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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第三三話 函谷関の戦い 四
 戦いが膠着化したことで、秦王は魏冄に停戦交渉の任を与える。
 咸陽宮 秦王

 函谷関、武関での戦は一進一退の攻防を繰り返し、膠着していた。秦は、数ヶ月経っても合従軍が撤退しないことで、徐々に疲弊してきていた。
 秦王は魏冄を私的に宮殿に招き、庭園を眺めながら、進退について協議していた。
「戦は数ヶ月続いておる。このままでは、我が国の兵糧も減りつづけ、次に反乱が起きた際に対処できなくなってしまう。反乱が起こることを前提にしていてはいけないが、過去を振り返ってみれば、起きぬと考えるのは楽観的といわざるを得ないだろう」
「真に、危惧すべき状況です。先日、同盟国の趙へ救援要請を行いましたが、今は中山国を攻め落とすことに忙しく、兵を出す余力がないと申しておりました。しかし、どうも妙だとは思いませぬか」
 顎髭を撫でながら神妙な面持ちで語る魏冄に、秦王はため息をつきながら、「なにがだ」といった。
「合従軍は遠征軍であり、我々よりも先に武具や兵糧は尽きるはず。にも関わらず奴らは幾度となく死闘を仕掛けてきます。それは普通に考えれば、国力を損ねるものであり、斉の孟嘗君の怒りにそこまで付き合う必要はありません」
「つまりなにがいいたいのだ」
「斉、韓、魏は、秦を滅ぼそうとしているのではありませぬか」
 秦王は狼狽えた。侵略される怒りからではなく、先祖から受け継いだこの国を滅ぼせると他国に思わせるほど、隙を作ってしまった己の情けなさから、狼狽えたのだ。
「魏冄よ、趙が救援要請に応じないのも、秦を見限ったからか。座して滅びいくのを眺めるつもりなのか……!」
「座して眺めるのならまだ良いものです。中山国を滅ぼしたのち、合従軍に合流するやも……知れませぬ」
「趙、韓、魏は元は晋という一つの国であったな」
「左様にございます。こうなった以上は、中山国から兵が戻るより前に先手を打って、趙を討ちましょう。幸い巴蜀方面は落ち着いており、司馬錯が軍を動かせます。そして趙の武具兵糧を奪い、農民を徴兵し、函谷関や武関へ投入するのです」
「それもよいが……。まずは韓や魏に停戦交渉を頼む。あまり長く戦をすれば……新たな内乱の火種となりうる。そなたの策は優れているが、巴蜀の兵を動員した途端、再度反乱が起きぬとも限らぬ。それゆえ、司馬錯を動かすのは得策でないように思うのだ」
「素晴らしき推察にございます。私は危うく、内乱を誘発するところでした」
「魏冄よ、そなたを特使とする。韓、魏へ赴き、停戦交渉に当たれ」
「御意」


 咸陽宮 楚王

 宣太后によって幽閉されていた楚王は、隙を見て西方の隴関より脱走した。宣太后は慌てて南東の楚の方向へ兵を進めるも、捕まえられなかった。
 楚王は楚へは向かわず、趙へ亡命し、趙王へ謁見していた。
「趙王よ、そなたも合従軍へ加わるのだ。そなたらが手を組み、余を幽閉した憎き秦へ復復讐をしてくれるのであれば……余は、垂沙の戦いでの遺恨を水へ流してやろう。手を貸すのだ……趙王よ!」
 趙王は逡巡した。中山国を攻め滅ぼしたのち、兵を休めずに秦を攻めることは不可能ではない。そして秦を滅ぼせば、勝ち馬に乗って、肥沃な秦の地を奪えるのだ。
 しかしそれでは、既所(すんで)のところで同盟国を裏切ったと、天下に笑われてしまうだろう。趙王は悩み、そして結論を出した。
「否、余は参戦せぬ。誰か、ここへ参れ!」
 趙王は叫び、宮殿の従者を呼んだ。近衛兵が膝を突き拱手をすると、趙王は毅然とした態度でいった。
「楚王は秦から参ったという。丁重に、秦へ送り届けよ」
 暴れる楚王を近衛兵は押さえつけ、外へ連れ出した。趙王は同盟を守ったのである。しかしそれは信義を尽くしたかったからではなかった。
「楚王は顔色も悪く病に犯されているのは明らか。このまま秦で死ねば……秦への報復に気を取られ、垂沙での怒りを秦にのみ向けることになるだろう……。大国の楚は王を失った混乱も相まり、趙への報復を……忘れるだろう。天下の笑いものにもならぬし……これでよかろう」
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