残酷な描写あり
R-15
第百六五話 将軍趙奢
秦軍が国内に侵入したことを受け、趙王は誰に迎撃させるか考える。しかし将軍楽乗、将軍廉頗は迎撃は困難であると主張する。
前269年(昭襄王38年)
魏冄は秦軍を率い趙を目指し進軍を始めた。穣へ移動し、予め招集していた中原の兵を合流させると、魏冄は穣に留まった。
「丞相、これよりは、予定通り私が兵を率います」
「胡傷将軍よ、そなたは優れた手腕を持っている。後のことは、今回合流した中原の将らとともに協議し、趙の動きをよく見極め、戦うのだ」
胡傷は趙へ向かい北上した。斥候を放ち、趙の動きを探りながら、胡傷は慎重な進軍を続けた。
同年 邯鄲
趙王は、秦軍が中原で武具兵糧を整えた上で、遂に趙へ侵攻を始めたことに対し、対抗策を練っていた。
「藺相如、そなたはどのように対抗すべきと思うか」
「もはや外交にてこの攻撃を防ぐことは不可能。秦が趙へ刃を向ける日は、そう遠くないとは思っておりました。故に、常に警戒し、武具兵糧は十分に用意してあります」
その意見を聞いた趙王は、迎撃の構えを執ることを決めた。
「敵将が誰かは、不明である。予想は常に最悪の自体を想定するべきである為、仮にそれが武安君白起だとした場合、迎え撃つ自信がある者はいるか」
将軍らは、黙り込んだ。未だ負け戦を知らない白起と戦い、勝てる自信など、ありはしなかった。
「廉頗よ、そなたでも勝てぬと申すのか」
「正直に申し上げます。勝てぬとは申しませぬが、勝てるとも申せませぬ。勝てると豪語する者がいれば、それは嘗ての私のように、暴れ馬で、自信過剰な者だけでしょう」
「冷静になったそなたの力は、暴れ馬であった頃より優れているであろう。そなたが迎撃すべきではないか」
「敵の進軍速度から察するに、我らは閼与にて陣営を築き、迎え撃つことになります。これは敵の主力である騎兵の力を封じることができる、険しい土地です。しかしそれは同時に、同じく我が軍の主力である騎兵の力も封じられます。この戦は、単純に将軍の力量に決まるものに非ず、両軍とも苦戦するものとなるでしょう」
弱気なことをいう廉頗に同調するように、将軍楽乗も発言した。
「今回ばかりは、廉頗に同感です。迎え撃つならば閼与になるでしょう。しかしそこは、あまりに戦い辛いのです。戦線をさらに後方に敷けば、例え相手が白起であろうとも、勝利を手にすることができるでしょう」
趙王は、戦わずして退こうとする軍に、趙王は苦慮した。しかし名君である趙王は、激怒することはなく、冷静にその意見を受け入れた。
「余は、優れた趙軍の将兵を信じている。蛮勇で戦に勝てぬことも知っている。南部の民には申し訳ないが……切り捨てはやむを得ぬか。されど……余は王位に就いてから三十余年、病を患い、もはや先は短い。世継ぎは真面目なれど、賢いとはいえぬ……。秦の脅威を前に、戦うこともせず退かねばならぬとは……不安は積もるばかりである」
項垂れる趙王に対し、将軍趙奢が突然、声を上げた。
「趙王様の不安は、杞憂に御座います。私が秦軍を迎撃し、蹴散らしてご覧に入れます」
「余に寄り添う気持ちには感謝する。なれど、迎撃は賢明では無い」
「そんなことはありませぬ。勇猛な廉頗将軍や楽乗将軍は、強みである騎兵を活かせぬ戦場では、勝てぬことを考慮して当然です。しかし私は、逆に好機だと考えます。敵は勇猛な秦軍。互いに騎兵を活かせぬのであれば、あとは狭く険しい地形を活かせる将の力量次第。私は閼与の地形に詳しいです。私ならば、例え相手が白起であっても撃退できます。もし白起でなければ、完膚なきまでに叩きのめしてみせましょう!」
