第27話 エマの行方は
今日は予定の無い休日だったのだが、朝食時にシリウスから『後で話がしたい』と頼まれた。お互いに予定が空いていたため、食事の後すぐに応接室に集まった。改めてシリウスの顔を見た僕は違和感を感じた。
(ん? シリウスの様子が……なんか、緊張してる?)
いつも思っていることが顔に出ない彼が、今日はどこか落ち着かないように見える。胸に手を当てながら開いた彼の口からは、シリウスにとっても、僕にとっても重要な話が展開されるのであった。
「え!? エマさんから婚約を申し込まれた!?」
「ああ」
まさかのエマによる快進撃が繰り広げられていた。僕の知らない間にもエマはグイグイとシリウスにアタックしていたようで、とうとう正面から婚約の申し込みまでこぎつけていたらしい。そしてシリウスの反応から、これを断るようには見えない。
「それで、どうするの? 婚約、受けるの?」
「……受ける、つもりだ」
「おぉー!」
シリウスの頬をかく仕草なんて始めて見た。頬が赤くなりちょっとだけ目線を逸らしている事から、本気で受けようとしているのがわかる。
「理由を聞いてもいい?」
「ああ。彼女はとても献身的に私に尽くしてくれる。それだけでなく、私の至らぬところを幾度も指摘して正してくれるのだ」
「あぁ、確かに兄さんに指摘ができる人なんてこれまで……」
「父上と母上以外にはいなかった。二人が家を空けてからは、もうずっと指摘を受けるような事は無かった。……だからこそ、今の自分が本当に正しいのかどうかが不安になっていた」
「……不安だったんだね」
シリウスが完璧超人だと思われているのは、誰からも咎められることがないという理由も含まれている。手がかからないのは利点ではあるが、本人としては誰かの後ろ盾が得られないという苦しい一面もある。僕も前世で良い子を続けていたから、気持ちは少しわかる。
「その点でエマは、最近は本当に私に遠慮無く真剣に私の事を観察して注意してくれる。……故に私にとって彼女は、必要な存在だと感じた。これが理由だ」
「そっかー、いい理由だね」
「ハルトもそう思うか」
「うん。……そうなんだー、このまま行けば二人が婚約して……」
珍しく照れているシリウスを見ながら、感慨にふける。しかし、ふとここがプリ庭の世界であることと、本来のシナリオの事を思い出した。
「あれ? じゃあこの国どうなっちゃうの?」
「唐突に何の心配をしているんだ?」
プリ庭において主人公がヒーローと結ばれない。すなわちこれは事実上バッドエンドという扱いになってしまう。バッドエンドは基本全て国が滅びましたの一言で締められてしまうのだ。先程まで幸福感でいっぱいだったのに、急に不安が込み上げてきた。
「ハルト。さては私がエマとの時間にかまけて、抱えている仕事をサボってしまうとでも思っているのか?」
「そうじゃないけど……」
「エマは元々貴族出身だ。貴族同士のマナーや王家としての振る舞いも充分に学んできたと言っていた」
(シリウスのために健気な努力をしているエマ……想像したら和んできた)
彼女の行動力は侮れないものがある。勉強もきっと死に物狂いでやったのだろうと想像がついて、なんだかより彼女が愛おしく思えてきた。
「故に支障はない、寧ろ今まで以上の成果を出せるはずだ」
「兄さんが一人で無茶しなくなるものね」
「……それはエマに散々言われた、もう同じ轍は踏まん」
「そっか、余計なお世話だったね」
エマに頭が上がらないシリウスという絵を想像したら、なんだか可笑しかった。それに今のシリウスがバットエンドを迎えるような行動をするとは思えない。もしかすると、ゲームには存在しなかったハッピーエンドが作り出されているのでは無いだろうか。
「その通りですわ! 心配は無用です!」
「わぁ!? いつからそこに!?」
「貴方が国の心配を始めた辺りからです!」
「眉間に皺を寄せて考えていたから、扉が開いたことに気づいていなかったようだな」
「ぜ、全然気づかなかった……」
これほど存在感を放っているエマの入室に気づかなかったことに驚きを禁じ得なかった。ずっと僕の後ろで自慢げな表情をしながら立っていたと思うと中々にシュールな状況である。
