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作者: NO SOUL?
残酷な描写あり R-15
6.― KOGA LIU ―
6.― KOGA LIU ―
 手緩いな。四人がかりで俺一人も抑え込む事も出来ないとは。役所勤めで――気が緩んでいると言わざるを得ない。
 エリアAの山中深くある竹林地帯は我等忍者にとっては、おあつらえ向きの修練所だった。
 四方からヒリヒリとした気配を感じている。決して初動を見逃すな、迂闊に構えれば死角を突かれる。集中しろ、密接した竹と竹の間から狙ってきてる。一人でも見極めれば一気に崩せる。連中もそれを警戒して身を潜めているのだ。
 左に逆手持ちした小太刀を強く握る。右手に仕込んである“大蛇”が疼いて来る。まだ使うな、コイツは取って置きだ。
 カサリ、カサリと風が葉を鳴らしていた。風は直に止むだろう、どうやら頭上に二人か。前回よりは悪くないアプローチだな。しかし、風に靡く葉の音とは違う音を聞き逃さなかった。
 頭上から前後を囲い、同時に襲いかかる魂胆か――手の内は読めた。
 さっさと決着を付けよう。もう一戦しようなんて言えないぐらいにはしておかないと。俺には大事な仕事がある。
 小太刀を上に構えて、頭上から襲い掛かる二人を迎え撃つ。手持ちの得物は同じ小太刀か。
 一人に飛び掛かって襟締めから地面へ叩き付け、即座に振り向いてもう一人の一撃を受け止める――この二人は囮役。
 苦無の突きを小太刀で弾き、胴体に拳打を浴びせて、回り込んで羽交い絞めにしたタイミングで本命が放った苦無が囮役に刺さる。真後ろのもう一人が苦無を放つより先に“大蛇”の刃を投げ付ける。
 “大蛇”が奴に突き刺さったら、即座に引き寄せて苦無を投げて来た奴目掛けてぶつけてやる。金属と金属がぶつかり合う音。手応えなし、何かに“大蛇”が弾かれた。段取りが崩れたな。
 予定変更。先に苦無を投げた奴を仕留める“大蛇”の回収も後回しだ。羽交い絞めの肩を踏み台に高跳びして間合いを一瞬で詰める。横薙ぎの一閃を低く屈んでかわして柄の頭で溝内へ打ち込む。これでコイツは動けないが、小太刀の峰打ちで切り払う。同じ忍者だ――慈悲はこの程度で充分。
 鎖が伸びきった“大蛇”を引き戻し、最後の一人と対峙する。両手に持ってるのは鉄の棍棒だろうか、アレに“大蛇”が弾かれたらしい。
 逆手持ちの小太刀と“大蛇”の刃を構える。これだけ圧倒しているのに、相手は引き下がる気はないらしい。さっさと仕留めてしまおう。
 ゆらゆらと左右にブレながら迫って来るが“大蛇”で充分に狙える。遠心力をかけて思い切り刃を投げ付ける。棍棒で弾くかと思ったが舞の様にひらりと回って避けて見せた――業で勝負する気だな。
 鎖を波立たせて引き戻す。戻って来る刃が相手の首筋に向かっていくが、相手もそれを読んで棍棒を後ろに回すと、棍棒が扇状に大きく開いた。棍棒じゃない――鉄扇か。
 大きく展開された両手の鉄扇ならば守りは強固。腰に忍ばせたウィンチから鎖を外して“大蛇”を捨てる。ここで業に固執すると隙が生まれる。倒す事だけに集中しろ。
 小太刀を右手に持ち替えた瞬間、相手の鉄扇が鋭く斬りかかって来た。舞の様な身のこなしから繰り出される鉄扇の連撃。
 このまま二つの鉄扇を捌き続けても、いずれ押し負ける。先に仕掛けるが吉か。近づこうとするが、広げられた鉄扇を突き出され視界を塞いできた。かなり不利な状況だ。
 しかし、ここまで近付けば相手の一手も読み易い。左の鉄扇で視界を塞ぎ、右の鉄扇を振り上げて俺の首を狙ってくる。
 左手で相手の左手首を掴んで捻り、右の鉄扇を小太刀で受け止める。紙一重の状態だ。
 掴んだ左手を放してやると案の定、斬り付けて来た。躱して小太刀を手放し、懐へ潜って背後へ回り込む。右腕で首を締め上げながら全体重をかけて地面へ叩き付けた。
 間髪入れず姿勢を直して相手に跨って苦無を首筋に食い込ませた。

「ま……参った……」

「業と得物に拘り過ぎたな」

 勝った。しかし、小太刀と“大蛇”を手放した捨て身の勝利だ。実戦で他にも敵がいようものなら、かなり危険な状況だった。不覚――相手の技量を見誤った。
 立ち上がり、相手にも手を差し伸べて起こしてやる、他の連中も呻きながら打ちどころを押さえて立ち上がる。

