▼詳細検索を開く
作者: NO SOUL?
残酷な描写あり R-15
8.― DOUBLE KILLER ―
8.― DOUBLE KILLER ―
 おもむろに腕時計をに目をやると、二十三時三十分を過ぎていた。輝紫桜町、相変わらず落ち着きのない散らかった街だ。
 淀んだネオンの明かりが、けたたましく窓から流れ込んできてる。林組の事務所を訪れ、黒光りする革張りのソファに浅く腰掛けながら、スーツの内ポケットから煙草を取り出し、四本目の煙草に火を着けた。
 河原崎の言っていた三日の猶予、遂に林組からは何の話も来なかった。寛大な限りだ、こんな連中にも、まずは対話と言う選択肢を与えるのだから――全員殺ってしまえばいいのに。
 薬のせいか、眠気が酷い。ただ座ってるだけだと意識が飛んでしまいそうだ。この薬も合わないらしい、ここ数年悪くなっていく一方だった。

「すみませんねぇ、鉄志さん。親分は急な取引で外してまして……。夜も遅いですし、今度はそちらの御都合に合わせますんで、日を改められては?」

 林組の幹部にあたる男がコーヒーをガラス張りのテーブルに差し出しながら言った。やはり林組は“組合”を甘く見ていると言わざるを得ないな。今日、“組合”の使者が改めて来ると知っていながら、組長が不在だと言うのだから。連中にとって、唯一の想定外は俺が来たと言う事だろう。
 俺がどれほどの者かは知っているだけに、俺が此処へ来た時の、連中の慌てぶりは、正直なところ愉快に思えた。

「いや、待つよ」コーヒーカップを手にする。どうせ安物のインスタントコーヒーだろと思ったが、意外にも挽きたての力強い香りがした。「気遣いは不要だ。それにしても、親分さんもこんな時間に取引とは大変だな」

「ええ、お陰様で自分達もこれで一回り大きくなれます。鉄志さんのお陰ですよ」

 陳腐なお世辞だ。こいつは俺が来てから、常に気さくに振舞っているが、明らかに内心では焦っているのが見え透いている。
 コーヒーを一口飲んだ後になって、毒入りではないだろうかと、一瞬不安が過ったが、深煎りの苦みが利いた味わいで終わった。

「ところで、行方不明になってる“組合”の使者について、お前達はどう思ってるんだ?」

「それに関しては自分等も驚いてますよ。なんせこの街は物騒ですからね。その辺をうろついてる娼婦も男娼も、隙あらば盗みも追いはぎも平気でやってのけるとこですから。鉄志さんもこの街で遊ぶ時は用心してくださいね」

 コーヒーカップをテーブルに置き、灰皿に置いた煙草を手にする。大体、予想していた通りの言葉だった。しらばっくれている。
 これ以上、こいつと話していても退屈なだけだな。ソファに深く座る。しばらくは緊張を解いてもよさそうだ。こいつ等も俺をどうするか、決め兼ねている様子だ。
 ドアの前に立っている男に視線を移した――サイボーグの用心棒。
 黒のタンクトップから上半身はカーボン素材にコーティングされ、大きくはみ出した右腕はあからさまに人間の物じゃない。肩はアメフトのプロテクターの様に盛り上がり、角柱状のゴツい腕をしていた。

「凄い技術だな、サイボーグと言うのは……。それは戦闘用だろ?」

 眠気を紛らわしたく

「まぁ、そんなところです」

 言葉少なめにサイボーグの男が答える。
 サイボーグは見た目は三十代ぐらいの男だった。スーツ越しにも、逆三角形の引き締まった身体つきをしている。短髪の髪型に精悍な顔立ち、おそらく軍隊上がりの人間。日本語に違和感はないが、アジア系の外国人だろう。
 組んでいた手を解き、俺によく見える様に両手を開いて見せた。
 ぱっと見は雑な作りに見えるが、関節部や細かな部分は、精巧で緻密なパーツが複雑に組み合わさって構成されている事が分かる。一体、あのデカい腕に何が仕込まれ、どれ程のパワーがあるのか。

「個人的な好奇心で恐縮なんだが、感覚ってあるのか?」

「感覚も痛みもない。制御デバイスが自動で力加減をする」

「それじゃ、生活するには困らないって事でいいのかな?」

 サイボーグは滑らかに手を動かしていたが、その手の動きを止める。その顔は僅かに挑発的な雰囲気を匂わしていて、強く拳を握って見せる。ギチギチと縄が締め付ける様な音が拳から聞こえるた。人間の手からは、まず聞けない音だった。

