残酷な描写あり
R-15
7.― JIU WEI ―
7.― JIU WEI ―
戦う気か。この姿を見て、そして、この力を目の当たりにした者は皆、恐れ委縮してきたのに。お互い異質な存在同士と言う訳か。
CrackerImpの情報で得た、荒神会の拠点に来てみれば、爆発と銃声。割れた窓から蠢く黒い影。噂には聞いていたが、本当に忍者が実在していたとは。
先を越されたお陰で荒神会の連中を締め上げて、ジャラの居場所を聞き出す機会を失われてしまった。間もなく警察がここへやって来るだろう、ゴタゴタになる。
とんだ邪魔者だ。――タダじゃ済まさない。
忍者から仕掛けてくる気配はなかった。マスクとフードの隠れた顔から覗く、鋭い眼光は凄まじいまでの集中力を放っている。
逆手に持った刀と、右手に握っている菱形の刃。他にも色々を隠し持っていそうだ。勝色の古典的な忍者の服装と鎧の様なプロテクターを纏っているが、所々に近代的な装備も施されている。それでも時代錯誤な存在に過ぎない。
今にも仕掛けてきそうな殺気を感じ取った。させない、先手は私だ。鋼鉄の九本の尾を先ずは一振り仕掛ける。左側の五本を間隔とタイミングをずらしながら振り下ろす。先ずは様子見、避けれるか。
忍者は刀で尾の二本を弾く、直撃すれば骨だって粉々になるぐらいの力加減で振り下ろしたが、それを滑らかに受け流した。そのまま流れる様に右手に持つ刃で更に尾を二本弾いて、最後の一本は大きく身を捩ってかわし、そのまま右手に持った刃をこちらへ投げつけてきた。
右側、四本の尾を重ねて防御する。刃が尾の先端にぶつかり、火花が散る。防ぎ切ったと思ったその瞬間、宙に舞い上がった刃が在り得ない軌道でこちらに向かってきた。
刃には鎖が付いていた。まるで中国武具の――縄鏢(じょうひょう)に似ている。
忍者は鎖を引き、巧みに刃の軌道を操っている。まるで刃に意思があって生きているかの様だ。
後退し、それを避ける事は出来たが、すぐ目の前に忍者が迫って来ていた。
尾を操るの止めて、忍者を念動力で捕らえるべきか、このまま尾を使って応戦するか。それを決める隙も見出す事も出来ず、素早く斬り付けてくる忍者を避けるのに精一杯だった。
私の念動力も万能とまではいかない――幾つかの制約がある。
とにかく、これだけ至近距離で小回り良く動かれると捕え難い。九本の尾で防御し、忍者を振り払おうとするが、その攻撃は悉く受け流され、尚も忍者は食い付いて来る。
銃やナイフを持った連中を、それなりに相手してきた経験もあるし、この黒衣も自分の念動力の弱点を補い、最大限利用する為のものだが、この忍者はそれを遥かに超えた実力を持っている。侮れない手練れだ。
このままでは忍者の刀の餌食になるのは時間の問題だ。一度、距離を取らねば。尾を大振りに右、左へと振り回す。忍者は限界まで姿勢を低く下げ、寸前でそれを避ける。
避けられていい、これで忍者の手は一先ず止まる。
間髪入れず、九本の尾を地面へ突き刺し一気に身体ごと突き上げて跳躍する。これで忍者との間合いを離せる。しかし、忍者もすかさず刃を投げつけて来た。やはり抜け目がない。私が近づかれているのを嫌がって、距離を取ろうとしているのを
忍者に読まれていた。しかし、それであの鎖付きの刃が襲ってくるのはこちらも予想済みだ。
次は弾かない、刃を念動力で捕らえて鎖ごと引っ張り、忍者に向かって思いっきり投げ返してやる。
忍者は少しよろめいたが、跳ね返された刃を刀で弾き、弛んだ鎖を大きく振り回しながら再び張り詰めてから、更に投げつけて来た。単純な武具をここまで効果的に操れるとは、相当な鍛錬を積んだのだろうと容易に想像がつく。
そして思い知らされる、実力と経験に関してはあの忍者は私よりも格上だ。