「シリウス様のお役目ならば私もお力になれる事は証明済みです!」
「現にここ数日の業務を手伝ってもらっているからな」
「もう話す時の息も合ってるし……そこまで進んでいたなんて」
ツーカーの仲という例えがあるが、もう本当にツーとカーで通じ合ってしまいそうに思えてしまう。本当になんでこの人が悪役ポジションだったのかが謎である。
「しかしエマ、ハルトを呼び捨てするほど仲が良くなっていたのか?」
「それは……、彼はもうじき私のお、弟となるのですから」
「兄さん、返事ってもうしたの?」
「いや、まだしていないが」
「えっ……シリウス様?」
「ん?」
「……あれ?」
嫌な予感がした。まさかこの二人、婚約という大事な話ですれ違いを起こしてしまっているのだろうか。エマはもう婚約しているつもりになっているが、シリウスはまだ返事をしていないという。エマはカタカタと震えながらシリウスに恐る恐る尋ねる。
「シリウス様、もしかしてまた私は早とちりを……?」
「ま、待て。間違ってはいない。寧ろ私は受けようと思って……」
「シ、シリウス様!? それってつまり!?」
「……この様な形で申し訳ないが、そういうことだ」
「……っ!!?」
乙女ゲーの世界において、かつてここまでグダグダな婚約成立が果たしてあっただろうか。少なくとも一応シナリオを全て見た僕の記憶には無いし、ここなまで動揺してポロっと告白をしてしまうシリウスも見たことがない。もっと強引かつ堂々とリードしていくタイプだったのだが、その面影が全く無かった。
暫く時が止まったかのような沈黙が続いた後、エマは顔を真っ赤にしてプルプルと震えながらシリウスに抱き着いた。軽く涙目になりながら、超至近距離なまま怒涛の勢いでエマが思いを爆発させ始める。
「し、シリウス様! 大事な事なのですからもっと準備や雰囲気と言うものがっ!」
「……しかし、今のは仕方が無くなかったか……?」
「もうっ! 両想いになれたことはほんっとうに嬉しいのですけれどもっ!」
「……僕は部屋に戻っておくねー」
これはまた話が長くなりそうだと思い、自分の部屋へ退散することにした。最早結果は見えているので、お幸せにと心の中で呟いて二人の空間から出たのであった。
(ん? シリウスの様子が……なんか、緊張してる?)
いつも思っていることが顔に出ない彼が、今日はどこか落ち着かないように見える。胸に手を当てながら開いた彼の口からは、シリウスにとっても、僕にとっても重要な話が展開されるのであった。
「え!? エマさんから婚約を申し込まれた!?」
「ああ」
まさかのエマによる快進撃が繰り広げられていた。僕の知らない間にもエマはグイグイとシリウスにアタックしていたようで、とうとう正面から婚約の申し込みまでこぎつけていたらしい。そしてシリウスの反応から、これを断るようには見えない。
「それで、どうするの? 婚約、受けるの?」
「……受ける、つもりだ」
「おぉー!」
シリウスの頬をかく仕草なんて始めて見た。頬が赤くなりちょっとだけ目線を逸らしている事から、本気で受けようとしているのがわかる。
「理由を聞いてもいい?」
「ああ。彼女はとても献身的に私に尽くしてくれる。それだけでなく、私の至らぬところを幾度も指摘して正してくれるのだ」
「あぁ、確かに兄さんに指摘ができる人なんてこれまで……」
「父上と母上以外にはいなかった。二人が家を空けてからは、もうずっと指摘を受けるような事は無かった。……だからこそ、今の自分が本当に正しいのかどうかが不安になっていた」
「……不安だったんだね」
シリウスが完璧超人だと思われているのは、誰からも咎められることがないという理由も含まれている。手がかからないのは利点ではあるが、本人としては誰かの後ろ盾が得られないという苦しい一面もある。僕も前世で良い子を続けていたから、気持ちは少しわかる。
「その点でエマは、最近は本当に私に遠慮無く真剣に私の事を観察して注意してくれる。……故に私にとって彼女は、必要な存在だと感じた。これが理由だ」
「そっかー、いい理由だね」
「ハルトもそう思うか」
「うん。……そうなんだー、このまま行けば二人が婚約して……」