「これは、生活をする為の、腕じゃない……」

 笑みを浮かべ「なるほど」と返えした。ならば、何の為の腕かと言えば、今夜のこの状況の為と言う事だろう。
 今、この部屋にいる俺を含めた三人の表情は明るいものだが、内心では歯止めの利かない勘繰り合いが展開されている。
 幹部は俺をどうするべきか考えている。二回連続で“組合”の関係者を消すと言うのは流石に違和感がある。そして組長不在の中で、どこまで判断すべきかを。
 用心棒の方は単純な雰囲気だった。何時でも戦える、その指示を待つだけと言った所だ。
 俺に関しては、正直な所どうでもよくなっている。もう少し待ってみて、林組に動きがなければ、明日に持ち越してもいい。
 または、より明確に林組の意向が分かれば今――実行してもいい。
 ただ一つ、気になっている事があった。林組が金銭的に困窮している組織である事は、事前に分かっていた事だが、支払いを渋りながらも用心棒を雇うと言う、狂った優先順位の理由だった。
 その場凌ぎをしている雰囲気は否めないにしても、リスクしか感じられない。
 それとも、そのリスクがひっくり返る程の見返りを得られる様なハイリターンがあるとで言うのだろうか。だとすれば、どんな儲け話なのか。
 そんな事に考えを巡らせていると、少々乱暴にドアを開けて、男が入ってきた。
 ノックもしないで入ってきたと言う事は、余程急ぎの要件らしい。一瞬、入ってきた男が俺の方を見たのが気になった。
 幹部に耳打ちをしている。こう言う時は聞き耳よりも、相手の目を見る方が確実だ。幹部の男がどんな表情をするか、目を離さずに見ておく。

「ちょっと失礼します」

 表情に大きな変化はなかったが、それは必死に堪えた物であった。二人とも、その目は泳いでいた、と言うよりも、溺れかけが踠いてパニックを起こす様な雰囲気に感じ取れた。
 二人がそそくさと部屋を出るとほぼ同時に、携帯が鳴った。出来過ぎなまでのタイミング。
 どうやら、均衡が崩れた様だ。と、直感が疼いている。呼び出し音はメールのものだった。

『中央区内のホテルにて林組関係者が襲撃された可能性有り 詳細不明 用心されたし』

 “組合”のオペレーターからのメールだった。“組合”の殺し屋は任務の内容や規模によっては様々な援助を得られる。このオペレーターと呼ばれる役割はマンツーマンでリアルタイムな情報を提供してくれる。
 今回の任務では“組合”からの援助は特になかったが、おそらく河原崎が手を回してくれたのだろう。手間賃代わりと言う訳か。

「どうかしましたか?」

「別に、課金ゲームの案内メールだ……」

 目ざとく聞いてきた用心棒を受け流す。煙草を灰皿に押し付け、残っていたコーヒーを飲み干した。解いていた緊張を呼び戻す。
 関係者と言うのはおそらく、この場にいない林組の組長と取り巻き連中と考えるべきか。あの二人の慌て振りからして、間違いなさそうだ。
 だとしても、一体何があった。襲撃と言う表現を使うと言う事は、戦闘があったと言う事になるが。荒神会の報復だろうか、それとも別の何か。
 いや、それを今考えるのはやめておこう。これから起きる事に備えるべきだ。
 数分後、または数秒後の状況になるだろう。ドアが開き数人がぞろぞろと入ってくる筈だ。
 この部屋の広さに十人以上は考えられない、せいぜい五、六人が入ってくる。他は部屋の外に待機。
 全員が武器を手にして俺を扇状に囲むだろう。始めから手にしていて、頭ごなしに凄んで来るか、話し合いから始まるかで、相手の初動に数秒の違いがある。その両方でも対処可能な手段を選択するべきだ。
 本来なら勝算を見出せない、多勢に無勢の不利な状況。降伏と言う最良の選択肢を除外した上での最良の選択肢。
 ヒップホルスターからグロックを引き出し、やはり一番早く撃てるのは対面する者か。その場合、左側を狙うのが早いか、間隔によるがプラス二人が限界だろう。
 それが済む頃には相手の銃弾も俺に向かってる。その対策はセオリー通り、俺に一番近い右側を捕まえて盾にする。十九発プラス一発の弾倉は残り十四発。
 後は片っ端から二発で仕留めれば、まだ七人やれる。――必ず二発で仕留めろ。
 となれば、このソファがあると右側に行けないし、座ってる今の姿勢も好ましくないな。そして、用心棒のサイボーグ。あの腕に弾丸の効果はどれ程か、一応の対策はあるが、少なくとも痛みも感じないと言う事は、怯む事もないのだろう。
 頭を狙うのが確実だが、容易ではなさそうだ。
 とりあえずソファから立ち上がる。案の定、用心棒がこちらに近づいて来る。ここで殺しておくのも良いかも知れないが、あくまで“組合”の使者と言う立場でいなければ。

