第21話 リリアとエマ
シリウスの体調が治ってからというもの、エマは頗る気分が良い。以前はシリウスに近づくことを躊躇っていたのだが、看病の一件からグイグイと距離を詰めることができているようだ。しかし、この変化はどうも良いことばかりでは無いようだった。
「すみません、シリウス様とハルト君。相談の場を設けていただいて……」
「気にするな、私も少々気になっていたところだ」
「僕は暇だから全然良いですけど……」
ユークリウッド家の応接室で集まるのは二度目である。僕とシリウスが並んで座り、対面にリリアが座っている状況である。……なぜかリリアはシリウスの正面でなく僕の前に座っている、というのは気にしすぎかもしれない。
リリアの相談とは、エマが彼女を過度に敵視している事についてである。今のエマはゲームのシナリオとは違い、シリウスとの仲に自信を持つようになった。リリアは別にシリウスに近づこうとしているわけではないのに、エマはリリアを必要以上に警戒して常に観察してくるらしい。
「……という訳で、エマ様の誤解を解きたいのです」
「ふむ……」
リリアはどうもエマからの監視を重く受け止めているようで、どうにかエマの誤解を解きたいと考えているらしい。真面目に考えるシリウスの隣で、僕は違う方向でこの事態について考えていた。
(僕からしたら、リリアがシリウスに近づこうとしてないってところが問題なんだけど……)
本来のシナリオから外れてきていることに不安を感じていた。このままエマがシリウスにアピールしていく事を放っておいていいのだろうか。そんな僕の考えを余所に相談は続く。
「リリアに心当たりは無いようだな」
「そうですね。私の自覚していない所で何かしてしまったのでしょうか……?」
(理由は知ってるんだけど……これ、言ったほうがいいのかな?)
いっそ僕から言ってしまったほうが良いかとも思ったが、それではエマの気持ちを弄んでしまうような気がする。僕とリリアが悩んでいる所で、シリウスの目線の先に誰かがいる事に気づいた。
「そういう事で、適任の者をこの場所に呼んでおいた」
「適任の者、ですか?」
「……兄さん、まさかその人って」
僕の中に嫌な予感が過った。以前この流れで相談主のリリアが来ていたことを思い出す。つまり兄さんの言う適任の者は……。ここで応接室の扉が開き、予想していた長い金髪の女性の姿が見えた。
「ちょうど来たようだな。エマ・フィール、入ってくれ」
「……ごきげんよう」
「えっ」
「ちょっ」
そう、エマ本人だった。僕は予想がついてしまったからそれほど驚かなかったけれど、リリアは目を見開き口がポカンと開いていた。エマはそんなリリアを威嚇するような目でじっと見つめている。
「何考えてるの兄さん!? こういう話に本人は普通連れてこないでしょ!?」
「む、そうなのか? 本人に問いただす事が一番手っ取り早いと思うのだが……」
「ほんとに心臓に悪いからせめて呼ぶ前に言ってよ!?」
人の気持ちに鈍感だとは知っていたが、想像以上だった。ここまで来ると鈍感というよりも人と接する時の常識がちょっと欠けているような気がする。
「あ、あの……エマ様」
「……」
好きな相手に呼ばれたと思ったら、恋敵だと思っている相手が先に来ていたのだから心境は複雑だろう。と思っていたのだが、エマはただ今の状況に困惑しているようだった。
「……シリウス様、私は何故呼ばれたのでしょうか?」
「兄さん、エマさんに何も説明せず呼んだの?」
「まあ、この場で直接話をすれば良いだろうと思ってな」
「それがしづらいから兄さんを挟んで相談したんじゃないかな!?」
シリウス自身はいつも堂々としているため、間接的に話を進めるという気遣いは持ち合わせていなかった。シリウスが今の状況を理解できていない様子を見てか、エマは俯いてプルプルと震えだした。そして顔を上げると、数歩詰め寄ってシリウスの顔と向き合い、シリウスに説教を始めた。
