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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第百三二話 白起、武安君に封じられる
 咸陽にて執り行われた論功行賞にて、白起は、武安君に封じられる。
 秦王は大勝を祝し、論功行賞を執り行うこととした。
 白起は現場の指揮を副将の張若に一任し、咸陽へ向かった。

 咸陽に戻った白起は参内し、秦王から多大なる賞賛を受けた。
「国尉白起に、これ以上どのような褒美を与えれば良いものか。余に良い案を与えよ、百官達よ、ほら、なにかないのか?」
 秦王の問に、魏冄が答えた。
「土地を与え、侯に封じるのはいかがでしょうか」
「おお、それは良い! 白起よ」
「ここに」
「そなたを侯に封じる。詳細は追って定め、通達する」
「秦王様、万歳!」

 数ヶ月後、白起は秦王によって、武安君に封じられた。
 受封した白起は改めて秦王より命を受け、咸陽を出た。
 彼は漢中から巴蜀に至る一帯に封地を得てから、封地を回った。しかし留まることはなかった。
 白起は秦王より命令を受け、黔中郡の制圧の為、再び前線へと向かったのである。


 汨羅江(べきらこう) 屈原

 都の郢が陥落してから、屈原は行方をくらませていた。任地の城から居なくなり、近くの汨羅江で、着の身着のまま、まるで浮浪者のような暮らしをしていた。
 川の畔へと来た時、屈原は、そこで魚を吊ろうとする一人の漁夫と出会った。
「あなたは……左徒の屈原様ではありませぬか!」
「左徒か……。郢を失い、国は失われたも同然。官職など、もはやなんの意味も持たぬ」
「そうですか……それは残念なことです。あなたの程の方が、こんなにも落ちぶれてしまうなど……」
「王に遠ざけられたのだ。その時から私は、姿は立派でも、心の中は今と同じく、悲しみに満ちていた。……さる人の言葉だ。『髪を洗ったのなら、冠を被る前に、その塵を払うべきである。体を洗ったのなら、衣を纏う前に、その埃を払うべきである』。世の中が濁っている中、私だけが清らかでいた。誰もが酔う中、私だけが醒めていた。こうなることは、とうの昔から決まっていたのかも知れぬな」
 虚ろな目をする屈原は、傷んだ髪を掻き分けながら、懐に石を詰め出した。
 その姿を見た漁夫は、なにかを悟ったような顔で、屈原を見つめていた。それから釣竿を小船にしまい、優しい声でこういった。
「聖人は物事に拘らず、ただ人の流れに乗るものです。いわばこの小船と同じ。荒波には逆らおうとすれば、沈むだけ。しかしそれもまた人生。世俗の汚さに身を汚す位なら、いっそ清らかなまま、沈みいく方が幸福なのかも知れませんね」
 漁夫の言葉を聞きながら、石を拾っていた屈原が、顔を上げて川を見た時、既に漁夫は消えていた。それが幻聴幻覚の類だったのか、彼には分からなかった。
 屈原は石を重りとし、汨羅江の中へ沈んでいった。
 張若(生没年不詳)……戦国時代、秦の蜀郡郡守。

 汨羅江……長江の支流の一つであり、汨水と羅水が合流し汨羅江となる。楚の左徒である屈原が身投げをしたことで有名。
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