第11話 セレナの苦労
図書室での一件があったために場所を変えて勉強しようと思ったのだが、回り回って結局自室で勉強をすることになった。全然使っていなくて新品同様の自分の机を使って、今は参考書を片手に教科書を読み進めている。
(やっぱり、ちゃんと勉強したら出来るようになってる気がする)
ハルト自身の能力が良いのか前世の経験が活きているのかは定かでないけれど、数日間の勉強によって以前よりも格段に文章を読み解けるようになってきていた。一息ついて伸びをしたところで、部屋の扉をノックした後にセレナがティーカップを乗せたお盆を持ったセレナが入ってきた。
「ハルト様、紅茶が入りまし……何をしているのですか?」
「え? 勉強だよ、ほら」
机から少し離れて、教科書とノートを開いている様子を見せる。するとセレナは数秒間固まった後、口に手を当て目を見開きながら大きく後ずさった。
「……! あのハルト様が……自ら勉強を!?」
セレナはあまり思っている事を表情に出さない。しかし部屋で勉強していた僕を見た彼女は雷にでも撃たれたかのように動揺していた。使用人の中では一番僕に長く仕えてくれているが、持っていたお盆を落としかけるというのも始めての事だった。
「以前家庭教師を駄々をこねにこねて追い出してしまったあのハルト様が……」
「……その節は本当に申し訳ないです……」
「誰の言う事も全く聞かずに何人も辞めさせる事が当然だったあの……」
「……僕、牢屋とかに入ったほうがいいのかな?」
ハンカチを片手に語るセレナの姿を見て、僕の心は罪悪感に満たされた。ハルトはかつて家庭教師に『あの兄貴を超えさせてくれるんだろうな?』と言いながら自分ではほとんど努力をしていなかった。今思えば何と荒唐無稽な無茶振りをしていたのだ、と頭を抱えてしまう。
「一体、どういった心変わりがあったのですか?」
「えっと、それは……」
何と説明したものか迷う。別の人格が乗り移ったと言うのも良くないし、かといって短い期間に性格を変えるよな出来事にあったというのも無理がある。僕が悩んでいることを察したのか、セレナは気遣って引いてくれた。
「申し訳ありません、ハルト様にも話されたくないこともあるのは当然の事でした」
「……うん、ごめんね。言えないや」
これまで誠心誠意尽くしてくれているセレナに隠し事をするのはなんだか申し訳ないけれど、うまく説明できる自信がなかったので助かった。ただ、僕の行動に偽りはないと、セレナはどうやら信じてくれそうだった。
「今度は、本気なのですね」
「これ以上、迷惑をかけるわけにはいかないから」
「……本当に、唐突にお変わりになられましたね」
「あはは、ちょっとね……」
過去にハルトがしてきたことを『ハルトがやったことだから』と割り切るのは簡単だ。けれどそれは、何の解決にもならない責任転嫁でしかない。自分はハルトとして生まれ変わり、記憶が戻るまでの数年間もハルトとして生きてきたのだ。自分の行いは、自分で正す必要がある。
(これまでの振るまいのままだと、ハルトがどうなっちゃうか知ってるってのもあるけどね)
ゲームで多くは語られないが、プリ庭のシナリオ後にハルトは完全に孤立してしまう。家族や目の前にいるセレナでさえも、僕から離れていってしまう。そんな未来をわかっているのに、ただ受け入れてしまう訳にはいかない。
僕の決心が伝わったのか、セレナは何かを決めたらしく僕の目をじっと見つめて提案を持ち掛けてきた。
「畏まりました。それでは、改めて家庭教師をつけさせましょう」
「え」
「今度こそシリウス様を超えられるように努力をなさるとなれば、尽力を尽くす所存で……」
「ちょ、ちょっと待って!」
何だかセレナの熱量がおかしな方向になってきたので思わず止める。瞳の中で炎が燃え上がっているように見えるセレナを一旦止める。
「確かに前はそういう気持ちだったけど……兄さんを超えようっていう気持ちはもう無いんだ」
「……それは、どうしてですか?」
僕の言葉が想定外だったようで、眉を潜めながら首を傾げる。これまでハルトが何か行動する時には、常に兄の影があった。けれど今回は違う、そのことを説明する必要がある。
「比べられるのは、もう嫌なんだ。僕は僕として出来ることをやって、認められたい」
これは、ハルトとしての本心だ。妬みや恨みが完全に無くなったわけではなく、心の奥底にはまだハルトの黒い気持ちが残っている。けれど、それを晴らすためだけに行動するのを辞めなくてはならないのだ。
「……わかりました。ハルト様の思うままになさってください」
「うん、ありがとう」
「私共にできることがありましたら、何なりと仰ってくださいね!」
「う、うん。わかった」
「遠慮する必要はありません! さあ、今すぐにでも!」
「い、今は大丈夫かな……勉強の続きしてもいいかな?」
「あ、はい。失礼いたしました」
