたな鉄志。お前じゃなきゃ、出来ない事だよ」

「世話をかけたな。だが、奴の腕は間違いない。保証するよ」

「お前がここまで他人の事を評価するなんて。それだけでも大した奴だよ、CrackerImpは……蓮夢くん、だっけ? しかも噂通りの美人さんだし」

 蓮夢との約束は果たしておいた。違法サイボーグどころか、サイボーグである事自体を伏せた上で、手を組むと言う考えを押し通した。当然イワンの方は不満気だったが、知った事じゃない。
 そうした苦労の末に手にした相棒だったが、その男のくせに美人な相棒が俺にとっては、やはり厄介な存在であった。

「で、上手くやっていけそうか? お前が人と組んで仕事するのも、下手したら十数年振りだろ?」

「それがな、ちょっとばかり心配事と言うか……」

 手摺壁に腕を置いて遠くを見据える。遠くて見えないが、この方角、その視線の先には、標的となる海楼商事のアクアセンタービル、そして更にその先には、輝紫桜町があった。

「あんな奴は初めてだ……。何て言うか、自尊心もなく自己嫌悪に染まってて、そのくせ、他人の事に関しては鋭くて、責任や義理を果たす為なら、自己犠牲も厭わない。卑屈だけど気高くて、混沌としてる。暇さえあれば、下な話をしてくるのも鬱陶しい。客とこんなプレイした、あんなプレイしたとか、望んでない報告ばかりを、しかも生々しいんだ……」

 蓮夢とは数回会って、アクアセンタービル周辺のリサーチを行っていた。相変わらず掴み所のない奴だったが、そのさり気ない会話の中で、時折感じる皮肉で自虐的な雰囲気。かと思えば、それを誤魔化す様に、卑猥な話や見栄を張って見せたりする。
 コロコロ変わる表情の根底にある、薄暗い思考が何時も引っ掛かっていた。にも関わらず、秋澄は俺の話に大笑いしていた。俺がその手の話を苦手としているのを知っているからだ。

「笑い事じゃない、こっちは参ってるんだ……」

「数回しか会ってないのに、そこまで相手の事を見抜くなんて、流石としか言えないな“チームリーダー”」

 今となっては、チームリーダーと言う呼び名を使うのは、秋澄だけだった。生き残りは俺達だけ。
 ガキの頃から何時も一緒にいた兄弟分達は八人、訓練所で共に過ごした十三人。
 総勢二十人の三個分隊が日本の“組合”から派遣された最初の部隊だ。

「まあ、蓮夢くんには、それが日常だろうし。健気じゃないか、お前と色々話したいって感じが伝わって来るよ。でも、相当苦労してきたんじゃないか。それも独りで……俺達が集めた情報だけでも、分かるだろ? 立派って言葉は違うけど、強いじゃないか。自分を恐れずに見せれるなんて、優しくしてやれよ、鉄志」

「優しくって……」

 会った事もないのに、秋澄はいやに蓮夢に好意的な雰囲気を見せてくる。先程の美人さんと言う表現といい、秋澄はこの手の人間に対して、免疫でもあるのだろうか。組織としてはよそ者だが、個人的には興味があると言ったところか。
 確かに、蓮夢は美人だと思う。しかし男だ。蓮夢のあの雰囲気に早く慣れてしまいたいところだが、どうしても引っ掛かる。

「お前はガキの頃から、みんなをまとめるのが得意な奴だった。みんなの事をよく見て、何時も理解しようと努力して、多くを受け入れてきた。ま、悪く言えば、主体性がなく、流され易い性格だけどな」

「放っとけ。俺やみんなと一緒に“組合”に入ったお前に、流され易いなんて、言われる筋合いはないからな」

 煙草に火を着ける。悔しいがそれが本当の事だ。自分でもうんざりしてる。何時からそうなったのか。
 子供心ながらに思った。誰かがやらなければならない、と。気付いた頃には、まとめ役と大人に印象を持たれ、やれ兄貴肌だ、リーダーの資質があるだのと担がれて、そんな役回りばかりを勤めるようになっていった。
 重圧を感じるが。それで目的が果たされて、丸く収まると言うのなら、常々、俺の望むところでもある。それ以上、主張する必要もない。
 流されているんじゃない、流されてやっている。それだけだ。

