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作者: 橋本洋一
残酷な描写あり
盗人の正体
「甲賀衆……? 昔、六角家に従っていたけど、今は織田家に従属しているあの忍び集団か?」
「ああ。下手人がそう吐いた」

 朝ご飯を食べ終えて、出仕しようとしていたとき、島が屋敷にやってきて報告してくれた。
 雪隆などの他の家臣も来たので、緊急だが客間で会議を行なうことにした。
 島の報告を聞いて、忍びであるなつめは怪訝な表情をしていたが、何も言わなかった。

「しかし甲賀衆と言っても、抜け忍……里を抜けた者らしい」
「抜け忍? そんなことが許されるのか?」
「元々下手人たちは六角家に仕えていたが、昔、織田家に滅ぼされた折にどさくさに紛れて抜けたらしい。今では忍びの術を使って盗人をしているらしい」
「それは俺も知っています。三河国でも伊賀者に捕まって磔にされた者を見ましたよ」

 大久保が顎に手を置いて物騒なことを言う。
 雪隆と頼廉は何も言わない。特に意見はないのだろう。
 甲賀衆は多くの忍びが居り、分家も大勢存在している。何人か抜けても分からないだろう。

「下手人は何人捕まった?」
「四人だったが、二人になった。その、死んだ二人は何も吐かなくて……」
「拷問が苛烈だったのか……残った二人が甲賀衆と言ったのか?」
「ああ。二人が死ぬところを見て、あっさりと白状した」

 何かが引っかかる……

「同じ甲賀衆なのに、どうも違いますね……」

 呟いたのは頼廉だった。
 そう。僕も同じように感じた。

「まあ確かに、抜けたとしても甲賀衆なら、拷問されようが、他人が死のうが、自分の身を言わないだろうに」
「うーん、分からないですよ? 任務とかなら死んでも口を割らないと思いますが、ただの盗人に落ちぶれたのだから、意外とあっさりと言うかも」

 雪隆の疑問に大久保が答えたけど、僕はそれに納得できなかった。
 だから黙ったままのなつめに聞いた。

「なつめ。君の意見を聞きたい」
「……伊賀と甲賀じゃ考え方が違うわ。だから参考にならないかも」
「それでも手がかりになればいい」
 なつめはちょっと黙ってから「もしも私が同じ立場だったら」と前置きしてから答える。
「毒飲んで死ぬわね。捕まった後でも。口の中に隠しておけば、調べられる前に死ねるし。もっと言えば舌を噛んで死ねばいい」
「……そうだよな。僕もそう思う」

 だから対応がちぐはぐなんだ。
 まるで何かを隠しているような。
 まるで何かを偽っているような。

「その下手人、今どこに居る?」
「長浜城の牢屋に居るが、どうするんだ?」
「ちょっと考えをまとめたい。そして試したいことがあるんだ」

 僕は一つずつ確認するように、島に聞く。

「忍びであることは間違いないか?」
「ああ。捕まえた者も逃げた者も、動きが訓練されていた」
「奴らの目的はなんだい?」
「残った二人が言うには、近江の商人から金を盗ることらしい」
「そういえば、捕まえた下手人はどこの店を狙っていたんだ?」

 島が口にしたのは、羽振りの良かった御用商人の店だった。
 ということは一度も狙われていなかった御用商人の店は無事ということになる。

「じゃあその御用商人が甲賀衆の抜け忍を雇って、他の御用商人を襲わせていたのか?」
「自分が利益を得るためですか?」

 雪隆と大久保の言うとおりなら話は早いが、それはありえないと昨日の段階で分かっていた。
 増田が指摘してくれたのだ。

「筋は通るけど、それは誤りだね」
「ううん? どうしてですか、殿?」

 大久保が不思議そうな顔で問う。
 そういえば、大久保は御用商人に関わっていなかったっけ。

「その御用商人が他の商人に対して、忍びを使って盗みを働いたとしても、利益なんて出ないよ」
「……競合している商人ではないんですか?」
「ああ。そうだ」

 大久保は納得したように頷いた。

「だから屋号が……分かりました」
「どういうことだ? 大久保、俺にも分かりやすく教えてくれ」

 雪隆に教えようと大久保は口を開いた。
 彼が説明している間、僕はなつめに言う。

「頼みがある。一芝居打ってくれ」
「ええ。いいわよ」
「頼廉にもお願いしたいことがある」
「……演技などできませんが」

 僕は「念仏を唱えてくれればいい」と笑った。

「島。その下手人の元に案内してくれ」

 
◆◇◆◇

 
 暗くてじめっとした土牢。昔、長岡さまと明智さまに騙されて、無理矢理入れられたことを思い出すようでゾッとした。
 格子状に組み込んだ木で塞がれた牢屋に、その下手人が居た。一人に一部屋ずつ宛がわれていて、隣同士に収容されていた。

