残酷な描写あり
R-15
異端ノ魔導師~Ⅲ
宵の口 ... ...
グラス中の氷を揺らし、遊ぶクロイツが、不意に呟いた。
「錬金術における極意、制約、秘術、記されし
翠玉碑 を保有していたという。故国・シャンテ ... 」
すると、酒場の店主が尋ねかける。
「お客様は ... あの魔導師様を追って、この町へ?」
他、客は四、五名ほど。
クロイツの返事は無かった。
しかし、呑んだくれの応答など、はじめから期待してはいない。
グラスの曇りを拭き取りながら、店主は気まぐれに話す。
「良質の鉱石が採れるとは言っても。もう、この町の鉱脈は掘り尽くされてしまったのか、
割に合わない労働のおかげで、すっかり人も減ってしまいましたよ。
... もっとも、クリスタルの坑道はまだ生きているので、
近頃なんか、工芸の方の彫りを始める者が増えてきたくらいでして。
あの魔導師様なら、金の鉱脈の一つくらい練り上げてくれたりはしませんかねぇ」
すると、些か興味をそそられたか。クロイツはくすくすと肩で笑いながら言った。
「錬金術を用いて金の指輪一つ作るのに、
その数千倍、100種近い資源を喪失すると言われている。
無生物資源、生物資源、様々にな。だが、どの道だ ...
この土地に、金の鉱脈一つの対価となりうるだけの資源は存在しなかろう ? 」
「 ... ... さすが監視官殿。恥ずかしながら、初めて知りました」
店主の顔が赤く染まる。
クロイツは続けた。
「魔導師達は、それを魔力や、己の肉体、命を削り補っているのだ。
対価の話を聞いてからだと、大したものだと思うだろう?」
「ええ ... そう、ですね ... 」
「それにな。無生物と生物資源。細かに言えば、
万物、生命、精神、神秘、それぞれ。
いかなる場合においても、異属種の掛けあわせ ...
〈複合錬金〉は制約に反するとして禁じられている。
多種多様にとはゆかぬところ、万物に纏わる資源のみを
金脈の対価にするなど ... ククク ... ... 」
「なおさら無理ですね ... 」
ますます顔を赤らめて、拭き上げたグラスを置く店主は、
大それた事を言って申し訳ありませんでした ... と、言わんばかり。
クロイツのグラスに酒を継ぎ足して黙った。
酒は、もちろんサービスで。
すると気を良くしたのか。
物思いに耽っていた彼の口から、ふわりふわり、言葉が漏れる。
「なぁ。マスター ... こういう話は知っているか?
錬金術における極意、制約、秘術、記されし
翠玉碑を保有していたという。故国・シャンテ ... 」
「ああ、先ほど、仰ってましたね」
「タブレットは彼の戦で、十二枚に砕かれた。
その内の一枚は ... その時、同時に失われたと、戦の後に捕虜となったシャンテの学者、
つまりは王族の一人が言ったそうだ。 だが、誰もそれを信じはしない。
奴らは、禁じられた複合錬金によって魔導兵を召喚し、操り、驚異的力を誇示していたからな。
他にも恐ろしい秘術を得てして、隠しているのやもしれぬ。 誰もがそう思ったのだ」
斯くして、シャンテの捕虜は皆、処刑された。
真実を言っていたのやもしれぬ。だが、それを証明することなど不可能だった。
「しかし、元はと言えば、やはり ... 自分達の力を傲った報いじゃないですかねぇ」
店主は言う。当然の結果だったのだろうと。
「そんな力、必要なかったのに。探求しすきたんですよ。学者ってヤツは ... ... 」
「違う ... ... 」
ところが、クロイツの異見が店主の言葉を遮った。
「 ククク ... お前は何も知らぬのだな」
嘲笑う声が癪に障る。だが、店主は気にせぬよう努めた。
話の続きが気になったのだ。
「そもそも人々が噂するような戦など起こってはいない。
シャンテは一方的に滅ぼされたのだから」
「え ... では、よく聞く、彼の戦というのは、いったい何の事を言ってるんですか」
この人、酔っ払って適当な話をしているのでは。
今更だが、疑わしく思った。
語り始めてからグラスを持たないクロイツの眼差しは、深刻さを訴えている。
その唇が、こう囁いた。
「全ては、帝国 ... 初代皇帝の蒔いた種」
「初代、皇帝 ... ですか」
店主は思い直して聞き入る。
「そう。彼の戦とは、皇帝の患った、〈病〉を発端にして起きたのだ」
「その病というのは、もしかして ... 」
彼の国は、滅ぼされた。
王族の多くは学者でもあったと伝えられる。
渓谷より大地を裂き。まるで彫刻でも施すかのように、白岩を伐り出しては積み。
繊細で美しい都と城を築き上げた彼の民は それを、遥か天空へ放ったという。
当時の様子と思わしき、絵画や文献も数多い。
穏やかでありながら、栄華を極めた国とも記された。
この世界において。
おそらく、その名を知らぬ者はいないだろう。
故国・シャンテ ... ...
錬金術における禁を犯した、罪深き一族 ... ...