珍しく照れているシリウスを見ながら、感慨にふける。しかし、ふとここがプリ庭の世界であることと、本来のシナリオの事を思い出した。
「あれ? じゃあこの国どうなっちゃうの?」
「唐突に何の心配をしているんだ?」
プリ庭において主人公がヒーローと結ばれない。すなわちこれは事実上バッドエンドという扱いになってしまう。バッドエンドは基本全て国が滅びましたの一言で締められてしまうのだ。先程まで幸福感でいっぱいだったのに、急に不安が込み上げてきた。
「ハルト。さては私がエマとの時間にかまけて、抱えている仕事をサボってしまうとでも思っているのか?」
「そうじゃないけど……」
「エマは元々貴族出身だ。貴族同士のマナーや王家としての振る舞いも充分に学んできたと言っていた」
(シリウスのために健気な努力をしているエマ……想像したら和んできた)
彼女の行動力は侮れないものがある。勉強もきっと死に物狂いでやったのだろうと想像がついて、なんだかより彼女が愛おしく思えてきた。
「故に支障はない、寧ろ今まで以上の成果を出せるはずだ」
「兄さんが一人で無茶しなくなるものね」
「……それはエマに散々言われた、もう同じ轍は踏まん」
「そっか、余計なお世話だったね」
エマに頭が上がらないシリウスという絵を想像したら、なんだか可笑しかった。それに今のシリウスがバットエンドを迎えるような行動をするとは思えない。もしかすると、ゲームには存在しなかったハッピーエンドが作り出されているのでは無いだろうか。
「その通りですわ! 心配は無用です!」
「わぁ!? いつからそこに!?」
「貴方が国の心配を始めた辺りからです!」
「眉間に皺を寄せて考えていたから、扉が開いたことに気づいていなかったようだな」
「ぜ、全然気づかなかった……」
これほど存在感を放っているエマの入室に気づかなかったことに驚きを禁じ得なかった。ずっと僕の後ろで自慢げな表情をしながら立っていたと思うと中々にシュールな状況である。
「シリウス様のお役目ならば私もお力になれる事は証明済みです!」
「現にここ数日の業務を手伝ってもらっているからな」
「もう話す時の息も合ってるし……そこまで進んでいたなんて」
ツーカーの仲という例えがあるが、もう本当にツーとカーで通じ合ってしまいそうに思えてしまう。本当になんでこの人が悪役ポジションだったのかが謎である。
「しかしエマ、ハルトを呼び捨てするほど仲が良くなっていたのか?」
「それは……、彼はもうじき私のお、弟となるのですから」
「兄さん、返事ってもうしたの?」
「いや、まだしていないが」
「えっ……シリウス様?」
「ん?」
「……あれ?」
嫌な予感がした。まさかこの二人、婚約という大事な話ですれ違いを起こしてしまっているのだろうか。エマはもう婚約しているつもりになっているが、シリウスはまだ返事をしていないという。エマはカタカタと震えながらシリウスに恐る恐る尋ねる。
「シリウス様、もしかしてまた私は早とちりを……?」
「ま、待て。間違ってはいない。寧ろ私は受けようと思って……」
「シ、シリウス様!? それってつまり!?」
「……この様な形で申し訳ないが、そういうことだ」
「……っ!!?」
乙女ゲーの世界において、かつてここまでグダグダな婚約成立が果たしてあっただろうか。少なくとも一応シナリオを全て見た僕の記憶には無いし、ここなまで動揺してポロっと告白をしてしまうシリウスも見たことがない。もっと強引かつ堂々とリードしていくタイプだったのだが、その面影が全く無かった。
暫く時が止まったかのような沈黙が続いた後、エマは顔を真っ赤にしてプルプルと震えながらシリウスに抱き着いた。軽く涙目になりながら、超至近距離なまま怒涛の勢いでエマが思いを爆発させ始める。
「し、シリウス様! 大事な事なのですからもっと準備や雰囲気と言うものがっ!」
「……しかし、今のは仕方が無くなかったか……?」
「もうっ! 両想いになれたことはほんっとうに嬉しいのですけれどもっ!」
「……僕は部屋に戻っておくねー」
これはまた話が長くなりそうだと思い、自分の部屋へ退散することにした。最早結果は見えているので、お幸せにと心の中で呟いて二人の空間から出たのであった。