「セクシュアルマイノリティの人間と組むのは初めてだ。どうしても、違和感を感じてしまう……どう受け入れればいい? 同じ男の筈なのに、何もかもが違う」

 その都度、蓮夢の表情を曇らせる瞬間がある。それに一々反応はしない様にしているが、何が原因になってるのかすらも分からない。

「意外と石頭だな、そんな事が悩み事なのか?」

 認めざるを得ないが、石頭だし無知だった。まさか、そのツケを払わないとならない立場に立たされるとは。

「なぁ秋澄、パンセクシュアルって何だ?」

「パンセクシュアル……それって蓮夢くんが?」

 あの時は関心もなく流した言葉を不意に思い出し、秋澄に聞いてみた。何かヒントになれるだろうか。
 秋澄は軽く空を見上げて、何かを考えている様な素振りをしている。

「なんだか、蓮夢くんの事が少しわかってきたかもよ」

 こっちを向けと言う無言の催促を受け取り、携帯灰皿に煙草を入れて姿勢を正した。軽い相談事のつもりなのに、秋澄の表情は硬めで真面目だった。

「鉄志、先ずお前は蓮夢くんの気持ちを踏み躙っているぞ。相手が俺だからまだいいけども、アウティングなんてフェアじゃない。こう言う事は慎重に考えて気を遣え。そもそも、余計な情報乗せ過ぎだ。蓮夢と言う一個人、そう言う性格の奴。それで済む事を無駄な事に拘ってこじらせている。自分と違うとか、セクシュアルが違う事とかが、そんなに狼狽える様な事か? ただの個性じゃないか」

 聞き慣れない言葉だが、秋澄の言い分から察するに、俺が蓮夢のセクシュアルを他人に話すのが良くない事と言う事か。
 確かに考えてみれば、繊細な情報を暴露するのは如何なものかと、言ってしまった後で、少し後悔を覚えた。
 一個人や個性と言う事で割り切れないから相談しているんだ。秋澄の様に俺にも柔軟なところがあればいいのだろうが。生憎、持ち合わせちゃいない。

「簡単に言ってくれるな、お前だって俺の立場で、いざ面と向かえば……」

「お前より確実に上手くやれるよ。こればかりは断言出来るね」

 秋澄は真っ直ぐと俺の目を見据え。深い溜息を一つして、神妙に何か意を決した様な、少し重々しい雰囲気が漂わせていた。
 秋澄が一歩半、近づいてきた。俺よりも少し背の高い分、ここまで近づかれると見上げざるを得なかった。

「鉄志、この際だから俺も告白するよ。俺、随分前から、ゲイなんだ」

 何を言っているんだコイツ。突然の事で思考が追い付かない。そしてどういう訳か、ガキの頃の秋澄や、戦場で共に戦っていた頃の秋澄が脳裏を過っていた。

「ば、馬鹿な、冗談だろ……」

「お前さんより馬鹿じゃないし、ここで冗談言う奴があるかよ。何がマイノリティだよ、間抜け……お前のすぐ横に、男が好きな男がいたんだよ。因みにお前は全然好みじゃない上に、面倒くさそうだか、頼まれたって絶対、相手にはしないからな」

 ガキの頃からずっと一緒だった。秋澄からそんな雰囲気を感じ取った事は今まで一度だってなかった。
 “組合”に入っていからはプライベートを共有する事は、ほとんどなくなっていたが、それでも全く気付けなかった事に驚愕していた。

「だが、任務先で仲間と街で娼婦を買ってた時もあったじゃないか」

「あの頃はストレートだと思ってた。周りもそうだし、まぁそんなものかなって」

 そんなもの。そう言うものなのだろうか。ゲイだと言うなら、女性に興味は持たないものだと思うが、なんとなく周りに流されて成立するものなのか。
 そもそも後からゲイになったと言う秋澄の言い方も、俺には理解できなかった。
 混乱している俺を余所に、手摺壁に手を添えて秋澄は遠くを見ていた。

「俺が負傷したのは、北欧での任務の時だった。覚えているだろ? そのままノルウェーの病院で義手と義足を移植した。筋肉に繋げて、外部デバイスで遠隔制御する。長いリハビリだったよ……ルーネって看護士が担当でね。女っぽい雰囲気の
奴だったけど、自分がバイセクシャルだってあっさり告白してきて、しかも男なら俺みたいなのがタイプだって。気色悪いってその時は本気で思ったよ……手足を失った事や、鉄志達と一緒に戦えない無力感“組合”に用済みにされないかと言う恐怖で当時は気が狂いそうだった……」

 思い出したくない話だ。移民から構成された、かなり大きめのテロ組織が相手だった。潜伏していた山岳地帯での戦闘。北欧の山と森、凍える様な寒さを鮮明に覚えている。
 榴弾やRPG。敵の火力は予想以上で、戦闘型ドローンもあっという間に潰されて、泥沼の戦闘に陥った。
 作戦行動が終わり、気付いた時には、右腕と右脚を失った秋澄が無残に収容されていた。

