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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第百四三話 魏冄の馬車
 秦の函谷関へ到達した范雎ら一行は、魏冄の馬車列に出会す。見つかれば不法入国として断罪されかねない范雎は、息を潜める。
 馬車に揺られ、咸陽を目指す范雎と鄭安平ら一行。函谷関に近づいた時、既に夜は明け、暁が眩しかった。
「おや……あの人らはここの守備兵ですかい?」
「どれですかな。いいえあれは……丞相や王侯のみが乗車を許される、特別製の馬車です。鄭安平殿、見つかれば、殺されます」
「なんですって……!」
 すぐに、後ろの馬車にいた王稽も、そこに魏冄がいることに気づいた。しかし既に距離が近く、今更止まって方向転換をすれば、怪しさこの上ない。
「見つかれば……逃亡の手助けをしたとして首を刎ねられかねない。賄賂を受け取り入国の手助けをしたなど、聞いて貰える訳もない。なんとか自然に……乗り切らねば」
 すれ違う時、魏冄が乗る馬車を先導する騎兵隊長は、王稽が乗る馬車に対し、顔を出すように求めた。王稽は平静を装いながら窓にかかった布を指で上げ、顔を見せた。
「どちらさんかな」
「丞相のお通りです。ご挨拶願います」
「穣候がおられたのか。それは失礼した」
 王稽は馬車を降り、初めて気づいた振りをして、魏冄の馬車を見て、驚いて見せた。
 そして駆け寄り、「王稽が穣候にご挨拶申し上げます」といった。
「おぉ、王稽か。なに故、函谷へ戻ったのだ」
「母の誕生日を祝う故、戻りました」
「そうか。母君は息災か」
「はい、穣候の施しにも預かり、息災にございます」
「それはよかった。その……馬車はなんだ。なにが入っているのだ」
「あぁ……あれはつまらぬ物にございます。異国の物を、母に贈ってやろうと思いまして。俗っぽいものですが、母に喜んでもらおうと思ったのです」
「そうかそうか。孝行な男だな。母君を大切にするのだぞ」
「ありがとうございます。穣候……中を改められますか……?」
「いや、その必要はない。早う向かうのだ。母君の誕生日祝いに、遅れてしまうぞ」
「そのように致します。それでは、失礼いたします」

 范雎と鄭安平は、息を殺しながら、聞き耳を立てていた。心臓の鼓動は強く打ち、生きた心地がしなかった。
 魏冄ら一行が去った後、鄭安平は口を開いた。
「死んだかと思った……。これで咸陽に入れるのですね」
「穣候は……知者です。今は見逃しても、やはり戻ってきて、中を改めるように思います」
 范雎は思案した後、馬車を止めた。そして鄭安平を連れて、付近の山林に身を潜めた。
 すぐに、魏冄ら一行は戻ってきた。そして魏冄らは、規則に則って中を改め、そして再び去っていった。鄭安平は、范雎という男の見識の深さに脱帽した。
「さぁ馬車へ戻りましょう、鄭安平殿。そして入るのです。我らの立身出世の地、咸陽へ」
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