残酷な描写あり
晴太郎の成長と盗人騒動
紀州攻めの戦後処理を終えて、長浜城の屋敷に帰ると、すっかり元気になったはるが娘の雹を抱いて出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、お前さま」
「ああ、今戻った。雹も元気そうだな」
ぷっくりとした頬を撫でるとくすぐったそうな顔をする雹。
「可愛いなあ。本当に。はるに似ているな」
「そうか? 私はお前さまに似ていると思うが」
雹を愛でた後、僕は周りを見渡して「晴太郎はどうした?」と訊ねた。
「晴太郎なら長浜城で若い将たちに武芸や学問を教わっている」
「ならちょうどいい。城に行く予定があったからな」
それから不自由がないか確認したところ、大丈夫と力強く答えてくれたので安心した。
また、屋敷にはなつめも居るらしく、手は足りているようだから僕は城へと向かった。
その道中、城下町を通る。商いが活気で、目抜き通りだけではなく、他の店も賑わっているようだった。
「雨竜さまだ! 皆の者、雨竜さまが帰ってきたぞ!」
「猿の内政官! 当代随一の吏僚!」
「紀州攻めが成功したのも、雨竜さまのおかげと聞く……」
僕を見て大声で喚く者、ひそひそと噂する者、大っぴらに褒め称える者などが居て、なんというか気恥ずかしかった。
というか市井の噂というのは馬鹿にならない。もう既に紀州攻めの顛末が回っていた。
「殿! もうお帰りになられたのか!?」
聞き覚えのある声がしたので振り返ると、島が慌ててこちらに駆け寄ってくる。
「ああ、島。久しぶりだね」
「……いくらなんでも無用心だ。刺客に襲われたらどうする?」
「うん? ……考えてなかったな」
「白昼でも忍びならば不意討ちしてくるだろう……これからは気をつけてくれ」
僕は「悪かった」と素直に謝った。
「ところで、こんなところで何をしているんだ?」
「巡察だ。最近、盗人の被害が増えている。それでいて、下手人は捕まっていない」
「豊かになりすぎるのも考え物だな。被害を受けたのは、御用商人か?」
眉間に皺を寄せながら島は頷いた。
「というより、御用商人しか襲われていない」
「……厄介だな。他家の忍びの仕業かもしれない。よし、苦労をかけるけど、隊を組んで夜も見回りをしてくれ。秀吉には僕から言っておく」
「承知。では城まで送る」
一人で大丈夫――ではないな。忍びが居るかもしれないのに。島の言葉じゃないけど、無用心すぎる。
いや、この場合は居ると思ったほうがいい。実際に盗まれているのだから。
ただの盗人でも、対策をし過ぎて悪いということにはならない。
◆◇◆◇
長浜城の門をくぐったところで、僕は島と別れた。さっそく隊の編成をするらしい。見回りをする者には給金を支払うと僕は言い伝えた。
城内を歩いていると、中庭で晴太郎が長政と一緒に何やら話し込んでいた。
鉄砲を持っていることから、どうやらそれ関連のことだろう。
「二人ともどうしたんだ?」
声をかけると晴太郎が「父さま! お帰りになられていたんですね!」と嬉しそうに言う。
長政は「紀州攻めでは大活躍だったらしいな」と笑みを返す。
「大した働きはしていない。それより、何を話していたんだ?」
「鉄砲のことです。もう少し命中率を高くできないかと思いまして」
晴太郎が嬉々として話し出す。
すっかり鉄砲に夢中になっているな。
これはちょっと言っておかないと。
「鉄砲が上手くなるのはいいが、他の勉強もしなくちゃいけないぞ」
「そ、それは、分かっています……」
「ならいい。それで、命中率を高くできないかだって?」
今度は長政が言う。
「ああ。鉄砲足軽を横列に組んで一斉に射撃し、前後で鉄砲を交換することで射撃速度を上げるやり方で、長篠の戦いに勝てたが、晴太郎くんは効率が良くないのではと考えたのだ」
「ふうん。どこが効率良くないんだ?」
