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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第百十一話 蒙武、垣邑へ戻る 前編
 斉での戦を終えた秦軍は、秦へ戻り、国境付近の垣邑へ入った。蒙武は麗華の許へ向かい、二人で街を散策する。
 垣邑 蒙武

 秦軍が斉から兵を引き、秦国内に帰還した後、国境付近の拠点である垣邑へ入った。軍が武具兵糧を補充し、兵が休息を取る癒しの時間である。
 蒙武には、行きたいところがあった。無論それは、曹麗華の店へである。
 蒙武が街へ出ようとした際、蒙驁が声をかけた。
「どこへ行くんだ?」
「あぁ……少し街へ。今日はともに酒を呑めません、親父殿」
「酒の誘いではないわ。……いつかちゃんと紹介するよだぞ。蒙家の当主は私だ。子が父への隠し事などするでないぞ」
 そういうと、蒙驁は不敵な笑みを浮かべ、それから蒙武の背中を叩いた。女の許へ行ってこいと、そういう意味であった。

 街へ出た蒙武は、目的地へ向かった。最早、見慣れた景色であった。屋根が高い二階建ての家屋を右に曲がり、店が連なる通りを進み、七つ目の、右側の店だ。
 いつもの通り扉を開けると、そこには、見慣れた格好で箒を使い床を掃く少女がいた。
「会いに来たぞ、麗華」
「蒙武さん……! 軍が入ってきたから、来ると思っていたわ。必ずまた会えるって、信じて待っていたの」

 それから二人は、街を散策した。蒙武が、この街について知りたいからと、麗華を誘ったのである。麗華は店を出てから、通りを進み、茶色い暖簾の店に入った。そこは衣服を取り扱う店だ。
「ここは私の行きつけのお店なの。蒙武さんのその服、随分と汚れているから、連れてきたいと思っていたのよ」
「確かにこの服は、戦のあいだも甲冑の下に着ている。元はもう少し明るい色だったと思うのだが」
 そんな話をしていると、店主の老婆が出てきた。
「これはこれは曹の娘さん、よくいらしたね。この前は、うちの孫にお菓子を贈ってくれてありがとうね」
「いつもお世話になっているから、当然のことよ」
「それで、今日はどんなのをお探しなんだい?」
「こちらの御仁に、綺麗な衣を買いたいの。どんなのがいいかしら」
 そんな会話をしながら、二人は慣れた足取りで奥の部屋へ向かっていった。蒙武はオドオドとしながら草履を脱ぎ、後を追った。
 蒙武の衣を選ぶあいだ、麗華は笑顔が絶えなかった。女子(おなご)の情緒など、今まで微塵も気にしたことはなかった。だが、麗華が楽しんでいるというのが、蒙武にも分かった。女子の感情の機微に気づいたのは、これが初めてだと思った。
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