「今日は話にならなさそうだな、また改める……」

「それでも、戻るまで待っていてください」

 とりあえず立ち上がり、ソファから離れられた。勿論、帰る気もないし、連中が戻って来るまで幾らでも待ってやろうじゃないか。――俺はもう決めている。
 一通りの準備を終え、大体のイメージも固まったところでドアが開く。予想していた通り、数人が入ってきた。七人、予想より一人多いが許容範囲内だ。全員拳銃を手にしている。
 最後に入ってきた奴がドアのカギを何気なく掛けた。この時点で決まりだ、三日前から分かり切っていたが、林組には制裁が必要だ。

「穏やかじゃないな。思った通り、ピンハネする訳だな……貧乏ヤクザ共」

 正直、理由も金もどうでもいい。今の俺には、こう言う緊張感だけが生きた心地を感じられる瞬間だ。緊張感に事欠かなかった戦場の日々。だが日本に戻ってからは、たまにしか味わえない感覚だ。
 日々、淡々と魂から何かが抜け落ちて行く様な今の俺にとっては、これが密かな楽しみでさえある。

「どういう事だ……これが“組合”のやり方か!」

「何の話だ?」

 幹部の男が青ざめた顔で聞いてきた。“組合”のやり方な訳がない。“組合”のやり方と言うのは、今、此処にいる俺の事だからだ。
 中央区のホテルで起きた襲撃は確かに気になる話だが、今は集中力を最大限まで高める。 サイボーグの用心棒への対策がまだ不十分だが、一先ずこの部屋の八人の位置、距離、角度を改めて把握しておく。
 俺の右側一番近くにいるパンチパーマの男。こいつが盾だ。

