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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第百二七話 白起、蛮河を攻める
 鄢の大将軍項叔は、秦軍が小競り合いしかしかけて来ないことに、疑問を覚えていた。そんな時、秦軍は大攻勢に打って出て、不自然にも激流の蛮河を攻め立てる。
 鄢 項叔

 秦将白起が着任してから数日後、項叔の許に偵察兵の報告が入ってきた。
「報告! 秦軍が再び小部隊で侵攻! 現地部隊が迎撃しています!」
「これで三度目か。位置を教えてくれ」
「鄢の西南、川のない山岳地帯です!」
「西南か。場所は毎回異なるが、やはり川や沼地を避けているのだな。敵軍は水軍もいると聞いているが、やはり川の流れは激しく、幅が狭い点から、使い辛いのだな。迎撃を続けろ」
「御意!」
 伝令が走り去っていくと同時に、横に座る副将がいった。
「秦は小競り合いばかり仕掛けてきますな」
「打開策がないのであろう。あえて敗けて、その背を向けることで、我々を外に引き釣り出そうとしているのだ。その手には乗らぬ。現地部隊のみで対応し、他の駐屯地や鄢の主力軍は、出撃させてはならん」
「ご明察にございます!」

 項叔は、秦軍の兵糧が尽きるのを待っていた。このまま待ち続けていれば、勝てると信じていた。
 しかし数日後、秦軍は一万の兵で三箇所を同時に襲うという、これまでの小競り合いとは比べ物にならない大攻勢に出た。
 斥候からの報告を受け取った項叔は、地図を広げ、位置を確認した。
「敵軍主力がどこを攻めているのか、もう一度いってくれ」
「蛮河にございます」
「その蛮河というのはどこだ……? そのような城はないが」
「蛮河は城ではなく、川が入り乱れる地点にございます。最も幅が広く船を浮かべやすいですが、複数の川が合流し、激流となっています。その為、船を進めるのは困難です」
「つまり敵軍は、形振り構っていられず、一か八かの賭けに出たということか……かの有名な白起もそんなものか……! 愉快だ!」

 項叔は複数の部隊を鄢から派遣し、現地の駐屯兵と合流させ、秦軍を迎撃させた。
 鄢にて地図を眺めながら戦局を見守る項叔は、勝利を疑わなかった。
「小競り合いでの勝利に加え、此度の攻勢を撃退できれば、流石の楚王も私や我が軍を信用するであろう」
 しかし妙に不安に苛まれた。
「しかし白起ともあろう者が、無策に蛮河を攻めるだろうか。我が軍の兵力を分散させ、尚且つ、敵の無傷な水軍を活用したいという理由だけで、本当に蛮河を攻めるだろうか。最も兵数が多いというのは、水軍の数が減っておらず、たまたまなのか。もし蛮河が奪われたのなら……少し深読みしてみなくてはならないな」

 それからしばらくして、項叔は戦況報告を受け取った。戦況は、陸路では秦軍を跳ね返したが、蛮河は秦軍の猛攻に押され、奪われたようだった。
「やはり敵は無策な攻撃に見せかけて、蛮河を獲りにきたのか……! しかしその理由がわからぬ。蛮河のような荒れた川を獲って、一体なにになるというのだ……?」
 項叔は危険な蛮河周辺から兵を下げ、陸路の防衛に兵を回した。蛮河を失っても、すぐにこの戦の優位が揺らぐことはないと、そう思っていた。
蛮河……巴蜀から楚へと流れる川、漢水の一部。
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