晴太郎は「弾を一発しか発射できないところです」と当然のことを言う。
「もし銃弾を一度にたくさん発射できれば、より多くの敵を倒せるのではないかと」
「だが銃弾は値が高い。そして鉄砲は弾を一発だけ放つことを前提にしているので、二個入れると暴発する可能性があると、鉄砲鍛冶に言われたのだ」
僕は少し考えて「暴発する理由は?」と訊ねた。
「筒が狭くて二個だと発射できずに火薬が中で爆発するから、らしいが……」
「筒を広くするには、結構な値になるそうです。ですので、叔父上に相談していました」
自分の息子ながら目の付けどころは良かった。
しかし一つの視点に囚われているのはいただけない。
「二人とも惜しいな。もっと発想を変えなければ解決しないぞ」
「ど、どういうことですか? 父さま」
「筒を広くするのではなく、銃弾を小さくすれば良いんだ」
長政がハッとした顔になる。
晴太郎は少し遅れて気づく。
「鉄砲は鎧や兜を貫く力と速さが大事だ。決して銃弾の大きさが主眼に置かれていない」
「し、しかし。従来の大きさでなければ、力は伝わらないのでは?」
「そこはやってみないと分からないけど、針だって細いほうがするりと入るだろう? 一度鍛冶屋に相談して小さな銃弾を作ってみてもらってくれ」
晴太郎は大きく頷いた。そして「鍛冶屋に行ってきます!」と大急ぎで走り出した。
「流石だな。雲之介」
長政は感心して僕の背を叩いた。
「いや。凄いのは晴太郎だよ。僕は単に晴太郎の考えを補佐しただけさ。だけど、息子は無から考え出した。多分、僕が何か言わなくても正解を導き出しただろう」
決して息子自慢ではなく、心からそう思えるのだ。
しばらく見ない間に成長しているな。
「なるほど……ところで、何か用があって登城したのではないか?」
「ああ、そうだった。政務の様子を見るためだった……」
長政と別れて、僕は政務をしている部屋に入る。
一足早く帰った浅野と増田は既に書類仕事をしていた。
「仕事熱心だな。感心感心」
「あ、雨竜さま。お疲れさまです」
浅野と増田が僕に気づいて頭を下げた。
「大久保と頼廉はどこだい?」
「あの二人なら石田殿と大谷殿と一緒に別室で仕事をしています」
浅野が答えると、増田は「あの二人、凄いですね」と笑った。
「嫉妬するくらい物覚えが良くて、羨望するくらい頭が切れますね」
「確かにそうだ。下間殿は当然として、大久保殿は何者ですか?」
浅野も不思議そうに訊ねる。
そういえば元武田家家臣とは話していなかったな。
「元猿楽師とは思えないんですが……」
「まあそれはいいじゃないか。ところで何か問題はないか?」
話を強引に変える。二人の報告によると、税収などは問題ないらしい。
「御用商人のことは聞いていますか?」
「ああ。さっき聞いた。なんでも盗人が入ったらしいな」
「その対策ですが――」
「隊を組んで夜見回らせることにしたよ。他に何かしたほうがいいか?」
増田が「流石ですね」と言った後「実は狙われていない御用商人が居るんです」と声をひそめた。
「御用商人でありながら、狙われていない店がありまして。次に狙うのはそこではないかと」
「なるほど。ではそこを見張る者も――」
「あるいは、その御用商人が手引きしたのかもしれません」
浅野がハッとするようなことを言う。
確かに、今まで狙われていないのはおかしな話だ。
「じゃあこうしよう。その店の中に兵を置く。御用商人が襲われているんだ。守るための名目なら断りはしない」
「なるほど。監視も兼ねているんですね」
増田の言葉に僕は頷く。
「同時に次の標的となる店を見張る。おそらく羽振りが良い店だ」
「どうして羽振りの良い店だと?」
「勘働きだけど、これだけ襲っていて、まだ一人の下手人も捕まえていないんだろう? 自信があるはずだ。そしてそういう人間は大物を狙う」
僕の指示によって、城下町に兵を送り込まれた。
