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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第百七六話 長平の戦い 一
 白起が咸陽へ帰還した後、楊摎率いる新鄭包囲軍は、王齮軍と合流する為、移動を開始する。
 また王齮軍は邯鄲を目指し行軍を始め、長平の平野にたどり着く。
 蔡沢が白起の許へ訪れていた頃、王齮の許へも使者が訪れていた。秦王の命令で、王齮は上党郡を完全に占領した上で、趙の邯鄲を攻めるべく体制を整えることとなった。
 大勢の民が逃げ出し、もぬけの殻となっていた上党郡の各県城は、速やかに陥落した。
「張唐殿。秦王様は、邯鄲攻囲という激戦を、私に任せようとしています。正直、荷が重く不安です」
「普段は威風堂々としているそなたが、かような弱音を吐くなど、珍しいな王齮よ。しかし安心せよ。そなたには平野戦が得意なこの張唐。戦略眼に優れた胡傷。策謀に長けた臨機応変な司馬靳将軍がいる。それに、じきに新鄭包囲軍が増援として合流する筈だ。騎兵の天才楊摎将軍や、歩兵の天才蒙驁殿もいる」
「錚々たる顔ぶれの英雄達を率いるなど……」
「気負う必要はない。大将ただ、どーんと構えていればいいのだよ」

 楊摎率いる新鄭包囲軍は国境付近で兵を整え、王齮軍へ合流する為、上党郡へ移動を開始した。王齮軍は秦王の使者より下された王命に従い、合流を待たずに、邯鄲へ向け行軍を開始した。
 王齮軍が長平の平野へ到達した時、王齮軍は、長平に張り巡らされた砦や陣地を見て、驚愕した。
「これ程までの用意は、一年以上をかえて行うものです。趙は元より、対秦の戦を想定していたと見て間違いないですね、張唐将軍」
「その様だな。しかし陣地を破壊するのは、秦軍のお家芸だ。案ずるな」
「英雄豪傑の影に、不安は払拭されました。時間を掛け、ここで趙軍を破ります。誰か!」
「ここに!」
「ここに陣営を築く。白起将軍の真似をし、長平一帯の地図を作製させよ」
「御意!」

 王齮は長平中に斥候を放ち、製図をさせた。そのあいだ、両軍は長平にて睨み合いの状態になっていた。
 時が経ち、楊摎軍が合流。秦軍は七万の大軍であった。
 長平にて布陣する敵軍の数は五万であるという情報も手にし、王齮は、攻撃方法について軍議を行った。
 しかし、製図して地形を把握した今、王齮らは頭を抱えた。
「敵軍は我が方がこの平地に陣を構えることを想定し、岡や崖も利用した砦の列が、広範囲に広がっています。攻め方は……少ない」
「発言してもよろしいか、大将」
「許可します。司馬靳将軍」
「砦がある以上、敵の兵力は我が方の三倍以上であると見込むべきです。我が方は遠征を繰り返し、疲れ切っています。暫くは動かず、偵察を行い、より精細な地形や砦の位置、そして戦力を、把握すべきです」
「張唐将軍もそう思いますか」
「現状は打開策が思い浮かばぬ故、それが最善かと。我が方は遠征軍でありながら、堅固な兵站線を築いており、兵糧の心配はありませぬ。敵軍の穴を見極めましょう」
王齮は歴戦の猛者らの意見によく耳を傾け、斥候を放つことを決定した。
長平……現在の中華人民共和国山西省晋城市(高平市)
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