第20話 看病イベント
シリウスが過労による風邪で寝込んでしまった。数日の無理が祟って限界を迎えた所を、エマに介抱されたのである。今は学園を休み家で大人しく休養している。それに合わせて僕も看病をすると周囲に進言したら、想定外にも学園や使用人たちは容認してくれた。
「……ここ数日は教室でも騒ぎを起こしていないようですし、いいでしょう。担任として許可します」
「ハルト様……わかりました。何かありましたらこのセレナや使用人共にお申し付けくださいませ」
(以前のハルトだったら絶対認められなかったよね……ってそもそも看病とか絶対にしなかったかな)
きっと一度壊してしまった周囲との信頼関係を少しずつ戻せているという証拠だろう。プリ庭のストーリーにおいて邪魔役だったハルトから、抜け出せてきているのではないだろうか。自分のやっている事は良いことのはずだ、と喜びながらシリウスの部屋に入る。
「兄さん大丈夫? 替えのタオル置いとくね」
「ああ……すまない」
前世では病気をもらいがちだった妹の看病をすることが多かった。両親は仕事に出かけてしまうため、代わりに僕が学校を休むことになる。ついでに僕自身も体調を崩すことが多かったので、自身が病気の時に何が必要で何をして欲しいかよく知っていた。僕の手際が良かったせいか、シリウスが僕に聞いてきた。
「ハルト……病人の扱いが随分手慣れていないか?」
「あぁ、昔妹……じゃなくて、知り合いが寝込んだ時にね」
「知り合い? ……いたのか?」
「兄さん、どんどん僕に遠慮無くなってきたよね……まあ細かいことは良いじゃない」
軽口なのか素で言っているのかはわからないけれど、以前の様に僕が一方的にぶつかるだけじゃなくなったのは大きな進歩だと感じている。
「よし、後でまた見に来るからゆっくり寝ていてね。……無理しちゃ駄目だよ」
「ああ。……お前もだぞ、ハルト」
「へ? 何が?」
「……無理はするなよ」
「? 無理なんかしてないよ?」
「……そうか」
僕には兄さんが何故そんな事を言ったのかが理解できなかった。別に兄さんほど身を削って看病をしている訳ではない。ただ身内に病人が出たら看病をするという僕にとっては当然の事をしているだけだ。
(さて、看病イベントが起こる間は部屋で勉強の続きをしとこうかな)
シリウスルートで発生する、看病イベント。ここで初めて、シリウスはリリアに弱みを見せるのだ。完璧なヒーローが自分にだけ見せる弱さ、これを二人だけの秘密を共有することができて距離が一気に縮まるのである。
加えて、このイベントにハルトの出番は無い。病気が移るからと近づくことも無かったため、逆に病気を悪化させるような悪事も働いてはいなかった。なのでここはリリアがシリウスと近づく絶好の機会なのだ。僕は部屋に籠って大人しくしているのが最善だ。
そう思っていると、部屋の扉からノックをする音が聞こえた。僕は返事をして扉を開ける。
「はーい」
「ハルト君、こんにちは」
「あ、リリアさん、こんにちは。兄さんの看病に来たんですか?」
「看病、ですか? 確かにシリウス様の様子をお伺いには来たのですが……」
「……ですが?」
リリアの言い方が引っかかる。そもそも看病に来たわけじゃないという感じだったのだが、どういうことなのだろうか。
「エマ様に『シリウス様の看病は私の役目ですわ!』と締め出されてしまいまして……」
「え、引き下がっちゃったの?」
「? はい」
ゲームではエマは先にリリアが看病をしているのを目撃して、何も出来ずにただ去っていくという展開だったはず。
(この間エマの背中を押した結果、兄さんとの距離がどんどん縮まってるってこと? ……もしかしてこれ、まずいんじゃ!?)
現に今、リリアはシリウスの元ではなく僕の前に来ている。つまり看病イベントが発生しなかった。僕の中でやってしまったという気持ちがどんどん膨れ上がってくる。そんな僕の心境を知らないリリアは、ところで……と言いながら僕の顔を覗き込んできた。
「ハルト君は体調に問題はありませんか?」
「へ? はい、大丈夫ですけど」
「エマ様がいらっしゃるまではずっと看病をなさっていたとお聞きしました。無理はなさらないように……」
ここでグゥ、と僕の腹の虫が鳴った。これが至近距離にいたリリアにも聞こえてしまっていた。
「ハルト君……そろそろ夕時ですが、まさかお食事は……」
「……今朝から看病の事ばかり考えていて、食べるの忘れてました……あはは」
「今すぐに何か食べてください! 君まで倒れちゃいますよ!」
「ぼ、僕は後で大丈夫ですから……」
「ダメです! 今すぐです! 行きますよ!」
「は、はい……」
顔が青ざめたリリアに強引に手を引かれて、僕たちの近くにいた使用人がすぐに食事を作ってもらえるようにとセレナにお願いをしてくれた。セレナはすぐにご用意しますと慌てて駆けていく。そしてリリアに強引にベッドに入れられた上、食事を食べるところをじっくりと監視されることになった。
(……あれ、なんか僕が看病されてない? 病気じゃないんだけど……?)