「シリウス様! 貴方様と言えども今回は流石に看過できませんわ!」
「エ、エマ様?」
「貴方の立場で平民の女性を家に招き入れる事がどういう事か! ご理解なさってくださいまし!」
「あ、あぁ……すまなかった」
(おぉ……兄さんがたじろいでる、珍しい)
あの完璧な存在であるシリウスが同級生に説教されている光景は初めて見た。これまで恥ずかしがっていたエマだったが、今は堂々と向き合うことができている。シリウスに文句をぶつけた熱量をそのままに、今度はリリアに体を向ける。
「そしてリリアさん!」
「は、はいっ!」
「回りくどい真似は嫌ですので単刀直入にお聞きします! 貴方はシリウス様の事を慕っておいでなのですか?」
「えっ? 私がシリウス様を、ですか?」
「ええ! どうなのですか! ……もしも気がおありなのであればその時は……」
エマは真剣な目でリリアを見つめ、返答を待つ。彼女はリリアにライバル宣言をする気満々だった。しかし熱気を目に宿したエマとは対照的に、リリアは落ち着いて返答した。
「いえ、私はシリウス様とそういった関係ではありません」
「……そうなのですか?」
「ここで私を見られても困るのだが、違うぞ」
リリアの返事を聞いて、エマはゆっくりと首をシリウスのほうに向けて確認する。シリウスも淡々と答える。
「……そうなの?」
「何故ハルト君もエマ様と似たような反応をしているんですか?」
「あ、いや。何でもないです」
僕もエマと同じ動きになってしまっていた。リリアがシリウスとの関係をキッパリと否定した。ゲームではこんな事は無かったはずだっただけに僕の脳内は混乱しまくっていた。
「という事は私、ずっと勘違いをしていたのですか……?」
「恐らく、そういう事だな」
「……し、失礼致しましたぁーっ!」
そう叫んで応接室から飛び出してしまった。数秒の静寂を経て、シリウスがゆっくりと口を開く。
「……まあ、解決したという事で良さそうだな」
「……そう、みたいです」
二人は呆気にとられながらも誤解が解けたのだと理解した。けれど僕はまだまだ混乱の渦中に居続けることとなっていた。
(あ、あれー? リリアは確かにシリウスルートで……あれー?)
今度は僕がこの状況を相談したい気分になった。しかし残念な事に、この部屋には当事者しかいないので無理だった。
「すみません、シリウス様とハルト君。相談の場を設けていただいて……」
「気にするな、私も少々気になっていたところだ」
「僕は暇だから全然良いですけど……」
ユークリウッド家の応接室で集まるのは二度目である。僕とシリウスが並んで座り、対面にリリアが座っている状況である。……なぜかリリアはシリウスの正面でなく僕の前に座っている、というのは気にしすぎかもしれない。
リリアの相談とは、エマが彼女を過度に敵視している事についてである。今のエマはゲームのシナリオとは違い、シリウスとの仲に自信を持つようになった。リリアは別にシリウスに近づこうとしているわけではないのに、エマはリリアを必要以上に警戒して常に観察してくるらしい。
「……という訳で、エマ様の誤解を解きたいのです」
「ふむ……」
リリアはどうもエマからの監視を重く受け止めているようで、どうにかエマの誤解を解きたいと考えているらしい。真面目に考えるシリウスの隣で、僕は違う方向でこの事態について考えていた。
(僕からしたら、リリアがシリウスに近づこうとしてないってところが問題なんだけど……)
本来のシナリオから外れてきていることに不安を感じていた。このままエマがシリウスにアピールしていく事を放っておいていいのだろうか。そんな僕の考えを余所に相談は続く。
「リリアに心当たりは無いようだな」
「そうですね。私の自覚していない所で何かしてしまったのでしょうか……?」
(理由は知ってるんだけど……これ、言ったほうがいいのかな?)