豪語する趙奢に、趙王は心を打たれた。そして、趙奢に兵を与え、進軍を命じた。
魏冄は秦軍を率い趙を目指し進軍を始めた。穣へ移動し、予め招集していた中原の兵を合流させると、魏冄は穣に留まった。
「丞相、これよりは、予定通り私が兵を率います」
「胡傷将軍よ、そなたは優れた手腕を持っている。後のことは、今回合流した中原の将らとともに協議し、趙の動きをよく見極め、戦うのだ」
胡傷は趙へ向かい北上した。斥候を放ち、趙の動きを探りながら、胡傷は慎重な進軍を続けた。
同年 邯鄲
趙王は、秦軍が中原で武具兵糧を整えた上で、遂に趙へ侵攻を始めたことに対し、対抗策を練っていた。
「藺相如、そなたはどのように対抗すべきと思うか」
「もはや外交にてこの攻撃を防ぐことは不可能。秦が趙へ刃を向ける日は、そう遠くないとは思っておりました。故に、常に警戒し、武具兵糧は十分に用意してあります」
その意見を聞いた趙王は、迎撃の構えを執ることを決めた。
「敵将が誰かは、不明である。予想は常に最悪の自体を想定するべきである為、仮にそれが武安君白起だとした場合、迎え撃つ自信がある者はいるか」
将軍らは、黙り込んだ。未だ負け戦を知らない白起と戦い、勝てる自信など、ありはしなかった。
「廉頗よ、そなたでも勝てぬと申すのか」
「正直に申し上げます。勝てぬとは申しませぬが、勝てるとも申せませぬ。勝てると豪語する者がいれば、それは嘗ての私のように、暴れ馬で、自信過剰な者だけでしょう」
「冷静になったそなたの力は、暴れ馬であった頃より優れているであろう。そなたが迎撃すべきではないか」
「敵の進軍速度から察するに、我らは閼与にて陣営を築き、迎え撃つことになります。これは敵の主力である騎兵の力を封じることができる、険しい土地です。しかしそれは同時に、同じく我が軍の主力である騎兵の力も封じられます。この戦は、単純に将軍の力量に決まるものに非ず、両軍とも苦戦するものとなるでしょう」
弱気なことをいう廉頗に同調するように、将軍楽乗も発言した。
「今回ばかりは、廉頗に同感です。迎え撃つならば閼与になるでしょう。しかしそこは、あまりに戦い辛いのです。戦線をさらに後方に敷けば、例え相手が白起であろうとも、勝利を手にすることができるでしょう」
趙王は、戦わずして退こうとする軍に、趙王は苦慮した。しかし名君である趙王は、激怒することはなく、冷静にその意見を受け入れた。
「余は、優れた趙軍の将兵を信じている。蛮勇で戦に勝てぬことも知っている。南部の民には申し訳ないが……切り捨てはやむを得ぬか。されど……余は王位に就いてから三十余年、病を患い、もはや先は短い。世継ぎは真面目なれど、賢いとはいえぬ……。秦の脅威を前に、戦うこともせず退かねばならぬとは……不安は積もるばかりである」
項垂れる趙王に対し、将軍趙奢が突然、声を上げた。
「趙王様の不安は、杞憂に御座います。私が秦軍を迎撃し、蹴散らしてご覧に入れます」
「余に寄り添う気持ちには感謝する。なれど、迎撃は賢明では無い」
「そんなことはありませぬ。勇猛な廉頗将軍や楽乗将軍は、強みである騎兵を活かせぬ戦場では、勝てぬことを考慮して当然です。しかし私は、逆に好機だと考えます。敵は勇猛な秦軍。互いに騎兵を活かせぬのであれば、あとは狭く険しい地形を活かせる将の力量次第。私は閼与の地形に詳しいです。私ならば、例え相手が白起であっても撃退できます。もし白起でなければ、完膚なきまでに叩きのめしてみせましょう!」
豪語する趙奢に、趙王は心を打たれた。そして、趙奢に兵を与え、進軍を命じた。