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作者: 桐谷 碧
「コスプレだよコスプレ」
 上野のカフェに集合した私たちは、海斗くんを復活させる為の案を出し合っていた。店内には夏休みのせいか、若い客が多く騒がしい。
「コスプレっすな?」
「ああ、アイツも男だ、それもバリバリの童貞。本当は早く美波を抱きたいに決まってる。だが、恋愛経験ゼロの童貞にはそこまでのプロセスが分からない。アイツは変にカッコつけだから、初体験も完璧にこなしたいと考えているだろう。しかし答えが見つからない。迷い、悩み、湧き上がる性欲とは裏腹にもどかしい自分と闘う日々、ついに奴は心を閉ざし、無になる事で現実逃避する道を選んだ」
 さ、さすが師匠。物凄い眼力に私は舌を巻いた。確かに海斗くんは無になっている。
「そ、それが、何でコスプレっすな?」
「開けてやるんだよ、閉ざした心をな」
 師匠は自分の胸を拳でドンドン叩いた。
「閉ざした……こころ」
「ああ、結局男なんて正欲の固まりだ。いくら我慢しても限界がある。エロい格好で誘惑してやればイチコロさ。腹の減った猛獣に肉の塊を与えればどうなるか? 火を見るよりも明らかだ」
 師匠は足を組み直し、キッパリと言い切った。ジーンズにティーシャツ、足元サンダルのスタイルはいつも通り。でも、スラリと伸びた手足はモデルのようでカッコ良い。
「な、なるほど」
「志乃。美波ちゃんが本気にするでしょ」
 メグさんが師匠をたしなめる。薄いブルーのワンピースに、白の可愛いサンダル。フワッフワの髪はうっすらと栗色で、キラキラに光って見えた。シンデレラ、白雪姫、まるで物語から具現化されたような可愛い女の子。メグさんみたいな人を女子力が高いと言うのだろう。
「馬鹿、本気だよ。そもそも美波には色気がねえ、年中ツナギって石ちゃんかよ。あっ、メグミもいるからホンジャマカの誕生だな」
 ツナギじゃなくてオーバーオールだけど、師匠には勿論つっこめない。
「ち、因みに、どんなコスプレが良いっすな?」
 師匠は大仰に頷き、アイスティーのストローを口に付けた。そしてゆっくりと顔を上げる。
「メイド……だな」
 ポツリと呟いた。
「それは、志乃の趣味じゃない」
 メグさんはため息を吐いて言った。華奢で真っ白な腕は、白を通り越して透明に見えそうなくらい綺麗で、薄いワンピースの胸は程よく膨らんでいる。羨ましい。
「ち、ちげーよ! 美波は乳がねーから、ボディラインが強調されるような服は似合わねえんだよ。だから上は可愛く、下半身で勝負。絶対領域だ」
「はいはい」
 呆れたようにメグさんは席を立ち、トイレに向かった。瞬間、店の時間がピタリと止まる。店内にいる若い男の子はみな、その姿を目で追っていて、大半の口は空いていた。そして、その後ろ姿が店の奥に消えると店は再び喧騒を取り戻した。
「なあ、美波。お前こないだ桜凛学園って言ってたよな?」
 師匠は声をひそめて、内緒話をするように顔を近づけてきた。目鼻立ちのハッキリとした美形で、宝塚男役のトップスターみたいだ。
「え、あ、はい」
「いや、弟の彼女が桜凛でな、美波の同学年なんだよ。小芝彩菜って知らないか?」
「えっとー。聞いた事あるような、ないようなー」
「向こうも、星野美波は知らないって言うんだよ」
「生徒数が多いっすな、知らない生徒も沢山いるっすよ」
「まあ、私も最初はそう思った。美波は超絶美少女だが、女子校ならそんな騒がれる事もないだろうと。けど小芝彩菜は生徒会長だぜ? 知らないなんて事あるか?」
 私は何も言えずに黙って下を向いた。なんて答えるのが正解なのか。本当の事はもちろん言えないけれど、師匠に適当な嘘は通じない。そう思った。
「まあ、言いたくないなら別に良いんだ。責めてるわけじゃない。ちょいと気になっただけさ」
「すんません、っすな」
「謝るなよ、仲間ってのは何でも大っぴらにする関係じゃねえ、信じてやる事さ。そして、困った時はいつでも助けてやる」
 師匠はそう言って、私の頭をポンポンと軽く撫でた。私は込み上げてくる涙を必死に堪えた。私が欲しかった宝物。望んだ時には何一つ手に入らなかったのに、どうして今頃になって神様は与えるのだろうか。でも、意地悪だとは思わない。ほんの僅かな時間でもみんなと過ごした日々が、臆病な私に力をくれる。生きる勇気を与えてくれる。だから許して、嘘つきな私を許してください。
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