「どん底だった。でもルーネは何時も俺の傍にいてくれた。リハビリを乗り越える喜びや、お互いの今までを共有して、何て言うのかな? それまでの人生の中で、あんなに穏やかに時間を使えたのは初めてだったし、その全てが、かけがえのないものになって、何時の間にか、俺の方がルーネに情を寄せる様になっていった。退院する頃には恋人同士になっていたよ。申し訳ないと思ってる……お前達がまだ戦場で戦ってるって時に、俺一人だけ幸福を感じていたのが……」

 秋澄自身の不安や喪失感は相当なものだったろう。
 当時“組合”が秋澄をどうするのかは、全員の気掛かりの一つだった。俺も堪り兼ねて河原崎に連絡し続けていたな。悪い様にはしない。河原崎のその一言をよく覚えている。
 その後、秋澄の様子を見に行く時間もないまま、次の任務へ向かった。風の便りでデスクワークに従事している事を知ったのも、随分と後になってからだ。

「それは、仕方のない事だろ……互いの持ち場で、出来る事をすればいい」

 秋澄が当時、そんな忍びなさを感じていたと言うのも、今日初めて聞いた。どうしようもない事だ。しかし、秋澄には悪いが、当時の俺達も、そこまで気を回す余裕はなかった。無事である事さえ分かれば、後は目の前の事で手一杯だった。
 時間は平等な筈なのに、こうも感じ方が違うとは。

「組合長が日本に戻って秘書役をやらないかって話が来た時、お互いの人生を尊重して別れた。それでもたまに、リモートで話せる関係だけどね。日本に帰った頃には、自分の性志向が完全に男性に向いてるって分かった。この国はノルウェーに比
べると、少し肩身が狭い。気を紛らわしたくて、それこそ輝紫桜町で遊んでた時期もあったよ」

 未だに秋澄がゲイだったと言う事に、イマイチ実感を得られないのが正直な所だったが、笑みを浮かべ、当時を思い出す姿や、今も心の何処かで相手を想っている様な雰囲気に対して、拒否反応はなかった。拒めるわけがない、秋澄とはガキの頃からの付き合いだ。
 今、途方もなく困惑している。それでも、今更この関係を変える事なんか出来る訳がない。

「全く気付かなかった」

「言わなかったからな、言えば蓮夢くんを見る様な目で俺を見ただろ? 幼馴染で戦友の俺でさえも……」

「それは……」

 秋澄が俺に向ける視線は、今まで見た事もない程、冷やかなものだった。それは時折、蓮夢が俺に向けてくるそれと、よく似ていた。
 気付かされた。秋澄は言わなかったのではない――言えなかったんだ。
 チームリーダーも形無しだ、こんなに近くにいる友を、俺は理解もしていなかったし、理解するだけの器量も持っていなかった。

「鉄志、俺はお前との今までや、これからが壊れるのを覚悟して話したぞ、どう受け止めるかはお前次第だが、残念ながらお前には、拒む選択肢はない。何故なら任務があるかだ。蓮夢くんと上手くやってかなきゃならない。こんな所で躓いてる場合じゃないだろ? チームリーダー」

 関係を変えたくないと言う考えでは不足の様だ。変えないとならない。その方法はまだ分からないが、今の俺の考え方や、ものの見方では秋澄との関係は必ず悪くなっていく。そして蓮夢の言う、高いパフォーマンスを発揮する事も出来ない。

「性別なんてもの、一旦抜きにして相手を見てみなよ。少しは変わるかもよ。俺も沢山戸惑った。でもそれ以上に、ルーネへの思いが強くなっていった。自分の中にある、凝り固まった壁を越えてみようって思った。誰にでも出来る事じゃないのかもしれないけど、出来るかもしれない……パンセクシュアルが何なのか、自分で調べて色々考えてみろ。蓮夢くんがパンセクシュアルだって告白した事にはちゃんと意味がある。本来なら他人に明かさず、自分自身で考えて受め止めるべきものだ」

「秋澄……」

「俺から今のお前に言える助言は一つだけ。毎日悩んで考えろ。人間って、お前が思っている以上に複雑な生き物だ」

 頭の中にへばり付いてしまった常識を、今更取り払えるだろうか。今まで考えもしなかった事だ、毎日考え悩んでも足りないぐらいかも知れないな。
 ならば尚更、俺は蓮夢の事をもっと考える必要があるらしい。