夜となり朝となった。
結果として下手人が何人か捕まった。
そしてとんでもないことが判明する――
「お帰りなさいませ、お前さま」
「ああ、今戻った。雹も元気そうだな」
ぷっくりとした頬を撫でるとくすぐったそうな顔をする雹。
「可愛いなあ。本当に。はるに似ているな」
「そうか? 私はお前さまに似ていると思うが」
雹を愛でた後、僕は周りを見渡して「晴太郎はどうした?」と訊ねた。
「晴太郎なら長浜城で若い将たちに武芸や学問を教わっている」
「ならちょうどいい。城に行く予定があったからな」
それから不自由がないか確認したところ、大丈夫と力強く答えてくれたので安心した。
また、屋敷にはなつめも居るらしく、手は足りているようだから僕は城へと向かった。
その道中、城下町を通る。商いが活気で、目抜き通りだけではなく、他の店も賑わっているようだった。
「雨竜さまだ! 皆の者、雨竜さまが帰ってきたぞ!」
「猿の内政官! 当代随一の吏僚!」
「紀州攻めが成功したのも、雨竜さまのおかげと聞く……」
僕を見て大声で喚く者、ひそひそと噂する者、大っぴらに褒め称える者などが居て、なんというか気恥ずかしかった。
というか市井の噂というのは馬鹿にならない。もう既に紀州攻めの顛末が回っていた。
「殿! もうお帰りになられたのか!?」
聞き覚えのある声がしたので振り返ると、島が慌ててこちらに駆け寄ってくる。
「ああ、島。久しぶりだね」
「……いくらなんでも無用心だ。刺客に襲われたらどうする?」
「うん? ……考えてなかったな」
「白昼でも忍びならば不意討ちしてくるだろう……これからは気をつけてくれ」
僕は「悪かった」と素直に謝った。
「ところで、こんなところで何をしているんだ?」
「巡察だ。最近、盗人の被害が増えている。それでいて、下手人は捕まっていない」
「豊かになりすぎるのも考え物だな。被害を受けたのは、御用商人か?」
眉間に皺を寄せながら島は頷いた。
「というより、御用商人しか襲われていない」
「……厄介だな。他家の忍びの仕業かもしれない。よし、苦労をかけるけど、隊を組んで夜も見回りをしてくれ。秀吉には僕から言っておく」
「承知。では城まで送る」
一人で大丈夫――ではないな。忍びが居るかもしれないのに。島の言葉じゃないけど、無用心すぎる。
いや、この場合は居ると思ったほうがいい。実際に盗まれているのだから。
ただの盗人でも、対策をし過ぎて悪いということにはならない。
◆◇◆◇
長浜城の門をくぐったところで、僕は島と別れた。さっそく隊の編成をするらしい。見回りをする者には給金を支払うと僕は言い伝えた。
城内を歩いていると、中庭で晴太郎が長政と一緒に何やら話し込んでいた。
鉄砲を持っていることから、どうやらそれ関連のことだろう。
「二人ともどうしたんだ?」
声をかけると晴太郎が「父さま! お帰りになられていたんですね!」と嬉しそうに言う。
長政は「紀州攻めでは大活躍だったらしいな」と笑みを返す。
「大した働きはしていない。それより、何を話していたんだ?」
「鉄砲のことです。もう少し命中率を高くできないかと思いまして」
晴太郎が嬉々として話し出す。
すっかり鉄砲に夢中になっているな。
これはちょっと言っておかないと。
「鉄砲が上手くなるのはいいが、他の勉強もしなくちゃいけないぞ」
「そ、それは、分かっています……」
「ならいい。それで、命中率を高くできないかだって?」
今度は長政が言う。
「ああ。鉄砲足軽を横列に組んで一斉に射撃し、前後で鉄砲を交換することで射撃速度を上げるやり方で、長篠の戦いに勝てたが、晴太郎くんは効率が良くないのではと考えたのだ」
「ふうん。どこが効率良くないんだ?」
晴太郎は「弾を一発しか発射できないところです」と当然のことを言う。
「もし銃弾を一度にたくさん発射できれば、より多くの敵を倒せるのではないかと」
