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作者: NO SOUL?
残酷な描写あり R-15
8.― PORNO DEMON ―
8.― PORNO DEMON ―
 何時か、こんな日が来ると思っていた。
 それが誰で、どんな状況で起きるかなんて考えた事なかったけど――今日、俺は自分の正体を他人に明かす。
 鉄志の事を信用出来るだろうか。出来る訳ない、散々俺の事を蔑んだ奴なんか。しかし、ここまで来て選択の余地なんてない。やるしかないんだ。
 信用を得る為に、この危険を冒す。見せ付けてやるしかない。鉄志が圧倒的な戦闘能力を見せ付けた様に、俺のスキルを鉄志に見せ付けないと先には進めない。
 鉄志の目を見る。精悍な顔立ち、鋭い目には光がなく、相変わらず心の見え難い雰囲気だった。でも迷いと戸惑いを感じていた。俺をどこまで信用すべきなのか、本気で考えているんだ。誠意だなんて都合の良い言葉で解釈する程、俺は馬鹿じゃないけど、これまでに見て来た鉄志のストイックさに訴えかけてみるか。
 腰に下げている補助端末をテーブルの上で開いて、クリスタルのファイバーコネクタを引っ張り出す。立ち上がった補助端末を鉄志に差し出した。

「エンターキーを押して」

 言われるまま、PCのエンターキーを押そうする鉄志の手を掴むと、突然の事でビクリと反応した。ガサ付いてて、血管の浮いた厳つい手は暖かかった。

「いいよ、俺の手の内を全て見せてあげる。でも組織に報告する時は出来るだけ言葉を濁して話してくれる?」

 せめて腕のいいハッカーだと大雑把に報告してくれると嬉しいところだけど、鉄志の目には未だに疑念が混ざっている。煮え切らない態度に取り合う気はなさそうだった。
 やはりリスクを冒す覚悟を示さないと先には進めそうになかった。

「内容にもよる。約束は出来ないな」

「腹を決めろって訳か……。鉄志さんを信じるしかなさそうだね」

 補助端末のコネクターを左腕のポートに接続するところを、よく見える様にして接続して見せる。カモフラージュに掘った羽柄のタトゥーでポートの穴は目立たない。鉄志の目には強引に突き刺した様に見えただろうな。
 鉄志が俺の左腕がインプラントデバイスだと気付くのを見計らって補助端末にアクセスする。人口眼球の映像をミラーリングしてモニターに映し出して鉄志に見せた。俺が見据える鉄志の姿がモノクロ映像になっている。

「お前、サイボーグなのか?」

「ただの輝紫桜町のビッチさ。このエロい目で普段何を見てるのか、分かり易くしておくからモニター見ててよ。さて、何をしようかな。朝飯前の軽いデモンストレーション」

 と言ったが、鎮痛剤を貫通する程の頭痛が襲いかかっていた。手早くハッキングして分かり易い効果を出せそうなものを探さないと。
 ノートPCに映る視界に赤枠の小さな別窓が三つ開き、凄まじい速さでコードが流れている。これで俺がどんな状況の人間なのか分かって来る筈だ。

「お前の視界は何時もモノクロなのか?」

「んな訳ないだろ、この方がコードが見易いからそうしてる。色情報を減らせば、他の処理スピードも上げられる。昔見たアニメや映画で、ロボットの視界が単色だった理由が、よく解かったよ」

 視界の色とか、そう言う事じゃないんだよな。鉄志は意外とこの手の類に疎いのかも知れない。
 重要なの視界と連動したモニターでもなく、高速処理をするタスクの状況でもない――何処でそれを行っているかだ。
 モニターに釘付けの鉄志からの言葉を待つ。こちらはターゲットの侵入に成功した。ちょろいセキュリティにありきたりのOS。早いところ話を進めたい。

「サイボーグは身体的な補助や強化だけだと思っていたが、これはまるで……」

「“H.D.B.S.”煙草、もう一本もらえる?」

 言葉を遮っていよいよ、お披露目だ。ケーブルが繋がったままの左腕を鉄志に差し出して煙草を催促した。
 まだまだ状況を理解し切れていない様子と渋った表情で煙草の箱を受け取った。