再び刃を捕らえたが、先ずは八本の尾で落下の衝撃を相殺して着地する。このままでは、またすぐに間合いを詰められる。
忍者が向かって来た。両手に持った投げナイフの類を数本、こちらに投げ付けながら。
尾を前方を向ける暇がない。襲い掛かるナイフを念動力で全て捕らえる。捕らえたナイフが九本になる。それを一か所に集め、盾代わりに他のナイフを防ぐ。
なんてやり辛い相手なんだ。まさか私の制限を見破られているのだろうか、それとも――サイキックとの戦闘経験があるのか。
そう感じた次の瞬間には、忍者はスライディングから一気に間合いを詰めて、その両脚で私の胴体を挟み込んで、あっという間に押し倒された。
夜空が視界に映り、それに覆い被さる様に忍者の鋭い目が映った。首筋には冷たい金属の感触。
「貴様、サイキックだな? 我等は戦った相手の情報を分析して共有している。その力はサイコキネシス、一度に操れる物体は九つまで。違うか?」
忍者に馬乗りにされ両手も封じられた。刀と刃が首筋に食い込む。
やはり見抜かれていた。そう、私の念動力は物体の質量や、その距離によって変動するが、最大でも九つまでしか操れない。
七歳の頃にサイキックとしての能力を認識し始めた頃から、徐々にその数を増やしていったが、九つを以て、それ以上増える事はなかった。限界と言うよりも、これが持って生まれた私の能力なのだろう。さて、不味い状況だ。
この忍者の言い振りだと、過去にサイキックと一戦交えた事例が幾つかあると言うのか。どれ程の組織力を持っているのか。この僅かな間だけで、これだけ私の能力を見抜けるとは、大した洞察力だ。
「何者だ? 荒神会の刺客か?」
よく見ると忍者の右目には深い縦傷が刻まれいた。黒鉄のマスクに、深いフードで目しか見えないが、思っていた以上に若い男かも知れない。二十代ぐらいだろうか。
それにしても、荒神会の刺客とは随分と心外な事を言ってくれる。その荒神会に用があってやってきたと言うのに。
そろそろ、反撃に転じる事にしよう。目の前で動きの止まっている忍者なら容易い。本当の意味では理解していない――念動力の恐ろしさを。
「答えろ!」
忍者は声を荒げたが、その目は大きく見開かれ、自分の両手に起きた異変を見ていた。私の念動力は既に忍者の両手を掴んでいる。一ミリたりとも動かす事は出来ない。
両足首、両膝、胴体は二つ分、そして首。九か所を拘束した。磔の様に両手を広げさせて、忍者を宙に浮かせた。
このまま、より高く舞い上げてから地面に叩き付けてやってもいいが、今はそれを堪える。
「そこまで見抜いておきながら、私に近づくなんて……自惚れてるな」
お互い殺せるチャンスを堪えても、知りたい事がある。忍者は私に馬乗りした時点で殺すべきだったのだ。しかし、それをしなかったのは聞き出したい情報があったからだろう。
私も同じ、この忍者は間違いなく荒神会の何らかの情報を掴んでいる筈だ。
このまま収穫もなく終わる訳にはいかない。早く知りたい、答えが欲しい。弟が何処でどうしているのか、この忍者が何かを持っている筈なんだ。
大分近くの方から複数のサイレンが重なって聞こえてくる。警察が荒神会のビルに到着する時が、私のタイムリミットになる。急がないと。
磔の姿勢で辛うじて動かせる箇所を動かして抵抗する忍者の背後に回り込み、バックパックを見つける。無造作に開いて中身を取り出すと、その中にはSSDが入っていた。忍者の目を伺うと、僅かに焦りを感じた。これが当たりのようだ。
「このまま引き千切ってやろうか? お前こそ何者だ。答えれば、へし折る程度で済ませてやってもいいぞ。早く決めろ、どうする?」
再び忍者の前に立ち、捕らえた全身を締め上げる。形勢逆転だ。
