第14話リリアは決意する
「……」
「えーっと……」
リリアは一度僕の名前を読んでからは、僕の様子を伺ったまま口を閉じている。シリウスは立ち上がってリリアに着席を勧めると、軽くお辞儀をして僕の隣に座る。……シリウスは自分が座っていた席に座ってもらおうとしていたのだが、彼女に伝わっていなかったのだろうか。
「……では、そろそろ私は執務に戻らせてもらおう」
「えぇ……」
そう言い残してシリウスは退室してしまった。後は二人で話し合うと良い、ということなのだろうけど全く心の準備をしていなかったから僕の頭は大混乱している。
「……ハルト様の噂を、色々とお聞きしたんです」
「噂……」
「貴方が校則違反を繰り返したりシリウス様に強く当たっていたり……」
「……」
僕は黙って頷く。リリアはかなり優しめに表現してくれているが、王族であるというプライドからのわがままというのは醜悪な物だ。きっと沢山の人を傷つけてしまっただろう。ここで言い逃れをするわけにはいかない。
「それと……複数人の女性を……ふ、服従させていたり……とか」
「あ、それはしてないです」
「そ、そうでしたか……よかった……」
急にリリアが顔を赤らめ始めたと思ったら、とんでもない濡れ衣が出てきた。前世も含めてまともな女性との交遊経験も無かった僕に、そんな真似は出来ない。どんな悪名も受け入れる気持ちだったけど、流石に否定しておいた。
「クロード様とノエル様も、貴方と関わるのを止めたほうが良いと仰られて……」
「やっぱり、二人は図書室の時にリリアさんを庇って……」
「……はい。他のお友達の皆様も同様でした」
この学園の生徒達は、基本的には良い人ばかりだ。僕の陰口を叩く人たちも、元はといえば僕が悪いことをしたのだから仕方のないことだと思っている。
(僕の影響力って凄いんだな、悪い意味で)
罪悪感を通り越して、寧ろ前世と比べて行動力や自己アピール力が全く違うんだなとハルトの事を俯瞰していた。もちろん悪目立ちなので凄いとは思わないが、自分のしてきたことという風にはまだ捕えきれていない。
これまでの自分に耽ってしまっていたせいか、リリアの顔が僕のすぐ近くまで迫っていることに気が付かなかった。僕は驚いてビクンと肩を跳ね上がらせてしまう。リリアは緊張している僕に構わず話を続ける。
「私には、貴方が噂通りの人には見えません」
「……」
「ですが、私はまだハルト君の事をよく知りません……本当なのですか?」
問いかけ方やリリアの懇願するような表情から察するに、きっとリリアは僕にこの質問を否定して欲しいのかもしれない。ハルトが噂通りの悪目立ちをし続けてきた人間だと信じたくないと、大きな瞳がそう告げているように思える。
しかし現実はそうじゃない。僕は……俺はそういうやつだった、という冷たい言葉が僕を冷静にさせる。
「噂は、ほとんどが事実です」
「……!」
「前まで兄さんにも当たっていたし、学園でもロクなことをしてなかったから……」
「ですが、今の貴方は……」
「つい最近、考えが変わって……迷惑をかけた分、これからは大人しく生きていこうと思いまして」
「大人しく……」
「けど、これまでやってきたことが無くなるわけじゃありません。だから皆さんの言う通り、僕とは……」
ここまで言って、止まってしまう。
(関わらないほうが良い、って言うだけなのに……喉でつっかえて口から出てこない)
あと一行、あと一文だけなのに。こんなにももどかしいのは初めてだ。
リリアは何かを振り切るように首を振る。その行動が何を表しているかわからなかったが、彼女は既に決意を固めて僕の右手を両手で包み込んだ。
「……決めました!」
「へ? ……何をですか?」
「私は、ハルト君とはこれまで通り接させていただきます!」
「何で!? 今の話聞いてました!?」
「周囲の評判なんて関係ありません! 私は今の貴方を信じさせて頂きます!」
「!」
僕は忘れていた。リリアはプリ庭の主人公であり、物語の選択権は彼女自身にあるのだということを。そして一度選択したら引き返すことはない。あと距離が近すぎて顔が熱くなってしまう。
「……それとも、私とは一緒にいたくありませんか?」
「そ、そんなことないです! ただその、改めて言われたから緊張しちゃって!」
「……! ふふっ、かわいい反応ですね」
「……っ!」
年上の女性に至近距離でそんなことを言われてしまい、僕は全身に力が入らなくなってしまうのを感じた。精神年齢は上だけれど、そんなことは頭から吹き飛んでいた。
しかし、一つだけ疑問がある。リリアとはまだほとんど言葉を交わしていない。それなのにどうして、彼女は僕といることを選ぼうとしているのだろうか?