これは看病イベントと言えるのだろうか。だとしても相手が違う。結局シリウスの風邪が治るまで、リリアはシリウスと会うことは無く、エマがずっと近くにいたという。
(これ、やっちゃったよなあ……多分)
一瞬だけ、シリウスがまた風邪ひかないかな……という不謹慎な考えが浮かんでしまった。
「……ここ数日は教室でも騒ぎを起こしていないようですし、いいでしょう。担任として許可します」
「ハルト様……わかりました。何かありましたらこのセレナや使用人共にお申し付けくださいませ」
(以前のハルトだったら絶対認められなかったよね……ってそもそも看病とか絶対にしなかったかな)
きっと一度壊してしまった周囲との信頼関係を少しずつ戻せているという証拠だろう。プリ庭のストーリーにおいて邪魔役だったハルトから、抜け出せてきているのではないだろうか。自分のやっている事は良いことのはずだ、と喜びながらシリウスの部屋に入る。
「兄さん大丈夫? 替えのタオル置いとくね」
「ああ……すまない」
前世では病気をもらいがちだった妹の看病をすることが多かった。両親は仕事に出かけてしまうため、代わりに僕が学校を休むことになる。ついでに僕自身も体調を崩すことが多かったので、自身が病気の時に何が必要で何をして欲しいかよく知っていた。僕の手際が良かったせいか、シリウスが僕に聞いてきた。
「ハルト……病人の扱いが随分手慣れていないか?」
「あぁ、昔妹……じゃなくて、知り合いが寝込んだ時にね」
「知り合い? ……いたのか?」
「兄さん、どんどん僕に遠慮無くなってきたよね……まあ細かいことは良いじゃない」
軽口なのか素で言っているのかはわからないけれど、以前の様に僕が一方的にぶつかるだけじゃなくなったのは大きな進歩だと感じている。
「よし、後でまた見に来るからゆっくり寝ていてね。……無理しちゃ駄目だよ」
「ああ。……お前もだぞ、ハルト」
「へ? 何が?」
「……無理はするなよ」
「? 無理なんかしてないよ?」
「……そうか」
僕には兄さんが何故そんな事を言ったのかが理解できなかった。別に兄さんほど身を削って看病をしている訳ではない。ただ身内に病人が出たら看病をするという僕にとっては当然の事をしているだけだ。
(さて、看病イベントが起こる間は部屋で勉強の続きをしとこうかな)
シリウスルートで発生する、看病イベント。ここで初めて、シリウスはリリアに弱みを見せるのだ。完璧なヒーローが自分にだけ見せる弱さ、これを二人だけの秘密を共有することができて距離が一気に縮まるのである。
加えて、このイベントにハルトの出番は無い。病気が移るからと近づくことも無かったため、逆に病気を悪化させるような悪事も働いてはいなかった。なのでここはリリアがシリウスと近づく絶好の機会なのだ。僕は部屋に籠って大人しくしているのが最善だ。
そう思っていると、部屋の扉からノックをする音が聞こえた。僕は返事をして扉を開ける。
「はーい」
「ハルト君、こんにちは」
「あ、リリアさん、こんにちは。兄さんの看病に来たんですか?」
「看病、ですか? 確かにシリウス様の様子をお伺いには来たのですが……」
「……ですが?」
リリアの言い方が引っかかる。そもそも看病に来たわけじゃないという感じだったのだが、どういうことなのだろうか。
「エマ様に『シリウス様の看病は私の役目ですわ!』と締め出されてしまいまして……」
「え、引き下がっちゃったの?」
「? はい」
ゲームではエマは先にリリアが看病をしているのを目撃して、何も出来ずにただ去っていくという展開だったはず。
(この間エマの背中を押した結果、兄さんとの距離がどんどん縮まってるってこと? ……もしかしてこれ、まずいんじゃ!?)
現に今、リリアはシリウスの元ではなく僕の前に来ている。つまり看病イベントが発生しなかった。僕の中でやってしまったという気持ちがどんどん膨れ上がってくる。そんな僕の心境を知らないリリアは、ところで……と言いながら僕の顔を覗き込んできた。
「ハルト君は体調に問題はありませんか?」
「へ? はい、大丈夫ですけど」
「エマ様がいらっしゃるまではずっと看病をなさっていたとお聞きしました。無理はなさらないように……」
ここでグゥ、と僕の腹の虫が鳴った。これが至近距離にいたリリアにも聞こえてしまっていた。
「ハルト君……そろそろ夕時ですが、まさかお食事は……」
「……今朝から看病の事ばかり考えていて、食べるの忘れてました……あはは」
「今すぐに何か食べてください! 君まで倒れちゃいますよ!」
「ぼ、僕は後で大丈夫ですから……」
「ダメです! 今すぐです! 行きますよ!」
「は、はい……」
顔が青ざめたリリアに強引に手を引かれて、僕たちの近くにいた使用人がすぐに食事を作ってもらえるようにとセレナにお願いをしてくれた。セレナはすぐにご用意しますと慌てて駆けていく。そしてリリアに強引にベッドに入れられた上、食事を食べるところをじっくりと監視されることになった。
(……あれ、なんか僕が看病されてない? 病気じゃないんだけど……?)
これは看病イベントと言えるのだろうか。だとしても相手が違う。結局シリウスの風邪が治るまで、リリアはシリウスと会うことは無く、エマがずっと近くにいたという。
(これ、やっちゃったよなあ……多分)
一瞬だけ、シリウスがまた風邪ひかないかな……という不謹慎な考えが浮かんでしまった。