(急に無表情に戻られるの怖いな……)
……セレナは時々熱量のタガが外れるんだな、と今になって初めて知ることとなった。
(やっぱり、ちゃんと勉強したら出来るようになってる気がする)
ハルト自身の能力が良いのか前世の経験が活きているのかは定かでないけれど、数日間の勉強によって以前よりも格段に文章を読み解けるようになってきていた。一息ついて伸びをしたところで、部屋の扉をノックした後にセレナがティーカップを乗せたお盆を持ったセレナが入ってきた。
「ハルト様、紅茶が入りまし……何をしているのですか?」
「え? 勉強だよ、ほら」
机から少し離れて、教科書とノートを開いている様子を見せる。するとセレナは数秒間固まった後、口に手を当て目を見開きながら大きく後ずさった。
「……! あのハルト様が……自ら勉強を!?」
セレナはあまり思っている事を表情に出さない。しかし部屋で勉強していた僕を見た彼女は雷にでも撃たれたかのように動揺していた。使用人の中では一番僕に長く仕えてくれているが、持っていたお盆を落としかけるというのも始めての事だった。
「以前家庭教師を駄々をこねにこねて追い出してしまったあのハルト様が……」
「……その節は本当に申し訳ないです……」
「誰の言う事も全く聞かずに何人も辞めさせる事が当然だったあの……」
「……僕、牢屋とかに入ったほうがいいのかな?」
ハンカチを片手に語るセレナの姿を見て、僕の心は罪悪感に満たされた。ハルトはかつて家庭教師に『あの兄貴を超えさせてくれるんだろうな?』と言いながら自分ではほとんど努力をしていなかった。今思えば何と荒唐無稽な無茶振りをしていたのだ、と頭を抱えてしまう。
「一体、どういった心変わりがあったのですか?」
「えっと、それは……」
何と説明したものか迷う。別の人格が乗り移ったと言うのも良くないし、かといって短い期間に性格を変えるよな出来事にあったというのも無理がある。僕が悩んでいることを察したのか、セレナは気遣って引いてくれた。
「申し訳ありません、ハルト様にも話されたくないこともあるのは当然の事でした」
「……うん、ごめんね。言えないや」
これまで誠心誠意尽くしてくれているセレナに隠し事をするのはなんだか申し訳ないけれど、うまく説明できる自信がなかったので助かった。ただ、僕の行動に偽りはないと、セレナはどうやら信じてくれそうだった。
「今度は、本気なのですね」
「これ以上、迷惑をかけるわけにはいかないから」
「……本当に、唐突にお変わりになられましたね」
「あはは、ちょっとね……」
過去にハルトがしてきたことを『ハルトがやったことだから』と割り切るのは簡単だ。けれどそれは、何の解決にもならない責任転嫁でしかない。自分はハルトとして生まれ変わり、記憶が戻るまでの数年間もハルトとして生きてきたのだ。自分の行いは、自分で正す必要がある。
(これまでの振るまいのままだと、ハルトがどうなっちゃうか知ってるってのもあるけどね)
ゲームで多くは語られないが、プリ庭のシナリオ後にハルトは完全に孤立してしまう。家族や目の前にいるセレナでさえも、僕から離れていってしまう。そんな未来をわかっているのに、ただ受け入れてしまう訳にはいかない。
僕の決心が伝わったのか、セレナは何かを決めたらしく僕の目をじっと見つめて提案を持ち掛けてきた。
「畏まりました。それでは、改めて家庭教師をつけさせましょう」
「え」
「今度こそシリウス様を超えられるように努力をなさるとなれば、尽力を尽くす所存で……」
「ちょ、ちょっと待って!」
何だかセレナの熱量がおかしな方向になってきたので思わず止める。瞳の中で炎が燃え上がっているように見えるセレナを一旦止める。
「確かに前はそういう気持ちだったけど……兄さんを超えようっていう気持ちはもう無いんだ」
「……それは、どうしてですか?」
僕の言葉が想定外だったようで、眉を潜めながら首を傾げる。これまでハルトが何か行動する時には、常に兄の影があった。けれど今回は違う、そのことを説明する必要がある。
「比べられるのは、もう嫌なんだ。僕は僕として出来ることをやって、認められたい」
これは、ハルトとしての本心だ。妬みや恨みが完全に無くなったわけではなく、心の奥底にはまだハルトの黒い気持ちが残っている。けれど、それを晴らすためだけに行動するのを辞めなくてはならないのだ。
「……わかりました。ハルト様の思うままになさってください」
「うん、ありがとう」
「私共にできることがありましたら、何なりと仰ってくださいね!」
「う、うん。わかった」
「遠慮する必要はありません! さあ、今すぐにでも!」
「い、今は大丈夫かな……勉強の続きしてもいいかな?」
「あ、はい。失礼いたしました」
(急に無表情に戻られるの怖いな……)
……セレナは時々熱量のタガが外れるんだな、と今になって初めて知ることとなった。