出来るだけ多くの情報が欲しい。奪い取ったSSDにどれだけの情報があるか分からないが、この忍者の存在だけは異質だ。おそらくCrackerImpも把握してない存在だ。
ふと気付くと、サイレンの音は止んでいて、代わりに荒神会のビルの方から怒声や罵声の様な物が僅かに聞こえた。警察は既に到着している。此処も警戒エリア内である事は、間違いない。
「所詮、ただのガキだな……脅しが陳腐過ぎる。警察に捕まるのが怖いか? えらく焦ってるじゃないか」
忍者が不敵に笑った。この差し迫った時にふざけた態度を。
両足だけでもへし折ってやろうかと思ったその時、私の足元にピンポン玉ぐらいの灰色の球体が転がってきた。
あっ、と直感がそれに反応した時には、球体から凄まじい黒煙が噴き出した。周囲が闇に包まれ薬品系の異臭に咽返りそうになる。不味い、意表を突かれ忍者を拘束していた念動力を解いてしまった。
すぐさま九本の尾に意識を集中し、湧き上がる黒煙より高く舞い上がる。手にしたSSDがない。不意を突かれて奪い返されたか。
身構えろ、この後に忍者が何をしてくるか。
黒煙を突き破り刃が襲い掛かってくる。予想通りだ。
二本の尾でそれを弾き落とし、地面へ降り立つ。また来るぞ、身構えろ、自分に言い聞かせた。あの黒煙を利用して、忍者は再び波状攻撃を仕掛けて来る筈だ。
対処法は一つだけ、全てを尾で応戦する。九つの念動力を己に纏わせ、忍者を迎え撃つ。それ以外の余計な事に念動力を使えば、さっきの二の舞だ。
しかし、この選択も中々に厳しい状況と言える。悔しいが、忍者の方が遥かに戦い慣れしている。一方の私は全てにおいて、動きが大振り過ぎた。常人にないサイキックと言う才能に無意識に過信していたのだ。
この力が容易く通用しない相手が、この世界に存在しているのだと、今、ハッキリと思い知らされていた。
尚も湧き上がる黒煙を裂き、再び刃が襲い掛かってきた。何度、尾で弾き返しても、すぐにに息を吹き返し、軌道を変えて襲い掛かってくる。もう少し耐えろ、いずれ忍者は姿を見せて接近戦に持ち込んでくる。私が奪ったSSDを取り返したい筈だ。
刃の猛攻に紛れて小さいな刃が飛んで来る。十字の刃、手裏剣。幾つかを尾で叩き落とせたが、その内の一つが防ぎ切れず、反射的に前に出した右腕に突き刺さった。ドスっとした衝撃から痛みが込み上げるが、今は気にする余裕はない。
震える右腕から手裏剣を引き抜いた。それを狙っていたかの様に忍者が姿を見せる。高く飛び上がり、刀を振り下ろす。
九本の尾に、かつてない程の集中力を注ぎ、予測不能な忍者の身のこなしに立ち向かう攻防一体の肉弾戦。一瞬でも気を抜けばその均衡は崩れ去り、確実に殺されるだろう。
しかし、この状態を何時までも続ける訳にはいかない。少しづつ後ずさりしながら忍者の連撃を受け止める。そろそろ――掴める距離になる。
五本の尾を解除して、私の真後ろにある、忍者を潰そうと叩き付けた自動車の残骸を念動力で掴む。残り四本の尾で舞い上がり、忍者に向かって自動車の残骸を放った。避けきれず突き飛ばされる忍者。
尾を二本だけ守りの為に残し、車の残骸を二つに引き千切る。漏れ出したガソリンが引火して二つの残骸が炎に包まれた。
小回りの利く剣術と体術、正確な投擲、そして変幻自在の鎖。普通の間合いで戦うのは危険だ。まだ何かを隠し持っているのかもしれない。その可能性が僅かでもある限り、あの忍者に近づくのは避けるべきだ。だから近づけさせない。
大きな火の玉となった残骸を忍者に向けて振り回す。当たれば一溜りもない一撃になるだろうが、あの忍者にこんな大振りが当たるとも思えない。それでも、私に近づけない。避けるので精一杯だろう。
このまま押し切れば、いずれ忍者の動きが鈍り出す、その時は首根っこを念動力で掴み、気絶させて拘束しよう。これ以上、此処に留まるのは危険だ。
