残酷な描写あり
R-15
第百七七話 長平の戦い 二
王齮は斥候を放ち、趙軍の大将が誰なのか探りを入れる。
同年 10月(開戦1ヶ月目) 長平
王齮は斥候を派遣して、趙軍の詳細な戦力の分布を測った。時に威力偵察を行い、どこにどれだけの戦力があり、どこにどんな将がいるのかまで、見極めた。
本陣にて王齮は司馬靳と茶を飲みながら、報告を待った。
「せめて、敵大将が誰なのか位は、知りたいものですが」
「きっとこの砦を築いた将は、先見の明がある。この長平という戦に向いた平野を、自軍の有利になるように最大限利用している。恐らくその将は、それだけ戦略眼に優れた将だ」
「備えあれば憂いなしとはいいますが、絶対に安全ということはありません。戦ってみらねば、勝敗は決しません」
「そうだな。報告を待とう。苦いのはこの茶だけにして欲しいものだが、期待をすれば、凹んでしまうだろう」
そこへ報告が届けられた。
「敵大将は将軍廉頗です!」
その報告に、司馬靳が茶を飲む手は止まった。
「あの廉頗が相対するのか。趙奢が病没した今は廉頗が趙随一の傑物」
「まるで廉頗の方が劣っているかのような口ぶりですな、司馬靳将軍」
「将の力量は戦場によって変わる。話では、暴れ回るのが好きな猪のような将軍であるとな。つまり廉頗は、防戦は不得手だということだ」
「しかし防戦が得意だという楽乗ではなく、敢えて廉頗を総大将としたのであれば、なにか意味があるのでは?」
「政争であろう、王齮よ。戦は将兵のみならず、宮廷の権力者のものでもある。それが時として、自国の足を引っ張ることもあるのだ」
王齮軍は最も敵が薄い砦を攻撃した。そこは廉頗がいる趙軍本陣からは遠い、川の近くにある陣であった。
川の橋は落とされていたが、両軍は激しく弓を射掛け合い、蒙驁率いる歩兵部隊所属の弓兵はその練度と数で、敵陣を崩した。
浅瀬を通り敵陣を占拠するも、すぐさま駆けつけた増援により戦線を維持できなくなり、蒙驁は撤退した。
本陣にて、攻撃の顛末を確認した王齮は、一言「やはりか」と呟いた。
側近の司馬靳は、頷いていた。
「こちらは平野を通るしかない以上、大軍を動かせば、感ずかれる。最大でも五千しか動かせぬであろう。しからば、敵が増援を出せば必ず弾かれる」
「今後はこういう小競り合いをして、いたずらに兵力を損耗させないことが肝要ですね」
「そうだな王齮将軍。数ヶ月は睨み合いになりそうだな。いずれ廉頗の方が痺れを切らし、鉄壁の陣を捨てて突撃してくることもあるかも知れない」
その後は、数千人規模以上の戦闘が起こることはなかった。時々、両軍の斥候数十人規模による偶発的な戦闘が起こることがあったが、それだけであった。
そのまま数ヶ月の時が過ぎた。そのあいだ、秦軍はなにもしていない訳ではなかった。攻撃を行う機会を、伺っていた。
陣の前で廉頗を罵りながら酒を呑み、派手に注意引きながら、少しづつ兵力を平野の本陣から動かし、長平の端の山を登り、端の砦に二万の兵を置いた。
「突撃だ! この楊摎の旗に着いて参れ!」
楊摎は王齮の命令に従い、砦を制圧した。そして騎兵の速度を活かし、趙軍の援軍が来るよりも前に、周辺の砦を占拠した。
王齮は本陣から動き、五千を胡傷に与え、楊摎の援軍に向かわせた。そして王齮率いる部隊は反対側の橋に赴き、数ヶ月前に蒙驁が攻めた砦を攻めた。
再び蒙驁を使って砦を攻め取った王齮軍は、そのまま戦場の両端から、砦の列を攻撃していった。
「王齮将軍、こうして高台から戦況を眺めてみると、敵の内情が見える。思った通りだ。敵はこの奥にも更に第二、第三の砦群を構築し、戦線を敷いている。今回この砦群にいたのはおよそ一万で、奪われることを想定し、ただ我が軍の損耗を激しくさせんが為の兵力だった訳だ」
「砦群に籠ることで内情を探らせないまま、我ら秦軍に総力戦を仕掛けさせ、いたずらに秦軍の兵力を損耗させた。廉頗は思っていたよりも策士の様ですね」