「男の鉄扇使いとは珍しいな」

 鉄扇の使い手と手合わせするのは初めてだった。俺の知る限りでは、使い手のほとんどは女だ。
 軽やかな身のこなしに鉄壁の防御。しかし、攻撃においては控え目な印象。
 攻めに長けた仲間を守りながら戦う戦法と言ったところか。

「俺の家系は鉄扇の業を伝承してます。姉が北條流を“抜けて”しまったので、俺が引き継ぎました」

「抜けた?」

「そちらと似た様な物ですよ。何処で何をしてるのか、とっくの昔にくたばったか……」

 コイツ、俺の事を知っているらしいな。そう、俺達の事は流派を超えてちょっとは名の知れた存在だ。それもこれも――あのクソ兄貴に引っ張られる形で。
 認めようじゃないか、兄貴がいたからこそ、俺達は高める事が出来た。甲賀流には神童だけではないと、言わしめる所までいけた。
 そして兄貴は甲賀流を抜けた。神童の失墜によって俺達まで堕とされてしまったのだ。
 しかし、一番気に入らないのは、この事や俺達の事を、何も知らない癖に言ってくる奴等だ。

「何が似てるって言うんだ?」

 何時もの事だ、聞き流してやってもよかったが、最近は思い出したくもないクソ兄貴の事を思い出していたので、抑えが利かない。
 凄んで見せる俺を余所に、鉄扇使いは頭巾とマスクを外して笑みを浮かべていた。

「弟ってのは、何時も割を食う。そうでしょ?」

 不本意ながら、納得してしまった。
 全て、何もかも。クソ兄貴のせいだとは言わない。俺にも原因はある。だが結果、割り食らうの俺だった。
 抜ける奴は自分のケツ持ちだけしてればいいが、正しく残った奴等はそれ以外の全てを背負わないとならない。割に合わないよな。
 フードとマスクを外す。

「そうだな……お前、名前は?」

「北條流、千秋夏向人(ちあきかなと)」

 鉄扇使いの夏向人。それなりに苦労してるらしいな。
 昔に比べれば抜け忍の処遇は緩くなってる。大半の忍者には家族もいる。一族郎党皆殺しなんて物騒な事はしない。あくまで、抜けた本人の罪として扱う。とは言え、残った者達の風当たりはキツくなるが。
 流派によってはかなり厳しい処罰を課す処もあるが、追い忍の数は年々減っていってそうだ。
 祖国守護の大義。未だに完全崩壊の可能性が纏わり付く日本。抜けた者を追う余裕はなかった。
 いかんな、これ以上クソ兄貴の事を考えるのは止めよう。死んでようが生きていようが、二度と遇う事はない。その理由も考えたくもない。
 他の連中がやっと動けるようになったのを確認して、夏向人と休憩所へ向かう。

「お疲れさん、流石は“甲賀三羽烏”だ。我等の若い衆では手も足も出ないな」

 エリアAを仕切る北條流の田村が水を差し出す。焚き火の上で煮込まれてる鍋からは美味そうな匂いが漂っている。

「そりゃどうも……」

 クソ兄貴を筆頭に業を高め合う三人の兄弟を、何時しか甲賀の三羽烏と呼ぶ様になったが、その三羽烏も今や散り散りになった。
 一生、言われる続けるのだろうな。不名誉な過去と共に。

「きりたんぽ鍋でも食べて温まってくれ、秋田名物だ」

 木蓋を上げると湯気と共に、空きっ腹を撫でる匂いに包まれた。
 紙材質のお椀に盛られるきりたんぽと山菜、鶏肉。激しく動いた後だ、しばし待ってから頂こう――秋田か。
 東北地方が六連合特別自治区になる前に使われてた県名だ。今では県名の頭文字と、文化や風土の中に名残があるだけだった。
 六つの県を六つのエリアに。一つのエリアに東西南北、中央、港、六つの区と二つ三つの市で統一、管理してる。効率良く簡略化する事でスピーディーな行政執行を実現し、各エリアで役割と生産物を分担して共有し合っていた。
 苦肉の策といえ、国内では比較的混乱のない状態を保てている。勿論、代償がない訳じゃないが。

「エリアAの港区……いや、日本海側はどうなってる?」

「密猟者で溢れ返ってる……忍者より海軍が必要だ」

 六連合が成立してる最大の要因は他国の干渉を緩く受け入れている事にある。大企業の誘致に、本来なら国家レベルで扱う様な利権の共有や切り売り。それで経済を回してるが、やり方を一歩でも間違えればたちまち乗っ取られてしまって、他国に吸収され兼ねないリスクも抱えていた。
 我等、忍者が栄えるのも致し方ない。