「全員殺された……“組合”の仕業だ!」

 もう、答えてやる気はなかった。ホルスターから“三四式”を取り出し、幹部の胸と頭に一発づつ撃ち込む。そのまま隣に立つ奴の腹部と頭に一発づつ。
 ヤクザ共の反応は俺の予想よりも遅かった。まだ一人やれる。
 右側は、まだ無視。続けざまに左側の奴をもう一人仕留めた。徐々に集中力と精度が上がっていく。頭に二発命中だ。
 残り五人。その銃口が全て俺に向いている。その中でも、最も俺の近くにいるパンチパーマの男が持つ拳銃が目前に迫ってきた。正に予想通り。
 パンチパーマの男に掴みかかり、素早く背後に回り込んで、左腕で首を締め上げる。肩に“三四式”を押し当てて、心臓のある角度で引き金を引く。同時に数発の弾丸がパンチパーマを貫いた。
 崩れるパンチパーマに合わせて姿勢を下げながら右側にいる奴等に向かいながら発砲する。
 何処をどう狙うか。そんな事を考える必要は、この領域に辿り着いた俺には不要だ。残り三人。
 視界にサイボーグが入った。間髪入れずに頭部へ二発撃ち込んだが、角柱の右腕が広がって盾になり、悉く弾丸を弾いた。手は関節部が伸びて倍以上の大きさになっている。――異質だ。
 下腹部や脚を狙い撃ったが、それも的確に防御された。この手の攻防戦に慣れているらしい。そして俺はサイボーグを相手にするのは初めてだ。どうする――撃たれても全く怯まない奴は初めてだった。
 弾倉に僅かに弾丸は残っているが、それを切り捨てて素早く予備に再装填する。
 迫りくるサイボーグ、右手が届く距離に達すると同時に、大きく振り下ろす。金属の塊、直撃すれば骨が砕けるだろう。
 後ろには下がらず、前に出る。これは本能に逆らう行為だが、数多くの戦場、そしてこんな多勢に無勢な状況であっても、効果が高い事を俺は実証してきている。
 自分と相手の位置関係を把握し、数手先の相手と自分の動きを正確に予想してイメージさえ出来ていれば、それは正に――攻撃は最大の防御となる。
 サイボーグの一撃を横に避けて、すぐさまその腕を掴み、関節をきしませる。痛ませる事はできなくても、このまま力を加えればへし折れる筈だ。しかし、掴んでみて抵抗するサイボーグの力の具合ですぐに悟った。この腕力は俺の力を大きく超えていた。
 やはり、あるところでサイボーグの腕を曲げれなくなる。関節を破壊できる位置で止められた。技を解かれ、そのまま放り投げられたが、これはまだ想定内。
 投げられた先の、残りのヤクザ二人との距離は一気に縮む。受け身を取り、起き上がってヤクザの一人に掴みかかる。後ろにいるヤクザの射線を塞ぎつつ、抵抗するヤクザの動きを封じて、腹部へ一発撃ち込んで、大外刈りで押し倒し、その勢いで前転する。
 奥のヤクザが視界の入ると同時に、胸と頭部に撃ち込む。大外刈りで倒したヤクザの頭部にも一発撃ち込んで止めを刺した。これで部屋の中のヤクザは全員仕留めた。
 “三四式”の残弾は十六発。残りはサイボーグとの差しでの勝負。どう仕留める。
 互いに高い集中力を保ったまま、睨み合うだけ。奴も今、数手先の俺の動きを予測しているのだろう。近付くのも危険だが、及び腰で間合いを取り続けるのもジリ貧だ。やはり組み合うしかないか。
 少しでもこちらが有利になれるよう、撃ちながら近づき、相手の行動に制限をかけていく。
 互いの手が届く距離、サイボーグが鋭い右手が襲い掛かる、ここで後ろにのけ反り、それを確実に避ける。
 関節の曲がり方、腕の振り方には決まりがある。一度、ある方向に振れば、次はどの方向に振るのかが、予想し易くなる。狙いは振り上げた時だ。
 弾丸は悉く右腕の盾に弾かれビクともしない。残り六発のところで待っていたタイミングがやってきた。
 振り上げた右手は、俺に目がけて振り下ろされる。
 すかさずサイボーグに密着し、左肘でサイボーグの右腕を受け止めた。同時に右手でサイボーグの左腕を掴み抑える。力ではいずれ負けるが、今、左手にある“三四式”の銃口はサイボーグの首筋、生身の部分に向いている。
 このまま引き金を引けば、仕留められると思ったその瞬間、バチッと弾ける音と共に激痛が全身を駆け巡り、身体が硬直してしまう。この感覚には覚えがある――スタンガン。
 成す術なく首根っこを掴まれ、息苦しさや焦りも感じる間もなく、そのまま持ち上げられ、遠心力をかけて大きく投げ飛ばされた。背中と胸が内側でぶつかる様な凄まじい衝撃に呼吸が止まる。投げ飛ばされた先にあったドアを突破ってしまったらしい。
 朦朧する意識の中サイボーグがゆっくりとこちらに向かって来る。放り出された廊下にはヤクザ共が数人立っていた。崩れた身体をどうにか起こして四つん這いになる。
 麻痺は和らいできたが、疎ましい痛みにはち切れそうな心音、ままならない呼吸。しかし、戦場で研ぎ澄ましてきた本能と経験が、新たな殺しの設計図を描き始めていた。
 廊下、右側には四人、左側には六人。部屋からこちらに向かうサイボーグの奥に“三四式”が落ちている。あれはサイボーグには効かないが、あとで廊下にいるヤクザ共を仕留めるのに必要だ。
 先ず、廊下のヤクザ共は俺を撃つ事が出来ない。この位置では味方を撃つ可能性があるからだ。
 腰のホルスターから一応の対策を引き抜いた。“砂鷲.50AE”
