猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
他のジャンルと比べたとき、すこし前の歴史小説には明確な“弱点”がありました。
大筋が“ネタバレ済み”という点です。
例えば、幕末期を扱った作品があるとします。
この作品において、江戸幕府は倒れますし、新撰組は滅びます。
坂本龍馬は志半ばで暗殺され、若かりしころに絶望して自殺しようとした西郷隆盛は最終的に倒幕派を勝利に導きます。
巨大な政治機構の崩壊。
個性豊かな面子を揃えた集団の離散。
大きな存在感を放つ英雄の死と勝利。
これがファンタジー戦記なら、読者に“意外性”という面白さを与えることができます。
「まさか……」
「そんな……」
そう読者に思わせられた作品は、すでに名作と呼んで差し支えないでしょう。
しかし歴史小説では「まさか、そんな」と思う余地は少なかったのです。
すでに読者が“大筋”を知っていたからです。
あまり知名度のない主人公を立てて“大筋”とはちがう面から作品を描くという手法もありましたし、それは現在も行われています。
しかし物語のスケールは小さくなりがちです。
いくらでも例外はあるにせよ、読者の感動も小さくなりがちでした。
歴史小説は“意外性”という武器が使えないか、あるいは使い難い。
これが歴史小説のもつ“弱点”でした。
しかし歴史小説という大きな枠の中には、そういう問題を解決し、むしろその弱点を利用した枠組みもあります。
架空戦記。
IF(もしも)物。
歴史改変物。
そう呼ばれる枠組みです。
今回、御紹介する『猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~』も、こういった作品の
一つと言えるでしょう。
タイトルから察せるように、この作品の舞台は日本の戦国時代。
そして戦国時代において猿といえば後の天下人、豊臣秀吉(木下藤吉郎)。
物語の流れとしては、主人公である少年雲之助が、その秀吉に出会ったことで彼の友となり、さらに秀吉が天下統一を目指す織田信長に仕えることで、まさに『天下統一のお助けのお助け』をしていく……というのが、この作品の大まかな流れになります。
この作品の魅力は、何と言っても『とっつきやすさ』にあります。
これも歴史小説の弱点ですが、歴史小説は敷居が高くなりがちなのです。
歴史小説の作家は、多くが歴史好きです。
が、読者には作者ほどの熱量、知識量はないことも多々あります。
その差が往々にして両者を隔てる壁になり、置いていかれる読者も増え
「歴史小説は敷居が高い」
という話になってくるのです。
例えば、武田信玄という戦国大名は多くの人が知っています。
しかし歴史小説が好きという人は、その家臣団の名前まで言えたり、その家臣の魅力を小一時間語れたりします。
「武田四名臣の一人、山県昌景の軍団は『赤備え』と呼ばれていて~」
「馬場美濃守は『不死身の鬼美濃』の異名でも知られ~」
「春日虎綱は一説には信玄の寵童で~」
歴史が好きな人ほど上のような蘊蓄を語りたくなるものです。
しかし歴史小説に興味はあるけど、まだ知識はないという人は面白いと感じる前に辟易してしまいます。
結果として、
「歴史知識のない人、お断り」
という『敷居』は、蘊蓄を語れば語るほど高くなってしまいます。
『猿の内政官』には、この敷居をできる限り低くしようという工夫が随所に見られます。
文体は平易に。
漢字はできるだけ減らす。
読みが特殊な字には必ずふりがなを。
物語を主人公の一人称で紡ぐことで、誰もが知る有名な逸話を描写するときも主人公の視点・感情を載せて、無味乾燥な描写になることを防ぐ。
僕が気付いただけでも、これだけの工夫をしています。
おそらくはもっとあるのでしょう。
そういう積み重ねもあって、織田信長や豊臣秀吉くらいしか知らないという読者でも十分に楽しめる作品になっています。
ここにプラスして歴史改変物としての強い魅力があります。
『猿の内政官』において、秀吉は準主人公といった立ち位置ですが、史実での豊臣秀吉の最期は幸せとは言えません。
彼が人生最後の大事業と位置づけていた朝鮮出兵が失敗し。
もともとは後継者にするつもりだった甥の秀次を仲違いの末に自害に追い込み。
そうしてタダ働きになった将兵や、秀次派諸将の不満が高まっている危険な状況で、幼い子を残してこの世を去るのです。
このとき、のちに政権を簒奪することになる徳川家康に対し、懇願するように何度も「我が子を頼む」という旨の言葉を送ったりもしています。
この最期が雲之助と出会った『猿の内政官』ではどう変わるのか。
いや、そもそも秀吉は奇跡的な過程で天下人になった人です。
雲之助によって変わった歴史でも天下人になれるとは限りません。
もしかしたら織田信長がそのまま天下人になり、秀吉はあくまで信長の家臣のままなのかもしれず、秀吉の身に不幸が降りかかるかもしれません。
まだまだ先の展開はわかりませんが、そういう所でワクワクできるのも『猿の内政官』の魅力の一つと言えます。
最後に、この作品を投稿してくださった橋本洋一様。
本当にありがとうございました。