「太平洋側は?」

「こっちは密輸の温床だ。世界中から犯罪組織が雪崩れ込んで好き勝手してる……」

 六連合に従事する忍者達の当面の目標は、海沿いをクリーンにする事だろうな。尤も、異なる流派が各エリアを守護してる状態だ。連携はとれないだろう。
 こうして時折、交流会の様な形で情報を交換し合う程度の事しか出来ない。それだって俺に言わせれば――億劫だ。

「エリアMは今、鵜飼さんだけですよね。一人では何かと大変では?」

 夏向人が鍋を頬張りながら訪ねてきた。忍者は集団行動が基礎。俺みたいな“はぐれ者”は珍しいだろう。

「大所帯になる事を主君が好んでないようだ」

 甲賀の中でも、はぐれ者な俺と、氷野さんの考えは、上手い具合に一致している。
 主君が両刀持ちだって事を除けば、居心地はよかった。

「しかし、そんな悠長な事ではこれからがどうなるか……師匠連がエリアMに甲賀流の部隊を配置する動きもあるとか」

 各流派の筆頭と実力者達で組織された師匠連盟。全ての流派をまとめ上げる司令塔。
 現場を離れた年配者達のセクションには正直なところ興味がなかった。現場で己の実力と業を活かす方が、今はやり甲斐を感じられる。
 腹一杯食べたいところだが、早々に掻き込んでしまう。長居すると酒盛りが始まる。付き合う気はない。

「俺の知った事じゃない。師匠連と行政機関で決めればいい。俺は与えられた任務を全うするだけだ。ご馳走様……」

「どちらへ?」

「これから仕事なんだ。この後も他のエリアから来るんだろ? エリアMは問題なしと伝えてくれ……」

 “里”も同胞も、師匠連も煩わしい。極力関わらない方が吉だ。抜け忍を持つ、残された忍者など、所詮“はぐれ者”だ。





 また、視線を感じる。これだけ人で溢れ返っている輝紫桜町で、数秒間ではあるが、探る様な視線を何度も感じていた。
 浮かれた馬鹿と意地汚い連中しかいない街と思っていたが、何処か隙のないヒリヒリとした雰囲気がある。
 これだけ頻繁に長い時間、輝紫桜町に身を置くのは初めてだった。格好はラフにして、どちらと言えば金は持ってなさそうな風体を装って、遊び歩く客を装っている。適当に飲み歩き、クラブで時間を過ごし、呼び止めるキャッチと簡単な会話する程度。上手く紛れ込めている。
 しかし、どう言う訳か――見られている。そう言う気配を何時も感じていた。
 おそらく、これは密偵として、周囲に気を張っている俺だから感じる物なのだろう。普通に遊んでいれば気付くものじゃない。
 輝紫桜町は俺が思っていた以上に特殊で隙のない街だった。連帯感の様なものすら感じる。
 街の建物と路上から溢れ返る、色とりどりの灯りが混じり合い、正常な色彩感覚を失いそうになる。この無秩序で混沌とした街の人々を眺めていると、人は何故こうも、歯止めなく堕落していくのだろうかと、疑問が沸いてくる。
 何よりも我慢ならないのは、そこら中に溢れる、好色の助兵衛共と、媚売りの女や男共だった。恥じらいなど一欠片もなく醜怪極まりない、まさに地獄絵図だ。
 此処で主君である氷野さんが若い頃に、節操無しに遊び惚けていたのかと思うと溜息が漏れる。
 車道の端を歩く、警察のオートマタと視線が合う。鷹野の話では既に五十台程が街を巡回しているそうだ。
 輝紫桜町には、大小様々な犯罪組織が根城にして事業を展開しているが、現在は目立った対立もなく、バランスがとれているらしい。互いの商売に干渉せずに、上手く住み分けが出来ていた。
 そのバランスの一つ、林組が消えた事で大きな揉め事が起きるのではと警察の警戒が続いているのだ。
 輝紫桜町の中では半世紀ほど賭博事業等のシノギで幅を効かせていた老舗のヤクザ。かなりの影響力を持っていた組織だそうだが、ここ六年の間に次々に裏事業のボロを出し続け、急速に力を失っていったと言う。
 そのニアミスのほとんどが、ハッカーによる誘発が原因だなんて噂も耳にした。荒神会もハッカーからの攻撃を受けていた。関連性があるかもしれない。
 輝紫桜町の歓楽街エリアを少し離れた場所にある、林組の事務所跡へ足を運んでいた。何度か入り込んだが、最近はオートマタの巡回も増えてきて、迂闊に入り込むのも難しくなっていた。
 人気のない裏通りは、死んでいるのか生きてるのかも分からない連中が常に転がっている。酒や大麻だけでなく、薬品関係の悪臭が立ち込め、歓楽街とはまた違う堕落に満たされていた。
 そこを抜け出した先にある、林組の事務所跡はすっかり、もぬけの殻となっていた。建物の中へ入っても何もない。
 警察が動くよりも前に、例の殺し屋が属する“組合”の仕業か、下らない空き巣か、たった一日そこらで、建物の中にあった物はほとんどなくなっていたと言う。
 今夜も大して収穫はないだろうと思っていたが、事務所の前に真新しい変化が起きている。黒づくめの車が一台駐まっていた。 