「……どうして、信じてくれるんですか? まだほとんど話しても無いのに……」
「……どうしてでしょうか?」
「聞き返されても、わかりませんけど……」
きょとんとする顔は可愛いのだが、僕の混乱は続くばかりである。少し考えるそぶりを見せてから、彼女は難しい顔のまま口を開く。
「そうですね……何となく、としか言えません」
「何となく……」
「はい。何となく、貴方とお話がしたいんです」
「そう、ですか……」
「……今日は貴方とお話ができてよかったです。そろそろお暇させていただきますね」
「あ、はい……」
そう言って席を立ち、扉まで歩くのをただぼーっと見ていた。静かに扉を開けると、僕のほうを見てからそれではまた学園で、と軽くお辞儀をして出ていった。
「なんか、終始リリアのペースだったな……」
それから僕は席を立つこともできずに、しばらく応接室から出られないのであった。
「えーっと……」
リリアは一度僕の名前を読んでからは、僕の様子を伺ったまま口を閉じている。シリウスは立ち上がってリリアに着席を勧めると、軽くお辞儀をして僕の隣に座る。……シリウスは自分が座っていた席に座ってもらおうとしていたのだが、彼女に伝わっていなかったのだろうか。
「……では、そろそろ私は執務に戻らせてもらおう」
「えぇ……」
そう言い残してシリウスは退室してしまった。後は二人で話し合うと良い、ということなのだろうけど全く心の準備をしていなかったから僕の頭は大混乱している。
「……ハルト様の噂を、色々とお聞きしたんです」
「噂……」
「貴方が校則違反を繰り返したりシリウス様に強く当たっていたり……」
「……」
僕は黙って頷く。リリアはかなり優しめに表現してくれているが、王族であるというプライドからのわがままというのは醜悪な物だ。きっと沢山の人を傷つけてしまっただろう。ここで言い逃れをするわけにはいかない。
「それと……複数人の女性を……ふ、服従させていたり……とか」
「あ、それはしてないです」
「そ、そうでしたか……よかった……」
急にリリアが顔を赤らめ始めたと思ったら、とんでもない濡れ衣が出てきた。前世も含めてまともな女性との交遊経験も無かった僕に、そんな真似は出来ない。どんな悪名も受け入れる気持ちだったけど、流石に否定しておいた。
「クロード様とノエル様も、貴方と関わるのを止めたほうが良いと仰られて……」
「やっぱり、二人は図書室の時にリリアさんを庇って……」
「……はい。他のお友達の皆様も同様でした」
この学園の生徒達は、基本的には良い人ばかりだ。僕の陰口を叩く人たちも、元はといえば僕が悪いことをしたのだから仕方のないことだと思っている。
(僕の影響力って凄いんだな、悪い意味で)
罪悪感を通り越して、寧ろ前世と比べて行動力や自己アピール力が全く違うんだなとハルトの事を俯瞰していた。もちろん悪目立ちなので凄いとは思わないが、自分のしてきたことという風にはまだ捕えきれていない。
これまでの自分に耽ってしまっていたせいか、リリアの顔が僕のすぐ近くまで迫っていることに気が付かなかった。僕は驚いてビクンと肩を跳ね上がらせてしまう。リリアは緊張している僕に構わず話を続ける。
「私には、貴方が噂通りの人には見えません」
「……」
「ですが、私はまだハルト君の事をよく知りません……本当なのですか?」
問いかけ方やリリアの懇願するような表情から察するに、きっとリリアは僕にこの質問を否定して欲しいのかもしれない。ハルトが噂通りの悪目立ちをし続けてきた人間だと信じたくないと、大きな瞳がそう告げているように思える。
しかし現実はそうじゃない。僕は……俺はそういうやつだった、という冷たい言葉が僕を冷静にさせる。
「噂は、ほとんどが事実です」
「……!」
「前まで兄さんにも当たっていたし、学園でもロクなことをしてなかったから……」
「ですが、今の貴方は……」
「つい最近、考えが変わって……迷惑をかけた分、これからは大人しく生きていこうと思いまして」
「大人しく……」
「けど、これまでやってきたことが無くなるわけじゃありません。だから皆さんの言う通り、僕とは……」
ここまで言って、止まってしまう。
(関わらないほうが良い、って言うだけなのに……喉でつっかえて口から出てこない)
あと一行、あと一文だけなのに。こんなにももどかしいのは初めてだ。
リリアは何かを振り切るように首を振る。その行動が何を表しているかわからなかったが、彼女は既に決意を固めて僕の右手を両手で包み込んだ。
「……決めました!」
「へ? ……何をですか?」
「私は、ハルト君とはこれまで通り接させていただきます!」
「何で!? 今の話聞いてました!?」
「周囲の評判なんて関係ありません! 私は今の貴方を信じさせて頂きます!」
「!」
僕は忘れていた。リリアはプリ庭の主人公であり、物語の選択権は彼女自身にあるのだということを。そして一度選択したら引き返すことはない。あと距離が近すぎて顔が熱くなってしまう。
「……それとも、私とは一緒にいたくありませんか?」
「そ、そんなことないです! ただその、改めて言われたから緊張しちゃって!」
「……! ふふっ、かわいい反応ですね」
「……っ!」
年上の女性に至近距離でそんなことを言われてしまい、僕は全身に力が入らなくなってしまうのを感じた。精神年齢は上だけれど、そんなことは頭から吹き飛んでいた。
しかし、一つだけ疑問がある。リリアとはまだほとんど言葉を交わしていない。それなのにどうして、彼女は僕といることを選ぼうとしているのだろうか?
「……どうして、信じてくれるんですか? まだほとんど話しても無いのに……」
「……どうしてでしょうか?」
「聞き返されても、わかりませんけど……」
きょとんとする顔は可愛いのだが、僕の混乱は続くばかりである。少し考えるそぶりを見せてから、彼女は難しい顔のまま口を開く。
「そうですね……何となく、としか言えません」
「何となく……」
「はい。何となく、貴方とお話がしたいんです」
「そう、ですか……」
「……今日は貴方とお話ができてよかったです。そろそろお暇させていただきますね」
「あ、はい……」
そう言って席を立ち、扉まで歩くのをただぼーっと見ていた。静かに扉を開けると、僕のほうを見てからそれではまた学園で、と軽くお辞儀をして出ていった。
「なんか、終始リリアのペースだったな……」
それから僕は席を立つこともできずに、しばらく応接室から出られないのであった。