現在はカクヨムコンに参加中とのことで、微力ながら応援させていただいております。
良い結果になることを心よりお祈りしております。
大筋が“ネタバレ済み”という点です。
例えば、幕末期を扱った作品があるとします。
この作品において、江戸幕府は倒れますし、新撰組は滅びます。
坂本龍馬は志半ばで暗殺され、若かりしころに絶望して自殺しようとした西郷隆盛は最終的に倒幕派を勝利に導きます。
巨大な政治機構の崩壊。
個性豊かな面子を揃えた集団の離散。
大きな存在感を放つ英雄の死と勝利。
これがファンタジー戦記なら、読者に“意外性”という面白さを与えることができます。
「まさか……」
「そんな……」
そう読者に思わせられた作品は、すでに名作と呼んで差し支えないでしょう。
しかし歴史小説では「まさか、そんな」と思う余地は少なかったのです。
すでに読者が“大筋”を知っていたからです。
あまり知名度のない主人公を立てて“大筋”とはちがう面から作品を描くという手法もありましたし、それは現在も行われています。
しかし物語のスケールは小さくなりがちです。
いくらでも例外はあるにせよ、読者の感動も小さくなりがちでした。
歴史小説は“意外性”という武器が使えないか、あるいは使い難い。
これが歴史小説のもつ“弱点”でした。
しかし歴史小説という大きな枠の中には、そういう問題を解決し、むしろその弱点を利用した枠組みもあります。
架空戦記。
IF(もしも)物。
歴史改変物。
そう呼ばれる枠組みです。
今回、御紹介する『猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~』も、こういった作品の
一つと言えるでしょう。
タイトルから察せるように、この作品の舞台は日本の戦国時代。
そして戦国時代において猿といえば後の天下人、豊臣秀吉(木下藤吉郎)。
物語の流れとしては、主人公である少年雲之助が、その秀吉に出会ったことで彼の友となり、さらに秀吉が天下統一を目指す織田信長に仕えることで、まさに『天下統一のお助けのお助け』をしていく……というのが、この作品の大まかな流れになります。
この作品の魅力は、何と言っても『とっつきやすさ』にあります。
これも歴史小説の弱点ですが、歴史小説は敷居が高くなりがちなのです。
歴史小説の作家は、多くが歴史好きです。
が、読者には作者ほどの熱量、知識量はないことも多々あります。
その差が往々にして両者を隔てる壁になり、置いていかれる読者も増え
「歴史小説は敷居が高い」
という話になってくるのです。
例えば、武田信玄という戦国大名は多くの人が知っています。
しかし歴史小説が好きという人は、その家臣団の名前まで言えたり、その家臣の魅力を小一時間語れたりします。
「武田四名臣の一人、山県昌景の軍団は『赤備え』と呼ばれていて~」
「馬場美濃守は『不死身の鬼美濃』の異名でも知られ~」
「春日虎綱は一説には信玄の寵童で~」
歴史が好きな人ほど上のような蘊蓄を語りたくなるものです。
しかし歴史小説に興味はあるけど、まだ知識はないという人は面白いと感じる前に辟易してしまいます。
結果として、
「歴史知識のない人、お断り」
という『敷居』は、蘊蓄を語れば語るほど高くなってしまいます。
『猿の内政官』には、この敷居をできる限り低くしようという工夫が随所に見られます。
文体は平易に。
漢字はできるだけ減らす。
読みが特殊な字には必ずふりがなを。
物語を主人公の一人称で紡ぐことで、誰もが知る有名な逸話を描写するときも主人公の視点・感情を載せて、無味乾燥な描写になることを防ぐ。
僕が気付いただけでも、これだけの工夫をしています。
おそらくはもっとあるのでしょう。
そういう積み重ねもあって、織田信長や豊臣秀吉くらいしか知らないという読者でも十分に楽しめる作品になっています。
ここにプラスして歴史改変物としての強い魅力があります。
『猿の内政官』において、秀吉は準主人公といった立ち位置ですが、史実での豊臣秀吉の最期は幸せとは言えません。
彼が人生最後の大事業と位置づけていた朝鮮出兵が失敗し。
もともとは後継者にするつもりだった甥の秀次を仲違いの末に自害に追い込み。
そうしてタダ働きになった将兵や、秀次派諸将の不満が高まっている危険な状況で、幼い子を残してこの世を去るのです。
このとき、のちに政権を簒奪することになる徳川家康に対し、懇願するように何度も「我が子を頼む」という旨の言葉を送ったりもしています。
この最期が雲之助と出会った『猿の内政官』ではどう変わるのか。
いや、そもそも秀吉は奇跡的な過程で天下人になった人です。
雲之助によって変わった歴史でも天下人になれるとは限りません。
もしかしたら織田信長がそのまま天下人になり、秀吉はあくまで信長の家臣のままなのかもしれず、秀吉の身に不幸が降りかかるかもしれません。
まだまだ先の展開はわかりませんが、そういう所でワクワクできるのも『猿の内政官』の魅力の一つと言えます。
最後に、この作品を投稿してくださった橋本洋一様。
本当にありがとうございました。
現在はカクヨムコンに参加中とのことで、微力ながら応援させていただいております。
良い結果になることを心よりお祈りしております。