「ハイブリッド・デジタル・ブレイン・システム。国際法で禁止されている、脳の機械化を俺はしている。厳密には、俺はサイボーグじゃない“違法サイボーグ”なのさ」

「違法サイボーグ……」

「鉄志さんは、インプラント適合率って知ってる?」

 煙草に火を着けて、脚を組んだ。平常心を装いたいところだけど、心臓はバクバクと激しく脈打っている。とうとう言ってしまったな。
 天井に煙を吐くだけじゃ足りず、深呼吸も一つした。

「どこまでサイボーグ化可能なのかを示す適合率だろ」

 疎い様で意外に知っている様子だ。
 ここまで来たなら、躊躇せず全て見せてやろう。今のところ鉄志にとって、俺の存在は理解を超えているだろうが、しっかり理解してもらわないと相棒として成立しない。

「話せば長いけど。昔、安物のドラッグで死にかけた事があってね。輝紫桜町の病院に担ぎ込まれて死なずに済んだけど、その時の精密検査で、たまたま俺の適合率が判明してね」

 モニターに脳の立体モデルを表示する。左脳部分がごっそり欠けている当時の俺の姿だ。
 丁度、この店の管理システムも掌握したところだ。まだ正体を暴露してしまった事の混乱は続いているけど、悟られない様にデモンストレーションを開始しよう。

「俺の適合率は、九十七.六パーセントなんだ」

「平均で三十から五十だと聞いてる。高い者でも八十ぐらいだと」

「いやに詳しいね。数値の高い人間の条件ってのが、今だにハッキリとは判明していないけど、俺は身体のほとんどを機械化しても、問題なく機能するらしい。ところで、この店の管理システムを乗っ取ったけど音楽でも聴く? 鉄志さんのお好み
は? ロックでも、ラップでも、ジャズがこの店の雰囲気に合うかな。照明を少し落としてムードでも上げようか?」

 何もかも思いのままだ。ストレージ内の音源だけじゃなく、ストリーミング音源からも引っ張り出して次々に音楽を切り替えて照明も自在に切り替える。厨房やスタッフルームのセキュリティカメラの映像を覗き込むと、慌てている様子が筒抜けだった。
 煙草を吸いながら外の景色を見る。フリをしながら端末の画面に釘付け鉄志を横目に見る。見たところで何が分かる訳でもないのに、流れるコードを見つめる目は鋭くて集中していた。
 店のオーナーさんが慌てた様子で鉄志に近付いて来る。店の勤怠管理にアクセスしてオーナーの名前を引っ張り出した。

「申し訳ございません。只今、店のシステムがトラブルで……」

「心配ないよ、オーナーの高橋真守さん。鉄志さんが一言“戻せ”って言えば全て元に戻るから。ほら言いなよ、鉄志さん。真守さん困ってるよ」

 鉄志が俺を見る。巻き込むなと言わんばかりに睨んで来る。やっと感情を向けてくれた。
 少しは俺の能力がどういう物か分かってきたかな。

「戻せ……」

 煙草を灰皿に捨てて、システムを初期化して再起動させた。店内のスピーカーから短いノイズ音、数回の明暗を繰り返して照明設備も正常な明るさに戻った。

「そんな事よりも、ご飯まだ?」

「間もなくです……少々お待ちください……」

 しばしの沈黙。鉄志は俺を睨んでいたが俺は笑みを浮かべていた。頭痛は酷いがここにきて、エンジンがかかってきた――もう少し、ビビらせてみるか。

「どこまで話したっけ? 輝紫桜町には病院が一つしかなくてね、デカくて立派だけど、トラブルの多い街だから繁盛しててね、病院側も人手不足解消の為に、多少訳有りな医療従事者でも、ガンガン受け入れてる。そこには世界的なインプラントエンジニアも紛れ込んでいて、自律思考型のAIと脳を同化させて、記憶と思考の補助をしようなんて、学会から嫌われそうな事を言う博士だっている。博士は俺の適合率を知って熱弁してたよ。この技術が確立されれば、怪我による脳死、手術不可能な腫瘍の切除や、痴呆症も全て解決するってね。だから、冗談交じりに言ったよ、俺が脳死するような事があったら、献体してやるってね……」

