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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第百四二話 范雎、秦へ向かう
 鄭安平は范雎を逃がすことに協力し、共に秦へ向かう。
 翌朝、范雎は鄭安平に礼をするからと、自身の知人の家を尋ねるように伝えた。事情を伝えれば、助けてくれるというのだ。鄭安平は警戒心から初めは断ったが、またしても范雎に懇願され、渋々承諾した。
 鄭安平は聞いた住所を尋ね、住人に事情を話した。
「范雎殿は足が折れて満足に歩くことも叶わず、困り果てているのです」
「相分かった。日が落ちる前にそちらの家を訪ねます」
「そうですか。まぁお待ちしております」
 鄭安平は、住人の男が、密告したりはしないだろうかと、勘繰りもした。しかし、不安にはなっても、楽観的に、まぁなんとかなるだろうと考えた。鄭安平は、そういう男であった。

 夕刻、昼間の男は約束通りに、鄭安平と范雎を訪ねた。
 男は范雎に拱手をすると、「馬車を用意した故、お乗り下さい」といった。
 范雎は受け取った杖を突いて、立ち上がった。
「鄭安平殿、礼をする故、ご同乗下さい」
「この馬車は……どこへ行くってんだい」
「秦です。友がおります」
 鄭安平は、厠番の役に不満を持っていた。そして魏はもう落ち目であると感じていた。迷いもあったが、彼は、死の淵から這い上がってきた范雎を信じたいと思い、馬車へ乗った。

 夜の内に大梁を抜け出した一行は、秦と魏の国境付近で、数名の秦兵と馬車に出会した。
 それは王稽率いる小部隊であった。
「范雎殿、ご機嫌いかがか」
「これは王稽殿、大梁包囲時以来ですね」
「そなたが主人である須賈を見限り、我が主、穣候に仕えたいと仰った時、そなたが秦へ来るとあらば手助けをするといった。だがこんなにも早く、しかも手ぶらで来るとは思いも寄らなんだ」
「手ぶらですが、私を登用して下されば、秦にて大功を立ててご覧に入れます」
「登用されるかどうかは分からぬぞ。それも全て、そなたの運次第だ。まぁよかろう。そなたを城へ入れよう」
「ありがとうございます。ですがこんな辺境の地にいては、穣候へのお目通りは叶いません。私を咸陽へ送っていただきたい」
「その見返りはなんだ。また袖の下か?」
「登用される大功を立てた後、王稽殿を、諸侯に並べるよう推挙致します」
「またそなたは、出世払いというのか。不思議だが、そなたの言葉は信じてみたくなるな」
 范雎と王稽の会話を聞いた鄭安平は、范雎がいっているお礼は、出世払いになるのだということを察した。来るべきではなかったと、少し後悔したが、時既に遅しであった。
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