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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第百六三話 遠交近攻
 秦王から天下統一の策を求められた張禄は、遠交近攻策を献じる。
 張禄は秦王と二人、部屋の中で語り合うこととなった。秦王は、魏冄を丞相の位から引きづり下ろし、政から遠ざけたいと考えていた。
 張禄には、生涯をかけて成し遂げたい策があった。それは自身の栄達を成し遂げ、死ぬまでその栄光の輝きを絶やさないようにする、利己的なものであった。しかし、その途中には、秦王と志を同じくしているところもあった。
「張禄殿、そなたの策を献じてくれ」
「はい。まずは、丞相の……」
 張禄が言葉を出した時、扉が少しだけ、軋む音がした。神経を研ぎ澄まし、集中していなければ、決して聞き取ることもできなかったであろう音を、彼は聞き逃さなかった。
 丞相魏冄を、退かせる策を語れば、魏冄派の者に命を狙われる。そう悟った張禄は、普遍的な対外戦略について語った。
「丞相の軍は、これまで魏や韓、楚を攻め、多大なる戦果を出してきました。そして次に斉や趙、燕を狙っていますが、これは勝つことは容易くとも、勝ち続けることは、非常に難しいでしょう」
 扉は依然として、小さな音を、立て続けていた。
「それはどういう意味だ、張禄殿」
「趙は咸陽から近くとも、未だに足掛かりとできるような城は陥せておらず、攻略には時間がかかります。また楚は咸陽から遠く、斉、燕へと続く道は辛うじて繋がっているだけで、その往来は不便で、難しいです。つまり戦に勝利して城を得ても、統治して秦に帰属させるのは、難しいという意味です」
 扉の音はなくなっていた。外交の話しかしていないと、納得したのだろう。そう思った張禄は、手短に前置きを終わらせた。
「つまり、秦の方針としては遠きと交わり、近くを攻めるのです。この遠交近攻の策は、一見すれば上述の通りの効果しかないように思えますが、それはあくまで対外的なものです。この策の真意は、魏の大梁から穣候の影響力を削ぎ、穣邑の地周辺を取り上げ、穣邑を弱体化させるのです」
「つまり……それによって、魏冄は弱体化し、宮廷から追い出しやすくなるということか」
 秦王は納得し、その策に心を奪われた。秦の為であるという建前がある以上、魏冄は闇雲に策に反対することもできない。かといって、これに代わる、優れた方策を考えることができるはずもない。
 強いていえば、魏冄がまた自ら軍を率い、趙、楚、斉、燕のいずれかを攻め、完全に滅ぼし、統治を成し遂げる。そういうことがあれば、この策は失敗に終わる。
 だがそれには、果てしない時間がかかる。統治の成果は、数十年という時間がかかるものである。だからこそ、老い先短い魏冄には、その手を打つことはできないのである。しかし他に、魏冄が取れる手はないのだ。
「そなたの策は、天下を獲る策だ。その才知は、天を貫き、留まることを知らぬ。そなたは……余の片翼である」
「恐れ入ります」
「張禄よ、そなたの策は早速、翌朝の朝議にて布告しよう」
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