 笑える話さ、その冗談が現実に起きてしまったのだから。前向きに考えるなら、しょうもない冗談のお陰で命拾いしたとも言えるけど。

「その後に、とんでもないトラブルが起きて、銃弾が三発、俺の頭を撃ち抜き、病院で目が覚めた時にはこのザマさ……病院の沢山の機材と電力を独占して、博士が作った何千万もするパーツを幾つも組み込んで、俺は脳死から蘇った。残ったの
はその負債だけ……破産寸前になった病院を、博士は数多くの特許と蓄え、そして家族も手放して、何んとか持ち直した。イカれてるだろ? 高々HOE一人の命の為に、いっそ死なせくれればって何度も思ったよ“ナバン”は消えて自由になれる筈だったのにね、何食わぬ顔で生きてく訳にもいかない。相も変わらず身体で稼いで、博士に返済して七年ってところさ。ホント、クソだよ……」

 補助端末に表示してる立体モデルの脳をアニメーションになって話の補足をする。三発の銃弾の内の一発は左目を貫通し他の二発と共に左脳を抉り飛ばした。
 その後、左脳と右脳、小脳の一部が切除され、頭部の形に加工された板状のデバイスが埋め込まれ、棚田の様に形成される。脳幹も頸椎も人工物に交換された。
 鉄志の視線がモニターから俺に移る。疑念に満ちた表情が胸に刺さる様だった。
 自律思考するAIを二機搭載した脳。それは見方によっては人間の脳に近い物を二つ自分の脳と繋げているって事になる。それを――個と呼べるのだろうか。
 俺の思考も発言も振る舞いも、AIがそれらしくやっているだけなのか。それを確かめる術はなく、また他人に証明する事は出来ない。
 ただ一人、この俺だけが感覚と意思、或いは“魂”と言う、あやふやな存在を確信しているだけだ。それだって――もしかしたら。

「脳死したお前は助かった訳だが、お前はそれをハッカーのツールの様に利用している。補助の域を超えてい様にも見えるが」

「その先は俺のアイディアさ。ある日、デジタルブレインと直結してる、作り物の両目の奥で大量のコードやメンテナンスモードの画面の様なものが薄っすら見えたんだ。それが最高にウザくて気になってね、見たい、見せろ、見せろって思ってたら、視界がそれで埋め尽くされた。しかもその滝の様に流れる無数のコードが何を示しているのかが、何となく理解できたんだ」

 人間ではない、サイボーグなんだとハッキリ認識した瞬間でもあった。その変化に戸惑いながら、受け入れようとする努力の始まりでもあった――今も継続中だ。

「完全な同化は失敗してた。おそらくデジタルブレインは当事者がそれをインプラントしたと僅かでも認識すると、思考や記憶が自立してない事に気付く、誰かに手渡しされる様な感覚。俺は病院で目覚めた瞬間に、何が起きたのか理解してた。博士からデジタルブレインの概要を聞いてなかったら、或いは成功してかも知れないけど……」

「それで、お前のアイディアと言うのは?」

「結局、俺の頭の中には高性能なコンピューターがあって、優秀なAIが二機、それを動かしている。そして俺はそれに命令ができた。その頃からハッカーの真似事をしてたから、その価値がよく分る。敢えて同化を半同化レベルまで落として、より正確に感覚的にAIにタスクを指示できたなら、俺は世界で唯一無二の生きたハードウェアになれる……別にそうなりたい訳じゃないけど、何か意味が欲しかった。ただ生きる為だけに、高額なデジタルブレインなんて俺には勿体ない。それに見合う様な者になりたかった」

 可能性を模索する事で気を紛らわしていた。無限の可能性を秘めてこそいたけど、実際に使いこなすのには困難で常に苦労したってけ。
 このまま成果が出せず、違和感と借金しか残らなかったと考えると、それから続く地獄に耐えられそうになくて、気が狂いそうだったのをよく覚えている。 

「博士に協力してもらいながら、俺の脳と二機のAIの間にOSを挟み、無駄のない指示系統を構築した。外部機器へのアクセスを可能にするため、左腕と両肩の骨は全てチタン合金に変えている。その骨の中にアクセスポートやネットワークへの無線デバイスを組み込んで、脊髄から脳へ繋げて、有機体ベースの神経が無数に張り巡り、補修、メンテナンス用のナノマシンが大量に漂っている。見た目にはこれと言った変化はないが、その辺のサイボーグよりかなり機械化されてるんだぜ」

 ある時、急にギアが噛み合い始めた。輝紫桜町と言う地獄で、凌辱と泥水に塗れて沈んだ時、上辺の感情より、もっと深い領域で真にそれを望んだ――あの瞬間。
 試行錯誤を繰り返し、修正を重ねアップデートし続けて七年になる。

