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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第八三話 秦王、司馬錯を訪ねる
 秦王は、魏冄が白起を自勢力に引き込んでいることに、不満を覚えていた。対抗策として秦王は、司馬錯を自勢力に引き入れることを思いつき、彼の許を訪ねる。
 前286年(昭襄王21年) 咸陽宮

 秦王は咸陽宮にて、酒を呑んでいた。塩を摘みながら呑む酒は、いつもよりも刺激的に感じられた。
 最近は、こういう風にやけ酒を呑むことはなかった。だが、この日は久々に酒をたらふく呑み、鬱憤を晴らそうとしていた。
「なにゆえ余は……魏冄に勝てぬのだ。王が一人の臣下である白起を優遇しているにも関わらず、奴は魏冄側の人間との交流が増えて、より魏冄と親密になっている。余は……情けない」
「これ以上呑まれてはお体に障ります」
「うるさい唐姫よ。余は……余はどれだけ魏冄に悩まされればいいのだ」
「秦王様……」
 唐姫の静止を振り解き、秦王は銅爵に注がれた酒を、一気に呷った。
「天下の東西に君臨する強国の王が、互いに王を越す称号を名乗り、天下にその威名を轟かせるなどと……。得意気にそんなことを献策しよって。余を煽(おだ)てよってからに!」
「それは斉王を有頂天にさせ、蘇秦を納得させる為の策であると、王様も理解し受け入れていたではありませぬか」
 酒が回っている秦王は、急に激昂し、銅爵を投げつけた。
 あまりの豹変ぶりに、唐姫は涙を流したが、秦王は「出ていけ!」と怒鳴りつける始末であった。

 数日後、秦王は魏冄を上回る為に、司馬錯に狙いを定めた。司馬錯は魏冄の影響をあまり受けていなかった。司馬錯は王の名の下に巴蜀を征服し、名声を極めた名将である。今さら魏冄の側に立つことはないというのが、両勢力の共通認識であった。
 秦王は、漢中の都、南鄭に向かった。そこには司馬錯の仮の住まいがあった。秦王は屋敷を訪ねるも、司馬錯は不在であった。
 秦王は屋敷の下僕から、司馬錯が練兵場にいることを聞いた。秦王は司馬錯の練兵を見てみたいと思い、屋敷で待たずに、練兵場へと向かった。

 練兵場に向かうと、丁度、軍事演習が行われていた。棒と盾を持った兵が敵味方に別れて陣を敷き、威勢を上げ、互いの陣営を威嚇していた。
 片方の陣営が動き出すと、敵陣営も呼応して動き出す。そして棒で敵を叩き、敵の司令官がいる本陣を目指し、進んでいった。
 その光景は、かつて函谷関で見たものと同じだった。命こそ奪わないが、味方同士で殺気に満ちた空気を作り出し攻撃しあう姿に、秦王は、宮廷での自分と魏冄の姿を重ねた。不愉快な気分になり、すぐに司馬錯の許へ向かった。
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