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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第六六話 魏冄、蘇秦と会合す
 穣候魏冄は蘇秦と会合する。穣候魏冄の狡猾さに、蘇秦は辟易する。
 同年 咸陽

 魏冄は、最重要事項として、幾度となく蘇秦との会合を行っていた。蘇秦の類稀(たぐいまれ)な弁舌で、斉国内では宋攻めが決定事項となっていた。しかし時期が悪く、未だに攻撃の時期を決めかねていた。
 斉主導で宋を攻め滅ぼす。そしてその領土を割譲し、蘇秦の企てである合従軍が有益であることを、各国に知らしめる。その後、最も疲弊した斉を、六国による合従軍が攻略する。大まかな流れは既に定まっているが、各国の足並みも未だに揃ってはおらず、各国が出兵するか否かや、その数や時期等も、未だに白紙の状態であった。
 だが魏冄は率先して、合従軍側に立って行動することを、約束した。
「蘇秦殿、秦の方針は一貫して、韓と魏への侵略となっています。もし我々が合従軍に加わるとあれば、韓と魏の両国は、味方に付けられませぬ。そればかりか、我が国はその二国(ふたこく)の国境を越えられず、斉へ進軍することができませぬ」
「その点は承知しています。そしてこの合従軍の根底にあるのは、燕による斉への怨恨。その為に各国の方策を変えさせる訳にも、いきませぬ。しかし手は取り合わねばなりません。その為に、此度の宋攻めがあるのです。秦が一時的に魏や韓への侵略を止め、斉による宋攻めへ参加した韓や魏へ、武具兵糧を送って支援するのです」
「そこには理由付けが必要でしょう、蘇秦殿。その理由とはつまり、秦と並び立つ強国である斉を滅亡させるという、願い。その願いが秦国の臣民の本心であると伝われば伝わる程、我が秦の宋攻めに際しての武具兵糧の援助が、心からの援助であることが、伝わるでしょう」
「流石穣候、話が早くて助かります」
 蘇秦の、遠慮を欠いた上からのものいいに、魏冄は笑った。白くなりつつある髭を撫でながら、魏冄は「そなたの野心、正に縦横家というべきか」といい、笑い続けた。
「しかしな蘇秦殿。私には一つ懸念があるのです。韓王は優柔不断で、ハッキリいってしまえば、時勢が読めぬ無能です。どれだけ宋攻めへの参加が有益かを説いても、韓は話に乗ってこないと思うのです。そなたは理屈で国を動かす自信はあるようだが、王という一人の人間を手玉に取るのは、得意ではありますまい」
 蘇秦は痛い所を突かれたと思い、動揺を悟られまいと、薄ら笑いを浮かべた。魏冄は、蘇秦の自尊心の高さを見抜いていた。その自尊心は、自分にもあると、彼は知っていた。だが蘇秦は自分と違い、幼稚だと感じていた。しかしその幼稚さが上手く作用して、野心の為なら手段を選ばない大胆さにも繋がっていると、魏冄は感じていた。
「今のは冗談です。斉王に取り入って孟嘗君を追放できたそなたに、さっきの指摘は当てはまらぬでしょう」
「実(まこと)、そなたの失言ですぞ、穣候」
 二人は笑った。そして酒を呷った後、魏冄はいった。
「我が秦は、宋攻めに際しては必ずや武具兵糧の援助をしましょう。しかし、実際に各国の軍が編成されて戦地へ赴くまでは、秦は魏や韓への攻撃をやめませんぞ。韓や魏が滅びては、斉も宋攻めどころではなくなり、燕も斉への復讐どころではなくなるでしょう。復讐を果たされたくば、お急ぎください」
 魏冄は、したり顔で笑った。蘇秦は、溜息をつき、頭を掻いた。
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