「趙とは同盟であった為、間者の動きが鈍い。どうやら廉頗は対斉合従軍の頃より、大いに成長しているようだ」
王齮は斥候を派遣して、趙軍の詳細な戦力の分布を測った。時に威力偵察を行い、どこにどれだけの戦力があり、どこにどんな将がいるのかまで、見極めた。
本陣にて王齮は司馬靳と茶を飲みながら、報告を待った。
「せめて、敵大将が誰なのか位は、知りたいものですが」
「きっとこの砦を築いた将は、先見の明がある。この長平という戦に向いた平野を、自軍の有利になるように最大限利用している。恐らくその将は、それだけ戦略眼に優れた将だ」
「備えあれば憂いなしとはいいますが、絶対に安全ということはありません。戦ってみらねば、勝敗は決しません」
「そうだな。報告を待とう。苦いのはこの茶だけにして欲しいものだが、期待をすれば、凹んでしまうだろう」
そこへ報告が届けられた。
「敵大将は将軍廉頗です!」
その報告に、司馬靳が茶を飲む手は止まった。
「あの廉頗が相対するのか。趙奢が病没した今は廉頗が趙随一の傑物」
「まるで廉頗の方が劣っているかのような口ぶりですな、司馬靳将軍」
「将の力量は戦場によって変わる。話では、暴れ回るのが好きな猪のような将軍であるとな。つまり廉頗は、防戦は不得手だということだ」
「しかし防戦が得意だという楽乗ではなく、敢えて廉頗を総大将としたのであれば、なにか意味があるのでは?」
「政争であろう、王齮よ。戦は将兵のみならず、宮廷の権力者のものでもある。それが時として、自国の足を引っ張ることもあるのだ」
王齮軍は最も敵が薄い砦を攻撃した。そこは廉頗がいる趙軍本陣からは遠い、川の近くにある陣であった。
川の橋は落とされていたが、両軍は激しく弓を射掛け合い、蒙驁率いる歩兵部隊所属の弓兵はその練度と数で、敵陣を崩した。
浅瀬を通り敵陣を占拠するも、すぐさま駆けつけた増援により戦線を維持できなくなり、蒙驁は撤退した。
本陣にて、攻撃の顛末を確認した王齮は、一言「やはりか」と呟いた。
側近の司馬靳は、頷いていた。
「こちらは平野を通るしかない以上、大軍を動かせば、感ずかれる。最大でも五千しか動かせぬであろう。しからば、敵が増援を出せば必ず弾かれる」
「今後はこういう小競り合いをして、いたずらに兵力を損耗させないことが肝要ですね」
「そうだな王齮将軍。数ヶ月は睨み合いになりそうだな。いずれ廉頗の方が痺れを切らし、鉄壁の陣を捨てて突撃してくることもあるかも知れない」
その後は、数千人規模以上の戦闘が起こることはなかった。時々、両軍の斥候数十人規模による偶発的な戦闘が起こることがあったが、それだけであった。
そのまま数ヶ月の時が過ぎた。そのあいだ、秦軍はなにもしていない訳ではなかった。攻撃を行う機会を、伺っていた。
陣の前で廉頗を罵りながら酒を呑み、派手に注意引きながら、少しづつ兵力を平野の本陣から動かし、長平の端の山を登り、端の砦に二万の兵を置いた。
「突撃だ! この楊摎の旗に着いて参れ!」
楊摎は王齮の命令に従い、砦を制圧した。そして騎兵の速度を活かし、趙軍の援軍が来るよりも前に、周辺の砦を占拠した。
王齮は本陣から動き、五千を胡傷に与え、楊摎の援軍に向かわせた。そして王齮率いる部隊は反対側の橋に赴き、数ヶ月前に蒙驁が攻めた砦を攻めた。
再び蒙驁を使って砦を攻め取った王齮軍は、そのまま戦場の両端から、砦の列を攻撃していった。
「王齮将軍、こうして高台から戦況を眺めてみると、敵の内情が見える。思った通りだ。敵はこの奥にも更に第二、第三の砦群を構築し、戦線を敷いている。今回この砦群にいたのはおよそ一万で、奪われることを想定し、ただ我が軍の損耗を激しくさせんが為の兵力だった訳だ」
「砦群に籠ることで内情を探らせないまま、我ら秦軍に総力戦を仕掛けさせ、いたずらに秦軍の兵力を損耗させた。廉頗は思っていたよりも策士の様ですね」
「趙とは同盟であった為、間者の動きが鈍い。どうやら廉頗は対斉合従軍の頃より、大いに成長しているようだ」