「お前の肩が弾丸を弾いたのはそのせいか……左目はどうした?」

「これは不良品、血液が漏れて変色した。見るに困ってないから、そのまま使ってるだけ。鏡でこの目を見ていると、人間だった頃の自分とサイボーグになった自分を分けて考える事が出来る。頭に三発食らった戒めもあるかもね……」

 ここまで話す事になるとは、タガが外れしまった様にほとんどの事を話してしまった。一生、誰にも話さずに葬るすべき真実なのに。
 しかし、ここで怯むわけにはいかない。ここで話を終えると、ただの身の上話で終わってしまう。
 ハッキリ見せ付ける必要がある。ネットワークに繋がったデジタルブレインを自在に操れると言う事が、どう言う事なのかを。

「ところで、携帯新しくしたんだ……前よりもプロテクト硬いね」

「お前また!」

 急に慌て出してポケットから携帯を取り出す鉄志は、少し間抜けで可愛く思えた。
 前回みたいに分かり易くノイズを見せたり、リモート操作をしてる様な真似はしない。通話データやネットのログデータを引っ張り出して解析を進める。
 “組合”程の組織だ。さぞ優秀なプログラマーが沢山いるのだろう。

「“組合”の独自プログラムの様だね。まぁ、ヤバい仕事だから何事も暗号化するのは当たり前か。でも、こんなクソみたいなシステムで俺からガードできる訳がないだろ。俺の頭には侵入用のハッキングプログラムや、暗号解読のアプリが数千以上は入ってる。へぇ、鉄志さんファンタジーな課金ゲームなんかしてるんだ。意外だね」

 テーブルに手を置いて、額を支えて目を見開いて更に集中した。鉄志の携帯から組織に関連した情報を吸収して――侵入経路を探し出す。
 “組合”の人間同士でのやり取りは全て専用のアプリと独立したネットワーク内のみで行っているが、ネットワークを介する以上、限界はある。何処かに脆弱なポイントがある筈だ。
 鉄志が携帯をシャットダウンしようとしているが無駄だ。完全に乗っ取っている。

「さて、こうやってお望み通り話してる間、店にイタズラして、鉄志さんの携帯に潜り込んで終わり、と言う訳じゃないんだな……」

 腕に接続したコネクターに切断の指示を送る。バネ仕掛け接続ポートからコネクターがパキンと飛び出す。ケーブルは自動でノートPCに巻き取られていく。
 ノートPCを鉄志の前へ差し出した。銀行のオンライン口座の画面が二つ表示させた。チンケな脅しさ、こんな事で鉄志が驚くとも思えないけど、まだまだタスクは進行中だ。

「右の口座は鉄志さんのもの、左の口座はこのお店のもの。羨ましいなぁ、俺もこれぐらい自分の稼ぎにしてみたいよ。いつも搾取されてばかりだからね……俺の口座も開いて、頂いちゃおうかな? クリックなんかしなくていい。頭の中で、ただ一言“実行”と念じればいいんだ。鉄志さんの拳銃の弾が、俺を撃ち抜くよりも速く実行できるよ」

 鉄志の表情は一見冷静に見えるが、僅かに目が泳いでいた――見逃さない。
 このまま俺に好きにやらせたら、どこまで行くのか考え始めている様だ。
 悪いけど、行けるとこまで行かせてもらうよ、鉄志はともかく“組合”って組織は信用出来ないから。

「でも、そんな事より興味深いのは……鉄志さんもこの店も、どう言う訳か、同じ名義の投資ファンドや、財団法人から金を送金してもらっているね。“組合”のダミー会社かな? このホテルも“組合”の息がかかった施設だ。ここで鉄志さんの融通がよく利くのは、そう言う事なんだね。あと、何分あれば“組合”の中枢を見つけ出して、潜り込めるかな? 何処からアプローチしようかなぁ。鉄志さんの端末に、何かいいネタ残ってないかなぁ……」