彼は、その子孫である。
「フェレンス!!」
その時。咄嗟に呼び捨ててしまってから、カーツェルはハッとした。
咳払いをして誤魔化しつつ。
「旦那様 ... どうか、お気を確かに」
すると、聞いていたフェレンスが微かに笑う。
「大丈夫だ。それより ... 」
わざわざ言い直さずとも ... と、カーツェルに脇を支えられながら。
「人のことを笑っている場合ですか?
旦那様をおぶって入ったら、また ... 空の宿屋が満室になってしまいます」
「 ハハハ ... 立てる。平気だ」
いや。嘘だ。
「ご冗談を」
カーツェルは、そこにあった木箱に彼の身を預ける。
腕や背にものが触れるのを嫌がるため、腰を掛けさせる程度にした。
火傷が痛むのだろう。
「どうか、ここでお待ちを」
「ああ、分かった」
流石に、もう、そうするしかない。
カーツェルにも、見て取れた。
手っ取り早く、先ほど立ち寄った宿で他はないか聞いてみよう。
そう思い立って広場を振り向いた時だった。
いつの間にか、自分達の少し後ろに ... まだ幼い少女の姿。
胸元で手を握り、ジッとこちらを見つめる。
カーツェルは、僅かに首を傾げて向き直った。
麻色のボブヘアーに、栗色の瞳。
色褪せた藍のワンピース。クリーム色のジレ。
思うだけでも失礼な話だが。粗末な仕立ての衣服だった。
だが、瞳の輝きは美しい。
心配してくれている様子と見受け、声をかけようとした。
しかし、それよりも先に。少女が口を開く。
「あの ... ... ! あちらの方は、魔導師さまですか?」
小鳥の囀りのように、高く、澄んだ声だった。
カーツェルは、少女の清楚な言葉に、謹んで答える。
「ええ、そうですよ。そして、私の主人でもあります。あの方に、何か御用ですか?」
すると、少女の瞳が より一層、輝いた。
「あの方は、宿をお探しですね!?」
「え、えぇ。 よく、お気付きで ... 」
腰屈めたカーツェルに迫り、更に尋ねる。
少女の勢いに、少し驚いた。
カーツェルは息を飲みながら答え、そして尋ね返す。
「宜しければ、この広場の他に宿屋のある通りを、教えて頂けませんか?」
「この町には、あそこと、もう一軒しか宿屋はありません。ですが、もし、もし ... えっと ... 」
言い出せずに繰り返す少女は、唇を噛みながら胸の前で手を揉む。
また少し、首を傾げてカーツェルが待っていると、きゅっと瞼を絞り、彼女は続けた。
「もし、もし ... !よかったら、わたしの家にお泊り下さい!」
カーツェルは目を丸くして見た。
少女の真剣な眼差しを。
「しかし ... えぇ、あの ... 宜しいのですか? お家の方は ... 」
「家族はわたしと、お兄ちゃんだけです! でも、大丈夫!
魔導師さまのお疲れのご様子を見たら、きっとお兄ちゃんも、そう言うと思います。だから!」
「分かりました。ありがとうこざいます。では、お心遣い、慎み賜ります」
「でも、あの ... これは、お願いなのですが ... 」
「もちろん、お礼はお支払いしますので。どうか、ご安心を」
「いえ、違うんです! お金はいりません! だけど、部屋をお貸しする代わりに
お兄ちゃんの病気を診て欲しいんです!」
その時だった。カーツェルの目色が変わる。
「病気 ... ですか ... 」
〈病〉と聞いて、不穏な空気を察知した。
「はい。お兄ちゃんは病気で、町のお医者さまは〈霧ノ病〉だと言ってました ... ... 」
やはり ... ...
カーツェルは主人を振り返る。
聞いていたらしいフェレンスが、一つ... 頷いた。
霧ノ病 ... それは、彼の一族に異端の罪を着せた元凶とも言える。
高潔な民を追い込み、その子孫とされるフェレンスをも孤独に陥れ、今なお呪う。
忌まわしき奇病 ... ...
時を同じくして。酒場の二人は会話を続けた。
「シャンテの民は、皇帝の患った奇病の解明と治療を依頼される。
しかし、その過程で事故があったらしくてな」
「ふむ。して ... それは、どのような?」
「 ククク ... そう急くな。いずれお前も目にする日が来るだろう」
もどかしい思いがする。
店主が繰り返し尋ねても、クロイツは答えなかった。
しかし一つだけ。意味深げに、こう残す。
「〈霧ノ病〉はもう、世界に蔓延しはじめているのだ。
あの男... シャンテの子孫が帝国に姿をあらわした、その年から急速にな」
口火は切られた。
宵闇を彷徨う幾多の魂が、鎮魂の呪文詠唱に微睡む。
少女の案内した古屋の一室で、読みかけの本のページを捲りながら、カーツェルは聴いていた。
ベッドに横たわってもなお、慰みを詠い続ける。
フェレンスの吐息のような囁きを ... ...
人々は、まだ知らない。
思慮深かったはずの彼の民が何故、制約に背いてまで力を得ようとしたのか。
彼らは一体 ... 何と戦い、
何と引き換えに、滅びの道を辿っていったのだろう ... ...