「君たちが盗人だね」

 努めて低い声で二人に話しかける。
 二人とも抜き出しになった腕には切り傷や打撲の痕があり、凄惨な拷問が行なわれたと推測できた。
 二人はちらっと僕たち――雪隆となつめ、頼廉の四人だ――を見て、また地面に目を向けた。

「単刀直入に聞く。君たちは――ただの盗人ではないね」

 二人ともハッとして顔を挙げる。
 それから僕は二人に言う。

「この娘は女忍びだ。聞くところによると、君たちの顔は見覚えがないという。正直にどこぞの者か、吐くんだ」

 二人の反応は違っていた。
 右の男は「…………」と沈黙していた。
 左の男は「嘘言うな!」と怒鳴った。

「忍びだと分かるが、甲賀衆にそんな女居なかったぞ!」

 これによって全て分かった。

「ああ。そのとおりだ。だけど、お前は甲賀衆じゃないな」

 そう言って、指差したのは――左の男だ。

「はあ!? な、なんで――」
「右の男は、甲賀衆だ。抜け忍だが。そうだね?」

 そう訊ねると右の男は力無く頷いた。
 そして疲れきった声で聞く。

「どうして、分かったんだ?」
「織田家が六角家を攻めて、だいぶ経つ。それこそ十年以上だ。それほどの年月が経っていれば――分家を含めれば大勢居るであろう甲賀衆の女の顔など忘れる。しかし、そいつははっきりと『甲賀衆に居ない』と言った。何の迷いも無く。つまり、大昔に抜けた忍びではなく、最近、甲賀衆を調べた何者かとなる」

 どんどん青ざめていく左の男――

「元忍びが自分の素性をべらべら喋るのは二つ理由がある。一つは偽りの素性であること。もう一つは知られることが策であることだ」

 最後にとどめとなる言葉を言う。

「織田家に従っている甲賀衆の抜け忍が、重臣の治める国へ盗みに入る。これはいくらなんでも外交上不味いな。それを狙っていたんだろう?」

 青ざめていた男は――泡を吹いて、そのまま倒れてしまった。毒を飲んだのだろう。
 頼廉が念仏を唱える。南無阿弥陀仏と。

「さて。君は誰にどういう風に脅されているんだ? まさか『呉服屋』ではないだろう?」

 呉服屋とは狙われなかった御用商人である。
 男はふっ、と息を漏らした。笑ったのだろう。

「どうして、違うと分かるんだ?」
「この長浜の町の御用商人は――同じ業種が居ないんだ。これは僕が考えたやり方でね」

 足利家で、特定の店に御用達という箔を付けて、価値を上げるというやり方をしていた僕だ。
 長浜でも同じことをしない道理はない。

「御用達は一つの業種に一店だけ。そのほうが価値は上がるだろう?」
「だから、屋号がおかしかったのか。『油屋』とか……」

 そして僕はすっかりおとなしくなった男に言う。

「君を脅しているのは、誰だ?」

 男はあっさりと言った。

「上杉家御用達の忍び――軒猿だ」

 上杉か。予想もしなかったけど、考えてみれば敵対しているのだから、こういう策略を打ってきてもおかしくない。

「それで、奪った銭と――君たちの人質はどこだ?」
「……そこまで見破られていたのか」
「今分かったんだ。人質が居なければ従うことはない。まあ、恩義があるかもしれないけど、あっさりと喋ったのだから……」

 男は「全て話すが、条件がある」と言う。

「俺の命と引き換えに、助けてやってくれ」
「…………」
「頼む」

 頭を下げる男に、僕は応じて、頷いた。
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