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作者: 無気力なすび
残酷な描写あり
みずきの価値観
 遅筆でスミマセン。
 やっとの2話目です。

 今回はみずきちゃんによる一人語りの回になります。
 物語を楽しみたいって方は3話目まで飛ばして頂いて、後から読み直して頂いても構いません。
 それでは幕を開きましょう。
 どうぞ後ゆるりとお楽しみ下さいませ。
 常々思う、人は傲慢だと。

 彼等は言った、『動物は死んだら腐っていく』と。
 数多の微生物や蟲の一部となってこの世界を生きようとしているのに?

 また彼等は言った、『壊れた物は使えない、残念だ』と。
 新しい形に分離わかれ、ボク達を支える大地の一部に変化しようとしているのに?

 様々な物に固着し、意味を付けて固定化し、それが変化すれば失ったと嘆いてその在り方を拒絶する。
 それは、とても傲慢な想いだ。
 この世に存在する大半のモノには、本来意味など存在しないと言うのに……。

 例えば今、ボクは骨董品並ぶ自らの店で最近手に入れたアンティーク人形で遊んでいる。
 薄汚れた白いウェディングドレスにヒビの入った顔。

 デイジーと言う名前まで与えられていたこの人形は、嫌悪される形で手放された。
 理由は単純、持ち主の心を癒すどころか傷を付けてしまったからだ。

 傲慢だと思う。
 この人形は本来、終わりたかったのだ。
 二人の少女と共に在って十分に役目を果たし、ようやくプラスチックと布の廃材となって休めると思っていたのに。

 強力な呪い想いをねじ込まれた。
 他者を攻撃する道具であれと贈られた先で、家族であれと慕われた。
 人形は健気にも相反する両方の在り方を受け入れ、実行しようとし、歪んでしまったのだ。

「キミもそうは思わないかい? コマ」
 そう言って、机の上でくつろぐ動物に目を向ける。

 今日は心地良い日差しが射し込んでいるからか、ペットとして店に置いているコマは欠伸あくびを返すだけでこちらを見もしない。

「なんて、答えるわけ無いか」
 酔狂で愛猫家を真似てみたものの、やはり理解は出来そうにない。
 動物も道具も、突き詰めれば同じなのだ。

 武器を使う人がいる一方で、愛でる人もいる。
 犬を愛する人もいれば、働かせる人もいる。
 土地を耕すのに重機を扱う地域もあれば、家畜を活用する地域もある。

 だからボクからすれば、生命いのちも道具も何も変わらない。
 どう扱うかで意味が変化しているだけだ。

 とは言え全てが同じとは言い切らない。
 明確に異なる存在は区別しないといけない。

 例えば、今ボクが手にしているデイジー人形と、目の前でうたた寝を始めている困り顔の細長い動物がそうだ。

 この子達は本来、実在しない。
 実在はしないが、確かにこの世に存在している有機物だ。

 この世で一般に認知されているあらゆる物は、数値として表す事ができる。
 固体、液体、気体。
 この世界は大まかに分けてこれ等三つの状態で出来ており、それ等は実在を示せる数値……即ち実数で表す事ができる。

 だけどこの人形と動物は違う。
 この実数の世界にいて不確かな存在、いわゆる異常物体イレギュラー

 今こうして視えて触れているじゃないかって?
 それはまぁ、在り方の違いによって触れられる場合もある。
 このデイジー人形なんかはその典型だ。

 今こうして膝に乗せている人形は、あくまでも実数世界に属する固体だ。
 だけど他の人形とは異なる異常性を内包し、不確かな部分も有している。

 では目の前で寝息を立てているボクのペット、コマは如何どうだろうか。
 真っ白な毛皮に蛇みたいな体。
 困り顔な頭部の後には二対の短い前足。
 東北、中部地方に生息するオコジョにも似て非なるさわれない動物。

 そんな生き物は恐らく誰も見た事も聞いたことも無いだろう。
 因みにホログラムによる創作ではなく、ちゃんと意思を持って生きている。

 このように、実はこの世界には実数では表せない不思議な物体が溢れ出ている。
 その大半が目に見えないものってだけであってね。

 人によっては視えて、人によっては感じられるもの。
 其れは概念、思想、記憶、幽霊、未確認のetcエトセトラ
 これ等は実数で表すのが不可能に近い。
 何故なら実体を伴わないからだ。
 だからこそ人類は数世紀前に生み出した。
 実在しない存在を認識するための概念を。

 その名を虚数。
 虚無を計測し、活用するための概念道具ツールだ。

 とは言え文部省による教育が行き届いた現代社会。
 虚数について識っている人はこう言うだろう。
 『虚数って2乗するとマイナスになる数字の事じゃないか』とね。

 寧ろボク達からすれば、一般にはその認識でいてほしい。
 なにせ虚数の本質を知る人が周知されればされる程、この世界の実在性が不確なものになっていってしまうからだ。

 この世界の構造は二重になっている。
 それはこの世界を構成する情報で出来たソフトウェア虚数
 実際に物質として構成され、ボク達が本来認識しているハードウェア実数

 ボク達が存在しているのはこのハードウェア実数の領域であり、本来であればソフトウェア虚数に干渉することは不可能。

 だけど西暦元年の星降りの日以降、どういうわけか虚数に属する存在がボク達の領域に出現し始めたのが全ての始まりだ。

 困った事に実数体が虚数の存在を認識すると、その度合いや規模に応じて虚数と実数の境界があやふやになっていき、この世界の在り方そのものの崩壊が進行してしまう。

 なので1500年代にミラノを拠点とし、虚数協会が密かに設立。
 虚数使いであったカルダーノ主催の下、偽りの公式として虚数のカバーストーリー偽情報が成立。
 こうして現代の中学生から習う数学の公式、虚数は誕生した。

 まぁ、このカバーストーリー偽情報ですら理解できない人もいるみたいだけれど、それはそれで都合は良いものだ。

 さて、おおやけになっている虚数の定理が偽りだったところで、そもそも具体的に本来の虚数とは一体何なのか。
 これは時代と場所によって様々な形式に変化し、後世へ伝えられてきている。

 ある時は魔法、ある時は霊力。
 現代でオカルト扱いされているそのほとんどが、虚数由来の存在だったと見なして良いだろう。

 そんな眉唾物の話すら一般で公にされているのはほんの僅か。
 この世界の裏側で、俗世に知られていないあちこちで、虚数に関わる者達は活動している。

 かくうボク自身も、そんな者の内の一人だ。
 この店に並べている骨董品は、全てが虚数の影響下にあるものばかり。

 体裁上は売り物だけれど、ボクの本来の目的は虚数的物品達の縁を回すこと。
 それによって得られる利益に関しては、ボクの知った事じゃない。

──カランコロン
 古びて軽い、ドアベルの音。
 今日も人生に惑う誰かが引き寄せられたみたいだ。

「いらっしゃい。助け物が君を呼んでいるよ」
 どうも、読んで下さりありがとうございました。
 更新が遅くて大変申し訳ありませんが、引き続き【虚数使いみずき】をよろしくお願いしますm(_ _)m
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