「だが銃弾は値が高い。そして鉄砲は弾を一発だけ放つことを前提にしているので、二個入れると暴発する可能性があると、鉄砲鍛冶に言われたのだ」
僕は少し考えて「暴発する理由は?」と訊ねた。
「筒が狭くて二個だと発射できずに火薬が中で爆発するから、らしいが……」
「筒を広くするには、結構な値になるそうです。ですので、叔父上に相談していました」
自分の息子ながら目の付けどころは良かった。
しかし一つの視点に囚われているのはいただけない。
「二人とも惜しいな。もっと発想を変えなければ解決しないぞ」
「ど、どういうことですか? 父さま」
「筒を広くするのではなく、銃弾を小さくすれば良いんだ」
長政がハッとした顔になる。
晴太郎は少し遅れて気づく。
「鉄砲は鎧や兜を貫く力と速さが大事だ。決して銃弾の大きさが主眼に置かれていない」
「し、しかし。従来の大きさでなければ、力は伝わらないのでは?」
「そこはやってみないと分からないけど、針だって細いほうがするりと入るだろう? 一度鍛冶屋に相談して小さな銃弾を作ってみてもらってくれ」
晴太郎は大きく頷いた。そして「鍛冶屋に行ってきます!」と大急ぎで走り出した。
「流石だな。雲之介」
長政は感心して僕の背を叩いた。
「いや。凄いのは晴太郎だよ。僕は単に晴太郎の考えを補佐しただけさ。だけど、息子は無から考え出した。多分、僕が何か言わなくても正解を導き出しただろう」
決して息子自慢ではなく、心からそう思えるのだ。
しばらく見ない間に成長しているな。
「なるほど……ところで、何か用があって登城したのではないか?」
「ああ、そうだった。政務の様子を見るためだった……」
長政と別れて、僕は政務をしている部屋に入る。
一足早く帰った浅野と増田は既に書類仕事をしていた。
「仕事熱心だな。感心感心」
「あ、雨竜さま。お疲れさまです」
浅野と増田が僕に気づいて頭を下げた。
「大久保と頼廉はどこだい?」
「あの二人なら石田殿と大谷殿と一緒に別室で仕事をしています」
浅野が答えると、増田は「あの二人、凄いですね」と笑った。
「嫉妬するくらい物覚えが良くて、羨望するくらい頭が切れますね」
「確かにそうだ。下間殿は当然として、大久保殿は何者ですか?」
浅野も不思議そうに訊ねる。
そういえば元武田家家臣とは話していなかったな。
「元猿楽師とは思えないんですが……」
「まあそれはいいじゃないか。ところで何か問題はないか?」
話を強引に変える。二人の報告によると、税収などは問題ないらしい。
「御用商人のことは聞いていますか?」
「ああ。さっき聞いた。なんでも盗人が入ったらしいな」
「その対策ですが――」
「隊を組んで夜見回らせることにしたよ。他に何かしたほうがいいか?」
増田が「流石ですね」と言った後「実は狙われていない御用商人が居るんです」と声をひそめた。
「御用商人でありながら、狙われていない店がありまして。次に狙うのはそこではないかと」
「なるほど。ではそこを見張る者も――」
「あるいは、その御用商人が手引きしたのかもしれません」
浅野がハッとするようなことを言う。
確かに、今まで狙われていないのはおかしな話だ。
「じゃあこうしよう。その店の中に兵を置く。御用商人が襲われているんだ。守るための名目なら断りはしない」
「なるほど。監視も兼ねているんですね」
増田の言葉に僕は頷く。
「同時に次の標的となる店を見張る。おそらく羽振りが良い店だ」
「どうして羽振りの良い店だと?」
「勘働きだけど、これだけ襲っていて、まだ一人の下手人も捕まえていないんだろう? 自信があるはずだ。そしてそういう人間は大物を狙う」
僕の指示によって、城下町に兵を送り込まれた。
夜となり朝となった。
結果として下手人が何人か捕まった。
そしてとんでもないことが判明する――