 鉄志が何か言いたげな素振りを見せる。この時間内でここまで調べられるなんて、思ってもみなかったし、ハッタリでもない事を理解した様だ。
 携帯から引っ張り出す情報から、該当する情報を搔き集め、統合して高精度な情報を作り出す。広大なネットワークは乱雑としているが答えは必ず潜んでいる。それを見つけ出すにはスペックだけじゃ不可能だ。
 コツはAIとの効率的な連携と的を外さない推理力、或いはセンスも必要だろう。デジタルブレインとの――七年間の蓄積は伊達じゃないさ。

「カマル、ルーナ、シィンユエ、新月の同盟……地域によって変わる組織名は“月”を意味する物ばかりだね。特に見えない月、新月を表現しているけど“組合”って言葉が裏社会共通で浸透してるみたいだね。六大陸全てに拠点が存在していて、世界中の実力者や権力者の組織が加盟する秘密結社ってところか……でも、良く思ってない連中も多い様だね、そういう敵のいざこざが歴史的な大事件や戦争の引き金、もしくは意図的な……」

「もういい、分かった、充分だ」

「まだ足りないね、人間の脳は一度思考し始めると、止める事は出来ない。信じられない程の速さで疑問と探求を繰り返す。オフラインの人間なら問題なくても、俺の思考は外へ飛び出せる。全ては〇と一だよ、無尽蔵に吸収し続けて再構築していく……まだまだやれるんぜ」

 テーブルに少し身を乗り出して、笑って見せる。その気になった世界ですら掌握可能だと思い知らせてやる。
 鉄志の顔が強張ってきた。殺気立った雰囲気をピリピリと感じる。
 単純だな、外部から仕入れられる情報の集合体に過ぎないと、冷静に構える事だって出来る筈なのに。とは言え、俺の能力やスキルは充分にアピール出来ているだろうから良しとしておこう。

「お前、“組合”を敵に回す気か? この場で俺が……」

「やってみろよ、アンタが見せてみろと言ったから見せたんだ。ここで俺のバイタルサインを止めた瞬間、世界中に“組合”にとっての不利益を拡散できる。その原因は、アンタの携帯端末だって事を含めてね……」

 少し長い睨み合いと沈黙の後、前髪を掻き上げ、椅子にふんぞり返る。これ以上、鉄志を煽るのは危険な気もするが、まだ引き下がる訳にはいかない。暗紫色の左目でしっかり鉄志を見据えた。
 あと一時間、集中させてもらえるなら本格的に“組合”の関連組織や施設を特定してそこからハッキングする事は出来そうだ。少なくとも、この国の“組合”はサイバー攻撃に対して耐性が低いらしい――隙だらけだ。

「鉄志さん、俺がまだ“知らない”って断言できる?」

 沈黙と睨み合いが続く。実際は大した事は知らない――あと一時間あれば。
 それでも、鉄志には充分に伝わっただろう。俺を甘く見るなと。
 不思議な目をしているな、鉄志は。鋭く隙のない強い目をしているのに、何処か生気のない、光のない目をしている。その目がしっかりと俺を見ていた――何を思っているのか。
 しかし、これ以上の睨めっこには耐えられなかった。堪え切れず笑ってしまう。

「冗談だよ、多分ね……言ったろ、“組合”なんかに興味はないって。仮に俺がそんな事をしたって、世の中には絶対的な権力を持った支配者って人達がいる。最後にはそういう連中の都合通りになる事ぐらい分かってるよ。ここまでの作業ログは全て消去するよ。と言っても、俺の生身の脳は記憶してるけどね」

 俺の言葉を信用するしかなそうだと、鉄志の表情が少し緩んでいく。
 緊張が解けて来たタイミングで、ウェイターとオーナーが料理を運んできた。オーナーは怪訝そうな顔を必死に抑えながらワインを注いでいた。タスクに夢中で忘れていた空腹が一斉に騒ぎ出し始めた。

「待たせしました」

「そう、朝飯前さ……」

 妙な気分だな。絶対に話してならない秘密だったのに、今はやたらとスッキリした気分だった。ずっと心にのしかかっていた物が消えていた。
 違法サイボーグである事を鉄志に話してしまった事で、今後考えられるリスクは幾つもある筈だけど、とりあえず話した相手が――鉄志でよかったと思う。
 心の見え難い人だけど、生真面目さと義理堅い雰囲気が滲み出ているし、何よりも、俺より強い人だと心底受け入れられる人だ。きっと大丈夫。
 どうか、俺の事を受け入れ欲しい。俺はここで立ち止まる訳にはいかないんだよ、鉄志さん。
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