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作者: 桐谷 碧
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赤岩中学のソフトボール部に比べると、かなり見劣りすると言ったら失礼だが、それでも凪沙の母校である桜凛中学の賢そうな生徒たちは、一生懸命に白球を追いかけ汗を流していた。
「どうです、下手くそでしょう?」
 顧問の押田は満面の笑みでそう言ったが、決して馬鹿にしているわけではなさそうだ。
「まずは楽しむことが大切ですよ」
 なんのフォローにもならない事を口走ってしまったが、彼は気にする様子もなくグラウンドを見つめている。スポーツライターと名乗った俺を怪しむ様子も一切ない。 
「この学校の生徒たちは一に勉強、二に勉強の毎日ですからね、息抜きも必要なんです」 
 目を細める押谷に俺は単刀直入に聞いた。
「三年前に星野凪沙と言う生徒がいたと思うのですが、覚えてらっしゃいますか?」
 押田はグラウンドを向いていた顔をコチラに向けた。表情に若干の好奇心が混じっている。分かりやすい男だ。
「もちろん覚えていますよ、キャプテンでしたし、二年時には私が担任をしていましたから」
 それは初耳だ。俺は黙って先を促した。
「いや、不思議な子でしたねえ。基本的には物静かで授業中も真面目にしているのですが、部活になると人が変わったみたいに元気になってね、いや、下手くそでレギュラーにはなれなかったのですが、人望はありました」
「なるほど、ところで変わった声出しですね?」
「ええ、掛け声だけは高校野球の強豪校を真似してるんですよ、確か星野が言い出しっぺじゃなかったかなあ」
「そうなんですね……」
「ところで、なぜ、うちのような弱小校に取材を?」 
「母校なんですよ」
「ほう、どちらの?」
 その質問に曖昧に答えると、取材の礼を言ってからグラウンドを後にしようと歩き出した。
「記者さんが帰るぞー、ご挨拶しろー!」と押田が言うと。
「ありあーーーっす! お疲れ様っすな!」
 元気な彼女たちの挨拶を背中に受けて、俺は再び前を向いて歩き出した。この時の感情を言い表す言葉が見つからない。怒り、悲しみ、嘆き、喜び、期待、希望。その全てが綯い交ぜになって押し寄せた時に、人はこんな気持ちになるのかも知れない。ただ、そこに絶望だけは無かった。変えることの出来ない過去よりも、自ら切り開ける未来に向かって人は歩き出すのだから。
 美波の言葉を思い出した。相手の気持ちになって考える事、許してあげる事。今ならその言葉の意味が分かる。人はみんな違うのだから。同じ人間は一人として存在しない。だから話し合って理解し合う。それに迷う必要はない。姿、形が似ていても、俺が好きになった女性は世界でたった一人だけなのだから。
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