忍者は振り下ろされる一撃一撃に対して、常に寸前で避けて行く。無駄のない最小限の動きで消耗を抑えて機会を伺っていた。
しかし、それも長くは続かない筈だ。私自身も消耗してきているが、あともう少しだ。
忍者に向かって、踏み込もうとした瞬間、パンッと乾いた音が耳を劈く――銃声。
「そこの二人! 何をしている! 武器を降ろして投降なさい!」
強いライトの光の先に銃口が見え、何処か聞き慣れた女性の声が聞こえた。まさか――彩子さん。
危うく念動力を解きかけたが、何とか持ち堪える。間違いない、あのライトと拳銃の持ち主は彩子さんだ。時間切れだ。
一瞬、忍者から目を離したその隙を突き、忍者は再び煙幕を張る。逃げられた。
「ま、待ちなさい! もう、ここまでよ!」
忍者を追わねば。そう思った瞬間には彩子さんが止めに入った。銃口を突き付ける彩子さんの表情は張り詰め、怖れを抱いている。忍者だけじゃなく、得体の知れない狐の面をした奴を前にしていれば当然か。
あと少しあれば、忍者を捕らえられたのに。あと少しだったのに、余りの苛立ちに、腸が煮えくり返りそうだ。
尚も銃口を向ける彩子さんに近付いて狐の面を外して見せた。最悪の気分だ、こんな形でこの姿を見せたくなかった。知りもしない、ただの警官なら吹き飛ばしてやったのに、どうして彩子さんなんだ。
「ユ、ユーチェン……貴方なの? 何なの、その姿は……」
「邪魔をしてくれましたね、あと少しで奴を捕らえられたのに!」
彩子さんを睨む。彩子さんは僅かにたじろいだが、すぐに平常となり、逆に私を睨み返した。私と違い、苛立っている雰囲気じゃなかった。
私の勢い任せの言葉を受け止めた上での睨み返えしてきたのだ。
「一体何があったのユーチェン。予定にない行動をして、怪我までしてるじゃない。警察が周囲を閉鎖し始めている。早く逃げなさい!」
右腕と首筋の僅かな切り傷に触れながら彩子さんは言った。確かに痛むが、今はそれどころじゃない。彩子さんの手を振り払うが、彩子さんも退かなかった。私の左腕を強く掴み、引き寄せる。
こうしてる間にも忍者がどんどん離れていく。それはジャラがどんどん離れていく様な感覚に思えて、焦りに息が詰まりそうになる。
それでも、彩子さんの掴む手は痛むぐらい強かった。絶対に私を行かせないつもりだ。
「奴を追う、あの忍者は何かを知ってるんだ! 離せ!」
「ユーチェン!」
彩子さんの平手打ちが、左頬に衝撃を与えた。その不意打ちに面食らった。ヒリッと残る頬の痛みによって、焦りが少し和らいだが、同時に認め難い事実も押し寄せて来る。――もう、終わり。
私は失敗したのだ、勢い任せに荒神会の事務所に押し入り、手当たり次第ヤクザを蹴散らして、あるかどうかも分からない答えを、弟の行方を知りたくて。
荒神会のビルで銃撃戦が起き、忍者の姿を見たその時から、私は既に焦燥感に支配されていたのだ。
先を越されたと思い、あの忍者が何を目的に忍び込んでいたかも分からずに、ただ闇雲に襲い掛かっただけだ。始めから全てが空回りしていた。
確かに、これ以上の無理をしたところで、それに見合うだけの情報や答えが得られる可能性は低い。
彩子さんを見る。私の表情を汲み取ったのか彩子さんも表情は見た事もない程に鋭く精悍だった。
「周辺は警察で溢れ返る。さぁ、逃げて! 早く!」
彩子さんに頷き、踵を返してた。念動力で広げた九本の尾を折り畳み、コートのフックにかけて、ワイヤーで固定する。手作業なら、かなり手間のかかる作業だ。
悔しさと、もどかしさを噛み締めながら、先ほどまで燃えていた残骸の一部を念動力で引き出し、それに乗って、高く浮かせて飛び上がって、工場の屋根に飛び移る。
分厚い黒雲が月明りを遮っている。人知れず、私と忍者が駆ける港の闇夜。肌に触れる潮風が、いやに鬱陶しかった。