いっそ僕から言ってしまったほうが良いかとも思ったが、それではエマの気持ちを弄んでしまうような気がする。僕とリリアが悩んでいる所で、シリウスの目線の先に誰かがいる事に気づいた。
「そういう事で、適任の者をこの場所に呼んでおいた」
「適任の者、ですか?」
「……兄さん、まさかその人って」
僕の中に嫌な予感が過った。以前この流れで相談主のリリアが来ていたことを思い出す。つまり兄さんの言う適任の者は……。ここで応接室の扉が開き、予想していた長い金髪の女性の姿が見えた。
「ちょうど来たようだな。エマ・フィール、入ってくれ」
「……ごきげんよう」
「えっ」
「ちょっ」
そう、エマ本人だった。僕は予想がついてしまったからそれほど驚かなかったけれど、リリアは目を見開き口がポカンと開いていた。エマはそんなリリアを威嚇するような目でじっと見つめている。
「何考えてるの兄さん!? こういう話に本人は普通連れてこないでしょ!?」
「む、そうなのか? 本人に問いただす事が一番手っ取り早いと思うのだが……」
「ほんとに心臓に悪いからせめて呼ぶ前に言ってよ!?」
人の気持ちに鈍感だとは知っていたが、想像以上だった。ここまで来ると鈍感というよりも人と接する時の常識がちょっと欠けているような気がする。
「あ、あの……エマ様」
「……」
好きな相手に呼ばれたと思ったら、恋敵だと思っている相手が先に来ていたのだから心境は複雑だろう。と思っていたのだが、エマはただ今の状況に困惑しているようだった。
「……シリウス様、私は何故呼ばれたのでしょうか?」
「兄さん、エマさんに何も説明せず呼んだの?」
「まあ、この場で直接話をすれば良いだろうと思ってな」
「それがしづらいから兄さんを挟んで相談したんじゃないかな!?」
シリウス自身はいつも堂々としているため、間接的に話を進めるという気遣いは持ち合わせていなかった。シリウスが今の状況を理解できていない様子を見てか、エマは俯いてプルプルと震えだした。そして顔を上げると、数歩詰め寄ってシリウスの顔と向き合い、シリウスに説教を始めた。
「シリウス様! 貴方様と言えども今回は流石に看過できませんわ!」
「エ、エマ様?」
「貴方の立場で平民の女性を家に招き入れる事がどういう事か! ご理解なさってくださいまし!」
「あ、あぁ……すまなかった」
(おぉ……兄さんがたじろいでる、珍しい)
あの完璧な存在であるシリウスが同級生に説教されている光景は初めて見た。これまで恥ずかしがっていたエマだったが、今は堂々と向き合うことができている。シリウスに文句をぶつけた熱量をそのままに、今度はリリアに体を向ける。
「そしてリリアさん!」
「は、はいっ!」
「回りくどい真似は嫌ですので単刀直入にお聞きします! 貴方はシリウス様の事を慕っておいでなのですか?」
「えっ? 私がシリウス様を、ですか?」
「ええ! どうなのですか! ……もしも気がおありなのであればその時は……」
エマは真剣な目でリリアを見つめ、返答を待つ。彼女はリリアにライバル宣言をする気満々だった。しかし熱気を目に宿したエマとは対照的に、リリアは落ち着いて返答した。
「いえ、私はシリウス様とそういった関係ではありません」
「……そうなのですか?」
「ここで私を見られても困るのだが、違うぞ」
リリアの返事を聞いて、エマはゆっくりと首をシリウスのほうに向けて確認する。シリウスも淡々と答える。
「……そうなの?」
「何故ハルト君もエマ様と似たような反応をしているんですか?」
「あ、いや。何でもないです」
僕もエマと同じ動きになってしまっていた。リリアがシリウスとの関係をキッパリと否定した。ゲームではこんな事は無かったはずだっただけに僕の脳内は混乱しまくっていた。
「という事は私、ずっと勘違いをしていたのですか……?」
「恐らく、そういう事だな」
「……し、失礼致しましたぁーっ!」
そう叫んで応接室から飛び出してしまった。数秒の静寂を経て、シリウスがゆっくりと口を開く。
「……まあ、解決したという事で良さそうだな」
「……そう、みたいです」
二人は呆気にとられながらも誤解が解けたのだと理解した。けれど僕はまだまだ混乱の渦中に居続けることとなっていた。
(あ、あれー? リリアは確かにシリウスルートで……あれー?)
今度は僕がこの状況を相談したい気分になった。しかし残念な事に、この部屋には当事者しかいないので無理だった。