「いかにも、ヤクザな車だな……」

 車は無人だった。となると、建物の中にいるのだろう。よく見ると、二階の一室に微かな明かりが見えた。
 何人いるのだろうか。このまま建物の中に忍び込んでも、見張りだなんだと面倒な感じになりそうだ。――登るか。
 灯りの見える窓の側へ近づき、壁際に沿って忍び寄る。隣の建物とほぼ密着状態だった。これなら簡単に登れるし、身体も固定し易い。
 万が一と言う事もある。ジャケットのフードを被って、バンダナで口元を隠しておく。
 掴める所、足をかけれる場所、それが一、二個あれば充分だ。十メートルもない二階まではあっさり登れた。
 灯りのある部屋の外、廊下の窓からゆっくりと様子を伺う。誰もいない、廊下は真っ暗だ。
 幸いにも窓は半開きで開いている。狭いが入り込めた。
 車の雰囲気といい、建物の電気を使用しない感じからすると、見つかれば俺もただじゃ済まない事は明白だ。緊張感が高まる。
 音を立てずに建物の中へ侵入した。目の前にあるドアの向こうから話し声が聞こえる。低くかがみ、窓のから入る光も当たらない位置の壁に身体を寄せながら、ジャケットの中に忍ばせていた迷彩布を被った。“隠れ身”の業だ。
 漆黒のベンダブラックをベースに、明度の異なる黒を混ぜた、暗がり用の迷彩布である。単純な手段だが、有利にな状況で隠れている者を見つけるには、見つけると言う行為、一点に集中しない限りは、意外に気付けないものだ。
 壁に手と耳を当て、全神経を聞く事だけに集中させる。少しづつ、次第に部屋の中の音が聞こえてくる。
 一度呼吸を整えてから息を殺す、石と成れと心で唱えた瞬間、ゆっくりとドアが開き数人が廊下に出て来た。
 このままだと気付かれる。連中の視線に警戒しながら、ゆっくりと開いたドアの影に身を潜める。手持ちの得物は小さなカランビットナイフだけ。最悪を想定しつつも最善を尽くす――石と成れ。

「まさか林組が正体を掴んでいたとはな……分かっていれば、こちらも対処が遅れずに済んだのに」

「CrackerImp、それなりに名の知れたハッカーらしいが、まさか輝紫桜町を根城にしているとは」

 早速、美味しい情報が手に入ったな。クラッカーインプ、ハッカーの名前らしい。
 察するにコイツ等は荒神会の者か。林組との関係が不明瞭ではあるが、CrackerImpってハッカーが両者に関りがある事で間違いなさそうだ。
 そして“組合”の殺し屋。荒神会の幹部を暗殺し、この林組の事務所も襲った。ハッカーと殺し屋、一体どんな繋がりがあるのか、それとも偶然の交差なのか。

「タレコミから連絡がありました。見つけたそうです」

「間違いないか?」

「尾行させてます」

 コイツ等、そのハッカーを追跡しているのか。危うかったな、忍者の集まりでそのまま一日を使っていたら、荒神会に先を越されるところだった。

「よし、例のハッカー対策にも連絡入れとけよ」

「上が紹介してきた奴ですか?」

 “上”が紹介したハッカー対策。やはり荒神会のバックにはかなり大きな組織が仕切ってる様だ。
 布の中の薄い酸素のせいもあるが、鼓動が早まり呼吸が早まる。決め兼ねていた、このままコイツ等を泳がしてハッカーを横取りするべきか。それともこの場でコイツ等を仕留めて詰めてしまうか。
 前者をやるには目立ち過ぎる上に装備にもやや不安が残る。後者の方が手堅いが、得られる情報は少ない。後日、輝紫桜町に潜伏するハッカーを探そうにもゼロスタートの状態か。
 さて、どうしたものかと、悩んでいると、外から車のクラクションが鳴り響いた――仲間か。
 数が増えたな。ここで全員を倒すにはリスクが大きい。決まりだ、ギリギリまで忍んで様子を伺うしかなさそうだ。足音が遠ざかっていくのを確認して隠れ身を解除して屋上へ向かう。
 二台の車が大通りへ向かうのを屋上から見下ろす。赤紫に染まった大歓楽街の寒空、今宵は一悶着起こりそうだ。
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