戦う気か。この姿を見て、そして、この力を目の当たりにした者は皆、恐れ委縮してきたのに。お互い異質な存在同士と言う訳か。
CrackerImpの情報で得た、荒神会の拠点に来てみれば、爆発と銃声。割れた窓から蠢く黒い影。噂には聞いていたが、本当に忍者が実在していたとは。
先を越されたお陰で荒神会の連中を締め上げて、ジャラの居場所を聞き出す機会を失われてしまった。間もなく警察がここへやって来るだろう、ゴタゴタになる。
とんだ邪魔者だ。――タダじゃ済まさない。
忍者から仕掛けてくる気配はなかった。マスクとフードの隠れた顔から覗く、鋭い眼光は凄まじいまでの集中力を放っている。
逆手に持った刀と、右手に握っている菱形の刃。他にも色々を隠し持っていそうだ。勝色の古典的な忍者の服装と鎧の様なプロテクターを纏っているが、所々に近代的な装備も施されている。それでも時代錯誤な存在に過ぎない。
今にも仕掛けてきそうな殺気を感じ取った。させない、先手は私だ。鋼鉄の九本の尾を先ずは一振り仕掛ける。左側の五本を間隔とタイミングをずらしながら振り下ろす。先ずは様子見、避けれるか。
忍者は刀で尾の二本を弾く、直撃すれば骨だって粉々になるぐらいの力加減で振り下ろしたが、それを滑らかに受け流した。そのまま流れる様に右手に持つ刃で更に尾を二本弾いて、最後の一本は大きく身を捩ってかわし、そのまま右手に持った刃をこちらへ投げつけてきた。
右側、四本の尾を重ねて防御する。刃が尾の先端にぶつかり、火花が散る。防ぎ切ったと思ったその瞬間、宙に舞い上がった刃が在り得ない軌道でこちらに向かってきた。
刃には鎖が付いていた。まるで中国武具の――縄鏢(じょうひょう)に似ている。
忍者は鎖を引き、巧みに刃の軌道を操っている。まるで刃に意思があって生きているかの様だ。
後退し、それを避ける事は出来たが、すぐ目の前に忍者が迫って来ていた。
尾を操るの止めて、忍者を念動力で捕らえるべきか、このまま尾を使って応戦するか。それを決める隙も見出す事も出来ず、素早く斬り付けてくる忍者を避けるのに精一杯だった。
私の念動力も万能とまではいかない――幾つかの制約がある。
とにかく、これだけ至近距離で小回り良く動かれると捕え難い。九本の尾で防御し、忍者を振り払おうとするが、その攻撃は悉く受け流され、尚も忍者は食い付いて来る。
銃やナイフを持った連中を、それなりに相手してきた経験もあるし、この黒衣も自分の念動力の弱点を補い、最大限利用する為のものだが、この忍者はそれを遥かに超えた実力を持っている。侮れない手練れだ。
このままでは忍者の刀の餌食になるのは時間の問題だ。一度、距離を取らねば。尾を大振りに右、左へと振り回す。忍者は限界まで姿勢を低く下げ、寸前でそれを避ける。
避けられていい、これで忍者の手は一先ず止まる。
間髪入れず、九本の尾を地面へ突き刺し一気に身体ごと突き上げて跳躍する。これで忍者との間合いを離せる。しかし、忍者もすかさず刃を投げつけて来た。やはり抜け目がない。私が近づかれているのを嫌がって、距離を取ろうとしているのを
忍者に読まれていた。しかし、それであの鎖付きの刃が襲ってくるのはこちらも予想済みだ。
次は弾かない、刃を念動力で捕らえて鎖ごと引っ張り、忍者に向かって思いっきり投げ返してやる。
忍者は少しよろめいたが、跳ね返された刃を刀で弾き、弛んだ鎖を大きく振り回しながら再び張り詰めてから、更に投げつけて来た。単純な武具をここまで効果的に操れるとは、相当な鍛錬を積んだのだろうと容易に想像がつく。
そして思い知らされる、実力と経験に関してはあの忍者は私よりも格上だ。
再び刃を捕らえたが、先ずは八本の尾で落下の衝撃を相殺して着地する。このままでは、またすぐに間合いを詰められる。