「ま、しっかりやれよ、鉄志。お前ならやれる。何時もみんなを危機から救ってきたチームリーダーだ。蓮夢くんとも上手くやれるし、先導できるさ」

 ボスッと背中を無遠慮に叩いて、秋澄は踵を返すと携帯を取り出し、話をしながらその場を後にした。相談のつもりが、渇を入れられるとは。
 溜息にも似た一呼吸をついて、改めて輝紫桜町の方角を見据えた。
 これからどうするか。しばらくはこの言葉に、俺は翻弄される事になるのだろうな。秋澄の言う通りで、この任務は俺にとってかつてない程に複雑なものになりそうだ。





 潤沢な資金に物を言わせて手に入れたレアな大剣が、厳ついドラゴンを一刀両断した。携帯端末の画面一杯に派手なエフェクトが舞い上がる。これは、何とも味気ないな。
 高層ビルに四方を囲まれた小さな裏路地に、忘れ去られた様にポツンとある有料駐車場から空を見上げた。
 アクアセンタービルまで数十分の丁度良い場所にある。此処は蓮夢が見つけた場所だった。四方の黒ずんだコンクリートが額縁で、四角く覗く青空はまるで、写真の様だと言っていた。大した想像力だ。
 遠くの方から、ビジネス街で聞くには場違いに思える、パワフルなエンジン音が聞こえて来た。やっと来たか。
 十時に落ち合う約束をしておきながら、十一時をとっくに過ぎていた。
 バイクを停めて、いそいそとヘルメットをとる蓮夢の元へ行く。蓮夢は悪びれたばつの悪い表情をしていた。
 相変わらず派手なスカジャンを着ているが、今日はその格好で動く気だろうか。

「遅いぞ! 一時間も遅刻だ」

「ごめん、ごめん。中々お客が離してくれなくて……それよりも聞いてくれよ、この客ってのが、とんでもないバケモノでさ……」

 蓮夢の髪は少し湿り気が残り、いやに艶っぽかった。客と言う事は、仕事が終わってから、すぐにここへ向かってきたと言う訳か。
 バイクから降り、早口気味に話しながら、スカジャンも上着も全て脱ぎ出し、上半身を晒した。

「夜に三発もやって、朝も寝起きにフェラさせて、風呂でも一発だぜ。もう腰が粉々! もうすぐ六十になるじいさんだよ。絶対ヤバいクスリやってるって……」

 何時もこれだ。話についていけない。かと言って邪険にもできない。それでも勘弁してほしい、生々しい話だった。

「会って早々下ネタを話すの、やめてもらえないか」

「は? 下ネタじゃないし、仕事の愚痴だし」

 バイクのサイドバッグから、白のパーカーと薄手の黒いハーフコートを引っ張り出し、その場で着替えてスカジャンをサイドバックへ突っ込んだ。

「大丈夫なのか? 乱暴はされてないか?」

 なんであれ、客商売で肉体労働だ。その事を理解し、自分の感情は一旦忘れ、先ずは労を労うべき。そして蓮夢は、俺の相棒なのだ、気遣って然るべき。

「ん? まぁ……。それは、普通だけど。走るのキツイから、ヤバい事が起きた時は、おぶってよね」

 一瞬、目を逸らして歯切れが悪くなる。そしてまた笑みを浮かべて、しょうもない事を言ってはぐらかす。
 近づけば離れて、離れれば近づいて来る。素直な様で、捻くれている。

「さっさと行くぞ」

「ちょっと、ゆっくり歩いてくれよぉ」

 腰を押さえ、僅かに足先をひょこっと浮かし気味に付いて来る。無理してる雰囲気から察するに、走るのは本当に難しそうだ。今日ばかりはヤバい事が起きないでもらいたいものだ。

「全く……」

 立ち止まり、蓮夢が追い付いたところでまた歩き出す――優しくしてやれか。
 横に並んで歩く蓮夢にふと目をやると、にやにやと笑みを浮かべてこっちを見ていた。
 屈託のない歳不相応な笑顔。何が嬉しいのか、または何が楽しいのか。

「心配するなよ、身体がポンコツで神経がシラフでも、頭は冴えてるぜ。もうタスクを始めてる」

 それでも、俺は感じていた。蓮夢の両目は、色気に満ちた輝紫桜町のポルノデーモンから、腕利きのハッカーCrackerImpのそれに変わりつつあると。あのレストランで見せた、ひたすらに際限なく思考し続ける、あの鋭い目だ。
 その目を見て、俺も何故か笑みが浮かんでしまった。きっと大丈夫だ。
 俺達は必ず、求めている答えに辿り着ける筈だ。そう思えた。
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