 安直な発想だが、サイボーグの装甲に対抗出来そうな拳銃で思い付く代物は、これしかなかった。俺の見通しでは、貫通こそできないが、衝撃ぐらいなら与えられる筈だ。
 何としても、あのサイボーグを手早く仕留めなくては。その後でグロックを拾って廊下のヤクザ共を片付ける。拾ったら直ぐに再装填。
 俺が部屋に入った瞬間、ヤクザ共が動く、サイボーグと応戦する時間は出来るだけ短く。
 弾は七発、様子見で二発、怯ませるのに三発、そして、何としても――残りの二発で仕留める。
 大きく酸素を吸い込み、ゆっくり吐き出す、これをあと数回、繰り返すのが望ましいが、もうそんな時間はない“砂鷲”の銃口を地面へ突き立てて立ち上がる。
 サイボーグの右腕が頭部を覆い隠す。警戒しているのか、それを確かめる。引き金を引くと低い爆発音と共に、思い通りにはならない大きな反動が全身に響き渡る。
 予想通り、サイボーグの右腕が大きく跳ねた。衝撃を吸収し切れていない。そのまま二発目を撃ち込む。
 やはり貫く事は出来ないが、これなら押し切れると確信する。間髪入れず、質の悪い反動に耐えながら、サイボーグとの距離を縮めつつ、三発撃ち込んでいく。サイボーグも両手を交差させて、必死に頭部を守っていた。
 まだ身体に酸素が行き届いていない感覚があったが、サイボーグに向かって駆け寄り、半身に腕を回し、腰で持ち上げて投げ飛ばす。その勢いを活かしながら、自らも前転して、仰向けに倒れるサイボーグの胸を膝で押さえ付け、右腕も革靴で押さえつける。おそらく指先から高圧電流が流れる仕掛けだ。使わせない。
 視界に入ったサイボーグの胸に一発、叫び声が上がる前に頭部に撃ち込んだ。
 まだだ、集中力を切らすな。このサイボーグは手強かった。しかし、こいつは俺が殺すべき者の一人に過ぎない。
 “砂鷲”をその場に捨て“三四式”の予備弾倉を手にしながら“三四式”を拾い上げ、中途半端に残っている弾倉をスナップをかけて投げ捨てて再装填する。改めて十九発プラス一発。
 ドアの向こうから数発の銃声。予想通りか、少し早いかぐらいのタイミングで廊下のヤクザ共が発砲してきた。
 向かって左側に四人いる、先ずは少ない方から減らす。
 右側に移動しながら、ドアの向こうから押し寄せるヤクザに二発づつ、頭部へ打ち込む。
 最初の一発で即死なのは分かっていた。しかし二発で仕留めると言うリズムは崩さない。人間は意外にも簡単には死なないものだ。惜しまず弾丸を撃ち込め。残り十二発、残り六人。
 ドアが大破した部屋の出入り口、左右の壁に身を隠すヤクザの一人を仕留めから壁に背を当てる。意を決して突撃する、もう一人のヤクザの銃を持つ腕を捻り掴んで、部屋から押し出す。
 誤射を恐れる奴がいる一方で、がむしゃらに発砲する奴もいる。所詮はアマチュア共だ。
 そのどちらも二発で仕留め、盾代わりを投げ飛ばし、間髪入れずに残りの二人にも二発づつ弾丸を撃ち込んだ。
 振り返って、穴だらけになって虫の息である盾代わりに、二発撃ち込んで引導を渡した。
 弾切れ、空の弾倉を落として、最後の予備弾倉を装填する。レバーを下げてスライドがメリハリの利いた金属音を鳴らす。残弾十九発。
 深呼吸を二回、身体の状態を確認する。全身にズキズキとした痛みが走っているが、内部からではない。被弾はしていない、骨も支障ない。打撲程度の様だ。
 右のこめかみがヒリヒリしている、弾丸が皮を破き、焼けている様だ。汗に滲んで更に不快な気分である。スーツの内ポケットからハンカチを取り出し血と汗を拭った。
 嗅覚を刺激する火薬と硝煙の匂いを味わい“三四式”を構えながら出口へ向かった。この感覚にとてつもない――充実感を感じる。
 しかし、それは数分程度で虚しさに変わるのも知っていた。この後に続く、仲間と分かち合え合える、達成感が欠落しているからだった。それはもう、今の俺には望めないものだ。
 林組の事務所を出て、携帯端末を取り出す。画面には派手なヒビが入っていた。あれだけ派手に動いて、投げ飛ばされれば無理もないか。
 オペレーターから新たにメールが届いていた。

『林組組長以下、十二名の死亡を確認 ホテルは現在システム障害の影響でロックダウン中』

 一体、何が起きているのと言うのだ。林組にとってはとんだ災難な夜になったらしい。これでは壊滅状態だ。オペレーターに電話をかける。

「林組の事務所も制圧した、掃除屋をよこせ。それとホテルの場所も教えろ、そこへ向かう」

 通話を切ると、すぐにホテルの情報が届いた“三四式”をホルスターに収め、スーツの襟を正し、整える。
 輝紫桜町の表通りに出ると、けたたましいネオンの光が身体を包む。止まない耳鳴り、行き交う人の群れ。それに交わる佇む娼婦と、血走った目でふらついている酔っ払いや中毒者。時折聞こえる悲鳴の様な声。この世の地獄だ。気の休まる余地など何処にもなかった。
 思った通り、充実感は早々に失せてしまった。靄がかかった漠然とした不安な雰囲気を感じ取っている。煙草に火を着けて、一先ずは落ち着こうとした。
 下らないヤクザ共のいざこざから始まった、つまらない殺しの依頼ではないのかもしれない。
 俺の、或いは“組合”でも知り得ない何かが今、この夜に蠢いている。
Twitter