忍者が向かって来た。両手に持った投げナイフの類を数本、こちらに投げ付けながら。
尾を前方を向ける暇がない。襲い掛かるナイフを念動力で全て捕らえる。捕らえたナイフが九本になる。それを一か所に集め、盾代わりに他のナイフを防ぐ。
なんてやり辛い相手なんだ。まさか私の制限を見破られているのだろうか、それとも――サイキックとの戦闘経験があるのか。
そう感じた次の瞬間には、忍者はスライディングから一気に間合いを詰めて、その両脚で私の胴体を挟み込んで、あっという間に押し倒された。
夜空が視界に映り、それに覆い被さる様に忍者の鋭い目が映った。首筋には冷たい金属の感触。
「貴様、サイキックだな? 我等は戦った相手の情報を分析して共有している。その力はサイコキネシス、一度に操れる物体は九つまで。違うか?」
忍者に馬乗りにされ両手も封じられた。刀と刃が首筋に食い込む。
やはり見抜かれていた。そう、私の念動力は物体の質量や、その距離によって変動するが、最大でも九つまでしか操れない。
七歳の頃にサイキックとしての能力を認識し始めた頃から、徐々にその数を増やしていったが、九つを以て、それ以上増える事はなかった。限界と言うよりも、これが持って生まれた私の能力なのだろう。さて、不味い状況だ。
この忍者の言い振りだと、過去にサイキックと一戦交えた事例が幾つかあると言うのか。どれ程の組織力を持っているのか。この僅かな間だけで、これだけ私の能力を見抜けるとは、大した洞察力だ。
「何者だ? 荒神会の刺客か?」
よく見ると忍者の右目には深い縦傷が刻まれいた。黒鉄のマスクに、深いフードで目しか見えないが、思っていた以上に若い男かも知れない。二十代ぐらいだろうか。
それにしても、荒神会の刺客とは随分と心外な事を言ってくれる。その荒神会に用があってやってきたと言うのに。
そろそろ、反撃に転じる事にしよう。目の前で動きの止まっている忍者なら容易い。本当の意味では理解していない――念動力の恐ろしさを。
「答えろ!」
忍者は声を荒げたが、その目は大きく見開かれ、自分の両手に起きた異変を見ていた。私の念動力は既に忍者の両手を掴んでいる。一ミリたりとも動かす事は出来ない。
両足首、両膝、胴体は二つ分、そして首。九か所を拘束した。磔の様に両手を広げさせて、忍者を宙に浮かせた。
このまま、より高く舞い上げてから地面に叩き付けてやってもいいが、今はそれを堪える。
「そこまで見抜いておきながら、私に近づくなんて……自惚れてるな」
お互い殺せるチャンスを堪えても、知りたい事がある。忍者は私に馬乗りした時点で殺すべきだったのだ。しかし、それをしなかったのは聞き出したい情報があったからだろう。
私も同じ、この忍者は間違いなく荒神会の何らかの情報を掴んでいる筈だ。
このまま収穫もなく終わる訳にはいかない。早く知りたい、答えが欲しい。弟が何処でどうしているのか、この忍者が何かを持っている筈なんだ。
大分近くの方から複数のサイレンが重なって聞こえてくる。警察が荒神会のビルに到着する時が、私のタイムリミットになる。急がないと。
磔の姿勢で辛うじて動かせる箇所を動かして抵抗する忍者の背後に回り込み、バックパックを見つける。無造作に開いて中身を取り出すと、その中にはSSDが入っていた。忍者の目を伺うと、僅かに焦りを感じた。これが当たりのようだ。
「このまま引き千切ってやろうか? お前こそ何者だ。答えれば、へし折る程度で済ませてやってもいいぞ。早く決めろ、どうする?」
再び忍者の前に立ち、捕らえた全身を締め上げる。形勢逆転だ。
出来るだけ多くの情報が欲しい。奪い取ったSSDにどれだけの情報があるか分からないが、この忍者の存在だけは異質だ。おそらくCrackerImpも把握してない存在だ。
ふと気付くと、サイレンの音は止んでいて、代わりに荒神会のビルの方から怒声や罵声の様な物が僅かに聞こえた。警察は既に到着している。此処も警戒エリア内である事は、間違いない。
「所詮、ただのガキだな……脅しが陳腐過ぎる。警察に捕まるのが怖いか? えらく焦ってるじゃないか」
忍者が不敵に笑った。この差し迫った時にふざけた態度を。
両足だけでもへし折ってやろうかと思ったその時、私の足元にピンポン玉ぐらいの灰色の球体が転がってきた。
あっ、と直感がそれに反応した時には、球体から凄まじい黒煙が噴き出した。周囲が闇に包まれ薬品系の異臭に咽返りそうになる。不味い、意表を突かれ忍者を拘束していた念動力を解いてしまった。
すぐさま九本の尾に意識を集中し、湧き上がる黒煙より高く舞い上がる。手にしたSSDがない。不意を突かれて奪い返されたか。
身構えろ、この後に忍者が何をしてくるか。
黒煙を突き破り刃が襲い掛かってくる。予想通りだ。
二本の尾でそれを弾き落とし、地面へ降り立つ。また来るぞ、身構えろ、自分に言い聞かせた。あの黒煙を利用して、忍者は再び波状攻撃を仕掛けて来る筈だ。
対処法は一つだけ、全てを尾で応戦する。九つの念動力を己に纏わせ、忍者を迎え撃つ。それ以外の余計な事に念動力を使えば、さっきの二の舞だ。
しかし、この選択も中々に厳しい状況と言える。悔しいが、忍者の方が遥かに戦い慣れしている。一方の私は全てにおいて、動きが大振り過ぎた。常人にないサイキックと言う才能に無意識に過信していたのだ。
この力が容易く通用しない相手が、この世界に存在しているのだと、今、ハッキリと思い知らされていた。
尚も湧き上がる黒煙を裂き、再び刃が襲い掛かってきた。何度、尾で弾き返しても、すぐにに息を吹き返し、軌道を変えて襲い掛かってくる。もう少し耐えろ、いずれ忍者は姿を見せて接近戦に持ち込んでくる。私が奪ったSSDを取り返したい筈だ。
刃の猛攻に紛れて小さいな刃が飛んで来る。十字の刃、手裏剣。幾つかを尾で叩き落とせたが、その内の一つが防ぎ切れず、反射的に前に出した右腕に突き刺さった。ドスっとした衝撃から痛みが込み上げるが、今は気にする余裕はない。
震える右腕から手裏剣を引き抜いた。それを狙っていたかの様に忍者が姿を見せる。高く飛び上がり、刀を振り下ろす。
九本の尾に、かつてない程の集中力を注ぎ、予測不能な忍者の身のこなしに立ち向かう攻防一体の肉弾戦。一瞬でも気を抜けばその均衡は崩れ去り、確実に殺されるだろう。
しかし、この状態を何時までも続ける訳にはいかない。少しづつ後ずさりしながら忍者の連撃を受け止める。そろそろ――掴める距離になる。
五本の尾を解除して、私の真後ろにある、忍者を潰そうと叩き付けた自動車の残骸を念動力で掴む。残り四本の尾で舞い上がり、忍者に向かって自動車の残骸を放った。避けきれず突き飛ばされる忍者。
尾を二本だけ守りの為に残し、車の残骸を二つに引き千切る。漏れ出したガソリンが引火して二つの残骸が炎に包まれた。
小回りの利く剣術と体術、正確な投擲、そして変幻自在の鎖。普通の間合いで戦うのは危険だ。まだ何かを隠し持っているのかもしれない。その可能性が僅かでもある限り、あの忍者に近づくのは避けるべきだ。だから近づけさせない。
大きな火の玉となった残骸を忍者に向けて振り回す。当たれば一溜りもない一撃になるだろうが、あの忍者にこんな大振りが当たるとも思えない。それでも、私に近づけない。避けるので精一杯だろう。
このまま押し切れば、いずれ忍者の動きが鈍り出す、その時は首根っこを念動力で掴み、気絶させて拘束しよう。これ以上、此処に留まるのは危険だ。
忍者は振り下ろされる一撃一撃に対して、常に寸前で避けて行く。無駄のない最小限の動きで消耗を抑えて機会を伺っていた。
しかし、それも長くは続かない筈だ。私自身も消耗してきているが、あともう少しだ。
忍者に向かって、踏み込もうとした瞬間、パンッと乾いた音が耳を劈く――銃声。
「そこの二人! 何をしている! 武器を降ろして投降なさい!」
強いライトの光の先に銃口が見え、何処か聞き慣れた女性の声が聞こえた。まさか――彩子さん。
危うく念動力を解きかけたが、何とか持ち堪える。間違いない、あのライトと拳銃の持ち主は彩子さんだ。時間切れだ。
一瞬、忍者から目を離したその隙を突き、忍者は再び煙幕を張る。逃げられた。
「ま、待ちなさい! もう、ここまでよ!」
忍者を追わねば。そう思った瞬間には彩子さんが止めに入った。銃口を突き付ける彩子さんの表情は張り詰め、怖れを抱いている。忍者だけじゃなく、得体の知れない狐の面をした奴を前にしていれば当然か。
あと少しあれば、忍者を捕らえられたのに。あと少しだったのに、余りの苛立ちに、腸が煮えくり返りそうだ。
尚も銃口を向ける彩子さんに近付いて狐の面を外して見せた。最悪の気分だ、こんな形でこの姿を見せたくなかった。知りもしない、ただの警官なら吹き飛ばしてやったのに、どうして彩子さんなんだ。
「ユ、ユーチェン……貴方なの? 何なの、その姿は……」
「邪魔をしてくれましたね、あと少しで奴を捕らえられたのに!」
彩子さんを睨む。彩子さんは僅かにたじろいだが、すぐに平常となり、逆に私を睨み返した。私と違い、苛立っている雰囲気じゃなかった。
私の勢い任せの言葉を受け止めた上での睨み返えしてきたのだ。
「一体何があったのユーチェン。予定にない行動をして、怪我までしてるじゃない。警察が周囲を閉鎖し始めている。早く逃げなさい!」
右腕と首筋の僅かな切り傷に触れながら彩子さんは言った。確かに痛むが、今はそれどころじゃない。彩子さんの手を振り払うが、彩子さんも退かなかった。私の左腕を強く掴み、引き寄せる。
こうしてる間にも忍者がどんどん離れていく。それはジャラがどんどん離れていく様な感覚に思えて、焦りに息が詰まりそうになる。
それでも、彩子さんの掴む手は痛むぐらい強かった。絶対に私を行かせないつもりだ。
「奴を追う、あの忍者は何かを知ってるんだ! 離せ!」
「ユーチェン!」
彩子さんの平手打ちが、左頬に衝撃を与えた。その不意打ちに面食らった。ヒリッと残る頬の痛みによって、焦りが少し和らいだが、同時に認め難い事実も押し寄せて来る。――もう、終わり。
私は失敗したのだ、勢い任せに荒神会の事務所に押し入り、手当たり次第ヤクザを蹴散らして、あるかどうかも分からない答えを、弟の行方を知りたくて。
荒神会のビルで銃撃戦が起き、忍者の姿を見たその時から、私は既に焦燥感に支配されていたのだ。
先を越されたと思い、あの忍者が何を目的に忍び込んでいたかも分からずに、ただ闇雲に襲い掛かっただけだ。始めから全てが空回りしていた。
確かに、これ以上の無理をしたところで、それに見合うだけの情報や答えが得られる可能性は低い。
彩子さんを見る。私の表情を汲み取ったのか彩子さんも表情は見た事もない程に鋭く精悍だった。
「周辺は警察で溢れ返る。さぁ、逃げて! 早く!」
彩子さんに頷き、踵を返してた。念動力で広げた九本の尾を折り畳み、コートのフックにかけて、ワイヤーで固定する。手作業なら、かなり手間のかかる作業だ。
悔しさと、もどかしさを噛み締めながら、先ほどまで燃えていた残骸の一部を念動力で引き出し、それに乗って、高く浮かせて飛び上がって、工場の屋根に飛び移る。
分厚い黒雲が月明りを遮っている。人知れず、私と忍者が駆ける港の闇夜。肌に触れる潮風が、いやに鬱陶しかった。